第73話 狂宴の夜会
「キャハハハ、ほらほらもっと足を動かさないと逃げ切れないわよぉ~、薄汚い鼠さん達」
「クソッ、あの女絶対に消し炭になるまで焼却してやるわ! 覚悟しておきなさいよ!」
「アヤカさん、魔力押さえて下さい! 掌に灯してる炎が私の髪をチリチリと焼け焦がして、凄くハラハラするんで!」
「チッ、面倒臭い奴が潜んでやがったな。こりゃ、他の連中も平穏無事って訳じゃなさそうだ」
アヤカ、フレイヤ、御船の三人は、他のメンバー達と分断されて以降、突発的なアクシデントにも関わらず精彩を欠く事なく、確かな指針を得てはぐれた仲間達との合流を図っていた。それは、契約精霊であるサーラと精神的な繋がりを有しているアヤカが彼女の魔力の反応を探り当てた功績が大きく、三人は時たまに襲い掛かるハエトリグサもどきの魔物を撃破しながら順調な足取りで洞窟内を進んでいた。
だが、突如現れたシックな色合いのフレアスカートを身に纏った菫色の髪をミディアムヘアにした謎の少女の出現により、その平穏な道中は完全に途絶えた。
最初は何故こんな場所に見るからに戦闘向きでは枝のように細い手足と腰をした少女がいるのかと訝しんだ三人だったが、彼女の背後からズルズルと這い進んできた魔物が少女に傅くように頭を下げ、少女が舐めるような視線をこちらに送ると共に、少女の意図を的確に汲み取った魔物が獰猛な牙を剥けてきた段階で、三人は即座に近場の横穴に駆け出し、生死を賭けた逃走劇を演じる羽目になった。
「アヤカさん、貴女の魔法ならあんな奴ただの炭の塊に変えられるんじゃないですか!?」
「無理無理!! 私子供の頃からアレは大嫌いなの! 生理的に受け付けない!!」
「フレイヤ、精霊魔導士のお嬢ちゃんの好き嫌いは脇に置いとくにしても、あんなデカ物相手に律儀に付き合う必要はねえ。とんずらぶっこいた方が利口ってもんだ」
「でも、さっきから全速力で突っ走ってますけど、一向に相手との距離が開かないというか、付かず離れずの距離をキープしてるだけじゃないですか!?」
三人が振り返った先には、毒々しい沼地のような色合いをした鱗で全身を覆った巨大な大蛇が地面を蛇行しながら這い進み、獲物を丸飲みにしてやろうとネバネバとした粘着性の粘液に塗れた牙を剥いて大口を開ける姿と、その頭の上で子供のようにはしゃぐ菫髪の少女の愉悦に歪んだ笑みがあり、彼らがこちらを逃がすつもり等毛頭ない事を如実に物語っていた。
「大体何者なんですか、あの女! こんな山の奥で魔物を従えてコソコソしてるなんて、怪しすぎます!」
「そいつは俺も聞きてえところだが、奴さんがそれを親切に教えてくれるもんかねえ」
御船がそう億劫げにぼやくと、背後で大蛇の頭にちょこんと乗っかっていた少女は唐突に大蛇の頭をポンポンと叩き、「止まって」と淡々とした口調で命じる。
大蛇は目の前の獲物を前にお預けを食らって低音で唸るが、すぐさま大人しくその場で停止し、頭上の少女はそれを満足げに確認すると、仰々しい身振りで頭を下げる。
「皆様、ご機嫌よう。私、ガリア=アーデリウスと申します。以後お見知りおきを」
屈託のない笑みを浮かべるガリアと名乗った少女を前に、アヤカ達は警戒心を解く事無く不審げな視線を向ける。
「ど、どうします? 今の内に逃げちゃいますか?」
「いや、あの嬢ちゃんは今もこちらの一挙手一投足を抜け目なくチェックしてやがる。こっちが妙な動きを見せたら、またあの追いかけっこの始まりだろうよ」
フレイヤと御船が視線を合わせ、この場は下手な動きはしない事が決めると、アヤカは大蛇の上でふぁぁ~、と緊張感の欠片もなく欠伸をしている少女に向き直る。
「わざわざ立ち止まって挨拶してくれるなんて、どういう風の吹き回しかしら?」
敵愾心を隠そうともせずにそう訊ねるアヤカに気分を害した様子もなく、ガリアは上機嫌な口調でアヤカに視線を合わせてきた。
「ふふふ、別に大した事じゃないのよ~。そこのお侍のおじさんが言っていた事を聞いて、確かに私ったら、ちゃんとしたご挨拶もせずに貴女達に仕掛けちゃったものだから、改めてご挨拶しなくちゃって反省したのよ。せめてものお詫びとして、貴女達が訊きたい事に一つだけならお答えしてあげちゃうわ。何でも聞いて頂戴な」
「その言葉に二言はないわね?」
「ええ、そうよ。でも、私の気分が変わる前に訊いて頂戴ね」
アヤカはフレイヤと御船に目配せをし、三人で顔を突き合わせると質問する内容を相談する。
訊きたい事は山積していたが、ここは手短に重要な部分をぶつけてみるべきだという意見に落ち着き、三人を代表して年長者の御船が矢面に立った。
「ガリアさんよぉ、俺から質問させてもらってもいいかい?」
「ええ、結構よ。何が訊きたいのかしら?」
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうが、アンタは一体何者なんだ? 名前じゃなくて、どこの組織に属しているのかとか、アンタ個人でこんな凶行に及んでいるのかってことを訊きたい」
「あらあら、あんまり面白味のない質問ねえ~。まあ、何でも答えるって言っちゃった手前、無視する訳にもいかないわねえ~」
ガリアは口元を人差し指でなぞるように撫で上げて蠱惑的な笑みを浮かべ、両足を妖艶に絡めると、したり顔で告げた。
「私は<狂宴の夜会>に所属する魔導士よ」
「「っ!?」」
彼女が告げた言葉にフレイヤは顔色を蒼白にし、普段はのらりくらりとした態度を崩す事のない御船も苦虫を噛み潰した顔で愕然とする。
「<狂宴の夜会>だとっ!? 何でそんな大物の名前がこんな場所で出てきやがる!?」
「ど、どうしましょう、御船さん。私達じゃあ、絶対に対応出来る相手じゃないですよ!」
「ねえ、ちょっと、二人共一体どうしたのよ!? <狂宴の夜会>って一体何なの?」
大きく狼狽する二人とは違い、彼らが一体何に怯えているのか事態を飲み込む事が出来ず一人蚊帳の外にいたアヤカは、両者に説明を求めようと歩み寄る。
フレイヤと御船は頭に疑問符を浮かべるアヤカにキョトンとした表情を浮かべたが、御船は何か得心がいったといった面持ちで一人頷くと、大蛇の頭上に居座るガリアを横目で監視しながら、アヤカに向き直った。
「確かお嬢ちゃんは、冒険者になってからそれ程経っちゃいないんだったな?」
「ええ、一年も経ってないし、どこのギルドにも入ってないわ」
「そうか、なら知らなくてもおかしな話じゃねえか。いいか、お嬢ちゃん。俺達<火之迦具土>や<白銀の戦乙女>みたいにギルド会館に正式登録している正規ギルドとは別に、登録手続きをせずに非合法な活動や、裏社会で好き勝手やってる闇ギルドがあるのは知ってるか?」
「……闇ギルドの事なら知ってるけど」
アヤカは先日でのフォートンの街で出会った<死霊の戯杖>の人々を思い浮かべ、歯切れの悪い、語尾を濁したような返答をしてしまう。
彼らもまたギルド会館に登録処理をする事をなく活動していた闇ギルドの一つではあるが、禁忌である魂の禁術に手を染めた父の咎を背負わされた一人の少女が、魔法大国であるルスキア法国から差し向けられる刺客達に立ち向かうために結成されたというギルドの成り立ちの事情を知っている事と、ギルドマスターであるルミア=ローゼンベルクという怜悧な美貌の少女は無駄な殺生を好むような殺戮凶でも、己の利益のために他者を害する事を躊躇う事なく行うような非道な真似に手を染めるような悪人ではなかった事から、世間一般の人々が抱くような闇ギルドに対する悪感情が自分の中で薄いものになっている自覚があったため、御船の言葉に素直に頷く事が出来なかった。
だがアヤカのそんな微妙な態度に御船は少し胡乱げな表情を浮かべるが、別にそこを追求する事はなく、話を進める事にしたようで、再び口を開いた。
「組織の規模を限定しなければ数多の数存在する闇ギルドだが、その中でも武力や影響力が他の闇ギルドとは比べる程もないぐらい突出した十二の闇ギルドがある。一国家を一夜で焦土に変えるぐらいの実力者が揃った化物共だ。<十二冥神>という名称でも呼ばれちゃいるが、その中の一角を担っているのが、<狂宴の夜会>だ」
「私もメイベル様に闇ギルドの事について教えて貰った事があります。<狂宴の夜会>は<十二冥神>の中でも、構成員の人数が頭一つ抜きん出ている代わりに、活動目的やギルドマスターやギルドの幹部達に関する情報が一切掴めていないギルドだと」
「ええ、お侍のおじさんと槍使いの女の子の言う通りよ。裏の世界では結構有名なのよ、私のギルド。まあ、私はギルドの中でも最底辺にいるような下っ端構成員なんだけどね~。でも、うちのギルドって、ギルドマスターや幹部連中からの勅令が下りない限りは、基本的に組織に害を成すような事さえしなければどこで何をしても咎められる事もないから、好き勝手やりたい私にとっては結構居心地のいい場所なのよ~」
ガリアは一瞬不機嫌そうに頬を膨らませるが、自分が尻に敷いている大蛇がアヤカ達を凝視しながら舌をチロチロを出したり戻したりし始めたのを見て、更に憂鬱そうな溜め息を漏らす。
「あらあら、もう我慢が出来なくなっちゃったのね~。材料の人間の中でもそれなりに魔力量が多かった素体を元に作った自信作だったけれど、こんな風に自制心が薄いようでは商品価値が低くなっちゃうわ」
「ちょっと、待ちなさい」
アヤカは大蛇の上で不機嫌そうに口を真一文字に結ぶガリアに怒気を孕んだ声を無意識の内に放ち、それまでアヤカに関心を持っていなさそうだったガリアは小首を傾げて、自分を険しい面持ちで睨み上げている黒髪の少女を見下ろす。
「あら、一体どうしたの貴女? 目が怖いわよ~」
「アンタ、この蛇の材料がどうこう言っていたけれど、説明してくれない?」
「質問は一つだけって言った筈なのになあ~。……まあ、後で全員ぶっ殺すからいいか」
アヤカは先程までご機嫌そうに饒舌に舌を動かしていたガリアの口が冷徹に歪み、こちらを虫けらのように睥睨するガリアの豹変に息を飲むと共に、体内で魔力をガリアに気取られないように繊細に錬成を始める。
コイツ、さっきまでは大した魔力も持ってる感じじゃなかったのに、突然体の奥から黒く澱んだ魔力が噴き出してきた。私達と話している時は本来の実力を隠していたのね。
それと厄介な事に、想像以上にガリアの魔力量が膨大過ぎる。自分から下っ端構成員だと卑下していたが、彼女が所属している組織は闇ギルドの頂点に君臨する<十二冥神>の一角なのだという事を、ピリピリと皮膚の表面を焼きながら這い回るような汚泥のように濁った魔力の波動から痛感させられる。
「この子は、私の樹宝『蝕実』で作った作品なの。私は、食した者を魔物の肉体に強制的に細胞から作り変える力を秘めた果実を、触媒となる樹木されあれば無尽蔵に生み出す事が出来るのよ~。私はこの樹宝を使って大量の魔物を製造して、<狂宴の夜会>の傘下に入っている闇ギルドや兵力代わりの魔物を欲しがってる裏社会の要人なんかに高値で売り飛ばしてぼろ儲けしてるの。はい、これで説明はお~しまい! それじゃあ、早速殺しちゃうけど、いいわよね?」
ガリアは嗜虐的な笑みを浮かべると、軽く大蛇の頭を小突いて食事の許可を出すと、大蛇はこの時を待っていたと大口を開け、まずは手近にいたアヤカ目掛けて首を大きく伸ばし、少女の肉体を丸飲みにしようと俊敏な動きで襲い掛かる。
だが、大蛇の舌が獲物の肌を捉える感触を得る前にアヤカは、密かに体内で練り上げていた緋色の魔力を全身から迸らせ、唐突に膨れ上がったアヤカの魔力の余波を受けて呆気に取られているガリアの気の抜けた表情を見て溜飲を下げると、一気にガリアもろとも消し炭にする勢いで掌に収束させた魔力を解放する。
「≪大火の炎砲≫!」
命を弄び私利私欲を貪り続けてきた眼前の少女に対する怒りを内包した真紅の炎砲は、目を丸くして唖然とする菫色の髪の少女と自分に牙を向けていた大蛇の巨体を燃え盛る火炎の中に飲み込んだ。




