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十六幕 詐称審判

 アズライハは私達には決して見せないような薄笑いを浮かべた。


「黒髪の女がいたろ。フィオとかいう奴。バーヒンクで俺はあいつが路地裏でゴロツキを殺してる所を見た。腕試ししてやろうと思って因縁付けてみたら、返り討ちにあってこのざまだ」そう言って黒い外套を捲り上げ、右腕に深々と残った真新しい刀傷を見せつける。「あいつがロドニエ越境旅団の奴と一緒にいるのも見た。奴らがレデニウスの言っていた“ベルエストの証”で間違いないだろうさ」

「じゃあ、予定通り仕掛けるんだな」

「ああ。連中には悪いが、十傑議会をバラす生贄になって貰おう」


 やはり、レデニウスはシャルロッテを裏切り、組合に通じていたらしい。


 ムートリクノ連峰で街道の封鎖に一枚噛んでいたファリオンらから聞いた話によれば、組合がグロッセルで募っていた冒険者の協力者もまた、ベルエストの証と呼ばれていた。

 同時にレデニウスは潜伏していたロドニエ越境旅団にも、冒険者をベルエストの証として雇うよう進言していた。

 当初の想定では、ラーズ卿率いるガルガンソ商会の一派がグロッセル以北のエウンセイロ街道を封鎖している事がバレた際に、“ベルエストの証”を符号とする冒険者を足止めしていたのは、それがジルフット組合に与した冒険者を表す符号だと認識していたからと言い逃れる為だと思っていた。

 レデニウスが私をロドニエ商会に仕向けたうえで殺されたのも、尋問によって敵味方の符号を同一化させた理由を聞き出されないようにする為だと。


 ファリオンらは十傑議会のひとりであるラーズ卿の裏切りを知っていたし口止めもされていなかったが、それでも外部の人間である以上、彼女らの証言が十傑議会に貢献してきたラーズ・シンバルテを失脚させる程の効力を持つ事はない。

 ラーズ卿は安全圏にいながら、まんまとラシンハ帝を手引きする事ができるのだ。ただ帝族の血を引くラーズ・シンバルテの立場を保障する為だけに命を投げ打ったのだとしたら、レデニウスは大した血統主義者だと思う。


 だがアズライハ達の会話を聞く限り、ロドニエ商会が雇った冒険者に、天秤と印とする“ベルエストの証”を与えられた真の目的は、他にあったようだ。


 リベル達は今夜にでもジルフット組合の傭兵達によって拘束されるだろう。

 私は足音を殺してその場を離れる。


 獲物は釣れた。

 後は彼女と連絡を取って、仕上げといこう。






 翌日、正午。


 メウセーズの中心に聳える十傑議会講堂前の広場は騒然となっていた。

 アズライハはいつかのように声を張り上げている。


「聞け、王国最大の城塞都市に暮らす戦士達よ!以前からこの街で傭兵殺しが相次いでいたのは周知の事実だろう。相次いで同胞達が闇討ちに遭う状況に、昨今の情勢から我らジルフット組合を疑う声が多かった。しかし我々は五年前の汚名を返上すべく内々に調査を進め、遂に真犯人を突き止めたのだ!」

「ふざけんな!」

「そんなもんお前らがでっち上げただけだろ!」


 だがバーヒンクの集落と違い、飛び交う野次はどれも否定的だ。

 それだけ、この街の住民達や傭兵団の組合への心象は悪いのだろう。


「諸君の疑いは尤もだ!では彼らが犯人だという根拠を提示しよう!」


 そう言ってアズライハは夜中に拘束されていた七人の冒険者の内、黒髪の女を引っ張ってきて猿轡を切り落とした。


「正直に答えるなら命だけは助けてやる」


 私に耳打ちした騎士は、身長に不釣り合いなほど長い剣を私のうなじに当て、いっそう声を張った。


「女、名乗れ!」

「……フィオ」

「貴様はラシンハ王朝の刺客か、それとも気の狂った傭兵か!」

「見ての通り、南の冒険者よ」

「何故傭兵達を手に掛けた!」

「……なんの話?」


 アズライハはさも唖然としたように間を取ってから尋問を続ける。


「この期に及んで白を切るつもりか!ならば傭兵達の慧眼を以って真実を白日の下に晒す他あるまい」


 そう言って金髪の青年は私の髪を鷲掴んで前を向かせ、その瞳を足を止めている傭兵達の前に晒した。


「再度問う。冒険者、貴様は本当に人を殺した事はないのだな?」

「……っ」


 集まっている屈強な傭兵達と目が合う。

 彼らは概ね私に同情的な視線を送っていたが、冷徹に真実を見極めようとする戦士の顔をしている。


「……殺した事なら、ある」


 嘘を付いたなら看破されていただろう。

 正直に答える他無かった。

 だが、傭兵達は言葉に嘘がない事を見て取って、少しずつ私を疑い始めている。


「でも、この街であぐッ!?」


 頭を掴まれそのまま地べたに押さえ付けられた。

 頬に砂利を擦り付けられながら、私を見下しているアズライハを睨み上げる。

 こいつ、後で殺す……っ。


「最後の質問だ。お前は“ベルエストの証”か?」

「……」


 黙っていると、後ろ手に縄で縛られて地に組み伏せられたまま再度髪を掴み上げられ、顔を衆目に晒された。

「お前が犯人じゃないなら、“ベルエストの証”について何も知らない筈だな?」

「…………」


 私は元々嘘があまり上手くない。

 黙っていても、無意識に瞳が左右に揺れてしまったのだろう。

 傭兵達の目の色が変わっていく。


「知っての通り、メウセーズは今未曾有の危機にある。東部戦線ではラシンハ帝の侵攻が激化し、壁内では殺人事件が相次いでいる。襲撃に遭ったものの生き残った者は、犯人の服装に天秤のエンブレムが刺繍されているのを目撃している」


 アズライハ達の計画の全容が見えてきた。


 彼らはまず南に出兵し、ロドニエ越境旅団を南へ誘因した。

 次いでレデニウスと組み、ロドニエ商会に“ベルエストの証”という称号を与えた冒険者を引き入れさせる。

 同時にメウセーズで事件を起こし、犯人役に“天秤”のエンブレムという手掛かりを残させる。

 最後はシャルロッテに天秤の称号を与えられた冒険者を伝令としてメウセーズに送らせる。


 後はメウセーズで天秤の証を持った冒険者を捕らえて、所属を問い質せばシャルロッテ殿下が黒幕という事になる。

 ベルエストの証を持った冒険者以外の兵が伝令に向かった場合は、連峰や樹海で待ち伏せしていた組合の人間を使って始末するつもりだったのだろう。

 外部から雇った人員を幾つかのグループに分けて雇い、それぞれに他のグループはガルガンソ商会から出向した協力者だと伝えておけば、仮に街道に配置した兵が尋問にあった場合でも、ラーズ卿に濡れ衣を着せられる。


 組合の目的は昨晩聞いた通り、一貫して十傑議会を内部分裂させる事にあるのだろう。


 一日見て回っただけでも分かる。

 この街で議会の権力は絶対的なものだ。

 傭兵も落ちぶれて組合に拾われる者以外の殆どが議会に加盟している。

 冒険者にとってのギルドに等しい存在なのだろう。


 それ故に議会最高顧問である十傑のシャルロッテ殿下やラーズ卿の裏切りが齎す悪影響は計り知れない。

 王女や帝息といった立場は、権力欲に憑りつかれたと尤もらしく動機付けするのに都合が良いし、両者共メウセーズに於ける中核戦力だ。

 内通者の嫌疑が掛けられれば、お抱えの私兵団は戦線への参加を禁じられ、取引のあった商会や傭兵団もその煽りを受けることになる。

 最終的には潔白を証明できるとしても、一時的に王国側に於ける東部戦線の投入戦力は半減する。

 そこを狙って攻め込めば、ラシンハ帝は容易にメウセーズを制圧できるのだ。


「この女が忌まわしき“天秤”の一座に名を連ねている事は理解して貰えただろう。恐らく実行犯はこの者達でも、背後には権力者がいる筈だ。どうか尋問は我らジルフット組合に任せて貰いたい。議会に属していない我々だからこそ、権力に靡かず公正に背後関係を探ることができるだろう」


 その場に集まっていた住民や傭兵達は未だざわついているが、事の真偽を測りかねて取り敢えず様子見をしようという声が漏れ聞こえてくる。

 自作自演を疑う者が少ない当たり、組合の心象は必ずしも悪いものではないのか。

 或いは疑いを掛けられない為、組合所属の傭兵も殺めていたのかもしれない。


「何の騒ぎかね」


 老獪なその声は決してアズライハのように大きく張られたものではなかったが、群衆が起こす喧噪の中でも明瞭な威厳を以って広場に響き渡った。

 人垣が割れ、精悍な兵達に囲まれた老人が進み出てくる。


「……ラーズ卿」


 橙髪の傭兵が動揺した声を漏らす。


 白髪を撫で付けた年嵩の男は、ゆっくりとした足取りで私達の前に歩み寄ってきた。

 齢五十三だというが、歳の割にはかなり老けている。

 枯れ木を思わせる細身の手足を見れば、自ら武勇を立てるタイプの権力者ではない事にも納得がいく。

 手にも鍛えられた感じがなく、碌に剣も握った事がないのではないだろうか。

 それでいて私を見る青い瞳は理知的で、如何なる謀も見透かしてしまいそうな深みを持っていた。


 十傑議会最高顧問のひとり、ガルガンソ商会代表ラーズ・シンバルテ。


「ラーズ卿。この城塞都市メウセーズで昨今、闇討ちが相次いでいる事は当然ご存知の事と思う。我々は独自に捜査を行い、遂に事件の実行犯達を捕らえる事に成功した」

「それが、その者達かね?」

「その通りだ」


 アズライハが淀みなく告げると、ラーズは跪かされている私と、それから縄で縛られ猿轡を噛まされた状態で立たされているリベル達六人へ順に視線を送った。


「見た所、国境越えを目的に南から来た冒険者だろう。とてもメウセーズという狭い世界に於ける権力闘争に関心を持ちそうには思えないが」


 流石、シャルロッテと並ぶだけあって慧眼だ。

 アズライハは慎重に言葉を選ぶように続けた。


「ラーズ卿、我々も彼の者達が事件の首謀者とは考えていない。恐らく背後にメウセーズの覇権を独占しようとする権力者が控えていると、我々は考えている」


 言外に、ラーズ卿もまた疑われている事を匂わせている。


「それは、君達ジルフット組合の事ではないのかね」

「ラーズ卿、軽率な発言は控えて頂きたい。我々は予てより十傑議会と協力して戦線の維持に尽力し、身元の不確かな傭兵を率先して引き受ける事でこの街の治安維持にも貢献してきた。誓って権力欲しさに裏切りを行うような卑劣な真似はしない」


 よくもまあいけしゃあしゃあと。

 私がアズライハに呆れた目で見ている間に、ラーズはなおも追及した。


「十傑議会は、組合が以前から南に兵を派遣していた事実を掴んでいる。その者達は、組合の秘密裏に用意した人間ではないのかね?」

「何の話か分からないな。寧ろ南に兵を送っていたのは、十傑議会の方ではないのか」

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