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第二章 転校生はじめました その5

「はあ……」

 湯船に浸かってため息一つ。疲労という物に色があるなら、今頃お湯はその色に染まっていることだろう。

 散々な一日だった。朝の羞恥プレイから始まり、休み時間には質問攻めで動けず、放課後にはガーゴイルと戦い、それを茜と沙紀に見られて正体がバレてしまった。

 初日から取り返しのつかない痛恨のミス。時間が何度巻き戻れば良いと思ったことか。当然それは無理な話で、こうして僕は落ち込んでいるわけだ。

 あの後、茜と沙紀(主に茜)は交換条件を提示してきた。状況的に僕が不利なので、交換条件というより脅しに近いものだったけど。その条件とは、僕の正体を誰にもバラさない代わりに、以前のように部活へ顔を出してくれ、とのことだった。つまり、吉名司として自分が作った部に入部してほしい、と言ってきたのだ。

 本当か嘘か分からないが、茜と沙紀が蓮池への進学を決めたのは、僕と颯がこの高校にいたから、らしい。詳しくは「特に行きたいところもないし、どうせだったら先輩のところへ行こう」程度の軽いものだが、彼女達は躊躇することなく部活紹介当日に、仮入部をすっ飛ばして入部届けを持ってきた。それなりに僕達のことを慕っているようだ。その僕がいなくなってはつまらない。だから吉名司でもいいからいてほしい。そういうことなのだそうだ。

 本当に誰にも言わないのなら。僕はそう念を押して、彼女の要求を受け入れた。茜と沙紀は手放しで喜んだ。それはいい、それはいいのだけど、そこでおかしなことが起きた。何故か茜とティルラが手を合わせて一緒に喜んでいたのだ。何かがおかしい。そう思って問い詰めると、なんとティルラは事前にこの二人へ僕の正体をバラしていたらしい。「バレる前にこちらから正体を明かして、懐柔させた方が後々のことを考えれば良いじゃないですか」と、ティルラは事も無げに言った。なるほど。他の生徒には見つからなかったのに、何故この二人にだけは見つかったのか分かった。ティルラから話を聞いて以降、僕達のことをずっと監視していたのだ。叱りたいのは山々だが、済んでしまったことはしょうがない。もう誰にも言わないようにと、キツク言い聞かせることで許した。それなのにティルラは「颯には教えてもいいですよね?」なんて聞いてくるから、教えたら一生口を聞かないと釘を刺しておいた。

 そんなわけで、入部届を貰って帰ってきてしまった。明日には部室へ行って提出しなければならない。

 湯船の縁で両腕を組み、その上に頭を乗せてぼーっと天井を見上げる。真っ白な天井は少しだけ曇っていた。

 入部してくれれば、他には何も要求しない。茜はそう言っていたが、口元は笑っていた。絶対何か要求してくるのは目に見えていた。

「もーだめだー」

 抑揚なく声を上げる。言ってみたことに意味はない。ただ、言えば楽になった気がするのだ。

「お姉ちゃん。何がダメなの?」

「ぬおっ!?」

 突然ドアが開き、そこから美衣が顔を出した。慌てて体を反転させ、お湯の中に首まで浸かる。

 人がお風呂に入っているときにノックもなしに除くとは。一言注意しないと。そう思って振り返る。

「美衣、ちゃんとドアを開けるときはノックを――ってお前なんて格好をしてるんだよ!?」

 想定外だった。何故か美衣は服を着ていなかった。服どころか下着もだ。全裸だ。慌ててて視線を戻し、壁を睨み付ける。

「格好って、お風呂に入るからだけど?」

「今は僕が入ってる!」

「うん。だから急いで来た」

「なんで!?」

「お姉ちゃんと一緒にお風呂入りたかったから」

 背を向けたまま話をする間にも、背後からはドアが締る音、そしてシャワーの音が聞こえはじめる。

「そんなに恥ずかしがらないで、こっち向いて話そうよー」

「断る! 早く体を洗って出てくれ!」

「洗ったらもちろんお風呂入るよ?」

「ぬぅ……、じ、じゃあ僕が出る」

「ダメダメ。お姉ちゃんが出たら意味ないもん」

「美衣の都合なんて知るかっ!」

 とは言ったものの、振り返ると美衣の裸が見えてしまうので、動くことができない。ワシャワシャと泡立つ音が耳につく。そ、想像なんてしない。しないぞ。

「お姉ちゃんの背中、白くて綺麗だね」

「そ、それはどうも……」

 司としての部分を褒められると、自分が女であることを強く意識してしまう。なんとなく視線を下げると、視界に二つの小さな膨らみ。そしてその先には……。すぐに顔を上げた。

「もしかしてお姉ちゃん、まだ自分の体を見慣れてないの?」

「う、うっさいな! これでも見慣れた方なんだよ! 僕は男なんだ。いくらこれが自分の体でも、限界ってものがあるっ」

 下着姿や、胸の膨らみ自体を見るくらいならもう慣れた。しかしその先はまだちょっと無理だった。

「そうなの? せっかく女の子になったんだから、ウヘヘって笑いながら興味津々にいろいろ見たり触ったりするんじゃないの?」

「それはただの変態だ! するか、そんなこと」

「ふぅーん」

 意味深な呟き。背中に視線も感じて、さらに体をお湯の中に沈める。と、ふいに水面が大きく揺れた。

「お姉ちゃん、もうちょっとそっち行って」

「え、うん、わかっ――たぁっ!?」

 隣を見やって驚愕し、逃げるように湯船の隅っこに張り付いた。

「そんなに端っこまで行かなくても」

「お、おお、おまっ、お前、なんで入ってきたんだよ!?」

「えへへ。小学校の時以来だね」

「人の話をきけー!」

 何故かやたら嬉しそうな美衣。僕は背中を向けたまま、首から上だけを見て美衣に叫んだ。

「なんでって、さっき言ったでしょ? お姉ちゃんと一緒にお風呂入りたかったからって」

 美衣がニコニコと笑う。その表情は本当に嬉しそうだ。

「お姉ちゃん、中学になってから一緒にお風呂入ってくれなくなったでしょ? 性別違うから仕方ないかなーって諦めてたんだけど、今ならほらっ、同じ女の子だから遠慮することないし!」

「遠慮してください!」

 美衣が「えー」と口を尖らせる。こっちとしては中身はそのままだから、それはちょっと違うだろうと声を大にして言いたい。

「まあまあ。それよりこっち向いてよ。お姉ちゃん」

「イヤだ」

「そんなこと言わずに。胸見せてよ」

「ストレートだな!」

「まだじっくりと見たことも触ったこともないしね。きっと柔らかいんだろうなあ」

 手をワキワキとさせる美衣。き、危険だ。このままここにいては大惨事に発展する可能性がある。と言うか、あの手は間違いなくそれを狙っている。逃げないと!

「さ、先に出る!」

 少しばかり見られても、後に待ち構えているであろう事を考えれば、僕は見られる方を選ぶ。勢いよく立ち上がって、湯船から出る。そしてそのまま浴室を出て脱衣所へ逃げ――

「ひゃっ!?」

 ドアに手が届こうとした一歩手前。脇の下から伸びてきた手が僕の胸を包み込んだ。電気のようなビリッと感触が胸のあたりから全身へと伝わり、変な声を上げていまう。

「もう、お姉ちゃん逃げないでよ」

 振り返れば目と鼻の先に美衣の顔が合った。逃げようとした僕を慌てて捕まえたのだろうか。にしても、なんで両手が僕の胸に当てられてるんだ!?

「お前っ、美衣! どこを触って――っ!」

「お姉ちゃんの胸、小さいけど触り心地いいね」

「堂々と揉むなーっ! ……あんっ」

 ………………。

 ……えっと、待って、ちょっと。今の無し、今のは無し! 出してない。変な声なんて出してないから!

 そーっと美衣に視線を送る。き、聞かれてしまっただろうか……。いや、いやいやいや。もしかすると、もしかすると今のは幻聴か換気扇の異音か、僕は動かしていないけど美衣かティルラが洗濯機を動かしていて、その音が――

「お姉ちゃん、小さいから感度良いんだね」

「~~っ!?」

 一瞬にしてカアッと全身が熱くなり、声にをならない悲鳴が上げた。


 その後、浴室のドアを壊してしまった僕はティルラに叱られた。全力でドアを開けた僕も悪いけど、元凶は浴室に乱入してきた美衣だと思う。僕は被害者だ。

 それにしても、僕を叱っているティルラの横にあったビデオカメラはなんだったんだろう。……うん。考えないようにしよう。 

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