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十幕 愉悦を伴う渇き

「でもファリオン達は、あの男達がガルガンソ商会の差し金だと知っていた。依頼に従って通行の目的を確認したからかもしれないけど」

「そのうえでバリケードの占有を見逃した。それは彼女達もまた組合の依頼を受けた時点で、ガルガンソ商会の協力を把握していたって事」


 私は男達の会話を思い出す。


「頭目は確か茶髪のクレーズって男で、手押し車に積まれている酒樽を仲間に配ってた」

「あの荷車はたぶん組合の持ち物でしょうね。まあ逆茂木の材料なんて、あの辺りにはいくらでもあったろうけど」


 あの逆茂木は、ファリオンらが現地で自作したという。

 木材は森から切り出したとして、大量の縄や鉄網、重しに使う土嚢の運搬には荷車を使用しなければならない

 ラーズ卿の配下達への手土産も積まれており、確認と受け渡しが行われたとしたら、それはクレーズ達の会話を聞く限り十日以内。

 レデニウスが私やブリード達と接触を図ったのは、もう一月近く前になる。


「案外、私だったりして」

「何が?」

「待ち伏せされていたベルエストの証。組合に与した冒険者じゃなくて、ロドニエの伝令を阻止する目的だったとしたら、ラーズ卿とやらの差配にも整合性が取れる」

「……仮によ」


 ミリーネが口を手で覆って明後日に視線を送りながら呟く。


「レデニウスにラーズ卿の息が掛かっていたとして、それなら紛らわしい符号なんか使わず、黒髪の冒険者とその一党を捕らえろとだけ伝えれば……」

「クレーズらはベルエストの証としか知らされていなかったみたいだし、もし事が公になった場合は組合の私兵を抑止していたと主張して追及を躱す算段だったんじゃないかな」


『殿下、証が見つかりました』


 レデニウスが今わの際に残した言葉。

 あれはシャルロッテに向けた言葉だと思っていた。

 だがファリオン曰く、十傑議会の一角であるガルガンソ商会代表ラーズ・シンバルテも、妾の子とは言えラシンハ帝の嫡子であるという話だ。


「伝令を遮断した。越境旅団が組合を追って南征している状況を、ロドニエ商会本部が知らなかった場合どうなると思う?」

「……状況確認と加勢の為に、派遣隊を組む事になるわね」

「その場合、本部に残る兵力はどのくらいなの?」

「……ラーズ・シンバルテ。あの老いぼれめ」


 ミリーネが走り出す。

 街道を走る彼女の黄髪が、青空を背に踊っていた。

 その後ろ姿に一瞬だけ、ほんの短い間だけパーティを組んだ五人の姿が重なって見える。

 頭を振ってもう一度見れば、ミリーネが振り返っていた。


「あんたは引き返して、殿下にこの事を伝えて!」


 そう言って、また走り出したミリーネはどんどん遠ざかっていく。


『角を折るな』


 そう言っていたソンファも、クレンズと一緒に今頃黒竜の胃袋だろう。

 あれは元々、シャルロッテ・ディーゼルベルン王女の伝言だという。


 恐らくシャルロッテは組合が街道を閉鎖している事に気付いていた。

 なら、とうにラーズ卿の目的も察している筈。

 もしかしたら、レデニウスもラーズも、ラシンハ王朝の工作員かもしれないという事にも。


 角を折る、クレーズ達のような街道の検問をロドニエ商会が打ち倒した場合、ファリオン達のように生き残った組合の人間はすぐさまメウセーズまで報告に向かうだろう。

 取りも直さずそれは、組合がロドニエ越境旅団を南へ誘因する事に成功した証左となる。

 その報せを契機としてガルガンソ商会はロドニエに攻め入り、延いてはメウセーズの攻略に乗り出すのだ。


 ラシンハ王朝とエルベルン王国の国境は東部戦線と呼ばれ、今でも紛争が続いている。

 王権が没落した後でもも、メウセーズは王国側にとって最大の要衝であり続けた。

 メウセーズが陥落すれば、エルベルン王国北方領はラシンハ帝の掌中に納まることになる。


 考えるだけでも身の毛がよだつ。

 脳裏に浮かぶのは金髪を二つ結びにした年若い娘の姿。


「シャルロッテめ……」


 あの女は自らの国の存亡を左右する事態の行く末を、腹心を殺した会ったばかりの冒険者風情に委ねていた。


 思えば宿場集落バーヒンクで出会った騎士アズライハも、組合が放った密偵のひとりだったのかもしれない。

 ジルフットとやらもベルエストの証の件を知ったうえで、つまりラーズ卿が不利になればいつでも足切りにされる前提で、ロドニエの動向をつぶさに監視していたということである。

 ジルフットという男はメウセーズに名だたる十傑議会も王女も、果ては王国をも裏切って、ただラシンハ帝の勝利に賭けたのだ。


「笑えないね」


 どいつもこいつも。

 遠く小さくなったミリーネの姿は、青い花畑に包まれてもう殆ど見えない。


 潮時だ。


 ブーツで蒼いミースの花弁を踏みつける。

 道を外れた私を止める者は、誰もいなかった。






 土を踏んでも、足跡が残らないこともある。

 砂が乾いている時だ。

 雨が暫く降っていないのだろう。


 石造りの街並みはかつての興成を想起させるが、今は路を歩く人影も疎らだ。


 ムートリクノ連峰より北に分布しているペルペ野の気候は大きく二つに分類される。

 一つは詩人レモーフェの名が冠された青咲きミースの花海。

 もう一つはラフテ砂海だ。


 然る少年は旅の最中、魔女と出会った。

 魔女に導かれた少年は幾多の試練を乗り越え、遂には王を打ち斃すに至る。

 旅路の中、少年はとある砂漠で見つかった奇妙な迷宮に潜り、暴走した火の妖精を討ち取って旱魃に見舞われていたその土地に雨を取り戻すエピソードがあるのだ。

 少年はいつしか剣聖ラフテカルロと称えられ、多くの格言を残してこの世を去った。


 レモーフェ花海はエウンセイロ街道を中心に分布しており、その東西をラフテ砂海が挟むように広がっている。

 ミースの花には吸火水授性といって、空気中から燃性物質を吸収して根から水を放出する植生があり、街道の周囲がオアシスを形成しているのだ。


「……」


 砂漠と言えば昼には酷暑、夜には極寒というのが伝え聞いた話だが、私が何日か野営して歩いた感じでは、気候そのものはグロッセル周辺と然したる違いはない。

 景観も砂漠地帯というより荒れ地といった様相を呈していた。


 適当な軒に覗いてみる。

 中はがらんとしていて、民家の可能性は低いように思われた。


 どうもこの集落、人が定住している気配が無いのだ。

 旱魃に見舞われているだろうに井戸の数が少な過ぎるし、基本的に道行く全ての者が馬を牽いている。

 素泊まり用の木賃宿が寄り集まっているだけの無人村といった感じだ。


 尤も露店くらいはある。

 天幕の下で屋台を広げるなどという上等な代物でもなく、風呂敷の上に適当に雑貨小物と値札を並べただけのちゃちな商いだった。

 しゃがみ込んで目線を合わせようとしても、店主は最早浮浪者というか行き倒れの乞食といった有様で、目元口元も伸び切った髪髭に覆われてこちらに気付いているかも怪しい。


「ね、あなたなんでここにいるの?」

「……旦那、お恵みを」

「私は女よ」

「……女将さん」


 鼻の奥で含み笑いを木霊させて、腰の巾着に入った銅貨を鷲掴む。


「どうぞ」

「……そりゃ、食いモンですかい」

「これで買えるわよ。パンでも何でも」


 乞食の男はゆるゆると首を振って、再び瞼を落としてしまう。

 私は息を付いて硬貨を仕舞い、ポーチから干し葡萄を取り出して男の掌に乗せた。


「……嗚呼、ありがてぇ」


 そう言った男は隣で蹲っていた別の行き倒れの唇に乾物を宛がう。

 しかし、その人物はピクリとも動かない。

 もう事切れているのだろうか。

 それでも男は施しを止めなかった。

 無理やり紫色の唇の間に干し葡萄を押し込むと、ゆっくりと大儀そうに元の姿勢に戻ってまた動かなくなる。


「お客さん、あんま不用意に慈悲を掛けねぇでやってくれやせんか」

「え?」


 振り返ると、敷物に胡坐を掻いていた見窄らしい商店主のひとりが、瞳に哀愁を湛えてこちらに横顔を向けていた。

 私は愛想良く微笑んで尋ねる。


「どうして?」


 剃髪で立派なもじゃ髭を蓄えたその店主は前に直ると、しばらく沈黙していた。


「……そいつももうすぐ諦めが付きそうだったからさ。叶わない希望なら、与えてやるだけ気の毒だ」

「……」


 きっと彼は、実際にそんな光景を幾度か目にしたことがあるのだろう。

 そんな口振りだった。私は立ち上がってその店先の覗いた。

 店主が仰ぐ下には、幾つかの骨董品、例えば針の止まった懐中時計や端の欠けた食器が並べられている。


「これを頂くよ」

「まいど」


 銅貨を二枚と、干し肉を差し出した。

 男が眉を潜める。


「お客さん、こいつは……」

「余ってるの。次いでに貰っておいて」


 錆びたチェーンネックレスを貰ってさっさと立ち去ってしまえば、もう突き返す事はできない。


 しばらく歩いて路地裏に曲がり、さっと往路に顔を出して後ろを見れば、店主が干し肉を齧りながら、懐をまさぐっている。

 そして恐らく昼餉にするつもりだったろうビスケットを取り出すと、さっきの乞食の手元に落としてやっていた。

 私は口端を少し上げてまた降ろし、そのまま市場を後にする。


 施しなんて理屈じゃない。

 その場限りでも、優越感を得る為でも、やった方が気分が良い。

 そんなものだと思う。






 ラフテ砂漠の迷宮といえば決まっている。

 茶褐色の人型古墳、その右足部分に黒々と開けた地下への入り口を前に、私はぼんやり立ち尽くしていた。

 狭い階段は冒険者達が一度にすれ違う事ができないので、登ってくるパーティが上がり切るまで待っているのだ。


「よう、ご苦労さん」

「どうも」


 先頭の角ばった顔をした男が、景気よく挨拶を寄越す。


「嬢ちゃん、今日は止めといた方がいいかもしんないぜ」

「なんで?」


 仲間と思しき後ろの三人が一斉に顔を見合わせた。


「下層から獅が何匹か上ってきたみたいで、コボルド達が少なかったの。出くわしたら最悪全滅だから、あたし達も早々に切り上げてきたわ」


 唯一の女性メンバーである灰髪の娘が遠慮がちに言った。

 確かにまだ日も高く、探索を終えるような時間じゃない。


「タムトートに帰ったら幾つかの酒場を回って触れ出すつもりだが、ギルドが無いから情報の巡りも悪いし正直手が足りねぇ。あんな出涸らしの茶葉みたいな村でもよ、昔話に出てくる有名な遺跡が近いからって足を運ぶ同業はそれなりに多いんだ。できれば犠牲者が出る前に状況を共有したい。あんたも頼まれてくれないか」


 彼らは迷宮への入り口を塞いでしまっている。

 どうも、言う通りにするしかない流れだ。






「俺はリベル」

「あたしはユイカ」

「シーダ」

「グラントだ」


 黒髪の角顔男と灰髪の盗賊娘、紺髪の魔法使いと茶髪の戦士が名乗りを上げた。


「エイダだよ」

「……キャサリン」

「ニコよ」


 赤毛のドレッドヘア、不機嫌そうな白髪ショート、金髪ポニーテールの女三人組が挨拶を返す。


「そっちはソロだな。名前は?」


 促された黒髪の娘が瞬き、緑髪の少年が俯く。


「私はフィオ」

「モーリス、です……」


 リベルが柏手を打ってダンジョンの入り口に立った。


「調査隊の面子は以上九名だ。俺らが昨日来た時、三層まで潜ってコボルト狩りをしたが、牙を抉られてない十三体の遺骸を発見した」

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