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成功の記憶があるので、前のときよりも早く効果の高い研究結果を得られた。
冬の足音が耳朶を打っているけれど、子爵領も伯爵領も食糧倉庫は空だ。
私が作り出した種を植えて魔力を注げば、大地が雪に閉ざされる前に冬を乗り越えられるだけの食糧を得られる。
前のときは魔力を注ぎ過ぎて死にかけたのだっけ。できた食料は冬を乗り越えられるどころか王家や他領に高値で売っても余るほどで、それが子爵家と伯爵家の金庫を富ませたけれど、使用人や領民達が乏しい収入で取り寄せてくれた薬以外のものが病床の私に届けられることはなかったわ。
「あははは」
「うふふふ」
「ほほほ」
「ははは」
今日も婚約者が訪れている。
妹に会うためもあるだろうが、数年前借金で伯爵家が潰れかけたときに私の魔道研究で作った花の売り上げが救ったように、今度も助けて欲しいと求めているのだ。助けてくれるかもしれない相手を蔑ろにして、嘲笑いながら。
今日はふたりだけでなく、私の両親も同席している。私にも出席しろと命令があった。命令……そう、命令だ。私は、あの人達の家族ではないのだろう。
「お嬢様……」
固く拳を握ったメイドに頷いて見せる。
私は、子爵家と伯爵家がどんなに潤っても新調されることのないドレスの代わりに、私の魔力の強さと魔道研究への情熱をいつも褒め称えてくれていた亡くなったお婆様が残してくださった古いドレスを纏って、中庭の茶会に踏み出した。
メイドをはじめとする使用人達が気を配ってくれているので、意匠は古くてもカビ臭いようなことはない。
「お待たせしました」
「……」
四人の表情が歪む。
本当は私の顔さえ見たくないのだろう。
でも仕方がない。子爵家と伯爵家を救えるかもしれないのは私の魔道研究だけだ。当たり障りのない挨拶の後で、私は口を開いた。
「ご領地が大変なようですね」
「……」
四人は怪訝そうな顔になる。
他人行儀な口調に違和感を覚えたのだろう。
いつもは婚約者として家族として話しかけて鼻で笑われていた。私が愛を求めれば求めるほど、彼らは私を踏み躙ってきた。私がどうこういう以前に、他人を貶めることでしか快感を得られない人間なのだろう。
「数年前伯爵様にお渡しした花の種のように」
「おおっ」
興奮した婚約者が立ち上がって、隣の妹に睨まれる。
あの花は、伯爵家が調子に乗って販路を広げたせいで他領でも作られるようになり、近年価値が落ちて来たものね。
おまけに今年は不作。一刻も早く金のなる木が欲しいのでしょう。
「魔道研究で役立つものが作りたかったのですけれど、今年は無理でしたわ」
「……」
一瞬安堵の表情を浮かべた後で、彼らの顔が憤怒に染まる。
そう、彼らは一瞬安堵した。
私の魔道研究を利用したいけれど、私が結果を出すのは嫌なのだ。私が作ったものを食い潰すしかない自分達の姿を見たくないから。だけどこれは死活問題。自分達ではなにもできない恐怖を罵詈雑言に変えてぶつけられる前に、私は微笑んだ。
「南の帝国の皇帝陛下からの情報提供がございませんでしたの」
「なんだと?」
妹以外の顔色が変わる。
伯爵家に渡した花の時点で疑いはあったのだ。少々魔力が強いくらいで、子爵家風情の小娘があんなものを作り上げられるはずがない、魔道研究が盛んな南の帝国と通じているのではないかと。魔道の知識が欲しくて、帝国の情報を集めていたのも良くなかったのだろう。
失礼しちゃうわ。すべては私の実力なのに。いいえ、材料を集めてくれた使用人や領民達のおかげね。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
──自ら売国奴の汚名を着ることにした私は、前よりも早く高い塔へ閉じ込められた。
私の発言が外に漏らされることはない。
だってまだ子爵家も伯爵家も、王家に取り入って自分達だけは助けてもらうための軍資金がないのだから。私が隔離されたのは心の病気になったからだと発表された。婚約者は妹と結婚……するはずがない。もっと格が高く金を持った貴族と結びつこうとしたが、私が心の病気になったのは婚約者のせいだろうと言われて敬遠されているそうだ。
「ぴちゅー」
高い塔に閉じ込められた私のところへも、小鳥は来る。
窓から見える子爵領は緑豊かだ。
あの日、茶会へ向かう私を見送るメイドの拳が包んでいた種は、こっそりと領民達を救っていた。もちろん使用人達にも不作とその後の疫病による被害は出ていない。そもそも疫病自体が発生しなかった。
私が冤罪で処刑されただけだったなら、今度もまた不作を救う種を婚約者や両親に渡していただろう。だって、どんなに無駄だと頭で理解していても、私は彼らに愛されたくてたまらないのだから。
でも私が死ぬ前に使用人と領民の代表者達が殺されていた。
種で一時的に救えても、最終的に使用人と領民の代表者達が殺されたのでは意味がない。いくら私が婚約者や家族の愛を求める心を止められないからといっても、与えられた愛に感謝できないほど莫迦ではないのだ。
「この種……」
私は小鳥の糞に入っていた種を見た。
昔、子爵邸の倉庫にあった古書に載っていた気がする。
「花を煎じれば皮膚を爛れさせ、茎を刻めば苦痛を与え、根を焼けば心臓を止める毒となるが、炒った種を口にすればすべてが癒えると言われているのよね?」
「ぴ」
魔道研究の影響で、その他の森羅万象の知識も深い南の帝国でも伝説の植物扱いのはずだ。
「止まった心臓も動くのかしら?」
「ぴぷ?」
……試してみたい。こんなことを考えるような人間だから愛されないのよね。
私はひとりしかいないのだから、実験できるのは花と茎だけだ。
高い塔のひとりの部屋で、私はその南方の植物を育て始めた。種の色や形が似ているだけで、まったく別の植物の可能性もある。
「ふふふ」
他人に着せられた売国奴の罪で入れられた王都の牢獄より、自分で入ったこの高い塔の部屋のほうが居心地が良い。
「あなたが来てくれるものね」
「ぴー♪」
そういえばこの小鳥、毎年通って来てくれているけれど、同じ個体なのかしら?