ゾンビを止めるな!
「うぎゃああああ!」
絶叫をあげ、夜明けの廃校舎の廊下を逃げ惑うカップルを、追い回すゾンビたちの足は遅い。
しかし疲れは知らなかった。どこまでも、どこまででも止まらずに追ってくる。
とれかかったマスカラをブラブラさせながら、女子高生のゾンビが、かつては『口』と呼ばれた大穴からビシャー!とミルク色の液体を飛ばした。なんだろう? 浴びてみないと何だかわらからない。
「キャー!」
カップルの金髪女のふくらはぎに液体がかかると、皮膚があっという間に溶けた。
「は……、走れない! 助けて、トモキ!」
トモキと呼ばれた彼氏はすがりつく金髪の彼女を足で蹴って引きはがすと、出口へ向かって駆け続けた。
「トモキイイイ!」
金髪女の哀願するような声はすぐに内臓を貪られながら苦しむ声に変わる。
「イボエバババ!!!」
「俺は……生きるんだ!」
トモキは自分を励ますように喋り続けた。
さっき蹴ってはがした時に彼女の白骨むき出しになった足がぽきんと折れるのを目にした。
それが網膜に焼きついていた。
「死にたくない!」
学校の玄関では何かへんなやつらが待ち構えていた。
馬の面と牛の頭をそれぞれかぶった二人の大男が、金属バットを担いで立ち塞がっている。
トモキは構わず二人の間を駆け抜けて行こうとした。
「困りますね、お客さん」
馬面が金属バットで行く手を阻む。
「ちゃんと彼女さんも連れて帰ってもらわないと」
「ほら、戻った戻った」
牛頭が肩を掴み、ぐいぐいと押し戻す。
「彼女さんとちゃんと向き合うんだ」
だかだかだーっ!という足音がした。
トモキが振り向くと、金髪の彼女が笑いながら、スライディングしながら足を止めたところだった。
耳元まで裂けた口が嬉しそうに彼氏の名前を呼ぶ。
「トモ……キ」
「ワカナ……っ!」
彼氏も彼女の名前を呼んだが、それはもちろん感動の再会とは真逆のシチュエーションだった。
「はい、はい。ゾンビを止めないで。止めないでください」
馬面が指示する。
「ほら、早く! 頑張って!」
牛頭がトモキの背中をどん!と突き飛ばした。
「トモキエエェェーーっヘッヘッヘへへ!」
ワカナがトモキに飛びついた。
「わ……、ワカナ! そんなわかなーーっ!」
トモキがワカナに首に噛みつかれた。
「おお……。これは凄い!」
馬面が感動の声を漏らす。
「素速い! 彼女は素速いゾンビになったんですね!」
「こっちも負けてはいないぞ」
牛頭が満足そうに、言った。
「見ろ! 彼は、鋼鉄のゾンビと化したぞ!」
「ぶべべべべべべべら!!」
白い瘴気を吐いて、トモキが生まれ変わった。
「どどどげげげゲゲゲらゲラゲラ!!!」
鋼鉄の体躯でタックルをかますと、ワカナがバラバラになって吹っ飛んだ。
飛び散ったワカナの肉片をひとつ掬うと、頑固オヤジのように吐き捨てる。
「コンナ不味そうナ物ガ食えるカッ!」
「言ッタワねェェェエッ!!!」
ワカナの肉片が潰れたトマトのように四方八方からトモキに襲いかかる。
「死ネや、ブルルォォオオケェッ!!!!」
トマトの群れは一箇所を集中的に連続で撃ち抜いた。
トモキの土手っ腹に大穴が開く。
開けられたばかりのトモキの大穴から光が湧き起こる。
「波動砲……発射します。3、2、1……」
トモキの目がくわっ!と開いた。
「どっぱーーーん!!」
「ギャアアアアアアア!!!」
「グオオオオオオオオ!!!」
二人のかつてカップルだった者どうしの戦いを見ながら、馬面が気持ちよさそうに感想を漏らした。
「いいですねぇ。こうして戦い続けることでゾンビさん達は成長し、進化して行く。どちらかの息の根が止まるまで」
「健全な世界だよな」
牛頭がうなずく。
「ゾンビはこうでなくっちゃ」
そこへ小学校の生徒達が登校して来た。
「先生、おはよう」
「おはようございます」
「おはようございまーす」
馬面と牛頭は並んで挨拶を返す。
「ウン、おはよう」
「今日も成長を止めるなよ」
「どべらべらべら……!」
「ギイーっ……ヒッヒッヒ!」
互いの内臓をぶちまけ合うカップル達にも小学生達が挨拶した。
「おはようございます」
「おはようございまーす」
そして生徒達は楽しそうに、自分達の教室へと歩いて行った。