第9話
さて、いよいよカミングアウトの時です。
今日は12月8日の木曜日、僕はこの日初めて日本人以外の皆に僕が帰国しなければならないことを明かすつもりでいた。といっても伝える先は仲の良かった連中に限られる。特にエンジニアリングのクラスメイト、それからスパルタンベースボールの皆には伝える気持ちでいた。エンジニアリングは僕以外日本人0の中で皆常にサポートしてくれてとても仲良くやれていた。成績も良く、班のメンバーともいい友情関係を築いてきたのだ。
"よ、ショーゴ!"
エンジニアリングの教室に入ると僕の隣の席の奴が挨拶してきた。インド人のアンドリューだ。
"よう、アンドリュー"
鐘がなる頃には皆席に着いていた。サウスハイでは4時間目の前に12分間の読書時間が設けられていた。もっとも本を読む生徒は少なかったが。各自4時間目の教室でこの時間を過ごすので僕にとっては切り出すいいタイミングとなった。
"えっと、皆、僕は明日でサウスハイ最後なんだ、本当は一年間居られるはずだったんだけど明日終わったらもう日本に帰らなくちゃならない。三ヶ月間ありがとう。"
班のメンバーにそれを告げたが読書時間だったこともありエンジニアリングのクラス全体にそれは広がった。
"嘘だろショーゴ?"
"ごめん、本当なんだ。"
"明日で最後?もっと前から教えてくれよ!"
"うん、ごめん。僕もサウスハイに残りたかったけど、無理なんだ"
みんなから口々に色々な言葉が飛んでくる。それでも僕は言わなければならなかった。明日で最後だと。読書時間なんて何処吹く風とばかりに僕の席の周りに人だかりができた。
"本当に、ありがとう皆。皆のおかげでエンジニアリングはすごい楽しかった。サウスハイで一番好きな授業はここだから。まだ明日があるから。急なことでごめん"
鐘が鳴ってこのちょっとした騒ぎを先生がそれをとめた。
"私達の大切なクラスメイト、ショーゴがいなくなってしまうのは本当に残念だわ。今日明日とみんなで最高の授業でショーゴを送りましょう。"
生徒が歓声をあげた。そしてエンジニアリングの授業が始まった。
"今日はここまでよ、皆、明日もこの調子で楽しく授業していきましょう。"
ジリリリリ!鐘が鳴ると生徒はカバンを持ってそれぞれ教室を後にした。僕もテニスコートに向かった。テニスコートではあと2日と言った雰囲気も出さず皆至極明るく振舞っていた。もちろんそれが平常を装っているだけであることはすぐに分かったがそれでも今まで通りのスクールライフを少しでも送らせてくれようとしたその人としての暖かさに僕は心打たれた。午後の授業も難なく終え、いよいよ僕はグラウンドへ向かった。グラウンドでも日頃と同じように僕も選手達もコーチも過ごした。練習をいつもより15分ほど早く切り上げて片付けた後みんなを集合させた。
"皆、ショーゴは今とっても酷い状況に置かれてる。ここで敢えて詳しいことを話すつもりはないが彼はもうすぐ帰国しなければならない。ショーゴは明日が最後だ。これまでずっとスパルタンベースボールを支えてくれた最高のメンバーだった。今、皆彼に言うことがあると思う。今日早くあがったのはそのためだ。じゃあ、ショーゴ、何か言うことがあれば好きなことを。"
僕は選手の輪から少し離れてこの話を聞いていた。皆こっちを向く。
"皆、僕がサウスハイで、特にスパルタンベースボールで過ごした三ヶ月間は僕にとってとても楽しい時間だった。最初アメリカに来たばかりで英語が話せなかった時から常に僕を手助けしてくれたし、僕が留学生として成し遂げたことのほとんどはスパルタンベースボールの皆のおかげだと思ってる。僕は明日サウスハイにきてそれでもう君達とはしばらく会えなくなると思う。でも、スパルタンベースボールのみんなは絶対に忘れない。"
ここら辺まで来たところで目から涙が自然と零れるのを感じた。
"本当はもっとはやく皆に言うべきだったと思う。言わなかったのは本当にごめん。最高の仲間でいてくれてありがとう。僕の人生の中でもっとも充実した三ヶ月間と言える時間を君たちと過ごせてよかった。そして何より、優秀なベースボールプレイヤーである君達をアシスタントコーチとして見ることができたことを誇りに思う。最高の時間をありがとう。Love you Spartans!"
僕が泣きながら話終えると皆が拍手した。そしてショーゴと言われ、輪の真ん中に誘われた。
"それじゃあショーゴ、掛け声お願い"
"わかった!"
そう言って始めた掛け声は泣き声でうまく伝わらなかったかもしれない。それでも最後のSouth!という部分は全員が一致して過去最大クラスの大きさで締めてくれた。人の輪が解けると皆1列に並んでくれた。
"ありがとうショーゴ!"
一人一人ハグしていく。僕も、そして彼らの中の一部も泣いていた。1人とハグするとその人との思い出が蘇ってくる。次々と思い出が頭に浮かんでは消えていく。その度に涙が溢れ出た。最後にコーチ達が並ぶ、サウスハイにきて間もない時にスパルタンベースボールに入れてくれと頼んだ思い出が蘇る。あの時はサングラスをかけたコーチセインをちょっと怖いと思っていた。でもすぐにいい人だとわかって打ち解けることができた。そういえばヴァーシティーのキャプテンマットも髭を蓄えたその大人びた顔から"コーチですか?"と初対面で聞いたことも思い出す。それは今でもお互いにネタになっている。そんな感じで次々と走馬灯のように思い出が脳裏をよぎっては消えていった。全員とハグを終えて涙を拭いながらグラウンドを後にした俺に次々と話しかけてきた。
"ショーゴ!まだ泣くなって!明日もあるだろ!"
"サンキューショーゴTシャツ作ろうか?"
皆励ましてくれる中で誰かが提案した。
"明日さ、皆で残ってピザでも取ってショーゴのサヨナラパーティーやらない?"
すぐに賛同者が続出した。
"オッケーやろう!"
"コーチ達も来ますか?"
"当たり前だ!俺らも参加するぞ!"
僕のためにパーティーまで開いてくれる皆へ感謝でいっぱいだった。
"また明日ね皆!"
次々と皆が離れていく。僕は手を振って迎えに来たエイミーの車に乗った。
"エイミー、僕は明日遅くなる。迎えの時間はわかり次第連絡するよ"
その途端彼女の表情が変わった。
"なんで遅くなるのかしら?"
僕は正直に話した。
"野球のみんなが僕のサヨナラパーティーを開いてくれるっていうからさ。"
みるみる険しくなった彼女の表情。僕はなにか言ってはいけないことを言ってしまったのだろうか。
"ダメよ"
"え?"
"子供たちだけで学校に遅くまで残るのはダメなはずよ。"
"コーチ達も来るから子供だけじゃない"
咄嗟に反論してしまった。はっと気がついたけれど時既に遅し。ヒステリックタイムが開幕してしまった。
"いい!大人達がそんな無責任なことをするなんてありえない!"
窓は閉じてるはずだが信号待ちの途中隣を歩いてた人がぎょっとしてこちらを見る。かなり彼女の声は外まで響いているようだ。
"ショーゴ、嘘をつかないで!あなたの嘘はもう散々なの!野球があるのも嘘なんでしょ!"
僕はこれに応えなかった。もはやヒステリックモードに突入した彼女にはいかに理論だてて説明しても無駄だからだ。ひたすら窓の外で夕焼けを眺めた。
"いい!?とにかく明日もいつも通りに帰るのよ!"
エイミーのヒステリックモードはかなり辛い精神攻撃だったがもはや慣れたのか彼女のつんざくような声を聞き流せるようになった。それでも明日は行く。これまでサークルクラブにもホストファミリーにも従順であった僕のおそらく最初で最後の反抗になるだろう。
その夜僕は明日が楽しみすぎてベッドに入ってもなかなか寝付くことができなかった。
さあ、エンジニアリングのクラスメートも、野球の仲間にも打ち明けて明日野球部でパーティーをやることに
一体どうなるのか…
次回も乞うご期待