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十一幕 蛮勇と嗤う莫れ

「だからってオークが出たとは限らないんじゃないかい?冒険者が回収し切れなかっただけの可能性もある」


 赤毛を緻密に編み込んだ筋骨隆々のエイダが手を振って疑問を呈した。


「尤もな意見だが、まずそれはない」

「どうして?」

「食われてたんだ。死体はどれも骨や内臓が散乱して酷い臭いだった」


 シーダという長い杖を突く紺髪の神経質そうな青年が、眉を顰めながら吐き捨てる。


「……冗談じゃないわ」


 回れ右して帰ろうとする白髪二つ結びのキャサリンをエイダが咄嗟に掴まえ、口論が始まった。


「いつもこうなの。気にしないで」


 隣まで来たニコが苦笑しながら呟く。


「なあリベル」


 茶髪の偉丈夫が黒髪の角顔に水を向けた。

 視線はモーリスに注がれている。


「いくら寄せ集めとは言え、獅と殺り合ってる間にお荷物の面倒なんか見てる余裕ないぞ。足手纏いになったあげく死なせてやるくらいなら」

「ふむ。そこの、モーリスと言ったか」

「……え」

「君は何ができるんだ?」


 リベルの問いに、少年は愕然とした様子で言葉に詰まった。

 リベルもやれやれと首を振る。


「俺の軽率な判断で巻き込んでしまった事をまず謝罪させてくれ。タムトートにいる集まるのは脛に傷持つ輩も多いから、比較的堅気そうな奴を中心に誘いを掛けたんだが、俺も気が急いていてな。もし実力不足だと感じるのなら、今から引き返して貰っても……」

「だ、大丈夫です!連れて行って、ください……。僕は」


 彼が懐から取り出したのはナイフだ。

 刀身も長さからいって殺傷性に欠けているが、私は鍔のところに嵌った赤い宝石に目がいった。

 これ程大振りの紅玉石を、この少年が持っているというのは如何にも不釣り合いだ。


「援護なら、できますから……」


 グラントが目を瞑ってやれやれと首を振り、リベルが片方の瞼を瞑る。

 キャサリンが露骨に蔑んだ目で舌打ちし、モーリスは肩を聳やかした。


「ごめんね、うちの仲間が。偉そうだけど、悪い奴じゃないのよ。別パでも一緒にダンジョンアタックする以上、死んで欲しくないだけなの。昔、色々あったみたいでね」


 灰髪軽装のユイカがモーリスの肩に手を置いて慰める。

 少年は顔を赤くして彼女をチラチラと見た。

 昔、色々。

 木の幹に凭れた橙髪の青年。

 横たわる長身の赤毛娘と、這った跡を残して手を重ねる小柄な白髪の少女。

 金髪の青年が太い根に乗り上げたまま口から血を零し、折れた戦斧すぐ傍に突き刺さっている。

 最後まで戦い抜いたのか、一番凄惨な姿だった青い髪の少年は、それでも膝を突いて倒れる事もないまま、口が僅かに笑みを形作っていて──。


「ぅっ……!」


 口を右手で覆い、左手で衣の胸元をくしゃくしゃに握って、体をくの字に折ったまま荒い息を漏らす。


「ちょっと、大丈夫っ?」


 駆け寄ってきたユイカが背をさすってくれた。

 エイダが手斧を肩に担いで息を吐いた。


「本当に大丈夫なのかね」

「俺とお前がいるんだ。それとも自信が無いのか?」

「馬鹿言ってんじゃないよ。やってやろうじゃないか」


 赤毛を編み込んだ逞婦がどしどしと暗闇の階段を降りていき、角顔の男がふっと笑う。

 キャサリンが隣を追い越しざまにこちらを見下ろして言った。


「足引っ張らないでね」


 後に続くニコが申し訳なさそうに会釈していく。

 耳鳴りが収まると、私は足を踏み出した。


「ねぇフィオ。あなた、今日は止めておいた方がいいんじゃないかな」


 立ち塞がった灰髪の少女が、真剣な顔で忠告してくる。


「やだ」

「やだってそんな、子供じゃないんだから……」


 私は一歩引いてユイカを避けると、古墳の左足部に設けられた遺跡の入り口に足を踏み入れた。

 “カルロダンジョン”。

 全百層に渡るとされるこの迷宮は、現時点で第四層まで踏破されている。

 残る第五層以下全てが開拓地、フロンティアである。






 “降霊術”。


 人には誰しも心臓を中心に精霊が通っており、特定の言霊を介して物質世界にその力を降ろす事ができる。

 精霊の真名を自覚する為には、自らの精神世界である“アディア”の門を開かなくてはならない。

 対して魔術ギルドで教えられる方法は、アディアに干渉する事なく呪文を用いて精霊に顕現を強制するものだ。

 悪魔の術法と名付けられる所以だが、果たして精霊に意志があるとするかどうかは、精霊信者か聖教徒かに依って意見が分かれている。


「ユーディス・マキナ」


 灰髪の少女が振り被った鉈が濃青、紺、紫の三色に分かれた煌煙を灯し揺らめかせる。

 倍以上の身の丈を誇るコボルドが腹部から血嘯を放ち、二つに分かれて通路の奥へと消えていく。


「降霊できる人初めて見たよ」

「そう?私の西の同盟出身だから、あっちじゃ魔術より降霊術が主流だったけどな」


 ユイカが瞳を天井に向けてぼやく中、既に後続のコボルト達が迫っている。


「ガルルルアアアアアアアッッッ!!」


 ──剣を投げる。

 三体いる内の一頭が眼窩から脳を穿たれて俯せに倒れた。

 残り二体は止まる事なくもう目と鼻の先。


「ちょっとっ!?」


 いきなり得物を手放した私にユイカが動転する。

 でも、心配いらない。

 試してみたい事があったんだ。

 歩いて前に進み出ながら口を小さく動かす。


「──カースラ」


 私と狼人の間にあった空間が淡く白光する。

 発破音の後、二匹のコボルドが遺跡の両壁に罅割れと共に埋まった。

 狗の死体に歩み寄って愛剣を引き抜くと、生き残りを一頭ずつ貫いて殺めていく。


「……魔法使いだったの?剣持ってるからてっきり」


 私はゆるゆると首を振って苦笑した。


 精霊は宿し子を選ばない。

 真名を知ってさえいれば、他人でもいいのだ。

 生きている間は依り代に従っていても、死んでしまえば野に解き放たれた精霊は発現する機会を永遠に失う。

 だからかは分からないが、もしその名を知っている者がいれば、例え邪法の業であったとしても乗り換えてしまうのだ。


 誰に言えるだろう。

 かつて仲間になれそうだった一人の少女から、図々しく魔法だけ貰い受けただなんて。

 卑賎でも、使えるものは使う。

 私はそうやって生き残る。


『──大所帯だと小回り利かないな。いざ接敵した時、却って不利だ』


 リベルの提案で、私達九人はツーマンセルを組む事になった。

 ペアは以下の通りである。


 リベルとグラント。

 エイダとキャサリン。

 フィオとユイカ。

 ニコとシーダとモーリスはスリーマンセルを組んだ。


 カルロダンジョンは入り組んだ迷路のような作りをしていて路も幾重に分岐するのだが、袋小路は無く、どれも次層への階段まで続いている。


 その為私達はそれぞれ別のルートに入り、もしもオークと接敵した場合は預けられた“共振鈴”を鳴らす事になっている。

 文字通り鳴らすと対で作られた鈴も一緒に鳴り出す魔道具だ。

 その場合戦闘は避け、来た路を引き返して層の入り口まで退避する事になっている。

 私達と共鳴するのはエイダとキャサリンのペアだ。


 つまり砂漠の宿場集落タムトート主催即席オーク討伐隊九人は、実質二つのパーティに分かれている事になる。

 もし片方のグループが獅と戦闘になっても他方のグループに知る術は無いし、別々に攻略を進めるしかないのだ。

 とは言え一層から二層への階段では全員集合した。

 二パーティ間で攻略進度にズレが生じた場合、高確率でオークとの接敵が原因と予想される為、今のところ順調だ。


 私は鼻を鳴らした。


「……何かあるね」


 ユイカが前方に駆けていく。

 全員腰部にカンテラを提げているが、光源に乏しい為にかなり近付かなければ魔物も感知できない。

 注意を促そうと手を上げかけて、どうやらその心配は無さそうだと気付いた。


 唖然と立ち尽くす娘の傍に寄り、口元を腕で覆いながらそれを見る。

 蝿の集った化け物の屍骸だ。

 食い荒らされた内臓が散乱しており、肉は殆ど削げ落とされて赤く血に濡れた肋骨が露出している。

 貌は旨くなかったのか、左目を失い頭蓋が見えている他は比較的狼の原型を留めていた。


「もうこんな所まで上がって来てるの……?」

「だとしたら、一層で当たらなかったのが奇跡だね」


 私は脳裏に浮かんだもう一つの可能性については示唆を避けた。

 もう既にオークがこの迷宮を抜け出して砂漠に解き放たれているかもしれない。

 魔物は人里を嗅ぎ分けるという。

 鬼や狗なら大勢の人がいる場所には畏れを為して寄り付かないものだが、相手は竜を除く生態ピラミッドの頂点。


「行こうか」


 ユイカを促しつつ先を行く。

 ここでタムトートに戻るという選択肢は私には無かった。

 路銀が底を突きかけている。

 ベルトに吊るした忌み袋は疾うに赤い雫を滴らせているが、まだ足りない。

 換金所で銀貨を拝む為には刳り抜いたオークの牙を持って帰らなければ。

 その為に見知らぬ民間人が犠牲になった所で、私の腹は痛まないのだから。


 いや。


『……旦那、お恵みを』

『お客さん、あんま不用意に慈悲を掛けねぇでやってくれやせんか』


 知ってる顔もあったか。

 軽く笑い声を漏らすと、灰髪の少女が怪訝そうにこちらを一瞥する。


「どうしたの?」

「ううん。早く片付くといいね」

「……そうだね」


 もしオークが街に行っていたら、彼らはちゃんと逃げられるだろうか。

 きっと無理。

 全く、余計な事をした。






 八人は足早に荒れ地を歩いていた。

 タムトートから南のカルロダンジョンまで僅か十キロ程だ。

 西の地平線に夕玉が揺らぐ中、石造りの寂れた集落がすぐに見えてきた。

 リベルが背負った毛布に包まれる人間大の荷物が重々しく左右に揺れる。

 グラントが聞えよがしにため息を吐いた。


「俺の責任だ」

「止せ。自分の実力も見極められなかったこいつ自身の落ち度だ。冒険者なら覚悟の上だったろうさ」


 自責する角顔の男が俯くと、大漢がその肩に手を置いて励ます。


 毛布からカランと音を立てて鞘に納まったナイフが落ちた。

 大振りのルビーが斜陽に閃いている。

 拾ってベルトに差した。

 落ちくぼんだ目をしたニコがキッと睨み付けてくるが、無視する。


 運悪くオークと出くわしたニコは逃げる間もなく殺されかけ、咄嗟に庇ったモーリスが代わりに頭を割られた。

 鈴を持っていたのがシーダだった事も災いした。

 三人はかなり距離を空けて殆ど別々に探索していたらしく、状況を即座に共有できなかったようだ。


 当の紺髪青年は素知らぬ顔をしている。

 意外だったのは白髪をツインテールにした娘が悼ましそうにしている事だ。

 尤も彼女が気に病んでいるのはどうやらニコが落ち込んでいるからだろうけれど。


「……まずいね」


 エイダがそう呟いて駆け出した。

 ニコ、キャサリンの二人もすぐ様追従する。

 一緒に走り出そうとするユイカを、リベルが引き留めて言い合いになった。

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