エピローグ
司は激怒した。必ず、かの大嘘つきのティルラを夕飯抜きにしなければならぬと決意した。
「司、まだ怒ってるのかよ」
「当たり前だ!」
ふんっとまったく関係ない颯に怒りをぶつけて再び窓の外へと視線を戻す。
一昨日の嵐が嘘のように今日の天気は快晴。見上げた先の空に雲は無く、吸い込まれそうな青い空が広がっている。
ただ、僕の心の中は一昨日のような嵐の真っ只中だ。
あの後のことだ。墓立ちの前に現われた二人の男女は、やはりというか、僕の本当の両親だった。吸血鬼の一族の中でも名を知られている資産家、アーデンナウアー家の当主、そしてその妻。今の僕はお母さん似のようで、鏡で見た自分をそのまま成長させた姿がお母さんそのものだった。それだけ彼女は僕に似ていた。いや、僕がお母さんに似たのか。
曰くティルラとの話で、本当は僕とティルラが夏休みに実家へ帰省して、十数年振りに再会する予定だったのだが、どうやら成長したであろう僕に一刻も早く会いたくて待ちきれなく、いても立ってもいられず、ひと目だけでもこの目で見ようと、仕事をキャンセルしてやって来てしまったのだという。
ティルラにそっくりというか、ティルラが両親にそっくりというか、本当の僕の両親も負けず劣らずの親馬鹿だった。ちなみにあの場所へやってこれたのは、家に僕達がいなかったので、一秒でも早く会いたいと、すぐに人員やら機材やらをかき集めて、僕達の位置を調べたらしい。お金持ちはやることが凄い。
意識を取り戻したティルラを連れて家に帰り、家族水入らずで会っていなかった時間を埋めるように夢中で話していたその中で、僕は驚きの事実を知ってしまった。
僕が日本に来た理由は、我が家に代々伝わるしきたりで、後学のために幼い頃は他国で生活し、見聞を広めるというものであり、別にヴァンパイアハンターだとか、そういうものから僕の身を守るためではなかったのだ。
ティルラに問い詰めると、さらに僕は仰天した。
僕が努になった理由。それはもちろん前述したように安全のためなんかではなく、ただ単に『幼稚園で僕が男子から人気があったので、嫉妬に駆られて男にした』というありえないものだった。しかもそのことは両親に黙っていたらしく、しきたりにより数年は僕が実家に戻る必要がなかったため、あの手この手で僕のことを騙くらかしていた。定期的に両親へ送っていた僕の写真や動画なんかは、あたかも僕が女の子の司として無事成長しているようにこっそり加工して、両親を欺いていたのだ。
順調だった。しかし、今年ついに両親から帰省を求められてしまったため、慌てて僕を司に戻し、それだけでは僕を努にしていたことがバレてしまうだろうと、ガーゴイルや自分自身をけしかして、僕に本来なら持っていたであろう吸血鬼の力を取り戻させた。
つまり、ティルラの自分勝手な行動で僕は男にされ、それを両親に知られたくないがために、あんな酷いことをさせられたのだ。僕が怒っても仕方無い。いや、怒るべきだろうこれは。聞けばこの低身長だって、ティルラの力の弊害だって聞くし、いくらお母さんが小さいから僕も小さくなるだろうとしても、お母さんの身長は一五五くらいはある。高校二年からではもう身長なんてほとんど伸びないから、五センチの差だ。これは大きい。
まあ、そのおかげで両親が僕のことを不思議に思い、ティルラが問い詰められた結果、彼女の悪事が両親にバレたわけだけど。
「司先輩が怒ってる。かわいー」
「茜、茶化さないの」
部室のソファーに座る茜がニヤニヤと笑みを浮かべ、その隣で沙紀がたしなめている。
「ふんっ」
機嫌が悪いので相手してやらない。とは言え、ティルラはあの後、僕の両親にこってり説教を喰らっていたから、ある程度はすっきりしていたりする。こってりと数時間かけて説教されるティルラは見物だった。
ちなみに今朝も、
『今日はお父さんお母さんもいるんだし、奮発してステーキにしよう。あ、ティルラは茹でたもやしね』
そう僕が言ったときのティルラは、この世の終わりとでも言いたげに絶望していた。いい気味だ。
そんなこんなで、結構ストレスは発散している。今も怒っているのは、半分くらいは見た目だけだ。少しはティルラに反省して欲しかった。嘘を言った罰に対して。そしてそれ以上に、僕をぬか喜びさせた罰に対して。
「そういえば、両親に会ったのに、司のままなんだな」
「そうなんだよ! それが一番の問題なんだよ!」
窓枠を掴んで立ち上がり、叫んだ。メキッとか、「ひいっ」とか聞こえたけど気にしない。
颯の言うとおり、今も僕は司のままだった。
ティルラとの約束では、実家へ戻った際に両親の力を借りて、僕を努に戻す予定だった。準備やらなんやらで夏休みになると言っていたが、結局は先延ばしにしたかっただけだったらしいので、すぐにでも戻して貰おうと思った。しかし、あろうことかティルラはこう言ってのけたのだ。
『申し訳ありません。無理です』
もう僕は怒った。あの時ほど怒ったのはなかった。人生初めて怒りに身を任せ、本気で人を殴りたいと思った。人を散々振り回しておいて最後がこれだ。もう意味分かんない。
「ざ、残念だったな。まあ、気を落とすなよ」
「ここで落とさなくてどこで落とすんだよ。はあ~……」
深い深いため息をついて、椅子に座り直す。
まあでも、僕が努に戻れる機会が完全にゼロになったわけじゃない。ティルラみたいな力を持っている人は他にも数人いるらしい。中にはティルラとは比べものにならない力を持った人もいるらしい。その人に頼めば、まだ僕が努に、男に戻れるチャンスはあるのだ。両親、そしてティルラが暇を見つけてはつてを頼りに探してくれると言ってくれたので、僕はただ待つだけだ。期待して待つしかない。
「別に戻れなくてもいいじゃないですか。かわいいんだから。その赤い左目も神秘的でいい感じですっ」
茜がグッと親指を立てる。褒められて嬉しくないはずがなく、顔を背けつつも「ありがとう」と小さな声で返した。
「でもどうして今日になってコンタクトをはずそうと思ったんですか? 心境の変化?」
「ま、まあ、そういうところ」
ちらりと颯を見て、答える。一瞬のことなのに、茜はそれを見逃さなかったらしく、
「ん、あれ。もしかして」
「な、なんだよ」
茜がニヤリと笑みを浮かべる。
「なるほどぉ」
「べっ、別に颯が綺麗だって言ってくれたからとかじゃないからなっ! そ、その……コ、コンタクトするのが面倒になっただけ、ただそれだけなんだから!」
「別にあたしは颯先輩が、とか言ってませんけど?」
……あっ。
ボンッと一瞬にして顔が熱くなる。しまった。失敗した。なんてこと言うんだよ。どうしよう。茜が気持ち悪いぐらいに笑っている。
助けを求めて沙紀へ視線を送る。お茶を啜りつつ、目を伏せられた。続いて颯……ってなんで真顔!?
「司……」
「は、はい。なんでしょーか……」
異様空気を身に纏った颯が立ち上がり、ゆっくりとこちらに歩いてくる。目の前で立ち止まり、僕の両肩に手を置いた。
「えっと……は、はやて?」
頭の中で警報が鳴り響くほどの嫌な予感に頬を引きつらせ、颯の次の言葉を待った。
僕、茜、沙紀が見守る中、颯はゆっくりと、そしてはっきりと言った。
「司。俺と付き合ってくれ」
…………。
『はいぃ!?』




