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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

奇妙な味の短編集

4LDK、怪異付き

 4LDK、駅徒歩5分、バイク置き場付き。鉄筋マンションの13階で、なのに家賃は1万5千円。


 どう考えても事故物件だろ……と思ったが、それでも内見に来ていた。幸いにして俺には霊感なんてものはなく、生まれてこの方幽霊を見たことがない。本当に幽霊や怪異が存在する物件だとしても、俺なら何も感じないだろうと考えたのだ。


「納得行くまでご覧ください。見たくないものに目をつむってもよいことはないですから」

「はあ……」


 なぜか自信満々の不動産屋に若干引く。

 案内にきた不動産屋の女は、目が隠れるおかっぱ頭にタイトスカートのスーツというセンスを疑うファッションだった。

 それがマンションの鍵を開けてドアを開く。玄関の先にはまっすぐに廊下が伸びていて、左手に二つ、右手に一つ、そして突き当りにもう一つのドアがついていた。


「まずはリビングからご案内しますね」


 不動産屋が用意していたぺたぺたのスリッパを履いて奥へと進む。リビングは広々とした二十畳のカウンターキッチンだった。カウンターの向こうには観音開きの大きな冷蔵庫が鎮座している。


「あれ、家電付いてるんですか?」

「はい、家具家電付きです。身一つでご入居いただけますよ」


 それはありがたい。俺が住んでいたワンルームにはろくに物がないが、それでも運ぶなら費用がかさむ。家財はすべてリサイクルショップで処分して、バイク一台で引っ越してしまおう。


 俺はバカでかい冷蔵庫を何の気無しに開けた。中には幼稚園くらいの女の子が、痩せこけた幼女が膝を抱えて座っていた。ぶるぶると震えながら。


「は?」


 慌てて冷蔵庫のドアを閉める。ずきり、と頭が痛む。俺はこめかみを揉んで、もう一度冷蔵庫を開いた。何もいない。


「どうかしましたか?」

「あ、いや、なんでもないです」


 事故物件だと身構えていたからだろう。妙な幻覚を見てしまったようだ。ええっと、内見時にチェックしなきゃいけないことってなんだったっけ? 俺はネットで調べた情報を思い出す。


「寸法のチェックは……家具家電付きならいらないか。ええと、床の傾きをチェックした方がいいんだっけ?」

「こちら使いますか?」


 俺の独り言に、不動産屋がビー玉を手渡してくる。普通、不動産屋はこういうチェックを嫌がるものだと思うんだが……ま、自信があるってことなんだろう。俺は遠慮なくビー玉を床に置いた。


 最初は静止していたビー玉は、磁石に引かれたようにゆるりゆるりと動き出す。不動産屋の顔をちらりと見るが、前髪で目が隠れていて表情がよくわからない。しかし、とくに焦った様子も見られないので、この程度の傾きなら問題ない……ってことなんだろうか。


 ビー玉は本棚と壁の隙間に入ってしまった。木製の立派な本棚だ。広辞苑や六法全書を敷き詰めてもびくともしそうにない。これだけで俺の部屋にある家財ぜんぶよりも高そうだ。


 ビー玉とはいえ借りたものだ。失くしてしまったらバツが悪い。屈んで本棚の隙間に手を入れようとしたときだった。なんだか誰かに見られているような感覚がして、うなじがぞわりとする。


 本棚と壁の隙間。やけに白目が目立つ瞳が、縦に歪に並んで、俺を見ていた。


「ひっ!?」

 俺は慌てて手を引っ込め、尻餅をつく。


「どうかされましたか?」

「あ、いや、いまそこに……」


 震えながら隙間を指さす。しかし、もうそこにはただの暗闇しかなかった。


「ああ、ビー玉が転がり込んでしまいましたか。こちらで回収しますのでお気になさらず」

「そ、そうですか。すみません……」


 ずきり、と頭が痛む。また幻覚を見てしまったのか。最近は残業続きでろくに寝てなかったからな。仕事終わりはバイクを思いっきりぶっ飛ばしてストレスを解消していたつもりだが、俺に必要だったのは睡眠だったのかもしれない。


 どすり、どすりと外から音が聞こえる。なんだろうと窓の外を見る。ここは13階で見晴らしがいい。町並みの向こうには白く雪をかぶった富士山が見えた。


 その富士山を遮って、何かが落ちていく。


 ネクタイを締めた、スーツの男。パリッとしたスーツとは対象的に、疲れ切った表情の男。それが虚ろな目をして、頭から真っ逆さまに落ちていく。どすり、と音がする。呆然としていると、また同じ男が落ちてくる。落ちてくる。どすり、どすり、どすり。


「わああっ!?」

 俺は悲鳴を上げてまた尻餅をついた。


「どうされました?」

「窓に! 窓に!」


 ずきり、とまた頭が痛む。窓の外には青空が広がっていて、透き通った空気の向こうに富士山がきれいに見えていた。逆さまに落ちる男などいない。


「いや、足が滑って……」

 俺は誤魔化すように笑いながら立ち上がる。ああ、また幻覚を見た、今日の俺はどうかしている。頭痛のせいだろうか。


「次は寝室をご案内しますね」

「え、ええ」


 不動産屋のおかっぱ頭の後ろをついていく。寝室もフローリングで、足の高いセミダブルベッドが置いてある。シーツまできっちり敷かれてまるでホテルの一室のようだ。ベッドの下は収納スペースにもできそうだ。俺は何気なくベッドの下を覗き込む。


「ひぃっ!?」


 そこにはホッケーマスクをかぶった男が寝そべっていた。斧を手に持ち、ふしゅーふしゅーと息を潜めていた。ホッケーマスクがこちらを向いて、目の穴の奥がぎらりと光った。


「どうかなさいましたか?」

「あっ、その、ベッドに下に……」


 改めてベッドの下を見る。しかし、そこには誰もいない。ずきり、と頭が痛む。


「まさかゴキブリでもいましたか?」

「あ、いや、すみません。見間違いです」


 また幻覚だ。まったく、俺は何を見てるんだ。この物件は本当にいいじゃないか。間取りは広く、家具も家電もついている。なにより家賃が格安だ。つまらないことでケチをつけている場合ではない。


「お風呂場も見ますか?」

「あっ、ええ、はい」


 おかっぱ頭についていく。洗面所には大きな鏡がついていた。そしてそこに映っていたのは――


 ぐちゃぐちゃに潰れた血塗れの男の顔。頭蓋骨が割れ、ピンク色の中身が見えている。ライダースーツはぼろぼろに破れ、血と肉の間からは折れて尖った白い骨までが露出していた。


 ずきり、頭が痛む。頭を抱えながら鏡を見る。そこに男の姿はなかった。俺の後ろに立っているおかっぱ頭の不動産だけが立っていた。


「大丈夫ですか?」

「あっ、ええ、はい」


 俺は慌ててかぶりを振る。また幻覚を見てしまった。


「顔色が悪いですよ」

「はは、寝不足ですかね……」


 寝不足だ。残業と夜中のライディングで睡眠時間は毎日2~3時間がいいところだった。だから、寝不足のせいだ。寝不足のせいで、俺はハンドル操作を誤って――


「鏡でお顔をご覧になっては?」


 鏡を見ても、映っているのは前髪で目を隠した不動産屋の女だけ。その口元がどことなく笑っているように感じた。


「最初に申し上げましたが、見たくないものに目をつむってもよいことはないですよ」


 女の手が、俺の頭を掴む。じゅくり、と湿った音がした。ずきり、と頭の芯に痛みが走った。女は俺の顔を鏡に向けて固定する。


「何が見えますか?」


 何もない空間を掴む女の手。


「何が見えますか?」


 マニキュアのように爪を汚す鮮血。


「何が見えますか?」


 ポロリとこぼれ落ちる脳漿。


「何が見えますか?」


 ぐちゃぐちゃに潰れた、俺の顔。


「ご入居、されますか?」


 鏡越しの不動産屋の背後には、痩せこけた幼女、平べったい女、逆さまのサラリーマン、ホッケーマスクの男。ケタケタ笑う日本人形に、長い腕が何本も生えた蛇体の女に、下半身がちぎれて内臓がこぼれているセーラー服に……


 女の手に力がこもり、頭が無理やり頷かされる。


「ご契約ありがとうございます。それでは今日から、あなたもこちらの住人です」


 おかっぱの口が、今度こそはっきりと笑っていた。


 そうか、ここの家賃が安いのは、シェアハウスだったからなのか。


(了)

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