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第五章 ファンクラブはじめました その2

「すとっぷ! すとーっぷ!」

 両手を前に突き出して叫ぶ茜。僕の手には彼女が持ってきた24型のブラウン管テレビがある。頭上に持ち上げてあるので、あとは手放すだけだ。

「ちょっ、先輩落ち着いて!」

「凄く落ち着いてる。落ち着いてるから、ちゃんと茜の頭上からこれを落とすことが出来そうだよ」

「ご乱心! 司先輩がご乱心!」

 珍しく茜が焦っている。なんか面白い。許すつもりはないけど。

 放課後の部室の中央。ソファーに仰向けになりギャーギャーと騒ぐ茜と、彼女の頭上に立ち、ブラウン管テレビを掲げる僕。

 颯は窓際の椅子に座って外を眺めている。一見するとただ無視しているように見える。しかし、遠くからでもその表情の固さが分かる。本当の意味で無視しているのは沙紀だ。こちらを見ているようで見ていない沙紀は、どうやっているのかは知らないが、トレードマークの白いリボンをピクピクと動かしながら、梅昆布茶を啜っていた。

「ちょっと! 沙紀、助けなさいよ!」

「自業自得だから助けない」

 ズズズーッと沙紀がお茶を啜る音が響く。「人でなしー!」と茜が叫んでも表情一つ変えない。

「は、颯先輩。助けて下さいよ! かわいい後輩が困ってるんですよ!?」

「悪い。無理だ」

 視線を外へ向けたまま、颯がバッサリと茜を見限る。

「え、ええーと。司先輩?」

 ぎこちなく茜が笑う。それに答えて満面の笑みを返す。「ひぃぃ」と悲鳴を上げる茜。失礼なヤツだ。

「あ、今の茜にピッタリの四字熟語が思い浮かんだ」

「そ、そうですか。それは一体なんでしょう?」

「孤立無援」

「わぁー、ピッタリですね!」

「というわけで、下へまいりまーす」

 今時ありえない厚みを持ったテレビが僕の手から離れて落下する。

「ギャー!!」

 涙を浮かべた茜が叫ぶ。

 これくらいでいいか。茜に落ちる数ミリ手前で、テレビの側面に蹴りを入れる。視界の端でベコッと凹んだテレビが音速で窓から外へと飛んでいく。向こうは森だから大丈夫だろう。

「つ、司! こっちに蹴るなら蹴ると先に言えよ!」

 目と鼻の先をテレビが通り過ぎた颯が抗議する。

「なに? 当ててほしかった?」

「絶妙なコントロールで感動した」

 颯が親指を立てる。感動を与えられて何よりだ。

 さて、あとは茜だ。

「それじゃ、ちゃんと話して貰おうかな」

 涙目でプルプル震える茜がコクコクと頷く。そうそう。人間素直が一番。


 吉名司のファンクラブ、通称『アルテミス』は、茜が設立した組織だった。動機は単純明快。面白そうだったから、だ。そこに茜の暴走を食い止めるために沙紀がナンバー2として、茜に誘われて渋々颯がナンバー3として参加。さらにクラスメイト四名を加えた計七名で活動を開始、瞬く間に会員を増やし、今では全校生徒の約七割が会員になっているのだという。……颯が言ってたのより増えてるじゃないか。

 そんなわけで、全ての元凶は茜というわけだ。沙紀はともかく、断れなかった颯も同罪だ。

「二人とも、何か言い残しておきたいことは?」

「ほんと悪かった」

「最後にワサポテトが食べたかったです……」

 壁に貼り付けられた茜と颯。茜が集めてきたがらくたの山の中から掘り出した手錠で手足を固定しているので絶対に動けない。

「残念。その願いは聞き届けられない。というわけで、沙紀」

「了解です」

 沙紀がすっくと立ち上がる。僅かに上気した頬は赤く、高揚していることが分かる。沙紀が手に持つのは漆塗りの長方形の箱。そこに同じく漆塗りのお箸が突き立てられている。

「はあ……」

「ち、ちょっと沙紀待って。ダメだって。それはダメなんだって!」

 颯は小さくため息をつくだけだが、茜の拒否反応が凄い。激しく顔を左右に振っている。いくら暴れても逃げられないのに、無駄をすることをするものだ。

「いや……それはいや……」

「観念しなさい。ふふふ」

 沙紀が楽しそうでなにより。

「さあ、存分に味わいなさい」

「いやぁぁぁぁ!」

 茜の悲鳴が響き渡る。そして、

「いやー! ガリはいや! ガリ嫌いなの! ヒリヒリするしガリガリする食感が好きじゃな……あ、ガリがガリガリってちょっと面白くない? ってそんなこと言ってる場合じゃない! とにかくガリなんて食べたくな――むぐっ!?」

 沙紀が朱色に染まったガリを茜の口に無理矢理詰め込んだ。

「どう? 美味しいでしょ」

 茜は涙をタバーと流しながら口を動かす。ゴクリと飲み込んでから口を開いた。

「これのどこが美味しいの!?」

「そう。じゃあ理解するまで食べさせてあげる」

「もういらない! いらないって!」

「ほーらほーら」

「いやぁぁぁぁ! ガリ臭い! ガリ臭いから!」

 ペチペチと茜の頬にガリを当てる。自分でけしかけておいてなんだけど……なにこの状況は。


 その後、充分に反省させたところで茜と颯を解放した。さめざめと涙を流しながら口元に手を当てて「うぷっ」と声を漏らす茜。さらにガリ嫌いが加速したことだろう。結局颯はただ壁に貼り付けただけで終わったけど……まあ、もともと茜を懲らしめるためだったので、別に良いか。気分もスッキリしたし。

 ファンクラブはすぐにでも解散させたかった。しかし沙紀曰く、「今更ファンクラブをなくすことは難しいです。強行したとして、きっと別の誰かが新たに設立するでしょう」とのこと。それだけ僕が人気者だと言いたいらしい。笑い飛ばそうとしたら颯に「少しは自覚しろ」と怒られた。

 結局、ファンクラブはそのまま継続。沙紀と颯の監視の下、僕に被害が及ばないように、会長である茜が常に目を光らせて、会員を統率することで落ち着いた。

「手紙が減ることはないでしょうが、突然告白されたりすることはなくなると思いますよ」

 クスクスと笑いながら沙紀が言った。ファンクラブの存在には心底イラッときてしまったが、考えようによっては僕にプラスとなるわけだ。それでチャラにしよう。

 部活を終えた帰り道。隣を歩く颯はいまだ元気がなく、僕のことを警戒しているようだった。

「いつまで気にしてるんだよ」

「べ、別に何も。いつも通りじゃないか」

 どもりながら言われても説得力の欠片もない。颯が僕を見て視線を上下させる。

「その細腕のどこにあんな力が……」

「吸血鬼だからね」

 むんっと力こぶを作ってみせる。まったく山にならなかったけど。

「おそるべし吸血鬼」

 ギャップとは萌えであり、恐怖の対象でもあるわけだ。

「安心してよ。無闇矢鱈に力を使うつもりもないし。そのつもりだったら、この前の歓迎会もどきの時だって、茜の手を振り払ってたし」

「そういえばそうか。よく我慢したな」

「これでも一応先輩だからね」

 ニッと笑いかけたところ、視界の奥にコンビニを見つけた。

「颯、ちょっと待ってて」

 返事を待たずに駆けだして、コンビニで目的のものを購入して戻る。

「ほら、これあげるから機嫌直してよ」

 そう言って差し出したのは颯の好きなカップアイス。バーゲンダーツというちょっと値段の張るプチ高級アイスだ。こんなアイスが好きとは、このブルジョワめ。

 颯がアイスを受け取ると、すぐに手を引っ込めた。

「これで今日のことはチャラな」

 勝手にファンクラブを作っていたとは言え、颯はただ茜に乗せられただけだ。少し怒りすぎた。そのお詫びだ。

 颯がアイスに視線を落とす。

「分かったよ」

 そう言って颯はやっと笑った。

 食べ歩きもいいけど、それは行儀が悪いので近くの公園に寄った。人気の無い小さな公園だ。木製のベンチに並んで座り、ビニール袋からアイスを取り出す。颯はビターチョコレート味、僕は抹茶味だ。

「どうせチョコならチョコチップの方が美味しいと思うけど」

「あれは甘いだろ?」

「アイスって甘いものじゃないの?」

「そうかあ?」と言いながら颯がプラスチックのスプーンでアイスを掬い、口に運ぶ。僕もカップの中の小さな平原にスプーンを突き立てる。ぬっ、固い。あのコンビニ、冷やしすぎだ。

「ぬぐぐぐ……」

「なにしてんだ?」

「アイスが固いんだよ」

 だいたい同じ位置で冷やされていたはずのアイスを平然と掬ってみせる颯。さすが男子、スプーンがグネングネンしてる。

「何言ってんだ。茜や俺にやったときみたいに本気出せば簡単だろ?」

「うーん。それはちょっと……」

 コンコンとアイスをつつき、何度か繰り返したところで縁の方を狙う。熱で幾分溶けていて、なんとか薄く掬うことが出来た。

「ちょっと? ああ、無闇に使うと血がほしくなるんだっけ?」

「それもあるんだけど」

 血だったら、今日の朝に美衣のをちょっと頂いた。ティルラより美衣の方が美味しいんだよね。血液型の違いだろうか。

「まだ他に何かあるのか?」

 颯が怪訝な顔をする。あまり言いたくないんだけど、仕方ないか。答えようとしたその時、

 ドシンと短い周期で大きく揺れる地面。足が数センチ浮き、ベンチがガタリと音を立てた。

「な、なんだ!?」

 ベンチにしがみつき、キョロキョロと辺りを見回す颯。その足元には僕が買ったアイスが落ちている。もったいない。僕はちゃんと死守したのに。

「またアイツか……」

「アイツ?」

 僕達の正面。ブランコのあたりに砂埃が上がっている。視界は不明瞭だが、その中心部に黒い影が見える。角と尻尾と翼。ガーゴイルだ。

「颯、そこから動かないでね」

「お、おい!」

 アイスをベンチに置いてから地面を蹴って駆け出す。砂埃は依然として舞い上がったままで、ヤツの姿は見えない。

 だったらと、力一杯に右腕を振り下ろす。ブンッと空気が震え、小石を吹き飛ばす程の衝撃波が発生させる。それは砂埃を左右に切り裂いた。

 ほら、やっぱり。三度目となる宿敵だ。

 現われた漆黒のガーゴイルは僕を待ち受けていたのか、視認すると同時に振りかざした右手を突き出した。眼前に迫る鋭い凶器。後方から颯の叫び声が聞こえるような気がする。僕はクスッと笑みを漏らして、なんなく振り下ろされたガーゴイルの腕の内側に入る。表情は変わらないが、さぞかし驚いていることだろうと、勝手に想像しつつ、勢いそのままに肘鉄をお見舞いした。

 何かが潰れる触感と音に顔をしかめる。ガーゴイルは地面と水平に吹き飛び、公園で一番大きな木にその体を打ち付けた。少し手応えがなかったように思う。倒してはいないだろうが、もう一撃というところだろう。

「つ、司……?」

 振り向けば、颯がぽかーんと口を開けていた。視線の先はガーゴイル。目の前の出来事が信じられないようだ。

「あとちょっと待ってて。すぐに終わらせるから」

 それだけ言って、ガーゴイルに向き直る。まだ倒れたままのガーゴイルは隙だらけだ。余裕を見せつけて、歩いてガーゴイルの元へ向かう。

 すぐ傍に来ても、ガーゴイルは体を起こし切れていなかった。自分が叩きつけられた木を支えにしている。瀕死だ。

「それじゃ、バイバイ」

 きつく握りしめた右手をガーゴイルの胸に目掛けて振り下ろした。さきほど以上の触感を受け止めながら、ガーゴイルの体を貫く。ガーゴイルは一度大きく体を跳ね、すぐに動かなくなった。

「はい、終わり。もう動いて良いよ」

 灰と化していくガーゴイルを横目に颯を呼ぶ。

「え、あ、ああ」

 ぎこちなく頷き、視線をガーゴイルだった物に固定したまま、おっかなびっくり歩み寄る颯。

「何がなんだか分からなかったんだが……とにかく終わったんだよな?」

 灰を足先で突きながら颯が問いかける。

「うん。……あ、アイス忘れてた」

 すぐさま取りに戻る。アイスはいい感じに溶けていてほどよい固さだった。

「ティルラさんに聞いていたのとは違うな。お前、あれに苦戦したんじゃないのか? やけにあっさり倒したように見えたけど」

 アイツ、颯に何を話してるんだよ……。声なく毒づく。

「修行でもしたのか?」

「全然」

 腹筋一つとしてしていない。そんな面倒なことするはずがない。

「じゃあどうしてだ?」

「んー」

 スプーンを咥えて空を見上げる。別に僕が強くなったんじゃない。ガーゴイルが弱くなったわけでもない。

「元々僕は強かった。前と違うのは、今の体に慣れたってことだよ」

 初戦、二戦目と、司になったばかりだった僕は、とにかくガーゴイルを倒すことで精一杯で、闇雲に力を振るっていただけだった。いくら力があっても、その使い方が分かっていなければ意味が無い。実際二戦目は倒せるだけの力を持っていながら空回りした結果、あれほどの怪我を負ったのだ。しかし今は違う。力のオンオフは自由自在、体の反応にだって頭も目もついていけるようになった。それがこの結果だ。

「慣れ、か」

「うん。でも力の加減はもう少しかな。上手い具合に調整ができないんだ。だから必要ないときはできるだけ使わないようにしているし、自分を過信しないよう、力の使いどころには注意してる」

「ああ、だからさっきアイスを食べるときに使わなかったのか」

「そういうこと。スプーンはともかく、突き刺したときにそのまま底まで突き破りそうだったから」

 ちなみに放課後の茜にテレビを落としたときもそうだ。あのまま蹴らずに持ち直すこともできたが、加減が分からずテレビを挟み潰してしまうかもしれなかった。そうなれば茜の顔面に尖ったプラスチックやら金属が振り注いでしまう。ちょっと笑えないことになりそうだったので、蹴り飛ばしたのだ。

「さて、それじゃ帰ろうか」

「そうだな」

 ちょうどアイスを食べ終え、カップをゴミ箱に捨てる。灰と化したガーゴイルが空中に舞って消えていくのを横目に眺めながら公園を出た。

 ……ん、あれ?

 視界の奥、十字路の手前を歩く蓮池高校らしき制服を着た女の子。その後ろ姿が僕のよく知っている人に似ていた。

「ねえ、颯。あれティルラじゃない?」

「どこだ?」

「ほら、あそこの……あれ」

 指差した先には誰もいなかった。

「誰もいないじゃないか」

「そうだけど……あれ?」

 そこにいたはずなのに今はいない。目を離した隙に走っていってしまったのだろうか。

「見間違いじゃないのか?」

「そんなことはないと思うけど……」

 ティルラは放課後、どこかに出掛けてしまう。ここにいても不思議ではない。しかし、あれがティルラだったとして、一体ここで何をしていたんだろう。

 まあ、考えても分からないんだけどね。気になるんだったら帰って本人に聞けば良いんだし。

「よし、コンビニに寄って帰ろう」

「まさかまだ何か食べるつもりなのか?」

「動いたからお腹が空いたんだよ」

「はいはい。んじゃ今度は俺が奢ってやるよ」

 苦笑する颯がなかなか殊勝なことを言う。ここはぜひあやかろう。

 少し戻ったコンビニで棒付きアイスのシャリシャリ君を買って貰い、今度は歩きながらそれを味わった。

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