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第三章 部活はじめました その2

 お昼休み。待ちに待った昼食の時間。平日で最も楽しみなイベントだ。

 お弁当を作っていない僕達は、食堂で昼食を取ることにしている。理由はいくつかある。早起きが面倒だとか、お弁当はあまり作ったことがないとか。でも一番の理由は別のところにある。

 二人を誘って食堂へ向かう。お昼を一緒にしたいと何人かが言ってきたけど、この時間くらいはノンビリしたかったので、全て断った。

 相変わらず注目されながら、廊下を歩く。そこでふと気付いた。

「注目されるのって、ティルラのせいもあるよね」

 ティルラが首を傾げる。分かっていないようだ。

 廊下を歩くときのティルラの立ち位置。これが問題なのだ。今日までまったく気にしていなかったけど、彼女は僕や美衣と歩くとき、半歩斜めに下がってついてくる。そしてこの丁寧な口調。どうやらそれが周りには従者を連れた貴族のように見えるらしく、人の目を集めるのに一役買っているようだ。

「ティルラ、僕の横に来て」

「できません」

 間髪入れずキッパリと断られてしまった。まあ今更か。

「私が司の横に並ぶとき、それはあなたの身に危険が迫ったときだけです」

「はいはい」

 ティルラの瞳には強い意志が込められていた。これは崩せそうにない。僕は早々に諦めた。

 食堂は混んでいた。キャパシティを余裕でオーバーしていて、溢れた生徒が順番待ちをしている。入口から向かって左を見れば、パンやらお弁当を並べたテーブルには大勢の生徒が波のように押し寄せ、我先にと手に取った商品の代金を払って食堂を出て行く。ちらっと見えたテーブルの上には『チョコパン売り切れ』という文字が見えた。他にもいくつか売り切れの文字が見えたので、もう少しで完売しそうだ。右を見れば、カウンターには長蛇の列。くねくねと曲がった列は入り口近くまで伸び、並んだ生徒の手には食券が握られている。

「私とティルラが持っていくから、お姉ちゃんは席を確保してて」

「りょーかい」

 努だった頃は美衣が座席の確保をしていたのに、司になってからは役割が入れ替わってしまった。曰く「今のお姉ちゃんは空いてる席を見つけるのが上手だから」らしい。上手も下手もないと思うのだけど、ティルラにも頼まれると断れなかった。

 水の入った三人分のコップを持って席を探す。こんなに混んでいるんだ。都合良く席が空くなんて事は……と思っていたところ、ちょうど目の前のテーブルが空いた。「どうぞ」とお盆を持って立ち上がった三年生らしき女子生徒に勧められる。礼を言って入れ替わりに座った。

 今日も良いタイミングだった。窓際のテーブルは食堂の中でも特等席に値する物で、大抵三年生が時間ギリギリまで占拠しているのだが、何故か昨日に続き、僕の目の前で席が空いた。不思議だ。

 こんなことで運を使わなくてもなあ、と苦笑しつつ、僕は二人が来るのを待った。

 数分と経たずに美衣とティルラがお盆に料理を載せてやってきた。案外早く順番が来たようだ。ティルラからお盆を受け取り、さっそく手を合わせてお箸を持って口に運ぶ。僕が頼んだのはウニ丼。なんで高校の食堂にウニ丼なんて物があるのか知らないけど、あるのだから仕方ない。

 僕がお弁当ではなく食堂で昼食を取ることを選んだ最大の理由がこれだ。僕はウニが好きだ。あの舌の上で蕩ける味、外敵を寄せ付けないツンデレなフォルム。食べて良し、焼いて良し、飾って良し、投げて良しの万能選手。食用的な意味でも観賞用的な意味でも、僕はウニが大好きなのだ。

「ほんとお姉ちゃんってウニ好きだよね」

 エビピラフを突っつきながら、呆れ気味に美衣が言う。

「うん。もう少し安ければ、毎晩つまみ的な感じで出すくらいには好きだよ」

「毎晩は止めて」

 ちなみにこのウニ丼は他のメニューよりも二百円から三百円高い。正直、毎日お昼に食べるには高かったりする。でもそこは吉名家の台所を任せられた僕。特売日やらタイムセールをうまく活用して食費を安くして、なんとか捻出しているのだ。

 ウニ自体はそんなに良い物じゃないけど、僕自身の頑張りで食べられるこの丼はまた格別だ。

「おいひい」

「私は幸せそうな司を見るだけでご飯三杯いけます」

「お願いだからおかずも食べて」

 豚生姜焼き定食なのにご飯しか減ってないティルラ。その目はさっきからずっと僕に向けられている。

 家と変わらない光景を食堂で繰り広げていると、ふいに後ろから大きな影が被さってきた。動く様子のない影に見上げれば、そこにいたのは恐ろしい顔をした男子生徒だった。

「――っ!?」

 びっくりして喉にご飯を詰まらせてしまった。

「お、おい。大丈夫か?」

 咳き込み、慌ててお茶を飲む僕を心配する声。大丈夫と手で制し、息を整えてからもう一度ソイツを見た。

 風紀委員に注意されそうな金色の髪に、睨まれたら怖い切れ長の目。身長は一八〇に届くか届かないかといったところ。だらしなく裾の出たカッターシャツの上に濃い赤色のカーディガンを着て、首に巻いたネクタイはしないほうがいいんじゃないかってくらい緩めてある。その姿は全体的に見ると、町中で時々出会う不良のようだ。おかげで僕を見下ろしていた彼の怖かったこと……。

 彼の名前は明坂颯(あけさかはやて)。二年五組所属。努だった頃の僕の親友だ。悪い奴ではないのだが、視力が低いのに「眼鏡は頭が痛くなる」と、裸眼でいるせいで目つきが悪く、風貌も相まって、彼のことをあまり知らない生徒からは「蓮池の番長」と呼ばれているんだとか。颯が人を殴った事なんてないのに。

「よう、美衣ちゃん」

「こんにちは、颯君」

 面識のある二人が挨拶を交わす。何の用だろう。様子からして、僕が努だとはバレていないようだけど……。

「こっちの二人が噂の転校生か?」

「うん」

 噂ってなんだ噂って。聞きたかったけど、司としてはこれが颯との初対面。親しげに話しかけるわけにもいかない。ここは美衣に聞いて貰うしかない。そう思って美衣に視線を送る。お、気付いてくれた。美衣は小さく頷いた。

「えっと、こっちが親戚のティルラ・ブランシュネージュで、こっちがお姉ちゃんの吉名司」

 いや、颯に紹介しろってことじゃな……まあいいか。紹介自体はしてもらいたかったし。

「俺は明坂颯。努の友達。美衣とは努を通じて知り合ったんだ」

 ええ、ええ。よく知ってます。本人ですから。

「三度の飯より司が好きなティルラです」

「その自己紹介はなんだよ……。司です。よろしく」

 そう言って見上げた颯は、僕が小さくなったせいか、前より迫力を増している気がした。

「吉名さんじゃ誰だか分からなくなるから、司ちゃんって呼ばせて貰うけど、いいか?」

「う、うん。じゃあ僕も颯君って呼ぶことにする」

 そう言うと颯は笑顔で頷いた。今更颯に君を付けるのは違和感がもの凄いが、この際仕方ない。それ以上にちゃん付けの方が問題だ。背中が痒くなる。

「努にもう一人妹がいるなんて知らなかったな。アイツ隠してたのか?」

「た、たぶんそういうわけじゃないと……思う」

 なんとも話しづらい。全て知っているのに、努であることを隠しながら、聞いたように言わないといけないのだから。

「あ、悪い。別に詮索するつもりはねえんだ。アイツや司ちゃんにも事情があるんだろうし」

「いえ……」

 僕が口ごもったのを違う意味で捉えたらしい。颯は努が養子であることを知っている。うう、心が痛い。

 しかし、颯はなんでこんなところで僕達に話しかけてきたんだろう。思案していると、彼はちょうどそれに答えてくれた。

「努が全然携帯に出ねえんだ。アイツ、なんかの病気にかかって自宅療養中なんだろ? 大丈夫なのかと思って」

 ああ、なるほど。それで颯は面識はあっても、そこまで仲良くもないはずの美衣に話しかけてきたって事か。

 そりゃあ出なくて当たり前だ。今の僕が努の頃に使っていた携帯電話に出るわけにもいかない。だから、部屋に置きっ放しにして、誰から電話がかかってきても出ないようにしている。まあそれでも、まったく電話に出ないというのも変だから、たまに「大学のコンパで披露して反響を呼んだ千の虹色ヴォイス」とやらで努そっくりの声を出せるティルラに僕の代わりに出て貰っている。虹色なのに千とはこれいかに。

「はい。自宅で静養してなければなりませんが、別状はありません」

「ああ、そうなのか。それは良かった。見舞いには行っても良いのか?」

 ティルラから返事がきて少し戸惑った様子の颯。ここは彼女に任せよう。

「いえ、お見舞いは控えて頂ければと。努が気を遣いますし」

「そうか。分かった。だったらアイツに、早く良くなって学校に来いよって伝えておいてくれ」

「承りました」

 うやうやしく言葉を返し、頭を下げるティルラ。颯は若干気後れしつつも、それじゃあと食堂の奥へと去って行った。気付けば気を張っていたようで、彼がいなくなった途端大きく息を吐いた。

「良かったね。バレてないみたい」

「うん」

 颯にバレなければ、他の誰にも知られることはないだろう。それが分かったのも良かった。

「あれが前に司が言っていた明坂颯、ですか」

「うん。中学からの友達。いいヤツだよ」

「はたしてそうでしょうか……」

 颯が去って行った方に目を向け、厳しい表情をするティルラ。何か引っかかることでもあったのだろうか。

「たしかにいい人なのかもしれません、しかし」

 重々しい空気を纏ったティルラが、鋭い眼光をこちらに放ちながら、ゆっくりと口を開いた。

「あれはイケメンというヤツじゃないですか」

「……うん?」

 イケメン? あー、まあ、たしかにそう見えなくもない。颯をそんな風に見たことないから分からないが、何人かの女の子から告白されたことがあるらしいから、きっとイケメンなのだと思う。でも、それがどうしたのだろう。

「イケメンとは、可愛らしい年端の行かぬ少女を籠絡し、意のままに操る者のことだそうです」

「うん。初めからいろいろとおかしい」

 どこでそんな情報を仕入れた。合ってるようでまったく合ってないじゃないか。

「少女を手籠めにし、自身の欲望のはけ口とする畜生です」

「ティルラ、ここ食堂」

 畜生も酷い。

「つまり明坂颯とは、ロリコンで変態だと言うことです」

「どうしてそうなった」

「司の身が危険です!」

「それって何気にひどいよね!?」

 間違った知識は時として他者を傷つける。身長が一五〇に届かない。体を構成するパーツが小さい。そんな僕だから、もしかしたらそうだろうなーとは思ってたけど、やっぱり僕はロリコンに狙われるような、年齢にそぐわない外見なのか……。

 ガックリと肩を落とす。そんな僕を見かねてか、ティルラが優しく僕の手を握った。

「大丈夫です。私もあなたのことが大好きです」

「お前もロリコンか!」

 颯よりティルラの方がどう考えても危険だ。その考えは美衣も同じようで、ボクと目が合うと肩を竦めて苦笑した。

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