第四章 友達はじめました その3
「かわいい……」
「はい。かわいいですね」
頷く沙紀の視線は眼前の物体に固定され、瞳は子供のようにキラキラと輝かせていた。薄く笑みを浮かべる彼女は、誰が見てもとても嬉しそうだ。
「先輩。こっちのもかわいいですよ」
「ほんとだ」
そして、きっと僕も沙紀と同じくらいに目を輝かせているのだろう。抑えたくても抑えきれない。眼前に広がる光景に否応にもテンションは上がりっぱなしだ。
茜の案内でやってきたのは、店内がビビッドなピンクで装飾された雑貨屋だった。ターゲットを中高生の女の子にしているらしく、彼女達が好みそうなファンシーなグッズが取り揃えられている。そんな店内でも一際目立つ場所、売り場面積の三分の一は占めるであろうぬいぐるみ売り場に僕達はいた。
「これなんて先輩が好きそうだと思うんですけど」
「おー。カピバラだ。かわいいなあ」
沙紀から受け取ったぬいぐるみはデフォルメされたカピバラのぬいぐみだった。顔だけで体の半分もある。
僕はウニに次いでハムスターとカピバラが好きだ。男だけど(中身的な意味で)、ぬいぐるみや携帯ストラップ、Tシャツを集めるぐらいに好きだ。しかし、男の身でこんなファンシーな店に一人で入るほどの勇気は持ち合わせておらず、今まで一度として入ったことはなかった。比較的普通の店に並んでいるのを探すか、美衣に頼んで買ってきて貰っていた。
しかし今の僕は女だ。こういう店に入ってもなんらおかしくはない。気兼ねなく入れるだろうということで、茜はここを選んだのだ。
「いいなあ。これかわいいなあ」
「……颯先輩。ここは『お前の方が可愛いぜ』ってキザに決めるところじゃないですか」
「んなこと言うかよ!」
僕達の後ろでは、颯と茜が騒いでいる。二人はぬいぐるみに興味がないようで、さっきから漫才紛いのことをしている。他にも人がいるのだから、静かにしてほしい。
「司先輩、見てください。これなんて凄くかわいいですよ」
そう言って沙紀が目の前の山から大きなぬいぐるみを取り出す。
「おおっ。これはジャンガリアンのパールホワイト。やっぱりジャンガリアンはかわいいなあ……」
「ジャンガリアン? ハムスターじゃないんですか?」
「ジャンガリアンハムスターだよ。白くて背中に黒い線があるよね? たぶんジャンガリアンハムスターの中でもパールホワイトっていう種類だよ」
「パールホワイト、ですか。綺麗な名前ですね」
僕の手の中にあるぬいぐるみを見つめる沙紀。「実物はこんなに大きくないよ」と言うと、「分かってます」と小さく笑った。
「颯先輩。ここは『お前の方が綺麗――」
「誰が言うか!」
「二人ともうるさい」
振り返り、ギロリと睨む。茜はすぐさまあさっての方向を向いて口笛を吹き、颯は申し訳なさげに「悪い」と素直に謝った。どちらかというと茜に言ったんだけどな。
と、そこで気付いた。颯の様子がおかしい。落ち着かないようで、忙しなく視線が彷徨っている。表情も若干恥ずかしげで……って、そうか。さっき僕も思っていたことだ。男にこの店は入りづらい。颯は男。しかも僕と違ってぬいぐるみやらに興味が無い男の中の男。居心地が悪いわけだ。
「颯、無理しなくて良いよ」
颯がハッとして僕を見る。そして悪戯がバレた子供のように、視線をそらして鼻の頭を掻いた。
「別に無理してねーよ」
「意地張ることないのに。颯にこの店はキツイでしょ。すぐ近くにCDショップがあったし、そこで時間潰してたら?」
なかなかいい提案だと思ったのに、颯は首を横に振った。
「そりゃまあぶっちゃけると、こんなところに入ったことないから、どうしていいか分かんねーけど、せっかく遊びに来てんだ。一人だけ別行動っていうのも勿体ないだろ? 付き合うよ」
はにかみながら言い、そして笑った。
「颯がそういうなら良いけど」
後ろ髪を引かれつつも向き直り、再びぬいぐるみへと視線を戻した。
「颯先輩の相手はあたしがしておきますから、司先輩は颯先輩のことなんて気にせずどーぞどーぞ」
「なんで俺がお前に相手されなきゃならないんだ。お前こそ周りの迷惑考えて静かにし――」
「荒ぶる白鳥のポーズッ」
「人の話聞けよ!」
ちらりと後ろを見やれば、茜がビーズで装飾されたピンク色の猫の手の形をした孫の手を両手に持って広げ、片足立ちをしていた。注意したばかりなのに、さっそく再開したらしい。
「キシャー」
「鶴はそんな泣き声じゃないだろ。キシャーってどこの怪人だよ」
「きつつきツンツン」
「脇腹つつくな」
「荒ぶるキツツキの連突っ」
「速ぇっ!?」
残像が見えるほどの速度で繰り出される数多の突き。孫の手がピンク色に光を発し、『ニャニャニャ』と鳴き声を上げる。茜の動きに反応しているようだ。孫の手は当たるか当たらないかのところで止めているらしく、颯に痛がる素振りは見られない。熟練された動き。茜は剣道でもやればいいんじゃないかな。
まあ、それはともかく。本当に二人には静かにしてほしいものだ。




