恋愛小説【肉 と 花】
大吾郎は毎朝、鏡を見るたびに、自分の顔が動かないことを思い出す。彼の顔は、ある交通事故の後、永遠に変わらない表情をしていた。目は腫れあがり口びるは垂れさがっている。眉毛もなく笑う表情ができない大吾郎。しかし、彼の心は豊かで、感情は深い。肉屋で働く彼は、人々が肉を求めてくるのを見て、人間の本質について考えることがよくあった。
大吾郎は包丁で大きな肉の塊から小さく肉を切り分けながら
「人間なんて肉の塊だ」
「人間は死んだら、この肉のように死肉になるんだ」
と彼はよく言った。それは皮肉ながらも、彼の内面の葛藤を表していた。
彼は、本当は人が外見だけの見た目だけでなく、その心の中身を見ることを望んでいた。
ある春の日、彼の商店街の隅に小さな花屋がオープンした。店主の清子は、顔は美しく花のように明るく、生き生きとしていた。彼女は大吾郎が毎日店を訪れるのを不思議に思いながらも、いつも優しく迎えてくれた。
「この花をください」
大吾郎は、自然と目の前にあったユリの花を手にとった。
ユリの花を選んだ理由は清子にユリが似ているのではないかと思ったからだ。
「お花が好きなんですね」
と清子は言った。
大吾郎はただ黙って頷くことしかできなかったが、彼の目は彼の心の声を代弁していた。彼は清子の笑顔に心を奪われ、彼女の優しい声と、優しい接客態度に触れるたびに、自分の感情を表現する方法を見つけたいと切望していた。
自宅でユリの花を調べると、 花言葉は【純粋・無垢】と出てきた。ユリは、やはり清子だったのだと思い嬉しくなった大吾郎はユリの花と清子が好きになった。
大吾郎は清子に恋をした。そしてその日から毎日が明るく楽しくなった。
月日は流れ、大吾郎はまた、花屋の清子に会いに行く。
「ユリの花をください。」
「毎日、ユリの花を買われますね・・・」
「ユリの花が大好きなんです。」
「そうなんですね、白いユリの花、私も大好きですよ」
清子の大好きという言葉が大吾郎の心に木霊する。大吾郎はついに自分の心に抑えていた感情をおさえられなくなった。
「大好きなんです」
「えっユリの花がですか」
「違います!清子さん、僕はあなたのことが好きなんです。」
彼の言葉は静かだったが、その意味は強烈だった。
清子は予想外の言葉に驚いた。空白の時間が流れそして清子は強烈に体を震わせて恐怖した。清子は大吾郎から目を背け声を荒げた。
「私あなたのこと化け物だと思ってます気持ち悪いです。近寄らないでください。二度とお花を買いに来ないでください。来たら警察を呼びます。」
と吐き捨てた。
それを聞いた大吾郎は嗚咽をあげがら大声で叫んだ。
「お前だって俺と同じ肉のかたまりじゃないか!!」
「キャアアアア!!!」
清子は叫び声を上げながら走って店の奥へ入っていった。
大吾郎はその場で大声で嗚咽した。地面に片膝をつき
「人間なんて肉の塊だ!人間なんて肉の塊だ!人間なんて肉の塊だ!・・・」
と何度も同じ言葉を繰り返しつぶやき肉屋へと戻っていった。
次の日、大吾郎は町から姿を消した。彼の行方を知る者は誰もいない。
恋愛小説 【肉と花】 完
※ユリ全般の花言葉は、【純粋】【無垢】ですが、白百合の花言葉は【純潔】【威厳】と異なります。