対面
私は苦しむ旦那を目の前にした。表向きは夫婦仲の良い夫婦を演じている。だけど根本的な所を見ると今は冷めきって信頼も愛も尊敬もない夫婦仲。私は夫婦仲を誰かに自慢してるわけではない。だけど全ては娘の為にそう言う姿を見せていなかった。娘が亡くなった今ではずっと旦那の死を待っていたんだと感じる。
「火事ですか?救急ですか?」
「救急です。旦那が、旦那が刺されて…救急車をお願いします。」
私は電話越しでは悲しみに暮れる夫を愛する妻のふりをした。
「克也!」
病院には彼の同級生が何人かやって来た。
「克也の奥さん。あなたのせいで克也がこんな目にあった。あなた結婚しなければこんなことにはならなかった。」
「宮内舞さん、言いがかりもほどほどにして。ストーカーに旦那を殺せとでも私が言ったわけ?」
「それ以外考えられないから。」
「ここまで短絡的な人はじめて見たわ。こんなにどうしようもない考えをする同年代なんているものなのね。すぐ人のことを疑う年頃の小学生みたいね。小学生でも亡き娘はあなたなんかより数倍賢いけど。」
「娘?馬鹿じゃないの。あんたの家に娘なんているわけないでしょ。あんたの旦那から聞いたよ。あのことを。」
「第三者にないことペラペラ話すなんて馬鹿な旦那ね。あなたみたいな低レベルな人間と話すとどんどん馬鹿になるんじゃないかしら?つるむ相手は大事ね。クズに交わればクズになっていくし、賢い人はそんなクズから距離を置く。旦那は元々駄目な所あるけどあなたと一緒にいるともっと駄目になるのね。それを言うならあなたと結婚した方が克也はもっと不幸になると思うわ。」
「このクソ女!」
「意外と怒りの沸点が低いようね。ごめんなさいね、だって全て事実なんだから。」
「黙れ!底辺はお前なんだよ!」
「底辺って言うならどうぞお好きに。私は娘が亡くなって落ちる所まで落ちたのでそんな言葉で傷ついてる場合じゃないの。それに他に旦那のお義母さんも亡くなったし、つきまとう人間もいるし。いくらでも言うが良いよ。」
「調子に乗るな!」
宮内舞は捨て台詞を言って私のもとに離れた。
私は病院をあとにして宗治のアパートに向かった。
「宗治君、今大丈夫かしら?」
「大丈夫ですよ。」
彼の所に着いた。
「何かありましたか?何だか急な感じがしたので。」
「私、娘も旦那も亡くなって一人になったの。」
「それは聞いてすみません。」
「謝ることはないわ。あなたのせいじゃないし。娘が亡くなったのは残念だけど旦那に関しては解放された感じ。」
まだ旦那が亡くなったかはさだかではない。私は彼に適当なことを言った。
「明子さんを薄情な人間だと思いませんよ。その人を選んだ自己責任だとも思いませんし。そう思うのも無理ないかもしれないですね。」
「きっと意味があってあんな人と結婚したのよ。愛してないけど。」
私は宗治に抱きついた。そして彼の唇と私の唇が触れ合って呼吸がぶつかり合った。ぶつかってもその呼吸は調和していく。
「こんなことして大丈夫とか聞かないの?」
首を横に振った。
「そう。」
私が唯一克也の好きなところと言えばもがき苦しんだ姿だ。
「娘もいなくなったし、娘の友達もいなくなった。私にはもうあなたしかいないの。」
「必ず僕が明子さんを守りますよ。」
「守られるばかりでは駄目よ。私もあなたがピンチな時は助けて支えるつもりよ。」
私達の仲は旦那の一件で深まった。
「レジーナさん、私を呼び出して何?しばらくあなたから音沙汰なかったから心配はしてたけど。」
このしばらくの間イベント以外で作家仲間には会っていなかった。目の前にいるのは作家のフワルだ。
「何か久しぶりだね。お互い違うイベントに出てたから中々会わなかったわね。忙しくて会えなかったことを伝えたいと思ったの。それに娘が亡くなったの。何故か自ら高い所から飛び降りて打ちどころが悪くて…あの光景を思い出しただけでも…」
「何と言えば良いか分からないけど、辛かったね。私も自分の娘がそんなふうに命を絶ってたら気が気じゃないよ。でも一つ言えることはレジーナさんのせいじゃないってこと。」
私は携帯を出した。
「これが娘の写真よ。」
「娘はどこ?」
「私と旦那の真ん中よ。」
「誰もいないよ。真ん中が空いてるようにしか見えないよ。」
他の写真を見せた。
「これは家族で遊園地に行った写真よ。これも見て、これははじめて娘が立った時の写真。これははじめて手芸が出来た時の写真よ。」
「レジーナさん、どこにも娘さんなんていないわ。申し訳ないけど、何か幻覚でも見てるんじゃない?」
「そんなはずないわ。何でフワルさんまでそんなこと言うの?どうして?娘は確かに存在してたのよ!」
私は机を叩いて言った。
「ここはカフェよ。あまり大きな声で怒鳴ったりしないで。」
「お客様、他のお客様の迷惑になりますので声をおさえてくださいますと幸いです。」
「すみません。つい感情的になってました。」
「悪いことは言わないけど、レジーナさんもっと現実を見て。よくこの写真を見て。娘さんなんていないでしょ。」
だんだん写真に写る彩葉の姿が透明になって行く。そして私の視界にすら彼女の姿が消えた。
「き、消えないで!」
「分かった?写真には旦那さんとあなた以外いないの。」
「そ、そんな…本当に消えた。」
「最初からいないの。」
「それなら娘と過ごした時間まで何もない時間だったってこと?そんなわけないわ。あの時間は本物だったのよ。」
「分からない。簡単に答えられるものじゃない。」
私の中で彩葉は存在していたはずなのに何で私以外には存在しないものとして扱われてしまうのか分からなかった。
「そうだ。動画もあるのよ。この前お友達と一緒に遊んでる動画撮ったのよ。これが娘が最後に映った動画ね。」
「何も映ってないわ。」
「4人いるのよ!」
「いないわ。ただ無音な変な部屋が映ってるだけよ。」
「助けて…」
「待って。もう一度巻き戻すわ。」
うめき声のようなものが聞こえた。
「聞こえた?」
「いや、何も聞こえないわ。どうしたの?今日のレジーナさん変だよ。」
「よく耳を澄ませて聞いて。苦しんでる声が聞こえるのよ。」
「良い加減にして。何も聞こえないの。ねえ、悪いことは言わないからさ、一度心療内科でカウンセリングを受けた方が良いと思うの。」
遠回りしに普通じゃないと言われてるような気分だった。
「私は大丈夫なのよ。心療内科や精神科には定期的に通院してるし特に問題ないのよ。」
「私はこれ以上この相談にはのれない。私には見えない何かと戦ってるのは分かる。だけどどうしてあげたら良いかは分からない。」
「別に良いのよ。娘が亡くなった苦しみをとにかく誰かに話したかったから。」
「これからイベントの準備があるから。またね。」
「じゃあね。」
離れていく彼女を見届けた。
私はその出来事から1週間してある商店街を歩いた。旦那とのはじめて出会った所だった。
「すみません、この写真に12歳の女の子写ってますか?」
「いや写ってませんけど。」
「よく見てくれませんか?」
「すみません、急いでるので。」
男性は急いで走った。
「すみません、この写真に12歳の女の子写ってますよね?私の自慢の娘なんです。」
「え?何ですか?何も写ってないですけど。」
「嘘言わないでください。嘘つきは最低ですよ。」
「愛美ちゃん、どうしたの?」
「ちょっとあっち行こう。」
女子高生達は5人になって走って去ってしまった。
「あのおばさん、ヤバくない?」
「ヤバいって具体的に?」
「何も写ってないのに娘が写ってるとか言って明らかに変なんだけど。それにいないって答えたら嘘つき呼ばわりされた。何かとんでもない人に絡まれたんだけど。」
「何それ?怖すぎる。そう言うアタオカとは関わっちゃ駄目だよ。」
「アタオカなんて簡単に使っちゃ駄目だよ。きっとかなり追い込まれてるんだよ。私達だってあのおばさんみたいになるかもしれないし。」
「架純、アタオカは言い過ぎたけど、距離をおきたいって思うのは普通でしょ。私が愛美だったら怖くてガクブルなんだけど。」
あの女子高生達に何を言われようと私は間違ってない。娘は確かに存在していたのだから。間違えってことはない。
「ねえ、見てください。うちの娘可愛くないですか?お隣の娘さんに負けないくらい。」
また違う人に声をかけた。ちょうど彩葉くらいの娘を連れている女性に声をかけた。
「娘さん、どこに写ってますか?」
「私の隣ですよ。素敵な笑顔でしょ。ほら見てくださいよ。」
「これから娘と買い物しないといけないので。」
どんなに声をかけても写真から消えた彩葉がまた写真に現れることはなかった。
「私の大事な写真ですらあなたは消えちゃうのね…」
「すみません。」
「何ですか?」
振り返ると警察の2人組みが私のところに来た。
「こちらで通報があったのでお伺いに来ました。」
「私が何をしたって言うんですか?」
「街に歩いてる人や商店街の店舗の人に迷惑行為を行ってると通報がありました。」
「だから何ですか?私は可愛い娘の写真を見せただけよ。」
「分かりました。確認のためIDとかばんの中を見せてください。」
「いや何で見せないといけないんですか?」
「危険性があるかどうか確認しないといけません。」
誰かにぶつかってカバンが落ちた。
「あの、令状とかが出てるんですか?何の権限があってそんなことするんですか?そもそもあんた達警察は私がストーカー被害あっても何もしてくれなかったでしょ!動いたのは何か事件起きてからじゃないの。あなた達に付き合いきれません。」
私は走って逃げた。
「あの人さっきのおばさんじゃん。」
「あの人見ちゃ駄目よ。」
「私も声かけられた。何かキレてきて怖かった。」
誰かが私のことを指差して噂してるような感じだった。
「明子さん。」
「誰?」
暗い道に入ってしまった。
「僕のことを忘れたんですか?」
「もしや…」
後ろにいたのはあるイベントの時から私のことをつきまとっていた男性だった。
「どうしてあんたがここに!来ないで!」
「僕はあなたと結婚しに来たんですよ。」
「やめて。旦那のこと殺してるから通報だってできるのよ。」
私は携帯を出そうとしたがカバンの中になかった。
「さっきの職質に捕まってた時に盗んだんだよ。」
男の顔がどんどん歪んでいく。身体中に電流が走った。




