#000 プロローグ
「なんでここに怪人がいるんだ!? ここは安全なはずじゃなかったのか!」
「もう警備の人が何人も殺された! あれは少なくともB級以上だ! このままじゃ、俺たちみんな死んじまう…!」
「早く、早く来てくれよ、ヒーロー!」
今から二十年ほど前、『大厄災』が起きた直後。人類は、突如として現れた怪人により、大きな混乱のさなかにあった。人ならざる力を持つ異形の手によって、何百万もの人々がなすすべもなく死んでいった。
怪人は、どこからともなく現れる。軍隊が本来の力を発揮できていれば被害はもっと小さくすんだだろうが、その軍隊内部にも何体もの強力な怪人たちが出現し、人類から反撃の刃を奪った。市街地にいる怪人に対しては、使用できる兵器も限られてくる。指数関数的に増える怪人による被害の報告のせいで、軍や警察の指令系統も正常に機能しなかった。
怪人により殺された何百万。そのほとんどは、怪人が初めて確認されてからわずか一週間のうちに命を落としている。七十年前、広島の悪夢での死者数ですら十数万人。その何十倍もの数の人々が、突然命を奪われた。全人類は絶望の中にあった。
だがしかし、人類はただ死を待っていたわけではない。大厄災での死者の大半が最初の一週間で殺されたということ、これはつまり、それ以降に殺された人の数が非常に少ないということを意味している。
数多の怪人たちを倒し、人類を滅亡の危機から救った英雄たち。彼らこそが、人類にとって、最初の「ヒーロー」だった。彼らもまた、どこからともなく現れた人ならざる力を持った者たち。絶望の毎日の中で、人類の中にも力に目ざめる者たちがいたのだ。
アメリカの救世主「スターライト」、ヨーロッパの救世主「ポッター」、そして日本の救世主「マイト」
その三人は圧倒的な力をもって大量の怪人を駆逐したことで知られ、憧れとともに「三英雄」と呼ばれている。
彼らを始めとするヒーローの活躍により、大厄災は終わりを迎えた。今でも怪人は発生し続けているが、彼らの活躍に感化された多くののヒーローたちのおかげで、被害はそこまで大きくなっていない。
それでも毎日、怪人による死者は出続けている。理不尽に奪われる命の数をゼロにし、怪人を駆逐する…、それが、世界中のヒーローたちの共通の願いだ。
そして舞台は2021年、12月21日。クリスマスを前に多くの人が集うデパートにて、一体の怪人が出現した。ある程度の強さの怪人ならば殲滅できるだけの装備を持った警備員たちを何人も殺し、対抗するすべをもたない一般人たちはその毒牙にかかる寸前。
彼らの思いは一つ。「ヒーロー、早くこの怪人を倒して!」。どこか都合の良すぎるその願い、現実的に考えればすぐに叶うものではないのかもしれない。でも、助けを求める人がいればすぐにやってくるのがヒーローというもの。正義は勝ち、悪役は敗れて、みんな仲良くハッピーエンド。その常識は、もはやコミックの中だけのものではない。
「待たせたな、怪人」
颯爽と現れたのは、A級ヒーローのセツナ。振り上げられた怪人の拳を、「風の刃」によって切り裂く。もはやただの肉塊と化したソレはごとり、と音をたてて床に落ち、「グアアア」とフロアいっぱいに響き渡る怪人の声。ついさっきまでは悲壮感であふれていた人たちの顔が、今や希望に満ち満ちている。憧れのヒーローが活躍する現場に立ち会えて、小躍りする者もいるくらいだ。
片手を落とされて悶絶する怪人を横に、セツナは余裕とともに自らのファンたちに手を振る。その顔には、笑顔すら浮かんでいる。
怪人のはらわたは煮えくり返り、残っている方の手で渾身の一撃を放とうとする。能力により巨大化した拳は、トラック一台ほどの大きさもある。
しかしその攻撃も、セツナに対してはなんの意味もない。風の刃により体もろとも切り刻まれ、グシャアという音とともに怪人は無数の肉塊となって床一面に散らばった。
その瞬間、すでにギャラリーとなった「被害者」たちから歓声が上がる。ありがとうありがとうとヒーローは握手を求められ、床に散らばる怪人だったモノは踏みつけにされる。ひとしきりのファンサービスを終えるとセツナはパトロールに戻り、少し遅れてやってきた清掃業者が散らばった肉やら体液やらを集めて、ゴミ袋に二重に包んでゴミ捨て場へと持って行った。
そして、その事件現場にて拳を握り締める少年が一人。「再構築」という能力を秘めたその少年、志村廻こそが、この物語の主人公。
彼は一言、こう呟いた。
「理不尽じゃないか…」