エンディングに気付いた人
ふいに、今この時が私の人生のエンディングの瞬間なのだろうと思った。
この良く晴れた日の午後に、この古ぼけた喫茶店の片隅で、私は私の物語を完全に終えるのだ。なぜだかそういう確信が私にはあった。
恐らくあと数分もすれば、店内に心地よく流れているジャズ音楽がビリージョエルのピアノマンだかビートルズのヘイジュードあたりの曲に切り替わり、小汚い天井からエンドロールの白い文字がつらつらと降り落ちてくるのだ。そして、舞台の幕が閉じるように、私の世界はゆっくりと閉ざされるのだろう。
「コーヒーのおかわりを」
不安からなのか、私は無意識にウェイターを呼んでいた。しかし、しばらく待ってもウェイターはやって来なかった。
コーヒーのおかわりを用意する必要が無くなったからなのかもしれない。私はそう推察した。この物語はもうじき終わる。コーヒーのおかわりも、コーヒを注ぐウェイターも、この物語での役目を果たして退場してしまったのだ。
私はコーヒーカップに目をやって考えた。
なぜこの場所で私の物語は終わってしまうのだろう。これは誰かが意図したエンディングなのだろうか。しかし、そんな事を考えても無駄だとは分かっていた。仕方のない事なのだ。結局の所『そういう物語だった』それだけでしかないわけだ。
「いや、そうか、私の物語はこういう筋書きだったのか、そうだったのか」
言葉にすることで自分を納得させようとしたが、上手くはいかなかった。
私は誰を責めればいいのだろう。こんな下らない筋書きを考えたどこぞの三流シナリオライターを責めればいくらか気が晴れるのだろうか。いや、そういう事でもない気がする。彼はきっと私なのだ。
「せめて、曲を変えてくれないだろうか」
私はどこかに隠れているであろう音響スタッフに向けて小さな声で提案した。私の四十年近い人生のラストシーンで、ビリージョエルだとかビートルズの曲が流されるのは、私にとってあまり喜ばしいことではなかった。
もちろん彼らからの返事はない。彼らもやはりプロだという事なのだろう。
「わかったよ。そっちがその気なら、こっちだって考えがある」
私は少し大きな声を出して席を立った。
気が付けば、さっきまで店内にいたはずの数人の客が消えていた。入り口近くのソファー席に座っていた老人も、カウンター席に座っていたサラリーマン風の男も、忽然と姿を消している。
「すみません、会計を」
私はレジカウンターの前に立ち、呼び出し用のベルを何度か鳴らしてみた。しかし、周囲にこれといった反応は見られない。
「あの、すみません、お会計をお願いします」
私はカウンター席の方へ歩いて行き、その奥に見えるキッチンに向けて再び声を掛けてみた。だが、やはり返事は無い。ひょっとすると、もうすぐそこにまでエンディングが迫ってきているのかもしれない。
私はズボンのポケットを探って携帯を取り出した。
その時、手のひらがやけに湿っている事に気が付いた。私はきっと焦っている。緊張している。そして、恐怖している。