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最終章 吸血鬼はじめました その5

 街の中心から少し外れた川沿いの工業地帯。十年以上前に行われた自治体主導の企業誘致により、多くの工場が建設され、一時期は人で溢れかえった。しかし今では半数以上の企業が撤退し、放置された工場が空しくその存在を誇示していた。もぬけの殻と化した巨大建造物は錆と雑草で覆われ、一部廃墟マニアの間では人気のスポットらしい。逆に近隣住民からは治安の観点から問題視されている地域でもある。ティルラが指定した場所はその一角にある巨大な倉庫だった。

 無骨な門を乗り越えて中に入ると、そこはガランとした空洞で、等間隔に配置されたむき出しの鉄骨が遠い部屋を支えていた。時折吹き込む風の音が不気味にこだまし、薄暗い奥からは何かが出てきそうな、そんな雰囲気だ。

 一階には誰もいなかった。最奥に階段があり、それを登る。すぐに二人を見つけた。

「お待ちしていました」

 制服姿のティルラが、スカートの裾を持ち優雅にお辞儀する。

「お待ちしていました、じゃないだろ」

 ティルラを睨み付ける。目を右奥にやれば、床に腰を落とし、後ろ手に項垂れている颯がいた。動く様子はない。気を失っているのか?

「安心してください。彼は寝ているだけです」

 ティルラの言葉に、内心胸を撫で下ろす。

「だろうね。そうじゃなかったらティルラでも許さなかった」

「許さない、ですか。なるほど。それでしたら彼に少しばかり痛い目にあって貰った方が良かったのかもしれません」

「ティルラ……」

 グッと拳を握る。静かな僕の怒りに、ティルラは薄く目を閉じ、笑った。

「冗談です。あなたがここに来てくれた時点で、もう彼に用はありません。……司の出方次第にもよりますが」

「ティルラの、の間違いじゃないの?」

「そうとも言います」

 目の前にあるのは見慣れたティルラの姿。しかし、場所が場所だ。不気味に思えて、背中が少し寒くなった。

「それで、小細工までして、こんなところに呼び出した理由は?」

 ティルラがゆっくりと目を開く。笑みを湛えた彼女と目が合う。

「……人のいない場所。広い場所。損害を与えても構わない場所。そうくれば、呼び出した理由は自ずと見えてくるのではないでしょうか?」

 人がいない、広い、壊しても平気な場所……。

 ある可能性が頭をよぎる。それは僕を溺愛する彼女からは到底かけ離れたこと。まさか、彼女が僕にそんなことをするはずが――

 瞬間。ティルラが立っていた床に亀裂が走る。小さく砂埃が上がり、ティルラの姿が消えた。慌てて半身下がり、右腕を前に出すと、強烈な衝撃と共にティルラが眼前に姿を現わした。

「いい反応です」

「どうも、ありがとう」

 ティルラを押し返し、距離を取る。追ってくる様子のない彼女はその場に立ったままだ。

「僅か一ヶ月足らずでここまで力を使いこなすとは。さすがアーデンナウアー家のご息女です」

「あ、あーでんなうあ?」

「アーデンナウアーです。ドイツの資産家、アーデンナウアー家。その一人娘であるツカサ・アーデンナウアー。それが本当のあなたの名前です」

「な、なんでこのタイミングにそんな重要なことを……」

 突然のカミングアウト。驚きを通り越して呆れてしまった。

「全てを隠したままというのも、あなたに悪い気がしまして、こうして話しているのです」

 そう言って再びティルラの姿が消える。しかし今度はさっきと違う。別にティルラは消えたわけじゃない。ただ素早く移動しているだけ。神経を集中させれば見ることは可能だ。

 視界の端にティルラを捉え、左足で蹴り上げる。感触無し。残念ながら空振りだ。しかし、当たりはしなくてもティルラを退けることには成功した。

「私が見えているようですね」

「なんとかね。次は当たるかも」

「それは素晴らしい。では私も少し速度を上げましょう」

 変なことを言うんじゃなかった。

 後悔しても後の祭り。ティルラはすでにその場から姿を消していた。言葉通りに彼女のスピードは格段に上がっていた。少しなんてものじゃない。

 首筋に悪寒が走り、すぐさまその場にしゃがんだ。ブンッと風切り音が頭上を通過する。このタイミング、もう少し遅ければ頬に一発もらっていた。寸止めするつもりもないらしい。ティルラは本気だ。だったらこちらも手加減する余地はない。両手を床につき、背後に向けて蹴りを入れる。何かが足先を掠った。勢いそのままに立ち上がり、正面にいたティルラに右の拳を繰り出す。それは容易く避けられ、側面に移動したティルラは脇腹へ重い一撃を見舞った。ゴキッと嫌な音が聞こえ、僕の体は壁際まで飛ばされた。

「……かはっ」

 痛みに汗が噴き出す。苦しくて、酸素を求め大きく深呼吸を繰り返す。

「申し訳ありません。骨が折れてしまったようですね。治癒されるまで少し休憩といきましょうか」

 よ、余裕を見せつけてくれちゃって……。

 腹立たしかったが、今の僕に言い返せるほどの余力はなかった。倒れたまま、吸血鬼の力を総動員して傷を癒すことに専念する。

「理由、と司は仰いましたね」

 僕と目線を近づけるためか、ティルラはその場に正座して話し始めた。

「司をこの場所へ呼び出した理由。それは至極簡単なことです」

 ティルラがもったいぶるように言う。ぜひこの惨状に僕が納得できる理由がほしいものだ。

「あなたに本来あったはずの吸血鬼の力を目覚めさせるためです」

「どう、いう……」

 どういうことだ、と言いたいのに、痛みでそれどころじゃなかった。

「ああご安心を。今のあなたは間違いなく吸血鬼です。由緒正しき家系の間に生を得た、吸血鬼と吸血鬼の子。純血の吸血鬼です」

 別にそんなこと気にしていない。僕にとって吸血鬼だとか人間だとかどうでもいいのだから。

「努として暮らしてきたが為に、あったはずの眠ったままでいる吸血鬼の力を目覚めさせる。それが正確な理由です」

 目覚めさせたからといってどうなるんだ。と思うが、ティルラは本気らしい。その目には強い意志を感じられた。

「二戦目と三戦目、あなたが一人でアウスグスと戦ったときのことです。気付きませんでしたか? いえ、気付いていますよね? 以前よりも体が吸血鬼の力に順応していることを」

 同意を求めるようにティルラが視線を送る。僕は小さく頷いた。

「いくらツカサに戻ったからと言って、すぐに吸血鬼本来の力を取り戻せるわけではありません。次第に、徐々に、少しずつ、意識と体が馴染んでいき、長い時をかけて取り戻すものなのです」

「……っ。じ、じゃあ、なんでこんなことするんだよ」

 痛みが引き、なんとか言葉を発することができるようになった。壁を支えに上半身を起こし、息をつく。

「今のは混血だった場合の話です。純血であれば混血なぞ比べものにならないほどの順応性を有しています。そして、多少の荒療治にも耐える回復力も」

「だから強行手段に出た、と。どうして? なんでそんなに急ぐんだよ」

 時間がかかっても力を取り戻せるのならこんなことをしなくてもいい。何故かは分からないが、ティルラは焦っているのだ。

「……私にも事情があるのです。深刻で、たとえそれがあなたでも、譲れない事情があるのです」

 悲しげに目を伏せるティルラ。そこに笑顔はなかった。

「目的のためならば手段は選びません。嘘もつきます」

「嘘?」

 はい、とティルラが頷く。

「誰が好き好んで、司に怪我をさせるようなことをしますか」

 脇腹を押さえる僕を見てどの口がほざくのやら。

 ……ん? 怪我はともかく、嘘は今の現状に当てはまるだろうか。ふと浮かんだ疑問に答えるように、ティルラは自嘲気味に笑ってこう言った。

「アウスグスなどいないのです」

「……いない?」

 そんなはずはない。現にいて、戦ったのだから。ティルラも見たじゃないか。戦ったじゃないか。それなのに、どうしてそんなことを言うんだろう。

「あれは私の力で作り出した有機生命体。この世界にいないはずの人工物なのです。もとを正せば、ヴァンパイアハンター自体、この世界にはいません」

「……」

 驚きすぎて声が出ない。人工物。人間が作り出した物。ガーゴイルは私が作った。そうティルラは言った。それが真実だとしたら、たしかにティルラは嘘をついていたことになる。なんせガーゴイルは僕達吸血鬼の命を狙うヴァンパイアハンターの先兵だったはずだ。そしてヴァンパイアハンターの存在さえも嘘だったとなると、幼い僕が日本へ来た理由も、僕がツカサから努になった理由も、なにもかもが辻褄が合わなくなってくる。

「よく考えてみて下さい。このご時世、ヴァパイアハンターなんてやっても一銭にもなりません。むしろ現代の吸血鬼には政治家や富豪が多く、どちらかと言えばこの世界を操る側の人種になっています。そんな私達に誰が刺客を送り込むでしょうか? もしいたとしても、逆に返り討ちに遭う確率の方が高いでしょう。高いリスクを負ってまで吸血鬼狩りをする酔狂な人間はほとんどいません」

 たしかにその通りかもしれない。それでも僕は、ティルラだから信じたのだ。ずっと僕の親代わりになってくれたティルラだからこそ、全て信じたのだ。

「……ティルラはひどい」

 ぼそっと呟いた言葉。しかしティルラには絶大だったようで、驚愕に目を見開いている。

「ティルラ、他にも僕に隠していることあるよね?」

「そ、それは……」

「あるんだね」

 ティルラは狼狽するばかりで首を縦に振ることはなかった。しかし、彼女の答えは見れば分かった。

 まだ隠していることはあるのだ。それもかなり重要なことを。

 ゆっくりと立ち上がる。もう痛みはない。骨もくっついたようだ。

「いいよ。話さないのなら無理矢理聞き出すまで。こうしてティルラが僕の相手をしているのも、ガーゴイルでは役不足になったから、そして何故かは分からないけど、急ぐ必要ができたから、だよね?」

 ティルラは答えない。肯定ということだ。

「だったら、たたき伏せて吐かせる」

 今まで手を抜いていたわけじゃないが、もう容赦しない。ティルラも混血とはいえ吸血鬼だ。遠慮なんていらない。僕を裏切った罰を受けさせてやる。

 それは何かのスイッチのようだった。怒りで煮えたぎる頭の中でカチリと音がした瞬間、水を打ったように冷静さを取り戻し、視界が大きく広がると同時に体が羽根のように軽くなった。

 トントンとつま先で地面を小突き、両手を開いて閉じて、ぎゅっと握りしめた。感覚は明瞭だ。爪の先、髪の先にまで神経が通っているかのようだ。

 僕の変化に気付いたのだろうか。ティルラの顔つきが変わった。今まで棒立ちだったのに初めて腰を落とし、半身で構えた。格闘技の経験の無い僕に構えはない。ただ全力で走っていって、全力で殴るだけだ。

 床を蹴り、小細工無しで一直線にティルラへと駆け出す。音が後からついくるような、変な感覚を伴いながらティルラとの距離を詰める。彼女は動こうとしない。近くまで引きつけて、カウンターを狙うつもりだろうか。それならとさらに加速する。ティルラは目の前にまでようやく動き出した。驚いた彼女の表情から、何かを企んでいたのではなく、僕が動き出したことに気付いていなかったようだ。闇雲に突き出された右拳をなんなくかわし、懐に潜り込む。ここから顎を目掛けて、と拳を握りしめていた視界の端に影が見えた。僕に気付くのが遅れたあの状況から、カウンターをしかけようとしたようだ。でも残念。丸見えだ。右手で受け止め、左手でティルラの顎にアッパーを打ち込んだ。僅かにティルラの体が浮く。そこへさらに追い打ちをと蹴りを入れた。

 ティルラの体が空中を直線に進み、建物全体を揺らした。

 膝をついたティルラのもとへ歩み寄る。

「加減はしたよ」

 見下ろし、声をかける。応えるように、ティルラの肩がピクッと動いた。

「まさか、ここまでとは思いませんでした……」

 口元を拭いながらティルラが立ち上がる。

「まだ続ける?」

「私の意識があるうちは、私は決して負けていません」

「頑固だなあ」

「私はあなたの力を全て引き出すつもりでここにきました。それなのにあなたに手加減されているのです。全力を受け止めるまで、私は負けるわけにはいきません!」

 言い終えると同時に正拳突きを繰り出す。反応が遅れたせいで避けきれないと判断しガードする。ズドンと低い音が響き、数メートル後退した。

「ここからは全力です」

 ティルラの足元に亀裂が走る。風が起こり、砂埃が舞う。僕は彼女を目で追った。

 半歩右に移動する。次の瞬間僕の頬をティルラの拳が掠める。間近には驚愕した彼女の顔。体を捻って背中に回し蹴りを当てる。ティルラは前のめりになるが、床に手をつき前転、振り返った。

「これにもついてきますか……速さには自信があったのですが」

「僕の方が少し速いみたいだね」

「少し、とは過小評価ですね」

 ティルラが苦笑し、何かを投げて寄越した。思わず受け取ったそれはただの小石だった。フェイント。その意図に気付いたときには遅く、眼前にティルラが迫っていた。

 避けられるはずもなく頬にヒット。グルンと視界が周り、揺れる。それでも踏ん張って耐え、上半身を起こす。そこにティルラの姿はなく、ゾクッとした悪寒にその場から飛び退き、体を反転させた。頭上から振り下ろされるかかと落としを腕で受け止め、足首を掴んで放り投げる。ティルラは空中で体を丸めて回転し、着地した。

 グラリとティルラが体勢を崩す。体力が尽きてきているようだ。息も荒い。額には汗も浮かんでいる。

 血の味がして、口元を拭う。手の甲に赤い血がついた。さっき殴られたときに口の中を切ってしまった。自分の血を飲んでも仕方ないのに。クスクスと笑う。

「機嫌が良いようで何よりです」

「ティルラが早く本当のことを言ってくれれば、もっと良くなるんだけどね」

「残念ながら、それはできません」

 頑固なティルラに、大袈裟に肩を竦めてみせる。

「うぅ……」

 そのとき、颯が小さく唸って身じろぎした。眠りが浅くなっているのかもしれない。

 視線をティルラへと戻す。彼女も颯を気にしているようだ。目を合わせると薄く笑った。

「そろそろ、終わりにしましょうか」

「そうだね」

 ティルラが腰を落とす。彼女が動き出すその直前、先に僕が動いた。後先考えず、今できる全力で体を前に押し出す。瞬間音が消え、正面のティルラ以外のものが見えなくなる。右腕を振りかぶり、拳を握る。一秒にも満たない世界でスローモーションのように彼女の顔が近づき、やがて目の前までやってくる。振りかぶった右腕を前に押し出す。しかしティルラの方が僅かに早かった。交差した両腕で顔をガードしたのだ。

 今更止まれない。それならそれでいい。このままガードごとティルラを吹き飛ばすまでだ。

 全力で振りかぶった右腕の拳を全力で握りしめ、全力でたたき込む。ただそれだけ。誰でもできる簡単なこと。

 たたき込んだ拳がティルラの両腕を粉砕する。嫌な音が複数回耳につき、彼女の腕があらぬ方向へ曲がり、表情が苦痛に歪む。それでも彼女の目から光は失われていない。僕も緩めることなく、その先を求め、さらに力を込める。ティルラの顔面を捉え、腕を振り抜く。受け止めきれなくなったティルラの体が宙に浮き、壁に叩きつけられる。口から鮮血を吐き、床に倒れ伏した。

 そうしてようやく、ティルラは動かなくなった。大きく息を吐き、念のためとティルラに駆け寄り脈を測る。大丈夫。生きてる。気を失っているだけだ。そのうち起きるだろう。起きたら今度こそ話を聞かせて貰う。

「うぅ……。司……?」

 颯が目を覚ました。すぐに駆け寄り縄を解いて解放する。縄は緩く結ばれていて、すぐに解けた。他に拘束していた物はないし、本当にただ見た目だけそれっぽくしていただけのようだ。これなら颯だけでも逃げられただろう。

「颯、大丈夫? 頭痛とかない?」

「ああ。それより司は大丈夫か? って目が赤いじゃないか!?」

 ハッとして近くの窓を見る。薄く映り込んだ僕の左目は赤く輝いていた。ティルラと戦っている間にコンタクトが外れたんだ。

「い、いや、これは……そ、そう! カラーコンタクト! ちょっとオシャレをと片目にコンタクトを……」

「お前そういうキャラじゃないだろ」

 そうでした。

「どうせ恥ずかしいからって青いカラコン入れてたんだろ」

「お察しの通りで……」

 羞恥で頬が熱くなる。隠したい場所が目であるため、隠したくても隠せない。予備のコンタクトを携帯しているわけじゃないし……うぅ、恥ずかしいなあ。

「気にすんな。そっちの方が綺麗だ」

「……へっ?」

 目に手を当てていると、僕以上に顔を真っ赤にした颯がぶっきらぼうにそう言った。

 ……綺麗? 今綺麗って言ったよね?

「そ、そうかな」

「お、おう……」

 颯がぎこちなく頷く。あれ、なんだろ。結構嬉しい。

 なにやら心が暖かくなり、自然と笑みが浮かぶ。変な空気が漂う中、ふいに颯が頭を下げた。

「悪かった。司が帰った後にティルラさんが来て、ついてきてくれと頼まれて来てみたらこのざまだ。迷惑かけたな」

「別にいいよ。気にしなくて。もとはと言えば僕達家族の問題だし、むしろ巻き込んでごめん」

 颯の手を取り頭を下げる。と、クシャリと頭を撫でられる。

「んじゃ、どっちもどっち、つーことで」

「……うん。そうだね」

 上目遣いで颯を見てはにかむ。すると途端に颯の顔が真っ赤になり目を逸らした。どうしたのだろう。それにしても頭を撫でられるのは気持ちが良い。目を閉じて存分に楽しむ。

 そのまましばらく撫でられ続ける。たまに目を開けて見上げると、颯と目が合い、その度に彼は目を逸らした。途中からそれがおかしくなってクスクスと笑ってしまった。

「なあ、司」

「んぅ?」

 目を閉じたまま返事する。しかし人のことを呼んでおきながら何を言い淀んでいるのか、聞き取れない声でぶつぶつと呟く颯。

「言いたいことあるなら素直に言えば?」

「お、おう……」

 緊張しているらしい颯は頷いてから何度か咳払いした。

「つ、司。あの――」

「ツカサァー!」

 突然僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。颯でもティルラでも、ましてや僕じゃない。聞いたことのない声だった。とにかく立ち上がり、階段の方を見て目を凝らした。そこにいたのは――

「ママ! ツカサ、ツカサだよ!」

「ええ、ツカサ、ツカサね!」

 僕の名前を連呼する二人。一人は紺のスーツを著た黒髪碧眼の男。そしてその隣には銀色の髪に赤い瞳をした女。その女の人はお世辞にも身長が高いとは言えず、胸も控えめで、瞳と髪と身長から、それはあまりにも今の僕に似ていて――

「ツカサ会いたかったわ! ママよ!」

「マ、ママ!?」

 銀髪の女性はそう言って、満面の笑みで僕を抱きしめた。

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