ある姫様の話
初投稿です グタグタです
昔々の話です。
緑に囲まれた、とても美しい王国がありました。
その国に一人のお姫様がいました。
お姫さまはとても綺麗でした。
その上お姫様はとても優しい心と、聡明な頭脳を持っていました。
お姫様は次々に国が豊かに、民の生活が楽になる道具を開発しました。
その国の民は皆幸せでした。
国中の誰もがお姫様を慕いました。
お姫様も幸せでした。
しかし同時にお姫様はとても退屈でした。
舞踏会も年頃の貴族の男達もお姫さまが満足するには程遠いものでした。
段々と彼女は勉学に打ち込むようになりました。
しかし彼女はすぐに国中の本の中身を暗記してしまいました。
次にお姫さまは魔術に興味を持ちました。
自身の膨大な知識を使ってお姫さまは様々な魔術を研究するようになりました。
特殊な力で大気を発火させる事、無機物を擬似的に命を与えたり手を触れずに操る事…
これにはお姫さまは大変満足しました。
彼女はくる日もくる日も部屋に閉じ籠っては魔術の研究をするようになりました。
王さまや王妃さまは部屋から出てこなくなったお姫さまを大変心配しました。
何度も何度もお姫さまを外にだそうと説得しましたが自分の興味の対象を見つけたお姫さまは全く耳を貸しません。
遂に怒った王さまは兵士にお姫さまの部屋の扉を力づくで破るように命令しました。
早速力自慢の兵士がお姫さまの部屋の扉を破ろうととても大きなハンマーをふるいました。
しかしお姫さまの部屋の扉はびくともしません。
既にお姫さまは物質の強化等の初歩的な魔術は身につけていたのでした。
お姫さまは
「私はやっとやりたい事を見つけたのです。しばらく放っておいてください。」
と扉越しに王さまに言うとまた研究に没頭するようになりました。
困った王さまは食事係に命令してお姫さまの部屋に食事を運ぶのをやめさせました。
お腹がすけばきっとお姫さまは出てくると思ったのです。
しかし食事を運ぶのが止まってもお姫さまは部屋から出てこようとしません。
物質構造を隅から隅まで理解していたお姫さまは、魔術に応用する事で密かに部屋から厨房や貯蔵庫までの隠し通路をつくる事ぐらい容易い事なのでした。
もちろんそんな事王さまは気が付きません。
お姫さまは研究していく事によって不思議な力が使えるようになる事と、更に未知の世界が広がって自分の探求心が刺激される事にとても深い喜びを見い出すようになりました。
お姫さまは魔術に憑かれてしまったのです。
王さまはとても困りました。
困った王さまは王妃さまと相談して、お姫さまを部屋から出す事のできた者に多額の報償金を与えると国中のお触れを出しました。
それは庶民が一生暮らせる程の額でした。
その後、沢山の人々が城にやってきてはお姫さまを部屋からだそうとあの手この手を尽くしました。
素晴らしい演奏をする者、いかに王さまと王妃さまが悲しんでいるかを訴える者、面白い話をするもの……
しかし誰一人としてお姫さまの気を惹くことはできず、一人、また一人と城から去っていきました。
そして遂に誰もいなくなってしまいました。
王さまと王妃さまはお姫さまを部屋から出す事を諦めようとしました。
その時一人の男が城を訪れました。
外見は若いのになんだか老成した雰囲気を持つ、不思議な男でした。
男は自分ならお姫さまを部屋から出す事ができると王さまと王妃さまに高らかに宣言しました。
王さまと王妃さまには、微かな希望をにじませながらも諦めの表情が浮かんでいました。
しかし繰り返し男が頼むので王さま達はやらせてみる事にしました。
男はお姫さまの部屋の扉を軽く叩きました。
それだけであのいかなる手段を持っても開かなかった扉が簡単に開いてしまいました。
王さま達はとても驚きました。しかしそれ以上に部屋にいたお姫さまは驚きました。
お姫さまは部屋から出てくると男に今どうやって魔術で補強された扉を開けたのかしつこく尋ね始めました。
男は微笑むとその質問に丁寧に答え始めました。
それを見た王さまは大喜びをし、男に報償金を与えようとしましたが、男は
「私は報償金はいらない。だが彼女には素晴らしい魔術の才がある。是非私に教授させて欲しい。」
と言いました。
王さまと王妃さまは困りました。
そもそも魔術というものがどんなものなのか知らなかった二人は魔術がただ気味の悪いものに見えたのです。
しかし男が去ってしまったらまたお姫さまが引きこもってしまう事の恐怖と連れ出してくれた事の恩からその願いを叶える事にしました。
こうして男のお姫さまへの魔術の授業が始まりました。
条件は絶対に部屋に引きこもらない事。
食事は必ず部屋の外で摂り毎日城を散歩する事。
こうした条件がつけられたものの、お姫さまは男が自分に与えてくれる知識はお姫さまをさらに魔術に傾倒させる事になりました。
食事の時も散歩の時も、ずっとずっとお姫さまは男の授業が楽しみに思うようになりました。
そして――月日が流れました。
お姫さまは超一流の魔術師になり、魔術に対する情熱は更に深まっていました。
ある時男はお姫さまに言いました。
お前に最高の魔術を教えてやる、と。
お姫さまは喜びました。
男は言葉を続けます。
「お前は、更なる力を、叡智を望むか?他の全てを犠牲にしてでも。」
お姫さまは、少し迷いました。しかしその時お姫さまは、全てを犠牲にしてでも魔術を極めたかったのです。
だから、お姫さまは受け入れてしまいました。
全ての犠牲を。
そして悲劇は起こりました。
男の言う最高の魔術――更なる力と知識とはお姫さまが契約をし、男の全てを注ぎ込む事でした。
男はお姫さまの体、魔力を乗っ取ろうとしたのです。
魔術師として最高の素体を。
男の正体は悪魔だったのです。
お姫さまは自身に流れてくる悪魔に必死で抵抗しました。
悪魔も必死でお姫さまを乗っ取ろうとしました。
2つの魔力がお姫さまの体の中でせめぎあい、そして暴走しました。
結果的に、お姫さまは悪魔に打ち勝ちました。
悪魔に体を乗っ取られる事なく、悪魔の力と知識を自分のものにしたのです。
しかし気がついた時、お姫さまは何故か廃墟の上に立っていました。
城も、街も、あんなにきれいだった緑もありません。
王国は、死の大地になっていました。
そう、お姫さまは言葉の意味通り全てを犠牲にしてしまったのでした。
お姫さまはその場に崩れ落ちました。
自分の無知と傲慢さをひたすら呪いながら、ぼろぼろと涙を溢しました。
お姫さまの心には深い深い罪が刻まれる事になりました。
自分の全てを使ってでもお姫さまは国を元に戻そうとしましたが、時間は絶対に巻き戻りません。
どんなに強力な魔術でも町を再現する事はできても生命を作り出す事はできないのです。
その内に彼女は死のうと思いました。
お姫さまは剣で自分の首を刺し貫きました。
しかし首を貫通しても彼女は激痛とともに気を失っただけで死ぬ事はできませんでした。
悪魔の力は強い生命力を彼女に与えてしまったのです。
死ぬ事を許されないお姫さま。
自分の国を滅ぼしてしまったお姫さま。
全てを失ってしまったお姫さま。
大きな大きな罪を背負って、
彼女は旅に出る事にしました。
贖罪の旅に。
少女はパタンと本を閉じた。
古い革表紙の本だ。
話はこの国に古くから伝わる童話。
愚かなお姫さまの物語。
少女は絶対に忘れない。
この本に書かれている事を。
自分の罪の形を。
何度も何度も読み返したせいでぼろぼろになっている分厚い革表紙の本を掴むと少女は立ち上がった。
旅はまだ終わらない。もしかしたら永遠に終わらないかもしれないあてのない旅。
「さて――どこへ向かうかな。」
旅の終わりは贖罪の終わり。
少女が自分自身の罪を許す事が出来た時。
少女の旅は今日も続く。