#001 はじめての殺人
キーンコーン、カーンコーン。六時間目終了のチャイムが鳴り、第一小学校は子供たちの笑い声に包まれる。志村廻もクラスメイトに手をひかれ、ランドセルを教室に残したまま校庭へと飛び出していった。
ほほえましい、子供たちの日常の一コマ。大人たちは誰もがそう思うだろうし、当事者である子供たちだって、まさかあんなことになるなんて思ってもみなかったろう。
いつも通りに授業を受けて、いつも通りに外にでて、いつもと同じメンバーで、いつもと同じように遊ぶ。何もかもがいつも通りの、楽しい一日になるはずだった。
「じゃ、ヒーローごっこやろーぜ!」
「おう、やろやろ」
体の大きいリーダー風の少年が提案し、周りもそれに同意する。「ヒーローごっこ」というと、少し前まではかなり子供っぽい遊びだった。しかし、現実に怪人とヒーローとがいる現在となっては、世界中の少年少女たちにとって最もポピュラーな遊びなのだ。
「じゃあ、俺がヒーロー役な!」
「えー、俺もヒーローがいいよー」
「俺も俺もー!」
「いや、お前は昨日やったろ」
「それ言ったら俺今週ヒーロー役ゼロ回だぜ」
当然、ヒーロー役が一番人気。みんながやりたがって、それでもめごとになることも少なくない。
ただ、大抵はクラスに仕切り屋が一人いて、うまい具合に調節してくれる。
「んー、今日は田中でいいんじゃないか? しばらくヒーローやってなかったろ?」
「おう! ありがとな、じゃあ俺がヒーローやるわ!」
「どのヒーローにする?」
「んー、やっぱセツナかな。この前もB級倒してたし」
「おーし、じゃあ被害者役と、野次馬役と、怪人に殺される警備員役決めないとな」
「『殺される』は余計だって、ちゃんと怪人倒してくれる警備員だっているだろ」
「はいはい、じゃあ佐藤、お前警備員役な。ちゃんと殺されろよ~」
「おお、やってやろうじゃねーか。俺が警備員として、しっかり怪人倒してやんよ!」
「いや、そしたらヒーロー役の俺いらねーじゃん」
誰がどの役をやるか。それだけで話し合いは盛り上がり、笑いが生まれる。はじめのうちは「暴力的な遊び」だとして眉をひそめていた大人たちも、子供たちが社会性を学ぶいい機会だと、最近は意見を翻している。
それはおおむね間違っていない。ヒーローごっこはまさに社会の縮図で、彼らは遊びを通して多くのことを学んでいる。
そして、「学んではいけないこと」も学ぶのだ。
「ん、じゃあだいたい役は決まったかな」
「あと、怪人役だけだね」
「それはもう、決まってるようなもんだろ」
彼らの視線が、一人だけ役決めの話し合いに参加していなかった少年に注がれる。
「なあ、志村。お前、怪人でいーよな」
「…」
「いーよな!?」
「…うん、いいよ」
「よし、じゃあ始めよ!」
そうしてその日も、ヒーローごっこは始まった。
舞台はデパート。この前起きた、B級怪人による事件を元ネタにしている。
日曜日、デパートはたくさんの人でにぎわっていた。
そこに「ぐははは」と、廻演じる怪人が登場する。
「わー、怪人だー」「誰か助けてー」と、被害者役の少年たちが声を上げ、どうしたものかと野次馬役の少年たちが集まってくる。
そこで、警備員の登場。警備員役の佐藤は、装備として石ころを持って現れた。
「警備員程度で、俺をとめられるとでも思っているのか」
予定通りに、廻は佐藤を倒す演技をする。
そこに、佐藤が思いっきり意思を投げた。ゴツ、と鈍い音を立て、石は廻の頭にぶつかる。
「痛い!」と座り込む廻に向けて、佐藤はまた石を投げた。ゴツ、ゴツ、ゴツ、ゴツ。断続的に降り注ぐ石に、廻は頭をかかえてうずくまることしかできない。
これは「ヒーローごっこ」なのだから、本当に相手を傷つけていいわけがない。だが、本来佐藤を止めるべき周りの少年たちは、何もしなかった。ただニヤニヤしながら野次を飛ばしているだけだ。
「おい、佐藤~。そんなにやったら、ヒーロー田中の出番がなくなっちゃうぞ~」
「志村、そんなんでやられてんじゃねーよ。お前怪人好きなんだろー。だったらもっとやれって」
「まあ、しょうがないって。所詮怪人だし」
「いやいや、怪人ならもうちょっとくらい強いって」
「あーあ、志村弱いな~」
ひとしきり石を投げて満足したのか、佐藤は両手を広げて志村の方へ歩いて行った。
「ほら、俺はそろそろ田中にバトンタッチするからさ、さっさと俺倒しちゃってよ」
ボロボロになりながらもなんとか立ち上がり、廻は佐藤に向けて拳を振り上げる。手が触れさえすれば、警備員は倒されたことになるのだ。よろよろ、と弱弱しい拳が佐藤に向けて放たれる。
佐藤はその拳をひょい、と避けた。そして、バランスを崩した廻に向けて、ポケットから取り出した石を投げる。痛い痛い、と叫ぶ廻に、何度も何度も、石を投げ続ける。うめき声をあげていた廻は、だんだんと静かになっていく。
ぐったり倒れる廻をしり目に、「はーい、じゃあ俺倒されたから田中交代なー」と佐藤は言った。
交代…? まだ、これが続くの…?
どうにかして立ち上がろうとするが、廻の体は動かない。
痛い、痛いよ…。どうして、みんなこんなに酷いことばっかりするの? 毎日毎日、飽きもしないで。確かに僕は、怪人が好きだって言ったよ。怪人のほうがカッコいいって、そう思ってるよ。でも、別に僕は怪人じゃないじゃないか。ヒーローでもない。みんなと同じ、弱い人間なんだよ。なのに、毎日毎日殴って、痛めつけて。それが、みんながカッコいいって言ってるヒーローなの? 自分の気が済むまで怪人を痛めつけるのが正義なの? どうして、怪人は負けなきゃいけないの? どうして、怪人が死んだらみんなは手をたたいて喜ぶの?
そんなの、そんなの…!
気が付くと、廻は立ち上がっていた。背を向けて歩いている佐藤に向けて、全速力で向かって行く。怪人として、まだ倒せていない警備員を、その手で殺しに向かう。思いっきり拳を振り上げて、全力で、本気の殺意を込めて。
佐藤が気が付いて、こっちを見ている。ひどく怯えた顔をしている。どうした? さっきまで、あんなに痛めつけていた相手じゃないか。口が動いている。何かを言っているのか、でも、廻の耳には届かない。
殺す、殺す、殺す…
廻の頭にあるのはそれだけだった。
上にあげた拳を、そのまま全力で振り下ろす。
次の瞬間、トラック一台ほどの大きさがある廻の拳が、佐藤の体を押しつぶした。ベチャ、とした感覚が伝わり、廻は快感にもにた感情を覚える。
その手は、ゆっくりともとの大きさに戻っていく。さっきまで友達だった肉と液体が、少年たちの目に映る。
「さあこい、ヒーローォォォォォォ!!!」
そこには、一体の怪人がいた。
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