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第二章 フランケンシュタイン

第二章 フランケンシュタイン


「そうですね。だったら、総務係長は、どんな粗筋を考えているがです?」


「うん、今の所の案では、アメリカ映画に出てくるフランケンシュタインに似ていると言えばいいのか、ともかく人間離れした顔が犯人の猟奇殺人事件を考えているがいちゃ。

 この犯人は、一応、私の同級生の息子という設定にしておいて、その息子がいわゆる遺伝子の突然変異による「先祖帰り」の結果として、本人の意に反し猟奇殺人事件を起こしてしまうと言う話なんやけどな…」


「ちょ、ちょ、ちょっと待って下さいよ!竹本総務係長。その話のモデル、特に「顔」の話のところは、まるで、ぼ、僕ちゃんみたいじゃないですか。


 ぼ、僕ちゃん、昔から「フランケンシュタイン」にもの凄く似ているとそう言われて来たんですから。それにこのニキビだけらの顔でしょ。そっで腫瘍が多いと言う意味で中学生時代に付いた渾名(あだな)は、漢字で書くと『腐乱件腫多淫』(フランケンシュタイン)と、こういう風にボロクソに言われてきたんですよ。さいから、その小説は、そ、そ、それはあんまりですよ」


「あらっ、それは面白そうな話しじゃない?何ってたって、田辺君の顔ってフランケンシュタインそのものやものね。だって、そのままの素顔スッピンで十分にアメリカのホラー映画に出られる程なんだから、文句を言う事自体おこがましいと思うけど」と、憎まれ口を言ったのは事務員の松浦宏美だった。


 この松浦宏美は二十代半ば(正確な年齢は本人が言わない)の独身女性であり、私の施設では一番の美人とされていた。


「松浦君、それはちょっと言い過ぎじゃないかい。そりゃ君こさ、施設一の美人なのは認めるけどの」と、林達夫施設長も口を挟んできた。


 この施設長は御年六十一歳ながら外に若い愛人がいると噂されており、職場では陰で変態扱いされている人物である。ただ当法人の理事も兼ねており、当施設への広大な敷地三万㎡(約一万坪)を無償提供している大変な資産家でもある。セクハラ疑惑ぐらいではそう簡単に首にならない。


「それなら、ワシ(私)も、何かのモデルで小説に出してくれんかいや。ワシ、これでも、女にモテてモテて、若い時から色んなエピソードもあるしの」と、今度は同僚の高橋春男が横から話題に加わってきた。


 この高橋は、私より五歳年下で介護係長をしている。自称、日本一の精力絶倫男と常々公言してやまない人間であり、つまりこの高橋は、有る意味、林施設長以上の変態なのでありセクハラも何もあったものでは無いのだ。



「堪忍、堪忍。確かにその小説のアイデアは、田辺君の顔を見て思い付いたと言うのは半分は本当やけども、常識的に考えてもらえば分かる通り全部作り話やからね。別に、誰と言って特定のモデルはおらんし、モデルにしようと言う人物もいないのや。


 もっと他にいい話を思いつけば良いがいけど、今の所は、そんなとこしかアイデアが浮かばんがや。何しろ仕事も忙しいしのう。いくら準公務員的な社会福祉法人勤務やからと言っても、大事な人様の命を預かっている職場なんやからなあ」


 ちなみに、私の勤務している施設の入所定員は百名である。


「それで、小説の題名は?」と、清水昭夫施設課長がゆったりとした声で聞いてきた。


「それは、『針いっぱいの密室の部屋』という題名にして、今も言ったように、遺伝子の突然変異により原人時代の顔形が急に戻ったかのような私の同級生の息子が、やっとの思いで結婚した新妻を、絶対に家から逃げ出せないようにと、家の廊下や壁や至る所に、無数の針を瞬間接着剤で埋め込んでおくんという話なんや。


 で、その新妻は、その家から逃げ出そうとしてして、逃走防止用に電流の流されていた有刺鉄線に触れて感電死してしまったにもかかわらず、その息子は、腐乱した新妻の死体に、野獣のように、毎日、背後から襲いかかるという、まあ、アメリカのホラー映画やスプラッター映画そのものやけども……。


 あっと!この小説は、映画で言えば十八歳未満入場禁止の奴やからね、松浦君には一寸毒かもしれんな?」


「そ、それも少し非道いじゃないですか!その、ようやく結婚できたという点もまるで、ぼ、僕ちゃんへの当てつけみたいじゃないですか!この顔のせいで、僕ちゃん、まだ嫁さん貰っていないんやから」と、田辺君が大声で怒鳴った。


「いや、そこまでは気が付かなかったの、失敬、失敬。でも、やっとの事で嫁さんを貰えたと言う話にしないとな、その小説の後半の猟奇殺人への話に発展していかないんや」


「ふーん、そうですか。そんならその点はまあ作り話やから我慢できるとして、その『針いっぱいの密室の部屋』という題名は、例のハリーポッターシリーズ二作目の『ハリーポッターと秘密の部屋』のパクリじゃないがですか?」と、しつこく食い下がる田辺君。


「正にそのとおり。でも、中身は完全なホラー小説やからね。ハリーポッター少年とは全く関係が無い。まあ、何とかこの小説で何らかの賞を取れないかと考えているんやが…」


「もの凄く打算的な計算ですね。ともかく、ぼ、僕ちゃんが選考査員やったら、絶対に、受賞させません!」


「なんでや?」


「そんな、総務係長のように、最初から何かの賞を取るつもりで書いていたら、きっとその助平心が選考査員の皆さんに見透かされると思うがです。まず、虚心坦懐、もっと広い心で良い小説を書いてこそ、賞を貰えるがじゃないがですか?」


「うーん、これは田辺君にやられたのう。まあ、その意見は貴重な忠告として今後の参考にさせてもらうちゃ」と、ここで昼休み終了のチャイムが鳴った。



 しかし、私のほんの少しばかりの幸福な時期は、実はその時までであったと言ってよい。

 私の近辺で、奇妙な事件があいついで起きるようになったからである。


 その最初の異変は、まず私の勤務している施設から始まったのだった。


 それは、あの昼休みの時間にホラー小説論を戦わした日から、約一箇月後の新年に入ってからの事である。だがそれは例年に無い異常な年のスタートとなったのだった。


 と言うのも、私の福祉施設では、新年に入ってからたった三箇月の間に何と十人もの入居者が次々に亡くなったのである。勿論、死因は十人中の九人までが老衰や、全身虚弱が基になっての「急性肺炎」の発症であって、死亡原因そのものはそれなりにきちんと説明されるものの、しかしそれにしても、これはあまりに異常な死亡率ではないか?


だが、問題はそれだけでは無かった。その十人目の最後の一人で施設の一番端に入所していたお婆さんがいたのだが、このお婆さんの死亡に至る理由が不可解であったのだ。



「シ、シ、シニガミ、シニガミを見た…」



 と言う言葉を残してこのお婆さんは死んでいったからである。


 介護に当たっていた上原亜美介護職員によると、このお婆さんによれば、夜中に外で笑い声が聞こえたので、フト、窓際を見たところ何と西洋で言う「死神」が見えたと言うのだと言う。


 このお婆さんは、元、高等女子師範学校の先生をしていた方で、体は随分衰弱していたが頭だけはしっかりしていた筈なのに、そのお婆さんが死神を見たと言い続け、それからと言うもの食欲が急激に減退、結局、そのまま衰弱死してしまったのである。


 しかしここは、日本であって、鬼や閻魔様を見たと言う話ならともかく、このお婆さんの言う西洋の死神の話は、どう考えてみても私の頭では理解できなかったのだった。



 そうこうしている内に202○年4月1日となった。


 私の施設では、新人職員も入ってきて、気分一新、またみんなで頑張ろうという事で、新人職員の歓迎会も盛大に行い、職員の志気も高まった筈だった。


 だが、今度はその四月に入ってからの時の事である。私の家の隣の三軒目にある、近所でも評判のお金持ちの家の若く美しいお嫁さんが、突如、発狂したのである。


 その日は四月に入っての最後の日曜日であり、私は家族と買い物に行っていたのだが、そのお嫁さんがお昼過ぎの午後二時頃、「蛇神様のたたりじゃー」と絶叫しながら全裸で私の市内の町中を走り廻ったあげく、自宅から数百メートル離れた踏切に飛び込み自殺をしてしまったのだ。


 その自殺したお嫁さんは、御年二十九歳で北蛇谷村から私のいる町内に嫁いで来たのであるが、ここで少し私の住んでいる市の伝説を紹介しなければならないであろう。そうでないと「蛇神様」の話は、他市の方々には理解できないと思うからである。




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