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第三章 部活はじめました その4

 その後、これからの部の方針という決まるはずのない、というかそんな物はこの部には存在しないだろうと言いたくなる議題について話し合いが行われた。しかし、

「つまりカピバラはかわいい! ってことで」

「どこからカピバラの話になったんだよ!?」

「それには同意」

「司ちゃんが乗ってきた!?」

 茜のボケに対して、主に颯が突っ込みを入れただけの時間が過ぎ、気付けば下校時間になってしまった。

「颯先輩と司先輩は方向が同じですよね。颯先輩、ちゃんと司先輩を送り届けてくださいよ?」

「分かってる。お前と違って女の子だもんな」

「んなっ!? きぃぃっ。あたしも一応女の子ですよ!」

「自分のことなのに一応を付けるのね」

「え? ……あぁー! これじゃあたしが自覚してるみたいじゃない!」

「していないの?」

「してる。あ、先輩方お疲れ様でしたー」

「お疲れ様でした」

 僕達とは帰る方向が正反対な茜と沙紀は、正門前まで騒いだあと、最後に一礼して街の中へ消えていった。

「ふう。やっとうるさいヤツがいなくなったな」

「そうだね」

 大きくため息をつく颯に、笑いながら相槌を打つ。

「そんじゃ、俺達も帰るか」

 颯が歩き始め、少し小走りでその隣に並ぶ。歩幅の大きな彼に遅れまいと急いだが、颯は僕を横目で見やると、すぐに歩く速度を緩めて、僕に合わせてくれた。なかなかに紳士なヤツだ。

 車道を走る車を眺めつつ歩道を歩く。大通りを渡り、多くの人が行き交う広い道から、人の少ない細い道へ。そこから江角川えすみがわの土手に出る。土手は綺麗に整備されていて、道の両側には花壇が設置されている。季節が春ということもあり、様々な花が鮮やかに咲き乱れている。僕が中学に通っていた頃はとても汚く、鼻につく嫌な匂いのしていた川も、護岸工事や川底に沈んだヘドロと粗大ごみの除去、そしてボランティアによる日々の清掃のおかげで、今では異臭のない澄んだ水が流れる綺麗な川になった。散歩をするにはもってこいの場所だ。

 通り慣れた道を友人と歩く。そのはずなのに、なんだろう、この雰囲気は。正門を出てからここまで、僕と颯は一言も話していなかった。時より僕の方を見て歩幅を直しているくらいで、話しかけようという素振りは見せていない。

 努だった頃、何の役にも立たない馬鹿話をしながら、二人でこの道を歩いていたのが、ずっと昔のことのようだ。あの頃は無言になったとしても、特に気にするようなこともなかった。でも今は居心地が悪い。それもそうか。いくら友達の妹とは言え、颯からすれば赤の他人とそう変わらない。親しげに話しかけろと言われても無理な話だ。

 となれば、ここは僕が頑張るべきだろう。しかし何を話そう。取っつきやすい話題。努のことについて? いやいや、どんだけブラコンなんだよ。じゃあ颯の好きなゲームの話? ああだめだ。ゲームは詳しくない。だったら好きなウニの話とか。マニアック過ぎる。第一颯はウニがあまり好きでは――

「なあ、司ちゃん」

「は、ひゃいっ」

 ……ぬわーっ。考え事をしていたせいで噛んだー。

「まさかお前も、努みたいによく噛むのか?」

「噛まない噛まない。別に僕は――」

 そこで言葉を切って、昨日の自己紹介を思い出す。

「……やっぱり噛むかも」

 言い直すと、颯はプッと吹き出した。

「昨日の自己紹介の時も噛んだんだろ?」

「それ誰から聞いた!?」

 なんで昨日の今日でそんなことまで広まってるんだよ。この学校にプライバシーというものはないのか?

「だ、誰からも聞いてねーよ。ただ努もクラス替え後の自己紹介で噛んでたから、兄妹ならもしかしたらと思っただけだ」

 激しく迫った僕から後ずさりつつ答える颯。

「そ、そう」

 クラス替えは先月のことだったはず。……噛んだっけ。噛んだかも。いや、噛んだ。あろうことか自分の名前で噛んだんだった。あれは最悪だったなあ。よひゅなって誰だよ。今思い出しても恥ずかしい。

「どうした司ちゃん、顔が真っ赤だぞ」

「ち、ちょっといろいろ思い出して……」

 触れた頬は熱を持っていた。手がヒンヤリとして気持ちが良い。まったくなんで嫌なことはいつまで経っても覚えてるんだろうね。

「肌が白いから分かりやすいな。雪の中に咲いた花みたいだ」

「はあ……」

 ……え?

 気の抜けた返事をして、それから数秒後に我に返った。何をコイツは突然にキザなことを言ってるんだ。恥ずかしいヤツだ。反応に困るじゃないか。

「……かわいいな」

 ふいに颯がぼそっと呟いた。それは風の音に邪魔されて、僕の耳までは届かなかった。

「ん、何か言った?」

「な、なんでもない」

 颯はやたら慌てた様子で手を振った。

「あれ、颯君、顔が真っ赤だけど、どうかした?」

「なんでもねーって!」

 指摘したら怒られた。僕はちゃんと答えたのに理不尽だ。

 それからはぎこちないながらも会話を続け、江角川の土手を下り、住宅街へと入った。

「もう家はすぐそこだろ? 俺はこっちだから」

「うん。ありがとう」

「礼を言われるようなことはしてねーよ。ああそうだ。土曜か日曜に歓迎会するから、どっちか空けといてくれ。んじゃまた明日な」

 交差点で颯と別れた。信号が青に変わるまで、なんとなく颯の後ろ姿を目で追う。その背中が少し寂しそうに見えたのは、僕が嘘をついているという後ろめたさからなのか。ティルラには絶対に言うなと言ったけど、一番のネックだった茜と沙紀に知られた今、彼にも僕のことを教えるべきじゃないのかと思ってしまう。

『お前努なのか? ぷはははっ! かわいい姿になったじゃねーか!』

 うん。やめとこう。三ヶ月我慢すれば元に戻れるんだ。自分からわざわざバラすことはない。

 颯が見えなくなると同時に信号が青に変わった。交差点を渡り、そのまままっすぐ坂を登る。途中で右に曲がったところが僕の家だ。

「あ、お姉ちゃん。おかえり」

 家の前には美衣がいた。制服姿のままだから、美衣も帰ったばかりのようだ。

「ただいま。どこか行くのか?」

「うん。お味噌切れてたから、スーパーに」

「そういえば朝の分で切れたんだっけ。電話してくれたら買ってきたのに」

「だってお姉ちゃん携帯……あ、そうか。新しいの買ったんだよね」

 鞄から携帯電話を取りだし、美衣に見せる。昨日の朝にティルラから受け取ったのだ。

「……今時ストラップを三つも付けるのはないと思う」

 僕の携帯電話にぶら下がるマスコット達を見て美衣が半眼で言う。もちろん僕は反論する。

「いやいやいや。かわいいだろ? ウニとハムスターとカピバラ」

「カピバラとハムスターは百歩譲ってよしとしても、ウニだけはないと思う」

「この中で一番気に入ってるのに!?」

「なんでそれがいいの!?」

 否定された。おかしい。週一で晩ご飯にウニを出しているのに、この扱いはどういうことだ。これでもまだ足りないと? 来週から週二にしようかな……家計きつくなるけど。

「じゃあ私お味噌買ってくる」

「僕も行くよ。買い足したい物あるし」

「言ってくれれば買ってくるよ?」

「結構重くなるから僕も行く。ちょっと待ってて」

 玄関を開け、鞄を放り投げて戻ってくる。

「家の中に人の気配なかったけど、ティルラは?」

「さあ。用事があるとかで、帰りが少し遅くなるとは聞いたかなあ」

 いつものヤツか。ティルラはよく行き先を告げずにどこかへと出掛ける。毎回晩ご飯までにはちゃんと帰ってくるから、気にはしていない。

 スーパーはここから江角川の方に戻り、途中で土手を下りて住宅街を進んだ先にある。さっき通ったばかりの道を戻り、行きつけのスーパーへと向かった。

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