【短編】入れない場所(ホラー)
最近疲れているのか、妙なものを見てしまう。
見る、と言うほどはっきりではないが、視界の端に誰かが映る。
あれ?っと思って二度見したらもう居ない。
気のせいかと言われると、そんな気もする。
見えるような気がするから、気になってまた二度見してしまうのかも知れない。
ある晩、実家に帰った俺は、母さんの手料理を久しぶりに食べた。
父は夜遅くまで仕事で、まだ帰っていない。
母は底抜けに明るい人だ。
周りからも好かれ、人を悪く言っているところなどほとんど見たこともないような人柄だ。
「あんた、なんかつれてるの?」
「さぁ、どうなんだろ?そうかも知れないけど、気にする程のことじゃないと思うけど。」
「そうね、気にすると良くないわよね。」
なんて、ちょっとかみ合っているようないないような不思議な会話をしていた。
明るい母は、ちょっと不思議な人だ。
なんだか昔から言っていることがふわふわしている時があった。
その日は実家に泊まった。
父は帰りが遅かったので、顔を合わせることなく僕は寝てしまった。
久しぶりの実家はよく眠れた。
きっと僕が家を出てからも、僕が使っていた部屋は荷物こそほとんど何もないが、きれいに掃除してくれていたんだろう。
突然やってきた息子を、母同様に布団も優しく包んでくれているようだった。
翌朝、起きると朝食の用意がされていた。
「おはよう!ご飯食べて、今日も頑張ってね。」
朝から母は明るい、この人は疲れを知らないんじゃないかと思ってしまう。
「ありがとう、母さん。いただくよ。」
朝から温かいみそ汁を飲むのは久しぶりだった。
「ねぇ、今日も仕事終わったらこっちに帰っていらっしゃい。」
「え?いいよ、連日来たら邪魔だろ?それに着替えのこともあるし。」
「いいじゃない。仕事終わって、いったん着替えを取りに帰ってから来たら。」
「うーん。」
僕はちょっと思案した。
もちろん、母は素直に僕が来ることを望んでくれているのだろう。
子供に社交辞令を使う人じゃない。
でも、正直一回家に戻って着替えを取ってくるなら、そのまま寝てしまいたい。
「大丈夫よ、うちに来た方がしっかりご飯も食べれるし、ぐっすり眠れるから。それに、母さんとは相性が悪いみたいよ。」
「え?何言ってるの?そんなわけないじゃん。」
なんだろう、僕が渋ったからあてつけで妙なことを言っているのだろうか。
「分かったよ、仕事終えたら着替えとってすぐ来るから。」
「うん、その方が良いと思うわ。さぁ、早くご飯食べて仕事に行きなさい。」
相変わらずちょっと調子が狂うなぁ、なんて思いながら朝ご飯を平らげ、仕事に向かった。
昨日は実家でゆっくり眠れたと思ったのに、午後になると疲れが出てきた。
さっさと仕事を終えて、早く帰って眠りたいと思ったが、母と約束した手前、実家に帰らなければならない。
すっぽかそうものなら、「やっぱり母さんと相性が悪いのね。」なんて言われたらたまったものじゃない。
僕はさっさと着替えを取って実家へ向かった。
実家には門扉は無く、昔ながらの引き戸をガラガラと開ければすぐにダイニングとキッチンが見える。
ダイニングとキッチンなんて洒落た言い方よりは、茶の間と台所と言った方が正しいのだが。
僕は駐車場に車を停めて、玄関に向かった。
台所からカレーの匂いが漂ってきた。
母が僕の帰りを待って、カレーを温めてくれているのだろう。
カレーは僕の好物なのに、何故か僕は足取りが重たくなるのを感じていた。
やっぱり疲れているのかも知れない。
「ガラガラ」
引き戸を開けて茶の間を覗く。
「ただいま、母さん。」
「あら、おかえりなさい。そのまま振り返らずに家に入りなさい。」
「は?」
相変わらず変なことを言う人だ。
「いいから早く。それで、あなたは入れないわね?いいからもう帰りなさい。」
「は???」
余計に意味が分からない。
入っていいのか帰ればいいのか・・・。
立ち止まっていると、
「何しているの?早く入りなさいよ。」
「え?あ、うん。」
僕は靴を脱ごうと足元を見た。
玄関の敷居を超えた僕の足。
敷居を超えていない、女性のハイヒール。
「え?」
思わず振り返りそうになった。
「振り返らないで家に入りなさい。」
相変わらずの明るい声で母は言う。
「ごくり。」
自分が生唾を飲んだのがはっきり分かった。
「さぁ、ここには入れないわよ、どこでも行きなさい。」
そう言って、うまく動くことのできない僕の背後のドアを母がガラガラと何も無かったかのように閉めた。
「さ、お帰り、今日はカレーよ♪」
そこにはいつもと変わらない、底抜けに明るい母の姿があった。
またまた【短編】を書いてみました。
今回はホラー(ホラー要素弱め)
しかも、またまた、読者次第の展開。(?)
母は強し!