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5.うまい話には


「あの、もしよかったらお仕事手伝っていただけませんか?」 


 そう言った少女への第一印象は「かわいい」以外にはなかった。が、ガロンの中の冷静な部分がわずかな違和感をおぼえていた。竜の匂いが微かにしている気がするのだ。

 同じ冒険者ギルドにいた、というだけでは嗅ぎ取れるほどの匂いがつくことはおそらくない。ガロンを長い時間尾行していたならばそうなるかもしれないが、尾行の気配はなかったように思える。

 

違和感の正体を突き止めようとしたが、ガロンの匂いに混ざってしまったのか、それとも単なる勘違いか、もはや少女から何かを嗅ぎ取ることはできなかった。


「え、と、私はリティシアと申します。さきほどあなたがギルドで話していたのを聞いて、もしよければ依頼を手伝っていただけないかなと」

「なぜ俺と?」

「え、その、あなたはとてもお強そうに見えますし、私は補助を専門とした術師なので、単独で依頼をこなすのが難しいのです」


 疑問がいくつもあった。なぜガロンに声をかけたのか。強そうというだけで一緒に仕事をしようと誘うのは軽率であるような気がする。人間の世界ではこれが当たり前なのか、あるいはこの少女が若く経験不足だからとった行動なのか。いずれにしろガロンからしたらリスクのある行動をとっているように見える。


 ひとりでいるというのも気になる点だ。補助術を専門とする術師ならば、すでに仲間がいて当然の立ち位置なはずだ。それがいないというのは、何か事情があるのか、それともまだ新米でそういった仲間が作れていないのか。疑問は尽きない。


 リティシアと名乗った少女をじっと見る。かわいい。いやそうじゃない。

 魔力の量は人間の術師の基準から見てもなかなか優秀なのではないかという気はする。

 それに何か特別な才能もあるかもしれない。

 そういったものは魔力の流れから感じとれる場合があるのだ。


 ただ、熟練の術師という気はしない。体を覆う魔力の安定度から若さを感じる。もしかしたら経験不足なのかという予想は当たっているのかもしれない。


 少女からは敵意や悪意も感じられず、感情的な揺れも感じない。


 とまあ真面目な考察をしている風ではあるが、ガロンの根底には「こんなに都合のいい話があるはずはない」という考えがあるからに過ぎない。


 困ったところをいきなり美少女が現れて助けてくれる。なるほど。すごくいい。そんな都合のいい話があるならば是非ともお願いしたい。


 しかしガロンは二千と六十八年を生きてきた古竜である。その長い竜生経験からこの世界の酸いも甘いも知り尽くしている。


 うまい話には裏がある。


 人間の男だったら壺を買わされたり、絵を買わされたり、素敵な宗教に勧誘されたりするのではないかという疑念を抱く状況だ。それと同質のものがガロンの中に芽生えている。

 断ろうかかなり悩ましいところだ。飯も宿も実際のところ必要はない。ただ、少女に何かがあったところで、ガロンに危害を加えられるとは思えない。

 あり得るとしたら何かしら騙されて「なんだかちょっと嫌な気分になる」くらいが想定し得る最大の被害だ。


 それにガロンの見定めでは、リティシアの評価は「ちょっと怪しい」程度である。


 リティシアが、ガロンよりもたっぷりと頭二つは低い高さから、上目遣いの心配そうな目で見上げて言う。


「やっぱりだめですか?」


 ちょっと怪しい、それがどれくらいの問題だろうか。

 リティシアを見る。

 すごくかわいい。


「ガロンだ、よろしく頼む」


 そこには皇竜の名にふさわしい、実に頼もしい威厳に満ちた顔があった。





 リティシアは迷わずギルドの掲示板と向き合った。


 リティシアに説明されたところによると、依頼を受ける、というのは受付で仕事をくださいと頼みこむのではなく、掲示されている依頼を受付に持っていくことで受理されるらしい。

 また、比較的軽いお使いとも言えるような依頼は別枠になっており、それらは冒険者資格があるものであれば受付でリストをもらえるそうだ。


「きみの説明によれば、掲示板には困難な依頼が貼られているとのことだったが?」

「リティシアでいいですよ、ガロンさんってお強いですよね?」


 そこにだけは自信がある。


「まあ、それなりには」

「ではここにある依頼を受けましょう」


 リティシアは掲示板に貼ってある依頼書を吟味し、


「これにしましょう」


 リティシアが依頼書を掲示板から剥がし、ガロンに手渡した。


 依頼書はどうやら魔物化した熊の討伐依頼らしい。なんでもまだ被害は出ていないが、交易路近くで巨大な熊の姿が確認されたらしく、これを討伐してほしいとのことだ。

 報酬金額は酒樽に換算すれば二十樽ほどだが、ガロンには依頼の難易度と報酬の割が良いのかは判断ができなかった。


「ガロンさんもこれでいいですか?」

「任せる」

「ではこの依頼を受けますね」


 依頼書を持って受付に向かうリティシアはどこか楽しそうに見えた。

 受付の男はガロンとリティシアを睥睨し、ため息をついてから言った。


「じゃあこれにサインして」


 渡された契約書にリティシアがサインする。契約をするのは冒険者であるリティシアのみであるらしい。契約書の内容は「どんな無惨な死に方をしても文句を言いません」といった内容が小難しく書かれているだけに見えた。


「ではお気をつけて、ご武運を」


 受付の男は慣れた手付きで契約書を受け取り、気持ちのこもってなさそうな挨拶で依頼の受付を終えた。


「がんばりましょうね、ガロンさん」


 リティシアはだいぶご機嫌に見える。その笑顔は良い結果を確信してるとしか思えない。

 うわぁ、がんばろう。ガロンはそう決意した。

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