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第四章 友達はじめました その2

 数日後の土曜日。雲がまばらに広がる晴れた日だった。

 待ち合わせ場所の中央公園に行ってみれば、既に三人共揃っていた。遠目に見える彼らは、噴水の傍で何かを話しているらしく、休日の人混みも手伝い、誰も僕には気付いていないようだ。

 道行く人と目が合う。その度に羞恥心が僕を襲い、頬に熱を持たせる。登校日を除けば、今日がこの姿になって初めての外出。街へ来るのも久しぶりだ。だからなのか、人の視線が突き刺さるように感じる。

 深く被った帽子のつばをさらに下げて顔を隠す。そんなにしても、僕の長い銀色の髪は背中を流れたままで、その存在を誇示している。意地でも帽子の中に詰め込むべきだったのかもしれない。いや、問題は髪じゃないかも。もしかしたらこの格好が……。

 あー、もう! 考えても仕方ない。今更家に帰っても完全に遅刻だ。というより、ここまで来ておいて帰るなんて馬鹿じゃないか。

「うん。そうだよ。よし、行こう」

 言葉にして気合いを入れ直す。何人かが慌ててこちらを振り向いたが気にしない。公園に足を踏み入れ、噴水へと真っ直ぐに歩いて行く。あと数メートルというところで、いち早く僕に気付いたのは颯だった。

「お前、司か……?」

 案の定というか、想像していた通りの反応を見せる颯。少しだけ帽子のつばを上向かせ、視線を合わせる。

「こ、こんにちは」

 はにかんで挨拶する。颯は「お、おう」と返事をして、僕を凝視する。視線を上下させる彼から逃げるように目を背けた先には、頬を膨らませて、プルプルと小刻みに震える茜がいた。

「……その格好、どうしたんですか?」

 茜は僕を指差し、口元を抑えながら言った。笑いを湛えたような表情は、僕の神経を逆撫でする。

「うっさい。ティルラに着せられたんだよ」

 投げ遣り気味に言って茜を睨む。

 朝、当日になって服がないことを気づき、困っていた僕にティルラが渡してきたのは、ピンクのキャミソールにノースリーブのベストとアームカバー、そして黒のホットパンツとニーソックスだった。スカートじゃないのは良かったにしても、肌面積が多いその服に抗議の声を上げたが、「これ以外は用意していません」と、自分の部屋のドアをガッチリとガードしながら真顔で言うもんだから、渋々妥協したのだ。

「ああ、ティルラ先輩でしたか。なるほど、センス良いからどうしたのかと思いましたよ」

 そこまでが限界だったのだろう。茜はプッと吹き出すと、堪えきれなくなった声を外へ押し出した。

「あっははは! 先輩凄く似合ってるじゃないですか!」

 お腹を抱えて笑う茜。分かっていた反応とは言え、こうまで笑われると頭に血が上ってしまう。

「笑うな!」

 しかし、僕が怒鳴ったところで茜は止まらない。くぅぅ。やっぱり無理矢理にでもティルラをどかせて彼女の部屋に入るべきだった。中にはもっと大人しめの平凡な服もあったはずだ。……女の子どころか男にさえ手を上げたことのない僕に出来たかどうかは別として。

「中学生みたいでかわいー!」

「中学生!?」

 想定外だった。曲がりなりにも高校二年生である僕が、同じ高校生で後輩の茜から年下に見られたのだ。心外だ。

「よしよし」

「頭を撫でるなー!」

 いつの間にやら頭に乗せられていた手を払い除けると、茜は酷く残念そうな顔をした。

「一応先輩なんだぞ。なに考えてるんだ」

「だって、先輩がちょっと背伸びした服を着てみたものの、やっぱり恥ずかしくてもじもじしてる小さな中学生に見えて凄くかわいいんだもん」

「もじもじ!?」

 ただ人並みに恥ずかしがっているだけなのに。周りからはそう見えているのだろうか。

「かわいいものは愛でるものでしょ?」

「そうかもしれないけど、それの対象を僕にしないでほしい」

 見た目はともかく、中身は男。特に茜は男の頃の僕をを知っているんだ。愛でるなら中身までちゃんとした女の子を愛でてほしい。……って、それでいいのか?

「先輩だってウニを愛でてるじゃないですか。それと同じです」

「ウニと一緒……」

 痛いところをつかれた。なるほど。たしかに、内と外でのギャップの差という観点から見れば、ウニも同じ事が言える。それを持ち出されては言い返すことは難しい。

「えっと、そこはすぐに否定してほしかったんですけど……」

「むっ。それならそうと言ってくれないと」

「先輩以外の人なら言わなくても分かってくれるんです」

 だったらウニなんて例に挙げなければ良いのに。

「ねえ、沙紀。司先輩かわいいよね?」

「ん。ええ、そうね」

 傍観していたはずの沙紀が、今気付いたように適当な相槌を打つ。ただ目を向けていただけで、特に何も見ていなかったのか。

「とても可愛らしいですよ。司先輩」

「あっそう」

 取って付けたような感想になげやりな言葉を返す。いちいち反応していては疲れる。それを察した沙紀がむっとする。表情はいまだ眠そうだけど、数年来の付き合いで、微妙な表情の違いを読めるのだ。

「本当ですよ。とてもとても可愛らしいです。どれだけ可愛らしいか順序立てて証明してみせましょうか?」

「いらない」

 長くなりそうだ。そう思い遠慮したら、またもやむっとされた。しかし言い返すことはなく、沙紀は小さくため息をついて視線を茜へと移した。

「それで、まずはどこへ行くつもりなの? ちゃんと計画は立てているのよね?」

「アンタはあたしのお母さんかっ。勿論決めてるわよ」

 茜が鞄に手を突っ込み、「じゃーん」と言いながら手帳を取り出した。手のひらサイズの小さめの手帳には、デフォルメされた猫の顔が描かれていて、表紙の上部からは耳が飛び出て、裏表紙からは太い糸で模した尻尾が垂れていた。かわいい。あれほしいな。って僕が持ったら友達から笑われ……あ、今は女だからいいのか。ぬう……。あとでこっそり、茜にどこで買ったか聞いてみよう。もしかしたらその売っていたお店には猫以外にもハムスターとかカピバラとかもあるかも。ウニはまずないだろうなあ。さすがに僕も持つと痛みを伴う手帳はほしくない。

「えーと、まずは~……。よし、あそこだ」

 開いた猫手帳をパタンと閉じ、顔を上げる。僕達は今日の予定をほとんど聞かされていない。歓迎会をすること。そしてお寿司屋さんに行くことくらいだ。全て茜任せ。この中で一番任せたくない相手だが、まあウニと引き替えというのであればやぶさかじゃない。

「ねー、早く行きますよー」

 いつの間にか茜が公園の出口で手を振っていた。その傍らには沙紀がいる。かなり注目を浴びているのに、気にする様子もない。彼女達に羞恥心というものはないのだろうか。

 深く被っていた帽子を取り、肩掛けのバッグに片付ける。あの二人を見ていたら、視線を気にすることが馬鹿馬鹿しくなってきた。

 少し汗ばんだ髪に指を通し、空気を送り込む。ふと顔を上げれば、颯と目が合った。

「中学生だって。好きでこんなんになったんじゃないのにさ」

 肩を竦めながら言うと、颯は何故か表情を引き締めた。

「……俺も、かわいいと思うぞ」

 見当はずれな答えが返ってきた。颯なりに気でも遣ったのだろうか。だとしてもおかしい。

「いや、そこは頑張れとか言って、なぐさめるところでしょ」

「え。あ、ああ、そうか」

 間違いに気付いたようで、目に見えて狼狽する颯。ちょっと面白い。

「まったく。颯まで茜みたいなことを言わないように」

「ははっ。そうだな。わりぃ」

「謝るほどじゃないよ。さっ、行こうか」

 歩きはじめた僕に遅れて颯が続く。手を振り続ける茜の元へと向かった。

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