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ロボットのペット

作者: 雉白書屋

 いつか、こんな日が来るとおれにはわかっていた。……などと言ったら、「じゃあ、わかっていながら今まで何してたんだ?」と、ぐっと喉元に言葉のナイフを突きつけられるだろうから、口には出さない。中には路上で青筋立てて唾を飛ばし、叫んでいる者もいるが、恥も恥だ。周囲の冷ややかな視線に気づかないその神経の図太さには感心するが。


「えーっと、あなたの経歴ですと、うーん……」


 どこに何度行っても、どの職員にあたっても、みんな同じような反応だ。書き込んだ用紙とおれに交互に視線をやり、苦笑いする。何が職業安定所だ。名ばかりの給料泥棒め。おれを安定させてみろ、この野郎。


「どの職場も長続きしないようですねぇ……」


「えぇ、あの、その、えー、AIや、ロボットが……」


 職員はおれの言葉に「あー」と相槌ともため息ともわからない音を発した。でもたぶん、次の言葉を吐くための息継ぎだったのだろう。

 こう言うんだ。多い――


「多いですよねぇ、今の世の中そういうの」


「へへへ、そうなんですよねぇ。やっと非正規だけど働かせてもらえることになったと思ったら、来週からロボットを一台追加するから、君はもう来なくていいよ、なんて。来週からこの業務もAIに任せるからとか、君はもう必要ないとか言われたりして」

 

 我ながら言い慣れたものだ。おれにはわかっていた。いや、誰もがこんな未来になることはわかっていた。この現代社会、案の定、人間はAIに仕事を奪われていた。

 仕事を求めて職業安定所に足しげく通うが、生活は安定とは程遠い。職員にため息をつかれ、時にせせら笑われ、「ロボットがぁ」「AIがぁ」と、子供の言い訳のように弁解している自分に嫌悪感を抱くが、それでもその言い訳に縋るしかないのだ。おれに非がないことを知ってほしくて……。


「では先ほど、あなたに受けてもらった適性テストの答えをパソコンに打ち込んだので、AIに審査してもらいましょう」


「はい……よろしくお願いします……」


 自分に向いている職業をAIに判断してもらう。これはおれのような非正規労働者だけでなく、いいとこの大学を出た連中もみんなやっていることだ。しかし、散々AIに仕事を奪われてきただけに、屈辱めいたものを感じるのはおれだけだろうか……。


「……よし、出ました。ペットですね」


 どうせ、そこもまたロボットに追いやられるのだろう。企業競争により、次々と安価で高性能なロボットが開発、販売されている……ん?


「えっと、すみません。今なんて?」


「ペットです」


「ああ、はい、ペットシッターですか?」


「いいえ、ロボットのペットです。あなたの適職は」


「……バカにしているのか? なあ、あんた、おれをバカにしているのか!」


 おれは椅子から立ち上がり、声を張り上げた。すると、他の窓口で同じように相談していた連中とその対応にあたっている職員が顔を上げ、目を丸くするのが見えた。おれは慌てて椅子に腰を下ろし、声を潜めて言った。


「すみません、大きな声を出して……でも、ロボットのペットなんて嘘でしょ……」


「ああ、いえ、お気になさらないでください。それで、本当にあるんですよ。最近、募集が増え始めていて、ただ、まだ数が少ないので早い者勝ちですよ。給料もなかなか良いですし、おすすめです」


「いや、でも、なんでロボットが人間をペットに……」


「さあ、そこまでは……。えーっと、詳細、詳細……ああ、人間の思考や感情を学ぶために、と書いてありますね。ああほら、ペットは子供の情操教育に良いとかいうじゃないですか。ロボットに搭載されているAIも日々進化を求められ、学習に励んでいるわけですし、その一環なんじゃないですかね。ああ、この方は大企業で働かれていますね。エリート階級というのは、やはり、向上心があるんだなぁ」


 職員はそう言うと、自分の言葉に納得するかのように、うんうん頷いた。


「でも、人間がロボットのペット……」


「まあ、今の時代、ロボットの上司なんていうのも珍しくないですし、ほら、最近は特にいろいろと彼らも権利が認められてきていますしね。そう難しく考えなくてもいいんじゃないですか? それに、空白期間が長くなると、ご紹介できる仕事も限られてきちゃいますし……」


「やります。お願いします……」


 背に腹は代えられない。おれが頭を下げると職員はニッコリと笑って書類に判子を押した。



『あなたですね。どうぞよろしくお願いします』


「はあ、どうも……」


『そう固くならないで。まあ、まずは一緒に歩きましょうか』


 数日後、おれが待ち合わせ場所に向かうと、そこには高そうなスーツを着たロボットがいた。

 自分の恰好と見比べると、おれはどこか恥ずかしくなり、それから先に到着しているべきだったと思い、頭を掻いた。


「えっと、どちらに向かうのでしょうか……?」おれは訊ねた。


『まあ、とりあえず歩きましょう。歩くことは健康に良いですから』


 おれは「はぁ……」と自分でも、ため息か返事か判断つかない声を出した。

 しかし、随分と良いスーツを着ている。確か大企業に勤めているんだったな。では、仕事の合間に来たのだろうか。己の研鑚のため、人間の感情を学ぶために。大したものだなぁと、つい感心してしまう。いや、気遅れしてたまるか。ロボットなんかに。おれはそう思い、気合を入れ直した。


『ああ、前に出過ぎないで。横に並ばず、私の後ろにいてください』


「あ、すみません……」


『ペットなんですから』とそう付け加えられて以降、おれから話しかけるのがなんとなく躊躇われて、会話はなく、ただただ歩いた。気まずく、何か話すきっかけはないかと思いながら周囲を見回していると、おれ以外にもロボットの後ろに続いて歩く人間の姿が見受けられた。

 そのどれもがオドオドとしており、また下を向いていたり、まるで知り合いに見られていないかと警戒するようにキョロキョロと辺りを見回していた。……と、今そのうちの一人と目が合った。おれはすぐに下を向き、ロボットの靴の踵を見ながらただ黙って歩いた。


「ロボットは悪だー! AIは人間が培った技術を盗む、ただの泥棒だ! いずれ、人間に反旗を翻し! 戦争になるぞー!」


 おれたちの進行方向で、反ロボット派と思われる男が叫んでいた。そのことに気づいたおれは、「あ、あ、う、あ」と自分でも情けなくなるほど狼狽してしまった。この手の連中はたまにいて、ロボットに危害を加えたりするなど事件になることもしばしばある。何かトラブルが起きるのではないかと思ったが、幸い絡まれることなく、おれたちは男の横を通り過ぎた。


「へへ、あの、困っちゃいますよね、ああいうの、みっともないというか、見苦しいですよねー、ははは」


『ははは』


 おれはロボットを気遣い、連中の悪口を言い続けた。自分はあのような人間とは違うとわかっていてほしかったのかもしれない。ロボットは特に何も返さず、それが怒っているのではないかとおれが不安に思っていると、ロボットはズボンのポケットに手を突っ込み、立ち止まった。


『これを』


「え、これ」


『さっきの人の足元に箱があったはずです。それにこれを入れてあげてください』


 そう言うと、ロボットはポケットから取り出した一枚の紙幣と小銭を数枚、おれに手渡した。


『さあ、行ってきてください』


「あ、は、はい」


 おれは向きを変え、駆け足で男のほうへ引き返した。


「ロボットは悪だー! AIは人類を、あ、ありがとうございます」

 

「いえ……」


 おれが箱の中に金を落とすと、男は小声で礼を言った。おれは男の顔を見ずに、ロボットのもとへ引き返した。箱の中は、丸めた紙や一本のネジ、つまりゴミしか入っていなかった。


『ご苦労様でした』


「いえ……ははは、お優しいんですね」


『行きましょうか』


「あ、はい」


『ちゃんと全部入れましたか? まだ歩きますが、大丈夫ですか?』


「あ、はい……」


 おれはロボットが次は何を言い出すかが気になり、足の疲れも何も感じなかった。


『ここが自宅です』


 しばらく歩くと、ロボットが急に立ち止まり、そう言った。


「あ、あ、ご立派で……」


 お世辞で言ったのではなかった。おれはロボットのあとに続き、その立派な家の中に入った。

 玄関で、ロボットに埃を払うように言われ、ブラシを手渡されて、おれは言われたとおりにした。

 

『髪の毛と顔も』


「あ、はい。それもこのブラシで? あ、はい……」


 おれは髪にブラシをかけながら、ふと、ここまで歩いたのは、もしかしたら人間がペットの犬と散歩するようなものだったのかもしれない、と思った。

 リビングに行くと真っ先に壁の時計が目についた。いつの間にか出会ってからかなり時間が経っていた。終業時刻まではまだ時間があるが、ここまで特に何かした覚えはない。ちゃんと働けていたのだろうか、とおれは不安になった。


「あ、あの、私は何をすれば……」


『そこに立っていてください』


「あ、はい……」


 おれは部屋の隅に立った。正面、向こう側の隅には観葉植物があった。おれはその葉っぱの数を数えることにした。


「ただいま」


『おかえりなさいませ』


 しばらくしてから、玄関の方から声がした。おれはその場に立ったまま、首を伸ばした。

 部屋の中に入ってきた男はおれを見つけると「おっ」と声を上げ、白い歯を見せた。


「今日だったか」


『はい』


 どうやら、あの男はロボットの所有者らしい。どこか似ている気がする。ああ、服だ。もしかしたらロボットが着ているスーツは男のお下がりなのかもしれない。

 しかし、そもそもそうだ。ロボットがこんな家にひとりで住むはずがないじゃないか。

 おれはへへへっと笑い、「すごくいいお宅ですねぇ。自分もいつかこんな家に住んでみたいです」と男に言った。無視された。


「で、どうだ。初日の感想は」


「えっと」


『そうですね、まだ特に何も。何をすればいいのか思いつかなくて』


「はははは! お前は本当に出来損ないだな」


 男はそう言ってロボットを蹴った。

 するとロボットはおれに駆け寄り、おれを蹴った。おれのズボンの中の小銭が鳴り、紙幣が擦れる音がした。

 おれには蹴る相手がいなかった。

 男は大笑いした。ロボットも笑った。おれは笑えなかった。

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