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十九幕 北限騒乱

「……今のあんたに、議会は大人しく従うかしら」

「あなたが付いてきたところで状況は変わらないわ」

「いいえ、変わるわ」


 白髪を二つ結びにした少女は、青い瞳を決然と見開いた。


「私の名前はキャサリン・シンバルテ。ガルガンソ商会代表ラーズ・シンバルテの実の娘だから」


 シャルロッテが足を止め、階段の手摺越しに彼女を見下ろす。

 その紅い瞳が、弓なりに反った。






 魔法使いにとって呪文は隠すもの。

 人の精霊の真名を知った場合、その人物を殺めて血の飲めば、精霊を移植して生前にその人が使っていた魔法を奪う事ができるからだ。

 実際にそういった目的でギルドから指名手配を受けている賞金首もいるので、魔法使いにとっては一般的な自衛策である。


 とは言っても精霊は感情の昂りに呼応するところもあり、どうしても声が大きくなってしまう時もあった。

 例えば、一都市の存亡をかけた騒乱の只中であるとか。


「シエ・ドーウィア!」

「ハイ・ネルムスッ」


 シーダが放ったブラックホールがバリケードに大穴を穿ち、防御に出てきた傭兵達を私が氷漬けにした。


「いいぞシーダ。次は右前方の建物を崩して暴徒を足止めだ」

「はいよ!」


 リベルが指差せばシーダが矢継ぎ早に詠唱しながら杖を向ける。


「……これで俺らも、正真正銘お尋ね者だな」


 瓦礫の崩れる轟音を聞き、グラントが走りながら額を片手で押さえる。

 結局、巻き込んだ冒険者六名は全員、シャルロッテ率いる突貫部隊に加わってしまった。


「おい、あいつら……!」

「裏切り者だ、取り押さえろ!」


 奴隷の暴動で、各商会が建物を守る為に私兵を配備しているのだが、奴隷を押し留める為に作られた障壁を破壊して進んでいると、先を争うようにして襲い掛かってくるのだ。


「ユーディス・マキナ!……やっぱり、王朝の兵隊はともかく、味方の傭兵さん達まで敵にする必要はなかったんじゃないかな……!」


 ユイカが、シャベルやツルハシを手に殴り掛かってくる奴隷の首輪を付けた暴徒達をいなし、降霊術を使って得物を無力化しながらぼやいた。

 シャルロッテが全員を先導しながら言う。


「傭兵達も気が立ってるし、いちいち説得を試みていたら切りがないわ。……見えてきた」


 角を曲がって真っ直ぐ進めば、その先には十傑議会の講堂が立っていた。

 石を削り出して造った神殿のような外観で、手前は広場になっているようだ。


 今はそこに多数の捕虜奴隷達が集中し、防衛側の傭兵達と剣で打ち合っている真っ最中である。

 人の流れる向きから、暴徒達の間をすり抜けるのは容易かったが、十傑議会直属の親衛隊による防御はそう簡単に突破できそうにない。


「む、そこにおられるのはもしや、ロドニエ商会のシャルロッテ・ディーゼルベルン代表でありますか!?」

「如何にも。緊急事態に付き、手続きを省略して私を中に入れなさい」


 隊長と思しき者の呼び声に、シャルロッテは簡潔に命令した。

 しかし、緑髪の隊長は首を縦に振らなかった。


「現状、ロドニエ商会の決裁権は停止状態にあり、我々はここより先にあなた様をお通しする訳にはいきません。無実を証明されたいのなら、暴動の鎮圧に協力されたし」

「……フィオ」


 ──姿勢を落とす。


 パーティの皆に先行して隊列に迫り、並べられている大盾に剣先を突き付けた。


「エス」

「何を……っ!?」

「カースラ」


 白光が膨らむ。


 衝撃波が弾け、傭兵達が吹き飛んで防御の布陣に穴が空いた。

 そのまま突破するべく仲間達が駆け込む。


「ぐ、ぬぅ……!お前達、捕縛しろ!」


 私から距離の離れていた隊長が、飛び退って白爆の余波をいなし、すぐさま腕を振って部下に指示を出した。


 シャルロッテに向かって剣を振り被る大柄な傭兵。

 王女が腰に佩いた剣の柄を握る。


 だが、落とされた刃を受け止めたのは、金の尻尾髪を後ろに垂らす少女だった。

 鍔迫り合いで起こる火花に照らされたニコは歯を食いしばり、必死の形相で戦慣れした傭兵の攻撃を受け止め続けている。


「行って……!早く……っ」

「ニコ!」


 キャサリンが翻って加勢に入ろうとした。

 ニコが叫ぶ。



「あなたが進めば、死なずに済む人がいるんでしょっ!?」

「──」


 思わず足を止めた白髪の少女を追い抜き、黄髪の女が得物を振り抜いた。


「ぐぁっ!?」


 大柄な傭兵が鎧の上から斧槍を受け、重い金属音と共に軽く吹き飛ぶ。


「いい根性してるじゃないっ。殿下、ここは私達で食い止めるから、あなたは司令部へ!フィオ、後頼むわよ」

「はいはい」

「ハイは一回!」

「はーいっ」


 横薙ぎにされた太刀を屈んで躱し、防衛部隊の傭兵を後ろ回し蹴りで遠ざけた。

 リベルとユイカも頷き合い、既に呪文を唱えているシーダをグラントが如意棒で守る。

 彼らも傭兵達の足止めに徹してくれるようだ。


「いい仲間を持ったじゃない」


 シャルロッテの揶揄うような笑みに、私は眉を下げて目を逸らす。


「ほんの短い付き合いだよ」

「情の深さは、必ずしも傍にいた時間が伴う訳じゃないもの」


 訳知り顔で前に向き直った王女に先行し、私とキャサリンで二人いた門番をそれぞれ殺さないよう切り捨てる。

 扉を開いたシャルロッテが、騒然となっている講堂内の文官達に言い放った。


「私はロドニエ商会代表、十傑議会最高顧問がひとり、シャルロッテ・ディーゼルベルンよ!緊急時に当たり、メウセーズ全兵の指揮を執る!道を開けなさいっ!」






 メウセーズの中心にある講堂は、十傑議会が会議を行う場であると同時に、街の治安維持や防衛軍の指揮、他都市との流通交渉等を行う為の各省庁が揃っており、多くの文官が常時詰めている。


 商会代表とは言え城塞都市の十傑は皆血の気の多い強者揃いで、有事に際し十傑の殆どは直接現場へ赴き、私兵の指揮を執って暴動の鎮圧に当たっているようだ。

 それでも規定に則り、最低二人は顧問官が講堂に詰めている。


「シャルロッテ卿、私も貴殿を殺人事件の首謀者などとは疑っていない。十中八九、ラシンハ帝子飼いの鼠共が街に紛れ込んでいたんだろうと踏んでいる。だがな」


 円卓の一席に座る赤毛の偉丈夫が腕を組み、目を瞑ったまま言い放つ。


「組合が一枚噛んでる以上、我々もある程度筋は通さねばならん。貴殿の無実が公に証明されるまでの間、勝手な行動は慎んで貰おう」

「然り」


 対してこちらは立ったまま、長い青髪を低い位置で結んだ細身の男が、後ろ手を組んで壁の絵画を仰ぎながら続く。


「ロドニエ商会の議会除名は一時的な措置であるとは言え、会議の正式な決定である事に変わりはない。覆せば、我々十傑議会の名誉は地に落ちるだろう」


 シャルロッテは軍議室の入り口で胡坐を掻き、鞘に納めたままの剣を床に突いた。

 カン、という音が部屋に響き渡る。


「エーリヒ商会代表ドラーク顧問官、並びにスグルトス商工会理事スグルトス顧問官。事態は最早、議会の威信を気にしている段階ではないのよ」

「ではどういった措置が現状に相応しいと?貴殿の考えをお聞かせ願おうか」


 赤毛のドラークが瞼を上げ、鋭い眼光をシャルロッテに向けた。

 王女は淡々と言う。


「ラシンハ軍の捕虜達は意図的に捕まえさせられていた可能性が濃厚。だがそんな真似をすれば、最悪意図に気付いた王国側の判断で処刑されかねない。だから彼らはラシンハ王朝に於いても擁護する価値の低い犯罪奴隷であると推測できるわ」

「まあ、そんなところでしょうな」


 青髪のスグルトスは相変わらず顔も向けないままに肯定した。


「そう。彼らは恐らくこの機を狙って侵攻してくるラシンハ軍を街に引き入れ、メウセーズを占領できた暁には褒美として開放されるだとか、そんな条件で動かされているに過ぎない。全員処刑したところでラシンハ軍の戦力低下は望めず、寧ろ他国に示す侵攻の口実を与えてしまうわ」

「ならば再び捕らえよと?どうやって脱走したのかも分からん暴徒共に、損害に目を瞑って掛けてやる慈悲など、無い!」


 ドラークが厳然と言い放ち、空気がビリビリと震える。


「違うわ。その逆よ」

「と言うと?」


 スグルトスが振り返ってシャルロッテに理知的な瞳を向けた。

 彼女はニヤッと犬歯を剥いて笑う。


「今日を以って、メウセーズは放棄するわ。東部戦線は、王国軍の敗戦よ」


 二人は唖然として動きを止めた。

 ドラークが立ち上がって円卓に拳を打つ。


「馬鹿な!?たかが暴徒相手に背を向けて逃げろと言うのか!!」

「正確には、今頃この街で上がった狼煙を確認して、侵攻を開始しているであろう王朝三騎士団からね。このままだと傭兵達はこの街ごと、碌に戦う事もできないままラシンハ軍に狩り尽くされるわよ」

「有り得ん!現状東部国境にはラーズ卿の所有するガルガンソ防衛旅団が展開中だ、態勢を整える時間は十分に稼げる!」

「無理ね。ジルフット組合がいる限り、メウセーズの暴動は鎮圧されないわ」

「……根拠は?」


 スグルトスが眉間を指で揉みながら訊いた。

 シャルロッテは立ち上がって首を鳴らす。


「連日メウセーズで頻発した夜襲の件、仕組んだのはジルフットよ。目的は傭兵団同士の結束に罅を入れる事と、私の商会に濡れ衣を着せて十傑議会の影響力を削ぐ事。彼はラシンハ帝の密偵と手を結び、王朝軍の勝利に貢献する代わりに、この街の支配権を譲り受ける契約なのでしょう」

「しかし、組合が裏切ったという証拠はないのでしょう?所詮はあなた個人の憶測に過ぎない見解に、議会の意思決定を委ねる事はできない」


 王女は剣を抜き、ひと振りしてから嘲弄するように彼らを見下ろした。


「まだ理解できないのかしら?議会は捕虜を従順な者から順に地上で働かせていたようだけど、大部分は地下牢に幽閉されていた筈。この短時間でこれだけ大きな暴動を起こしている以上、牢は破壊されたのではなく鍵を持った誰かに開錠されている。奴隷の管理を率先して引き受けていた組合なら容易く実行できたでしょうね」


 シャルロッテは円卓に跳び乗ると、中心へ歩いていく。


「それにロドニエ商会本店には今、立ち入り捜査に入ったジルフットが組合所属の傭兵達を連れて、十傑の顧問官数名とその私兵達を巻き込んで立て籠もっている筈よ。そのせいで合議を取る事もままならず、私達は方針の違いから悪戯に時間を浪費している。このまま行くと、ラシンハ帝とジルフットの思い描いていた通りになってしまうわね。だから」


 没落した王家の血を引く孤高の少女は、手に持った剣の先を城塞都市の十傑に向けた。


「私が全ての指揮を執るわ。大人しく従いなさい」

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