気配
夫婦仲は日に日に最悪になって行く。あんなに優しかった旦那が私を迷惑そうに扱ったり、気にかけてくれなくなった。こうなったのはいつからなんだろうか?きっと新築に引っ越しってからだ。あの人形と出会ってからどんどんおかしくなってるんだ。だけど私の心の何かが人形を止めてはいけない、そのまましておくべきと言ってるような気がして旦那のように人形をどこかにやることは出来なかった。そうじゃなくても娘と人形が深い仲になってるのでそうしたくてもそうすることは出来ない。彼女が間違った道に進んでいると思わないから。
「何であんな人と結婚したんだろう。そう言えば何でだっけ…」
前は口走らないようなことを言うようにもなった。本当に何故旦那と夫婦生活をしているのか分からなくなった。結婚したのは分からなくても離婚出来ない理由は分かる。愛する父親を彩葉から離すわけにはいかないから。私は女でもあり母親でもあるし、旦那は男でもあり父親でもある。
「ねえ、何でパパと結婚したの?」
時々娘にこう聞かれる。
「やりたいことがあるからよ。」
「何それ?ママ相変わらず面白いこと言うのね。」
「パパは私にとって特別な存在なのよ。何でか分からないけど忘れられない存在なのよ。」
「それほどパパのことが好きなのね。ママ照れてる?」
「ちょっと、やめてよ!あやちゃん!」
きっと彼と結婚したのは特別な存在だからに違いない。一生忘れられない特別な存在に違いない。そしてこの世界に彩葉を存在させる為に結婚したんだ。
「あの、荷物が来ないんです。時間指定しましたんですが。」
「大変申し訳ありません。こちらの営業所で回収し忘れたミスが起きまして。」
「大事な作品がそこに入ってるんです。ちゃんと時間には届くんですか?」
いつも以上に作品数が多く宅配便の手配をしないと間に合わない状態だった。
「開場の1時間前にはお願いします。」
荷物はギリギリになって着き開場の10分遅れで設営が終わった。
「レモンレジーナさん、また来ちゃいました!」
「いつもありがとうございます。」
「今日ブローチして来ましたし、パスケースも持ってきたんですよ。」
いつも来るお客さんは身に着けてるものの一部が私の作品だ。
「久しぶりです!全然こう言うイベント行こうと思っても仕事忙しくて中々行けなくてすみませんね。そう言えば元気でしたか?ずいぶん見なかったものですから。」
「こちらの方久しぶりですね。作品作りに追われる日々でしたがこうやってイベントに出られるので元気ですよ。」
久しぶりぶりに見る客の姿もある。私にはある程度お客さんが定着している。
「レモンレジーナさん、結婚されてるんですか?」
プライベートの話しを土足でずかずかと入ってくる人もいる。私は基本的に結婚してることや娘がいることはイベントやワークショップに来る人達にはいっさい話していない。作家同士の関係なら信用出来ると思った人にだけ話すが深い所まで話したことない。もちろん旦那に関する不満も話すこともない。
「このポーチ可愛い。一つください。」
「こちらですね。色違いもありますが、こちらで宜しいですか?」
「大丈夫ですよ。」
商品がどんどん売れていく。
「あ、いたいた。ずっと探してたんですよ。」
「そうなんですね。」
私が話したくない客が着た。客を通り越してのストーカーと言うところだろう。
「この会場遠かったんじゃないんですか?」
「さあどうでしょう。」
「そんな濁さないでくださいよ。」
「濁してなんかいません。そう言うことは答えるつもりなんてないので。」
「どこに住んでるんですか?」
「それも答えません。」
私はその男性客に笑顔一つ見せなかった。ワークショップにも来て何回も私の連絡先などを聞いたりした。ずっと悩んでいてもその客が消えるわけではない。私が作家である限りはずっと彼が私が出るイベントについて来る。
「少しくらい良いじゃないですか。」
「前にも言いましたけど私はそう言うことは答えるつもりはありません。」
こう言う相手には一番家族のことを教えたくない。家族をこんな人の為に巻き込みたくはない。
「分かりました。相田明子さん。」
私は無言になった。何故私の苗字まで知ってるのか?鳥肌が経ってくる。冷や汗が止まらない。そして息が荒くなる。
「そんな名前の人知りません。誰ですか?」
「あなたのことですよ。明子さん。」
何言っても通じない状態だった。
「レジーナさん、久々です!こちらの方は?」
編み物作家の方が来た。
「僕は明子さんの彼氏です。」
「明子さん?レジーナさん、彼氏いたの?」
「いや、そうじゃなくて!こんな人知らないです。フワルさん、後で詳しく話します。」
私のイベントは今日もこのしつこい男性客に邪魔された。
タイミングを見て編み物作家のフワルと言う30代半ばの女性とカフェで話す。私もちょうど38歳で同年代なので話しやすい。
「レジーナさん、顔そんな青ざめてどうしたの?あの男になんかされたの?もしかして元カレ?」
彼女にすら旦那と娘がいることを話していなかった。
「そんなわけないでしょ!気持ち悪い。思い出しただけで鳥肌が立つしあの人と本当に距離置きたいの。イベントやワークショップにいつも貼りつくようにいてもう嫌なの!」
私は声を荒らげた。
「気がつけなくてごめん。そんなに思い詰めてたと思ってなかった。ここで話せる内容じゃなさそうだからカラオケで話そう。」
カラオケで一曲も歌わず編み物をする。ここのカラオケは歌以外で使っても問題ない。
「野菜ジュース持って来た。こっちはポップコーンの醤油味とキャラメル味よ。さっきは私が余計なこと言ったようね。ごめん。」
私は飲み物を飲んだ。
「ありがとう。私には旦那と娘がいるの。だからこそ余計辛いのよ。大事な家族をこんなことに巻き込みたくないの。それに娘はまだこれから未来があるの。万が一危害が加わったら嫌よ。」
「レジーナさん、それ警察には話したの?」
私は飲み物をこぼした。
「大丈夫?」
「大丈夫よ。警察には話したよ。だけど信用出来ない。周辺のパトロールを強化するだけで、ことが起きてからじゃないと男のことはまったく調べてくれないの。嫌よ。あんなのがイベントに毎回毎回来ると気が狂いそうになりそうよ。」
「そんな。どこの警察署?警察が頼りないなら私を呼んで。」
「分かった。」
「それにしても厄介ね。少なくともイベントでは手伝いの人を呼んだほうが良いわ。レジーナさんは一人じゃないの。」
「考えてみる。だけどフワルさんが手に負える人じゃなさそうよ。こんなに頑なに個人情報教えてないのに、私のフルネーム知ってるのよ。おかしくない?最初は馴れ馴れしい客だとか聞き間違いだと思っていたの。だけど最近危険人物だと確信したの。」
「それは怖いよ。だけど尊敬する作家さんがこんな目に合うなんて見逃せないわ。」
「気持ちは嬉しいけどやめておいた方が良い。」
「遠慮してる場合じゃないでしょ。旦那さんや娘さんを守りたくないの?」
「フワルさんに頼ってみるよ。」
「そう来なくちゃ。」
私達はたくさん話してカラオケ店を出た。
「また会いましたね。」
「何であんたがここに!」
目の前にいたのはストーカー男がいた。
「俺のこと拓君と呼んでください。明子さん!」
「私のことを呼ばないで。」
「彼女になんかしたら許さないだから。良い?これ以上彼女を悩ませないで。」
彼女は言った。
「悩ませる?僕は愛を伝えてるだけなんですよ。人を愛しちゃいけない法律でもあるんですか?」
「あんたレジーナさんに何言ってるのか分かる?気持ち悪いわ!」
「これは僕と明子さんの関係ですよ。作家名で呼ぶってことは心奥底では信頼してないんですね。」
「だからさっきから何言ってるの!二度と姿を現さないで。」
彼女は私のことを引っ張って行った。
「住所とか教えてないよね?」
「もちろん。この辺地元じゃないからまだましね。」
「そもそもこんなの偶然だと思う?私達がここにいるの知ってるような感じだったわ。あう言う奴は引き下がらないどころかどんどんしつこくなるからあなどっちゃだめよ。」
「やめてよ。」
「だってそうでしょ。」
私の憂鬱な1日は終わりまたやって来る。
「みんな、聞いて。それで友やめるとか言わないで。」
彩葉は今日も友達を家に連れた。美咲は真剣な表情で皆んなに言った。
「何言ってんの。いつでも私達友達だろ。」
真理子が言った。
「そうよ。困った時はお互い様でしょ。もし話したくなければその時まで待つよ。」
彩葉も言った。
「私達で卒業アルバム作る約束だったでしょ。少なくとも美咲ちゃんが悪い人じゃないの知ってるから。」
「皆んな、ありがとう。実はパパとママが離婚することになったの。私はママについて行くことにした。」
離婚調停が行われて、裁判を経て親権は母親にそして毎月父親に養育費の支払いが命じられた。だけどそれで美咲の心が晴れるわけではなかった。
「まさかこんなことになるなんて思ってもいなかった。だってパパあんなにママのことが好きだったから。ママに対しての優しさは偽物だったわけなのかな?」
「きっと気持ちが変わったんだと思う。残酷な話だけどね。」
「美咲ちゃん辛かったね。話してくれてありがとう。」
「あんたはどうしたいの?パパに会いたいわけ?」
真理子が聞いた。
「会いたいよ。だけどママが悲しむ。」
「あんたのママがそう言ったの?」
「まりちゃん、これ以上聞いちゃだめよ。」
「良いの。まりちゃんは私に寄り添ってるの分かってるから。」
「今は難しいと思う。だからしばらくは時間が必要だと思う。」
「その間辛かったらいつでも話しなよ。」
「皆んな、ありがとう。いつまでも暗い気持ちじゃ駄目ね。皆んなで何かしよう。人生ゲーム持ってきたの‼︎」
4人は色んなゲームで遊んだ。
「皆んな、お菓子持ってきたわ。食べてちょうだい。」
「ママ、ありがとう。」
「ありがとうございます。」
娘と彼女の友達は目の前で人形が目を動かしても驚かなかった。人形のことは私と旦那が過剰に怖がりすぎなのだろうか?
「ねえ、ママ見て。皆んなでミヤ子ちゃんの似顔絵描いたの。」
「理恵が一番上手いよな。」
「皆んなすごいわね。」
それどころか娘の友達まで愛着を持ってる。




