視線
「こちら合わせて5000円です。」
「電子マネー使えますか?」
「使えますよ。」
私は大きな会場でハンドメイドの大きなイベントに参加していた。アマチュア時代からずっとお世話になっているイベントだ。
「電子マネーも使える所中々なくてビックリしましたよ。」
とある男性客が私に言う。
「そうですか?」
「そうですよ。大体現金しか受け付けてないですから。それにしてもどれも一つ一つ丁寧な作りで良いですね。ブースにあるもの全部買いたくなる勢いですね。そう言えば、どの辺に住まれてますか?」
「申し訳ありませんがそう言うことは教えられないです。」
「すみません。つい踏み入った質問をしてしまって。最近ハンドメイドはじめたばかりでつながりたくて。」
「そうなんですね。何をはじめられたんですか?」
「レザークラフトですよ。」
「難しそうなものはじめまして。レザークラフトはさっぱり分かりません。一応、今日知り合いがB-36で出展してるので話してみるのも良いと思います。」
「いや、SNSでずっと見てるので、こうやって今憧れの作家さんと話してる方が良いですよ。明子さん。」
「え!?今なんと?」
「憧れの作家さんと話せて良かったって。」
私の気のせいだったのだろうか?今私の名前を呼んでいたような気がした。私の名前は一度も公開したはずがない。私はレモンレジーナと言う名前で活動してるから。それにやり取りは作家の人としかしてないし、フォローしてない人のメッセージは受け取ってもいない。
「旦那さんどんな人なんですか?」
「申し訳ありませんが家庭の事情についてはお話できかねないです。」
ブース1時間以上いる。他のお客さんが来てもずっとその人がいるから何だか気が休まらない気分だった。
「出展者の皆様、お疲れ様でした。またの出展お待ちしております。」
ブースの片付けが終わり、スーツケースをひいた。
「あの人何だったのかしら?」
まだ誰かいるような感じがした。私は綺麗なトイレで着替えた。作家レモンレジーナから相田明子に変わる。
「ママ、おかえり。」
「ただいま。」
「今日のイベントどうだったんだ?」
「変な客が来たのよ。何と言うかずっと私のブースの前に居座れる客よ。」
「しょうがないよな。そこそこ売れる作家ならそれくらいあるもんな。」
旦那にとって私のハンドメイド作家活動は他人事なんだろう。でも基本的に私に優しい旦那だから理想の旦那だと思ってる。私は夫婦生活を送れば多少のすれ違いくらいあると思った。
「ママ、お腹すいた。」
「あやちゃん、パパが作ってくれたんじゃないの?」
「パパの料理焦げてて食べれないよ。焦げたものは体に悪いでしょ。」
「今出前頼んでる。」
私は放置された食器をどんどんきれいにして行く。
「イベントで疲れただろ。」
「ありがとう。」
出前を頼んでくれたのなら放置された食器はどうでも良いのだろうか。だけどそんなことを考えた所でことが良い方向に解決するわけではない。
「美味しい。」
「明子、元気なさそうだな。大丈夫か?」
「ママ体調悪いの?」
「そうじゃない。少し疲れただけよ。」
私が変な客のことで悩んでることなんて旦那に打ち明けてもどうせ他人事だろう。それに娘や周りの人までこの問題に巻き込むわけにはいかない。美味しい料理を食べても幸福感を感じられない。私は食べ物で救えない人間の一人だ。どんなに高級な食材を使っても幸せになれない人間もいる。どんな良いものを身に着けたって幸せになれないものもいる。
「ごちそうさま。」
「もう食べないのか?」
「うん。珍しくお菓子たくさん食べちゃったから。」
「それなら私も食べて良い?」
「良いよ。あやちゃんは育ち盛りだからね。」
それからもワークショップがあった。
「今日はレジンアクセサリーを一緒に作りましょう。え?」
「また会いましたね。」
あれからもあの男性が来ることがあった。
「また会いましたね。」
最初は偶然だと思ったけど、5回くらいイベントに来ては長時間私に話しかけたりしつこくプライベートのことも聞くから違和感が強くなるばかりだった。
「もう何なのかしら。」
私は帰り道一人で悩みながら帰る。
「あ、相田さん!偶然ですね。」
「あなたは?どこかでお会いしたような。」
「あの時の引っ越し業者の金井です。金井宗治です。」
「思い出しました。以前は本当にお世話になりました。」
彼はよく見ると好青年だ。髪は短くて爽やかで清潔感もあり、話し方も素敵な人だ。
「すごい丁寧な対応で助かりました。」
「あれは僕のおかげじゃなくて…」
「いや、本当に良い対応されたと思ったんですよ。謙虚ですね。もう少し自信持っても良いと思いますよ。」
「こんなスーツケースでどこに行かれてたんですか?」
「少し旅行に行ってたんです。」
私はとっさに嘘をついた。作家であることはあまり教えたくない。
「良いですね。どちらに行かれたんですか?」
「名古屋まで行ってました。」
「え?奇遇ですね。僕の出身名古屋なんですよ。楽しめましたか?」
「それはもちろん。味噌カツとか本当に美味しかったですから。」
「今度行く時、僕がオススメな所教えますよ。」
「いえ、大丈夫ですから。」
「すみません。余計なこと言いましたね。嫌だったら無理せず言って良いですからね。」
「いえ別に怒ってませんよ。」
金井宗治としばらく話した。仕事の時の丁寧さがあり、作業着とは違う爽やかさを彼から感じられた。
「良かったらなんですけど、黄色のIDです。」
「黄色のID?」
「このアプリですよ。」
アプリのアイコンを見せた。
「もしかして私のこと口説いてたんですか?私旦那がいるのですみませんけどあなたとやり取り出来ません。それじゃあ帰ります。」
いつの間にかIDが書いてるメモを受け取った。何故か私は捨てずにバッグの中に入れた。
「何なのよ!」
旦那がいるのに個人的なやり取りができるはずがない。私には旦那がいて、娘がいるんだから。私の恋愛は保守的だ。どんなことがあっても世間体を私は気にする。たとえ旦那に不満があったとしても。
「あやちゃんにプレゼントよ。」
「何?突然どうしたの?誕生日でもないのに。それに私そんなに良い成績じゃないと思うよ。」
「この前ママが体調悪い時に助けてくれたでしょ。そのお礼よ。」
「可愛い!」
「これ、ハンドメイド作家さんから貰ったものよ。」
「トールペイントなんて素敵!」
娘の喜んでくれる姿を見たら私はとても安心した。
「ママ、何か悩んでる感じがするけどどうしたの?いつも私の悩み聞いてくれてるからそのお礼だと思って。パパには内緒にするから。」
「あやちゃんにだけ話すね。少し苦手な人と関わらないといけなくて、悪い人だとは思わないけど何だか話してると疲れる感じで。」
「ママ、辛かったんだね。」
今日の娘はいつも以上に私に寄り添ってくれる。大人として情けない姿を見せた。思い出せないけど、何だかあの時に戻ったような感じだった。
「聞いてくれただけで嬉しい。だけど最後は自分で解決しないといけないから何とかするわ。ありがとう。いつもの強いママだから。」
「そう来なくちゃ!流石ママだね。」
私は寝室に向かおうとした。
「きゃーー!」
私は寝室で叫んだ。
「何でこれが。」
あの人形が私の寝室のベッドに転がっていた。
「明子、どうしたんだ。」
旦那が私のもとに来た。
「あの人形が何でここに。」
「捨てるぞ。」
「駄目よ。これはあやちゃんの大事なものなんだから。」
「彩葉がこんなもの好きこのむわけないだろ。」
「パパ、ママ、こんなに騒いでどうしたの?」
彩葉が私達のところに来た。
「あやちゃん、もしかしてこの人形、私の部屋に移動させた?」
「そんなことしてないよ。」
「それなら何で私達の寝室にあるの。」
「本当に知らないよ。」
「そうよね。あやちゃんがそんなことするはずないよね。」
「それなら捨てるぞ。」
克也が言った。
「そんなことしちゃ駄目。」
「私の人形捨てないで!」
「そんなもの残すわけにはいかないだろ。」
「私の友達なの!」
旦那から娘は人形を取り返した。
「ミヤ子ちゃんはそんな悪い子じゃない!」
人形を持って部屋まで走った。
「あやちゃん!」
「本当にあのままで良いのか?捨てたほうが良いぞ。」
「捨てるとか簡単に言わないで!あやちゃんにはあやちゃんの考えがあるのよ。私が騒ぎすぎたのが悪いの。」
本当はあの人形が寝室にあって気味の悪い感じで頭がいっぱいだった。だけど私が娘の幸せを奪うわけにはいかない。
「あやちゃん、さっきはごめん。」
「ママ、ミヤ子ちゃんのこと捨てるの?」
「もちろん。捨てさせないわ。あやちゃんの大事なものなんだから。」
「多分ミヤ子ちゃんも私のようにママと話したいんだと思う。」
「やめて。私混乱してるの。」
「何か悪いことでも言った?」
「過剰に騒いだだけよ。誰のせいでもないのよ。もちろんミヤ子ちゃんのせいでもないよ。」
この人形は捨てちゃ駄目だと思うようにもなった。
「もう遅いから寝ようね。」
「おやすみなさい。」
「おやすみ。」
娘の部屋の明かりが消えた。
「ん?」
洗面所で手を洗ってると何か気配を感じた。一瞬だけ鏡の中に何か映っていたような気がした。
「気のせいよね。」
私は早歩きで寝室に戻った。
「あなたさっきは大声で騒ぎすぎた。ただビックリしただけなの。最近何だか体調が良くなくて、偏頭痛とかも度々するから私おかしくなったんだわ。」
「そうだと良いけど。あまり無理をしすぎるなよ。今日もワークショップがあって疲れただろ。今はとにかく休んだ方が良い。」
「そうよね。私どうかしてたんだわ。」
旦那は私に抱きついてキスをする。
「明子、大好きだよ。」
「うん。」
「今夜は離さないぞ。」
何だか気分が良くなかった。
「もう朝なのね。」
夜が過ぎてあまり寝たような感じがしなかった。まるで吸血鬼か何かに気を抜かれたような感じだった。
「そうだ。あそこに行こう。」
明子が勉強部屋でオンライン学習をしていたので、私はその間に娘の部屋に入った。そして人形と私は目を合わせる。怖いはずのに人形である彼女から目を離すことができない。まるで目で何かを訴えてるかのような感じだった。
「ママ、私の部屋で何してるの?」
「ごめん、ちょっと掃除してたの。」
「部屋に入ってると思ってなかった。勝手に入らないでほしかった。」
「ごめん。次からは気をつけるよ。」
この時期の子供ならそう思うのも無理はない。自然な対応だ。
「ママは仕事に戻るね。」
私は一日作品を作った。




