第74話 壁の向こう側
柊、セレス、メイベルは、際限なく出現する魔物の群れを破竹の勢いで撃破し続けて洞窟の奥へ奥へと進軍し、彼らが通った跡には無数の無惨な骸を晒す魔物の成れの果てが散逸していった。
道中で何とか京子の念話で散開してしまった仲間達と通信を試みたが、予想以上に彼らとの距離が離れているらしく、一向にあちらからの応答もなかったため、脱出口も定かではない当てのない探索をがむしゃらに続けるしかなくなってしまった。
あわよくば途中で他の仲間達と鉢合わせになるような幸運が舞い降りてくれるのではと淡い希望を抱いていたものの、そのような都合の良い展開になる事もなかった。そして、終始疲労感を一切滲ませない柊と、若干の疲れこそ見られるものの歩調を一切乱す事なく歩き続けるメイベルは問題なかったのだが、体力的に彼ら二人に大きく劣るセレスが、荒い息を吐きながらおぼつかない足取りで必死に二人に追い縋ろうとするセレスを見た柊が、十分間の休憩を提案し、メイベルもそれに異議を唱える事もなく鷹揚に頷いて同意したため、三人はしばし肉体を休める事になった。
「ふう~、疲れたぁぁああ。もうクタクタだよ」
(まあ、無理ないよね。ここまで来るのに結構な数の魔物と遭遇して、それを片っ端から倒しまくってたらさ)
「そうなのよ、京子様。さっきから連戦続きで、スルーしようとしても横穴からうじゃうじゃ魔物が湧いてくるし、面倒臭いったらない。……まあ、ほとんど柊とメイベルさんが蹴散らしてくれたから、私がこの中だと一番楽してるのは事実だから、あんまり駄々をこねるのは駄目なんだけどさ」
柊とメイベルは、背中が砂で汚れる事も厭わずに堂々と仰向けで寝転がり(そのせいで酸素を取り込もうと上下する、布越しでも見事な起伏を描く彼女の豊満な双丘が目に入り、柊は思わず咳き込みかけた)、噴き出す汗をポケットから取り出した花柄の刺繍が編まれた瀟洒なハンカチで拭い取る様に苦笑を浮かべる(京子の存在について説明されていないメイベルからすれば、姿の見えない誰かに話しかけるように話しているセレスの言動は異様に写る筈なのだが、深く詮索する事もなくスルーしてくれているので、柊は内心で感謝していた)。
「そう自分を低く評価する事はないよ、セレス。君が貴重な後方支援要員として、僕らを補助魔法や『聖女の寵愛』でバックアップしてくれるから、僕らは何の憂いもなく戦えるんだからさ」
「柊さんの言う通りですよ、セレスさん。回復系の樹宝は稀有ですし、セレスさんはバリエーション豊かに補助魔法を会得されているようですので、とても頼りになります。欲を言えば、是非ウチのギルドに勧誘しちゃいたいぐらいです」
「そ、そんなに持ち上げないでくださいよ。私、他の人をサポートする魔法には自信はあるんですけれど、攻撃系統の魔法の方はほんとにからっきしで、結構コンプレックスに感じているんです」
悲し気にがっくりと俯いて意気消沈するセレスだが、柊は彼女は自分達のパーティーにとってかけがえのない仲間だと考えているし、攻撃魔法が使えないからといって彼女を排斥するつもり等毛頭ない。
「セレスがいてくれるおかげで、僕らは凄く助かってるよ。だから、攻撃魔法が使えない事よりも自分が得意な補助魔法をもっと伸ばしていったらいいんじゃないかな」
「補助魔法をもっと伸ばすかぁ……。うーん、すぐには自分の中で消化は出来ないけれど、確かにもっと使える補助魔法の数を増やしたり、魔法の練度を上げて色々と応用が利くように工夫してみるのも手かも。ありがとう、柊、メイベルさん。私、一旦自分の長所の補助魔法をもっと上手に使えるように頑張ってみる!」
先程までは自分が攻撃魔法を会得出来ていない事に対する焦燥感と劣等感で表情を曇らせていたセレスだったが、今は本来の彼女の持ち味である快活な笑みが戻り、彼女の心の中でこの課題に対する一通りの区切りが付いた事を如実に物語っていた。
これなら大丈夫そうだな。だけど、セレスはルミアさんを奪還しに行く時みたいに、自分の中に色々と溜め込みがちな性格だから、この遠征が無事に終われば、もう一度話をする機会を見つけてみた方がいいかもしれないな。
内心でそう決心すると、柊は「さてと、そろそろ動き出そうか」と声を掛け、メイベルもこちらの言葉に素直に従って立ち上がり、セレスもむくりと上体を起こし、背中に付いた砂や埃を落とすために犬が風呂上りにブルブルと全身を震わせて水を跳ね飛ばそうとするように、体を左右に振りながら背中に向かって腕を伸ばすが、背中の中心部分にまでは到達する事だ出来ずにもどかしそうに口元を歪めていたので、柊が軽くその部分を手ではたいて付着していた砂利を地面に払い落とす。
「あ、ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして。さてと、じゃあ皆、早速だけど、これぶち破ろうか」
柊が二人に目配せしながら指で指し示した先には、何の変哲もないただの岩壁があり、別段変わった部分等も見受けられないのだが、この壁には他の岩壁とは決定的に異なる点が一つ存在していた。
どうにもこの壁、強い魔力が壁全体に込められており、その強度も魔法に対する耐性も強化されてるんだよなあ。
魔力自体は強力だが、それを侵入者に悟らせないように魔力が壁の奥の方へ押し込められているので、基本的にはこの対処で他者にこの壁に細工が施してあることに勘づく者は滅多にいないだろう。
しかし、この仕掛けを施した術者にとって予想外だったのは、約五百年前に世界の版図を完全に掌握しようと暴政を敷いていたアディス帝国を打ち破り、この世界の守護神と崇められている世界樹の女神を滅ぼす事に成功した、規格外の存在である魔王の一人、佐藤京子がこの場所を訪れた事であろう。
この場所を通りかかった際に、柊も微量な魔力の存在を察知したが、それを上回る速さでこの土壁の異質さを看破した京子の手腕は流石としか言いようがない。
(魔力操作は中々で結構筋がいいけれど、肝心の魔力の隠蔽がお粗末だね。微弱だけど土壁の微細な砂と砂の隙間から魔力が漏れ出してる。よっぽど、この先に見られたくない物があるんだね)
「で、でもこの壁、魔法か樹宝で簡単に破壊されないようになってるんでしょ? 本当に破壊出来るのかな?」
「セレスさんの不安も当然の事だとは思いますが、ここは私と柊さんにお任せください。恐らくですが、私と柊さんの攻撃を同時に一ヵ所に集中させてぶつければ、この防壁を突破する事はそれほど難しい事ではないと思います」
「ああ、きっと破壊できる筈さ。セレスは一旦、僕らから離れておいた方がいい。壁が壊れた衝撃で岩の破片が飛び散る可能性もあるから、怪我をしないようにね」
「了解。私の出番はなさそうみたいだし、お言葉に甘えて後ろで静観させてもらうね」
セレスが異論を挟む事なく、安全圏まで退避するのを確認すると、「いきますよ、メイベルさん」と傍らの女戦士に言葉を掛け、「ええ、柊さん。久方ぶりに全力でいってみます」とどこか高揚感を感じさせる弾んだ声で答えるメイベルの自信満々な笑顔に頷きで返答すると、『無名』の能力を発動させ、膂力を爆発的に跳ね上げる雛の『金剛戦姫』の能力を引き出す。
強大な破壊の力を纏った刀を大上段に構え、隣のメイベルも『海姫の白槍』を中段に構え、鋭利な穂先を岩壁に向け、キラキラとした光沢を放つ微細な鉱物の欠片を研磨剤にした水を槍の刃全体に纏わせ、柊と共に一気に渾身の一撃を岩壁に叩き込んだ。
柊の大上段からの振り下ろしと、切断力を上昇させたメイベルの一突きが堅牢な筈の岩壁に直撃し壁に内包された魔力と二人の攻撃が拮抗して刀身と刃先を強烈な抵抗感が襲って押し戻されそうになるが、柊とメイベルは腰を落として地面に己の体を縫い留めると、更に得物に込める握力を強める。
すると徐々に、攻撃を加えられている壁の中心から蜘蛛の巣状のひびが同心円状に走り、十秒を超えた辺りで凄まじい轟音を響かせながら岩壁が崩壊し、大量の土砂と粉塵が洞穴内を埋め尽くす勢いで襲い掛かるが、泡を食って更に後ろに駆け出して緊急避難したセレスも幸い無傷で済み、一番被害を被ったであろう柊とメイベルがけろりとした表情で砂埃の中から抜け出す。
「……相変わらずとんでもないよね、柊って」
「誉め言葉として受け取っておくよ。さてと、この瓦礫の山の先にある物を確かめに行こうか」
「ええ、そうですね。警戒だけは怠らずに進みましょう」
柊とメイベルはそれぞれの得物を力強く握りしめ、セレスは二人の背中に貼り付くようにして歩き出し、不揃いな形状の土砂が積もった不安定な足場だらけ瓦礫の山をなんとか登り切り、三人の前に飛び込んできた光景にセレスは大きく目を見開いて唖然とする。
「……なんでこんな所に、森なんかがあるの?」
柊達が瓦礫の山から俯瞰する視線の先には、陽の光も届かぬ洞窟の奥地で青々とした葉を鬱蒼と茂らせ、血のような赤みを帯びた果実を無数に実らせた木々が見渡す限り辺り一面に広がる現実離れした異常な光景だった。




