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第四章 友達はじめました その5

「大丈夫ですか? 一人で着替えられますか? なんならあたしが手伝いま――」

「自分でできる! 絶対入ってくるな!」

 乱暴にカーテンを閉めて、個室に閉じこもる。茜の勢いに負けてこんなところまで来てしまった。入店するつもりなんてなかったのに、あれよあれよという間に存在感溢れる服が並ぶ店内へと足を踏み入れ、これがいい、いやこれだと独り言とは思えない声量で騒ぐ茜からロリータな服を無理矢理掴まされ、更衣室に押し込められた。

 茜は追い出したものの、この後どうすればいいんだ。この服を着ればいいんだろうけど、着方が分からないし、そもそも着たくない。とは言え更衣室の前には茜が陣取り、逃げることは不可能。着る以外に選択肢はない。

 ……よし。

「覚悟を決め……たくないなあ」

 目線にまで持ち上げたロリータな服を見て、決心が鈍る。男が普通に生きていたら、レースやらフリルがふんだんにあしらわれた服を着ることはほぼないだろう。この僕の心の動揺を察してほしい。

「せんぱーい。どうですかー?」

「も、もう少し。もう少し待って。勝手に開けるなよ!」

「分かってますって。いくらあたしでも公共の場でセクハラ紛いのことはしませんよ。やるならこっそりです」

「こっそりでも開けたら絶交だからな!」

 いつまでも茜がジッとしているとは思えない。何かが起こる前にさっさと外に出ないと。

 ティルラご推薦の服を脱ぎ、下着姿になる。ブラジャーの紐の位置を直してから、ブラウスを着てジャンパースカートに足を通し、脇の辺りにあったファスナーを上げる。ジャケットを着て、最後にヘッドドレスを付ける。

 溜まった疲労を吐き出してから、鼓動を抑えつつ姿見に目を向ける。そこには白とピンクを基調とした、どこまでもフリフリな服を着た僕が立っていた。慣れない服を着たせいで頬が僅かに紅潮し、いかにも恥じらっているかのように見える。服だけが強調されて浮いて見えると思ったが、照明でキラリと輝く長い銀色の髪が存在感を出し、服にまったく負けていなかった。似合っているかいないかまでは自分じゃ判断できないが、まあ悪くはないと思う。

 しかし、服のサイズが気持ち悪いぐらいにピッタリだ。茜のヤツ、いつ僕のサイズを計ったんだ。

「せんぱーい。もういいですか? 開けますよ? もう開けますよ?」

「じ、自分で出るから!」

 慌てて更衣室の中で振り返ると、スカートがふわりと広がった。制服より裾が長いので中が見えることはまずなく、安心感があるが、それがかえっていつもと違うことを意識させられて、外に出ようとしていた意志が萎縮してしまう。

「先輩、焦らしですか? 焦らしなんですか!? 早く先輩をこの目に収めたいあたしに対して焦らし作戦ですか!? やりますね。効果は抜群ですよ!」

「ちょっとまっ――!?」

 僕の制止を無視し、外側から力強くカーテンが開かれた。眩い光に目を細め、慣れてきたところで見回すと、正面に笑顔の茜が、その後ろに無表情の沙紀が、そして少し離れたところで目を丸くする颯がいた。

 更衣室から出て、茜の前に立つ。落ち着かなくて、前髪を弄る。

「えっと……どう、かな?」

 何を言おうか迷った挙げ句、口をついて出たのはそんなどうでもいい言葉だった。

「完璧です! 想像通りです! 似合ってます! 可愛いです! 頬ずりしまくりたいです! していいですか!」

「断固として拒否する」

 両手を広げた茜が、そのポーズのまま顔を歪める。だいだい僕がなんて返事するか分かりそうなものなのに、どうしてそこまで残念そうにするのか。

「だったらキス――」

「そこのマネキンとどうぞ。って、やっぱお前そっち系!?」

「冗談ですよ。舌までは入れません」

「入れるつもりだったのか!?」

 茜に恐怖を覚える。コイツとは今まで以上に距離を取った方がいいのかもしれない。

「はあ。じゃあせめて頭を撫でていいですか?」

 ため息をつきたいのはこっちのほうだ。

「う、ん。まあ、それくらいなら……」

 あまり拒否し続けていては変なスイッチが入って暴走してしまうかもしれない。ここいらで妥協しておいたほうがいいだろう。渋々だけど。

「よっし! それじゃ撫でくりターイム」

「ほどほどにね」

 さっそく茜の手が伸びてきて、ワシャワシャと撫でてくる。手持ち無沙汰に視線を巡らせて、ふと颯と目が合う。おー、僕以上に居心地が悪そうだ。更衣室前にはさすがにいられないようだ。

「はい。これでオッケーです」

「オッケー?」

 茜が離れ、腕組みして数度頷く。

 何かした? 気になって鏡を見れば、ヘッドドレスの両側の髪がリボンで結ばれていた。

「ツーサイドアップというヤツです。うんうん。とても似合ってます」

 満足そうな茜。たしかに似合っているが……その、なんというか、服がロリータなせいでどこかのお嬢様という風になってしまっている。

「こういう服に昔から興味があって、着ているところを生で見てみたいなあと、ずっと思ってたんです。でもあたしじゃそんな服は似合わないし、沙紀は着たがらないしで諦めてたんですよ。ほんと司先輩様様です」

「そんなことで有り難がられてもな……」

 嬉しくない。まったく嬉しくない。というより早く着替えたい。

「ほら、颯先輩もそんなところに立ってないで、もっと近くに来ましょうよ」

「いや、俺はいい」

「そんなこと言わずに。居づらいのは分かりますけど、あたし達から離れて一人でいると、余計目立ちますよ?」

「え、まじか!?」

「まじですまじです」

 動揺する颯が辺りを見回す。店内は当たり前に女の子ばかりで、茜が言うように、たしかに颯は浮いていた。僕の格好も凄いけど、店自体がそっち系の服で溢れているため、そこまで目立ってはいない、と思う。

「で、颯先輩。どうですか司先輩は?」

 遠慮がちに近づいてきた颯に意見を問う。颯の視線が上下し、僕と目が合うとすぐに逸らした。

「……に、似合ってる」

 律儀に答えなくても良いのに。颯は僕に気をつかっているようで、肯定的な感想を述べた。

「えー。それだけですか?」

「それだけってなんだよ」

 茜のジト目に颯がたじろぐ。

「他にも言うことあるんじゃないですか? せっかくこうして着飾ってるんですから」

「そ、そうか。む……」

 煽るな。そして真面目に考えるな。

「……綺麗だ。童話に出てくるお姫様みたいで」

「プッ」

 考えた結果がそれか。危ない、吹き出しそうになった。ちなみに今笑ったのは僕でも沙紀でもなく、茜だ。

「お姫様って。颯先輩の口からそんなメルヘンな言葉が聞けるとは。あれですか。灰被り的なお姫様ですか。かぼちゃの馬車とか似合っちゃう可憐さですか」

「なっ!? お前が言えって言ったんだろ!」

「いやでも颯先輩のキャラじゃありませんよ。もっと東京砂漠に咲く一輪の花とかオアシスとか道の駅的なキザなのを期待してたのに」

「そんなこと言うか!」

 どっちにしても茜は笑うんだろうな。あと、道の駅はちょっと違う気がする。

「さっきからだんまりな沙紀の感想は? ぷぷっ。さっきから沙紀さきだって」

「……」

 自分で言って自分でウケるほど滑稽なものはないと僕は思う。さらにそれが全然面白くないときは目も当てられない。だから同意を求めるように僕と颯に視線を送る茜と目を合わせないようにする。

「え、うん。可愛いと思う」

 また沙紀はぼーっとしてたらしい。茜が大きく肩を落とした。


 ◇◆◇◆


 その後、約束通りお寿司屋さんへと行った僕は鮮度抜群なウニに舌鼓を打った。回るお寿司ではなく、回っていないお寿司。握って時間が経ち干涸らびたお寿司じゃなく、握りたてのお寿司だ。高そうな一枚板を使用したカウンターに場違いにも程がある高校生四人が座り、どれもこれも一貫でいつも通っている百円均一な回転寿司で数皿分に相当する高価なお寿司を注文した。

 ここは茜の両親行きつけのお寿司屋さんで、新入部員の歓迎会をしたいという茜に両親が気前よくこの店を勧めたのだ。もちろん支払いは茜の両親。茜の家は自営業でそれなりのお金持ちなのだ。何かとあればこうして愛娘の友人である僕達にまで良くしてくれていた。

 普通なら萎縮してしまうが、数年に渡って同様に持て成されては慣れてしまう。今じゃ高価なウニを頼むことに躊躇なんてしない。気にせずウニばかり注文した。

 ウニを最初に食べた人は偉い。絶対偉い。

 ウニばかり食べる僕に他のも食べろと難癖付けてくる颯と、胃薬持参でガリばかり食べる沙紀、玉子とツブ貝を交互に食べる茜を横目に、僕は終始ウニだけを食べ尽くした。

 カレーは三日で飽きても、ウニなら三六五日いける気がする。

 店を出て、お腹を擦りながら言った僕に、颯はもの凄く残念そうな顔をした。失礼だ。

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