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九幕 敗者達の罪業

「私達ロドニエ商会の伝令を待ち伏せてるんでしょ」

「でも、ロドニエ越境旅団の本隊が南に逃れた組合を追っているなら、今さらグロッセルの以北の街道を塞ぐ理由なんて」


 はたと顔を上げる。


「……まさか」


 揺れる炎にブロンドの髪を明滅させられながら、影に潜む双眸が弓なりに反った。


「気付いた?連中、私達にメウセーズと連絡を取らせないつもりだ」






 盛んに鳥の鳴き声が聴こえてくる。


 雨水を吸って泥だらけの街道には、逆茂木が乱雑に並べ置かれていた。

 両脇の斜面が木々に覆われている為、偵察に必要な物陰には事欠かない。


 半刻前まで厚く垂れ込めていた雲も、今は各所から光の階を降ろしている。


「なあ、俺達いつまで待機してりゃいいんだ?」

「逆に訊くが、俺は一体何回その質問に答えたらいいんだ?」


 揉み合いを始めた二人の益荒男に、精悍な鎧髭の男が眉を顰めながら歩み寄った。


「デイン、スメルク、その辺にしておけよ。隠密行動中だぞ、一応」

「もう十日だぜ?クレーズ、お前だって内心飽き飽きしてんだろ」


 クレーズは茶髪を掻くと、端に放置されていた荷車へ近付き、小樽を二つとってそれぞれに投げる。


「酒付きで野戦築城なんて上等じゃねぇか」

「おうよ。薄いがな」

「デインお前、今朝二日酔いしてたよな?」


 褪せた長い金髪のデインが注ぎ穴に口を付け、灰髪を結んだスメルクが混ぜっ返しながら、容器を振って水音を鳴らした。


 そのまま丘際に座って談笑する男達が、葉の隙間から覗える。

 黄髪の少女が唇に指を当てた。

 私は頭を振って、投げるように腕を降ろす。

 ミリーネがうんざりした顔で、ため息を吐いた。


 構わずに手のひらを上げ、指を一本ずつ順に折っていく。

 遂には、拳が握られた。


「しっかしよ。本当に来んのかね、“天秤”の連中」

「知らねぇよ。ここに張ってりゃ間違いないって、依頼主の受け売りだから──」


 デインの人生は、その言葉を最後に幕を閉じる。

 愛剣が、その喉を裂いた。


「……は?」


 スメルクの左目に切っ先を埋めて、頭骨を内から突き破った。

 引き抜いて、屈みながら振り返る。


 ──逆袈裟。


「が……ッ!?」


 咄嗟に大刀を振り被ったクレーズが、胸から血を噴いて膝を着いた。

 その首を刎ね、剣を鞘に納める。


「……」


 動きを止め、両手を上げて降参する。

 気付けば私は、背後を取った三人の刺客に剣を突き付けられていた。


「あなた達何者って、訊いてもいいかな」


 刺客達は不意に息を呑む。

 今まで潜伏していたミリーネが、さらに後ろから斧槍を突き付けたのだ。


「殿下を切り捨てたのは誰?」


 ……何の話だ?


 一歩前進して、振り返る。

 驚いた事に、刺客は三人共若い娘だった。

 布を顔に巻いて顔を隠している。

 覆面からはみ出た髪は、緑と橙、そして紫。


「……答えると思ったのか」


 中央の最も背が低く、ミリーネよりもなお小柄な紫髪の女が切れ長の双眸を眇めた。


 鯉口を切る。

 体を前に倒しながら柄を掴み、斜めに愛剣を切り上げる。


 紫髪の女は長剣を手放し、短剣を抜き放っていた。

 その短剣が、鍔元で折れる。


 体を駒のように一周させ、大股に足を開きながら剣を薙ぐ。

 紫髪の女の首を狙った愛剣は、しかしミリーネの突き出した斧槍に止められた。


「……なんのつもり?」

「まだ何も聞けてないでしょうが」


 紫髪の女は折れた短剣を見つめて固まっている。

 呆れた様子のミリーネとは対照的に、残る二人の刺客が動揺した様子で後退る。


「ほら、あなたこのままじゃフィオに殺されるわよ。私が抑えてるうちに早く答えて」

「……この程度」


 私が腕に力を込めると、擦れ合う刃同士が嫌な音を上げ、紫髪の女に迫っていく。

 歯を食いしばるミリーネを、私は真顔で観察する。

 邪魔するようなら、いっそミリーネも──。


「ガルガンソ商会ですっ!」


 緑髪の女が高い声を発したことで、私もミリーネも腕の力が抜けた。


「……ラーズ卿が?」


 ミリーネが、いつも超然としたこの子にしては珍しく、驚愕に目を見開いて固まった。


「せええええいッ!」


 橙髪の女が隙を突いて剣を突き出してきた。


 私は足を組み替えながら右に進み出て、得物を袈裟懸けに振り下ろす。

 橙髪の女の手首が半ばまで切断され、取り落とされた剣が地を転がる。


 返す刀で、刺突の姿勢で硬直した橙髪の女の喉笛を掻っ捌いた。


「……きゃあああ!?」


 血を吐きながら崩れ落ちる仲間の姿に、緑髪の女が悲鳴を上げて尻餅をつく。

 私は橙髪の女を胸に受け止め、事切れたのを確認してゆっくりと地面に寝かせた。


「そんな、フエルあなたっ」

「黙ってろクシェ!」


 息も絶え絶えにうわ言を溢す緑髪の女、クシェを紫髪の女が怒鳴りつけた。

 なおも片手で口を覆ったまま、視線を斜め下に落として逡巡するミリーネ。


「あと二人も殺していいよね」

「あんたも黙ってなさい」


 そのままの姿勢でミリーネに釘を刺された。


 息を吐き、紫髪の女と橙髪の女が落とした二本の剣を遠くへ蹴り飛ばす。

 八つ当たりではなく、敵の武器を無力化しただけなのだが、クシェは怯えたように肩を揺らした。


 ミリーネが再び尋ねる。


「あんた、名前は」

「……」


 斧槍が紫髪の女の頬を掠め、巻かれた襤褸布が赤く染まっていく。


「や、やめて。ファリオンは」

「クシェ、いい加減に」

「ファリオンは十傑議会と関係ないっ」


 私は荷車まで歩き、腰を預けた。


「……この連中が」


 そう言って少女が顎をしゃくった先には、三人の男が死んでいる。


「ラーズ卿の配下だったとして。こいつらを放置してたって事は、あんた達も仲間って事でしょ?」


 両脚を漕いでいると、クシェと目が合った。

 すぐに逸らされたけれど。

 黙っていたファリオンが、やがて諦めたように深いため息を吐いた。


「私達は、組合の依頼を受けただけだ」

「ふぅん?」


 ミリーネは疑わし気に斧槍を下げる。

 私はつい口を挟んだ。


「街道で待ち伏せてた以上、この男達が組合の傭兵じゃなかったの?」

「あんた話聞いてた?」


 ミリーネは二人の刺客から目を離さないまま、面倒くさそうに返してくる。


「南に逃げた組合の残党を越境旅団が追っている。北の街道を封鎖して情報を北に持ち帰らせない事で得をするのは、越境旅団に増援を送られたくない組合だとしか」


 あれ?

 現状をメウセーズのロドニエ商会本部が知ったとして、それで越境旅団が増援を送るだろうか?

 そもそも南に送られた組合の傭兵は、組合全体の一部に過ぎないだろう。

 仮に全員捕縛されたところで、組合にそれほど痛手がある訳ではない筈だ。

 組合は何の為に、ロドニエ商会の伝令を差し止めようとしているのだろうか?


「ガルガンソ商会代表、ラーズ・シンバルテ。東の王朝から落ち延びた不貞の皇族。戦はからきしでも人を見る目がある。周りを盾に永らえ、齢五十三にして決裁権を手にした。いけ好かん老いぼれさ」


 ファリオンの忌々しげな口調はラーズ卿にというより、権力そのものに向けられているような気がした。






 ファリオン、クシェ、フエルの三名は、正式な組合加盟者ではないという。


 流れの傭兵は北でこそ珍しくないが、南では食いあぶれるからと、冒険者の銅章を見せてくれた。

 逆茂木を使った街道の封鎖は、彼女らの差配だ。

 三人は組合の依頼で、馬の通行を抑止していた。


 作戦の目的は明かされていない。


「前払いだったからな。すっぽかす事もできたが、まあオレもそこまで堕ちたくない」


 襲撃は依頼されなかったという。

 ただ、それも条件付きの話で。


「潜伏期間中、通行者があれば目的を検めよとの事でした。私達の存在を気取られても構わないと」


 では、十傑議会が一席ラーズ・シンバルテ卿経営ガルガンソ商会傘下の荒くれ達が、バリケードを設置した犯人を捜索せず、あまつさえ利用していたのは何故か。


「ファリオン達に依頼を出した時点で既に、ジルフットはラーズ卿と通じていたのね。あの男達は“天秤”の証を持つ冒険者を探していた。メウセーズの傭兵なら、悲劇のベーリュストンを知らない訳じゃないだろうに」


 北の伝承を知らない南の冒険者が、組合へ参入の暁に与えられる勲章。

 ジルフットとやらの発案だろうか。


「改めて考えると、悪趣味だね」

「そういう奴なのよ、あの耄碌は」


 組合阻止の為にロドニエ商会が派遣した越境旅団の大部分は、逃走中の敵兵を討つべく南征している。

 旗頭となるシャルロッテがグロッセルに残ったのは、組合に与した冒険者を探し出し、引き戻す為だろうか。

 いずれにしろ当初伝令としてエウンセイロ街道を北上する筈だった部隊、クレンズが所属していた三隊まで組合追跡に出払っている為、メウセーズのロドニエ商会と越境旅団の間では連絡が途絶えていた。


 ラーズ卿の件といい、十傑議会とて一枚岩ではないのかもしれない。

 ジルフットが罠を仕掛けているかもしれない。


 帰路は殊の外困難を極める。

 なまじ王女殿下の腕が立つばかりに、冒険者を懐柔するべく手元に置いていた兵力もごく僅か。


 そこで副官のレデニウスが一計を案じたという。

 目には目を、こちらも同じように冒険者を使ってはどうか。


「その符号も“天秤”、ベルエストの証と……」


 流し目を送った私に対し、ミリーネがすっと瞳を逸らす。

 動揺は見受けられないので、常からそういう手合いだったのだろう。

 どうやらレデニウスを斬った事は、後悔せずに済みそうだ。


 ──青い花畑に囲われた街道は、舞い散った無数の花びらに敷き詰められ、進む先を判然とさせない。


 起伏の激しい丘陵地帯である為、確信は持てないが、少しずつ下っているように思われる。


「ところであの二人だけど、逃がす必要あったの」

「……ファリオンとクシェのこと?」


 斧槍の長い柄を背に斜め掛けする彼女は、肩帯で負った腰の鞄もさぞ重いだろうに、小柄な体を揺るぎもさせずに真っ直ぐ歩いていた。


 ムートリクノ連峰以北はラスタシア平原に含まれない。

 ペルペ野と呼ばれる高原が続くことになる。


「さすがレモーフェ花海ね、この季節に咲いたミースが見られるなんて」

「真面目に訊いてるんだけど」


 気もそぞろに景色を見やるミリーネに、後ろから憮然とした目を送った。


「いくら温厚でも、ラーズ卿は依頼内容を外部に漏らした人間を手元に置かないし、ジルフットも同様に、余程彼女達を重宝しているのでもない限りはまず切り捨てる。つまりあの子達はもう組合と敵対したんだから、私達の障害にはならない筈よ。敵の敵だからって味方とは限らないけど、誰彼構わず口封じしてたらロドニエの看板に泥を塗る。放っておくのが一番だ」


 私は鞘から抜いた剣をさっと掬い、摘み取った蒼花を鼻先に寄せる。


「組合がエウンセイロ街道を張るのは分かるよ。越境旅団の動向を逸早く知る為に、密偵を要所に配置したっておかしくはない。外部の人間を金で雇ったのも、切り捨てやすいからだとすれば筋は通る」

「如何にもって感じだね」

「でもガルガンソ商会の狙いは読めない。彼らは天秤、つまり、ベルエストの証を探していた。私が返り討ちにした男のつまらない洒落はともかく、筆頭のラーズ・シンバルテは組合に与した冒険者を待ち伏せていた事になる」

「組合に近付いた冒険者を捕縛しようとしていたなら、彼は今も変わらず十傑議会に賛同していることになるわね」

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