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第72話 黒き幽鬼

「九条流剣術十一の型・≪八重嵐≫やえあらし


「月宮流剣術五の型・≪華月≫かげつ


 雛の放った八つの疾風の斬撃が洞窟内に壁に開いた横穴から無尽蔵に溢れ出すハエトリグサもどきの魔物の肉を切り裂き、小春が放った二刀による十文字斬りが瞬時に魔物をただの肉塊に変貌させる。

 雛と小春の絶え間なく振るわれる烈刃の嵐が醜悪な魔物の肉を切り飛ばし、洞窟内に鉄臭い真紅の液体がペンキのようにぶちまけられるが、同胞の骸と血を踏み潰しながら続々と魔物の群れが溢れ出し、その勢いが弱まる気配は一向にない。


「先輩、このまま敵を迎え撃っていてもいずれジリ貧になります! 洞窟の奥に探索に向かったサーラさんが道中の魔物は倒してくれている筈ですから、私達も足止めを切り上げて彼女と合流してもよいのでは!」


 雛、小春と共に他の仲間達と分断されたサーラは、精霊である己の契約者であるアヤカと魂が霊的なラインで繋がっており、主人であるアヤカの魔力の反応を感知する事が出来るため、最初は柊達と完全に分断されて狼狽えていた小春もほっと胸をなで下ろして安堵の息をついた。だがその矢先に、昨晩邂逅した魔物の群れがわらわらと横穴や物陰から溢れてきたので、サーラは安全が確保されているのか定かではない洞窟奥部の確認のため雛と小春達に先行して穴倉の奥へ進行し、雛と小春は怒涛のように進軍してくる魔物達を堰き止める防波堤として殿しんがりを務めていた。

 可能であればサーラからの連絡が入り次第この場から撤退する手筈だったが、一向に数が減らない敵を前に背に腹は代えられないと判断した雛は、小春の提言に頷きを返して即座に反転する。


「小春、お前は先に行ったサーラの後を追え! 私はこいつらの数をもう少しだけ削ってから追いかける! 流石にこの数の魔物を引き連れて行く訳にはいかない!」


 小春は雛の言葉に後ろ髪を引かれるような渋面を浮かべるが、雛であればこの程度の魔物なら自分がいなくとも殲滅する事は十分可能だろうと判断し、一抹の不安が脳裏にこびり付きそうになるのを振り払うようにかぶりを振る。


「分かりました。道中壁面を削って目印を残していきますので、先輩はそれを確認して来て下さい!」


「承知した。この魔物の数だ、サーラの元にも魔物の群れが向かっている可能性がある。警戒を怠るなよ」


「はい、それではご武運を!」


 小春は信頼する先輩に背を向け、一度も振り返る事なく漆黒の闇を孕んだ洞窟の奥に消えていき、その足跡が完全に聞こえなくなったのを確認した雛は、足元まで伸びていたハエトリグサもどきの蔓を一瞥する事なく斬り払い、苦悶の声を上げる魔物を澄ました顔で見据え、間髪入れずに『金剛戦姫』を一気に横薙ぎに振り払う。


「九条流剣術二十八の型・≪氷景絶佳≫ひょうけいぜっか


 凍てつく氷の吹雪が魔物の軍勢を強襲し、瞬く間に魔物達の肢体を凍結させ、数秒で完全に肉体を氷の牢獄に封じられた氷のオブジェが乱立する壮観な光景が完成すると、雛はホッと胸をなで下ろし、汗で額に貼り付いていた前髪を払い、煤と埃で汚れた髪の無残な有り様に眉根を寄せて嘆息する。


「ふぅ~、全くこんなはしたないみてくれでは柊殿に嫌われてしまうではないか。……っ!? いや、逆にこれは柊殿に背中を流して頂く絶好の口実になるのではないか!? アヤカやセレス殿に気付かれぬように柊殿を浴場に連れ出し、私の自慢の体をフル活用して色香をくゆらせれば、柊殿もイチコロの筈! そして、湯気で火照った体を密着させ、そのまま既成事実をっ!!」


 雛はしばし脳内で桃色満開のただれた妄想に耽って体をクネクネとよじるが、流石に長時間夢の国へ旅立って入れる訳にはいかないと思い直し、先程の嬉々とした表情から一転して神妙な面持ちに変化し、鬱屈そうに溜め息を付いて後ろ髪を掻く。

 魔物の群れは雛が氷結させた一団以降、一体も姿を見せていない。これで完全に打ち止めとなったのか、それともサーラや小春達の後を追っているのか、もしくは……。


「この蓬莱山で何やらコソコソと動き回っている輩が、魔物を統率していて、何らかの思惑で魔物をこちらに差し向けるのを一時的に中断したのか…‥」


 突如地面に開き、こちらと両ギルドの冒険者達を飲み込んだあの大穴を自然現象と捉えるのは馬鹿げている。あの穴が出現する前に耳にした、無感情で冷たい殺意を孕んだ女の声から、ここ最近の蓬莱山の魔物騒動の黒幕と目される人物がズカズカと自分のねぐらに土足で踏み込んできた我々を始末しようと魔法か樹宝の類を用いて、手練れの冒険者達を個々に分断し、各個撃破しようと画策していると考察するのが自然だろう。

 敵の正体や具体的な人数、敵が居を構える本陣の所在地がハッキリと判明しない事にはもどかしさを感じるが、急いては事を仕損じると言うし、ここは一人で先走る事はせず、早急に小春やサーラ、可能であれば柊殿や二ギルドの冒険者達と合流して何かしらの対策を講じる必要がある。


「柊殿やアヤカ達であれば、私達が相手をしたこの魔物程度であれば十分対処は可能であろうが、この山に巣食う賊の実力は未知数。早めに合流するに越したことはないな」


 雛は自分の衣服に付着した泥や煤を気休め程度にはたいて地面に落とすと、「こんなに汚してしまってはアヤカにドヤされるな」とげんなりと肩を落とし、幸先から気が滅入るような未来を予見してしまったと、アンニュイな心境になりながらも、洞窟の奥に向かって爪先を向け、重い足取りで歩み出し、



「『蠕動せし処刑迷宮ガルティス・ルヴァリエ』」



 地面を食い破るように突き出してきた土槍の切っ先を瞬時に斬り飛ばし、自分に対して凶刃を向けてきた下手人の底冷えのするような声が発せされた土壁に開いた横穴に『金剛戦姫』を一切の躊躇なく振るう。


「九条流剣術二十五の型・≪黒花絢爛≫こっかけんらん


 先程の鬱々とした顔つきから、その瞳を見た者を射竦めてその場に縫い留めるかのような冷徹な光を瞳に灯した一人の剣客に豹変した雛の持つ『金剛戦姫』に一切の光を弾き飛ばして拒絶するようなドス黒い闇の魔力がコーティングされ、雛が間髪入れずに振り切った刀身から漆黒の斬撃が幾重にも飛来し、曲者くせものが潜む横穴に殺到する。


「『蠕動せし処刑迷宮ガルティス・ルヴァリエ』」


 自身に向かって疾駆する烈刃を前にしても一切狼狽えた様子もない落ち着き払った泰然とした声が反響すると同時に、横穴の周囲の土壁や地面が唐突に隆起し、グネグネと芋虫のように不気味に蠢きながら一ヵ所に集結して巨大な防御壁を建造する。

 黒刃はその分厚く岩と岩が密に凝固した事で堅牢な城壁と変貌した土壁に微かな切り傷を残して潰えるだろうと暗殺者はほくそ笑むが、漆黒の刃の一つが防壁に直撃した瞬間、極大な黒薔薇の如き爆炎となって爆ぜた瞬間、自身を守護する盾が即座にこちらの命を振るう投石の嵐と化して己の身に降り注ごうと殺到する光景が目に焼き付いた瞬間、盛大な舌打ちをすると逡巡する事なく近場の壁を蹴って宙に逃れる。

 その数秒後に無数の拳大の石の弾丸と、崩壊した防壁を蛇のようにくぐり抜けてきた残り黒き刃が自分が身を潜めていた横穴に着弾し、大輪の黒花が凄まじい漆黒の爆炎を咲き誇らせ、その爆風の余波が黒衣の暗殺者を足元から容赦なく舞い上げる。

 しかし暗殺者は、眼下から発生した上昇気流の存在は既に計算済みであったかのように空中に舞い上がった岩盤の破片を足場として蹴りつけ、未だ燃え尽きる事なく漆黒の大火が燃え盛る地面の中から比較的延焼の激しくない箇所を即座に割り出すと、俊敏な動きでそちらに逃れようと足裏に力を込めたのが足の筋肉の収縮具合で見て取れた。

 だが束ねた黒髪を爆風で荒々しくたなびかせた雛は、予想以上の身軽さと状況判断能力を垣間見せた敵の姿の息を呑みながらも、冷静沈着に『金剛戦姫』の切っ先を標的に向け、脇の下に柄頭が接近するように刀を引くと、一気に刀身に帯びさせた魔力を解放させ、雷の如き速さで天を穿つかのような突きを繰り出す。


「九条式剣術二十九の型・≪雷槍天撃≫らいそうてんげき


 『金剛戦姫』の切っ先から放たれた多大な雷の魔力を収束させた雷の光城が空中に逃れていた暗殺者目掛けて空気を焼き切りながら激走し、暗殺者の体を焼き貫く光景の到来を雛は半ば確信する。

 回避行動を取るような暇等は一切与えていない。これで王手の筈だ。

 そして雛の予想通り、雷の大槍は暗殺者の胸元に吸い込まれるように直撃し、黒衣に包まれた四肢が死に際の虫のようにのたうちまわり、肉が焼け焦げる炭臭い異臭が洞窟内に滞留する。

 回避不可能の一撃をその身に受けた暗殺者は重力に従ってドサリと音を立てて墜落し、数秒程ピクピクと痙攣けいれんを起こしていたが、やがて身じろぎ一つしなくなり完全に沈黙する。

 雛は敵の体が完全に動かなくなってからも下手に近づくような真似はせず、注意深く視線を注ぐが、数十秒程しても何の変化も見られなかった事から、完全に敵が息絶えたと判断を下し、四肢に込めていた力を抜き、筋肉を弛緩させて息を整え直す。


「……完全にこちらの油断するタイミングを狙った不意打ちとその後の一連の回避行動と危機察知能力は見事だった。だが、魔力の錬成にあらが目立っていたぞ。微量だが、魔力の錬成時に生じた魔力の残滓ざんしが空気中に漏れ出ていた。まあ、そのおかげでこちらは命拾いしたがな」


 雛はこちらの隙を的確に突いてきた名も知らぬ暗殺者に対して軽く頭を下げて礼をすると、小春達の後を追うべく、焼け焦げたむくろから背を向ける。

 (雛が鋭敏に察知した魔力の漏れだが、普段から魔力を錬成して戦場で戦う機会の多い魔導士であっても認識の外に置いてしまうようなほんの僅かな量だった。しかし、幼少期より十四属性の魔力錬成を数え切れぬ程こなしてきた雛であればこそ可能であった芸当であったのだが、雛自身は自分がどれ程ずば抜けた魔力察知能力を身に付けているのかに関しては無頓着であるので、それには全く気付いてはいなかった)


「思わぬ襲撃に時間を食ってしまったが、周囲の気配に気を配りながら駆け足で行けば、何とか早めに合流は出来るかもしれんな」


 雛は『金剛戦姫』を鞘に収めると、目を凝らさなければ見通せないような暗闇をたたえた洞穴の奥に向かって歩を進める。


「小春が無事にサーラと合流を果たしていれば良いのだが、このような手練れがこの山に潜んでいた以上急がねば」


 先程の暗殺者レベルの敵が複数名いた場合、厳しい事をいうかもしれないが小春だけでは手に余るだろう。

 雛は戦闘で舞い上がった粉塵で更に汚れてしまった着衣の惨々たる有り様に目頭を押さえながらも、マイナス方面に下降しそうになる思考を叩き直し、猛然と駆けだそうと力むが、ふと脇腹に軽い衝撃が走る。

 胡乱げに衝撃が加わった場所を確認するため視線を落とそうとした雛だが、突如脇腹に焼け付くような強烈な痛みが爆発し、雛は全く想定していなかった謎の激痛に思わず膝を突く。


「っはあぁ!? 一体どうしたというのだ……!?」


 恐る恐る痛みの震源地である脇腹に視線を走らせた雛は、装飾目的の彫り込み等が一切ない飾り気のないダガーが己の脇腹に深々と差し込まれている光景が目に入り、目を大きく見開く。


「ば、馬鹿な、敵は先程倒した筈っ!? まさか、伏兵がいたというのかっ!?」


「そのまさかさ、侍」


「っ!?」


 雛は弾かれたようにその場から跳びすさると迷わず『金剛戦姫』の柄に手を伸ばし、即座に抜刀出来る態勢を整え、脇腹から絶え間なく伝達されてくる激しい痛みに表情を歪めながら正面を見遣る。

 雛の攻撃で辺り一面に散らばった岩盤の破片が障害物となって見通しの悪い景観が広がっており、雛は敵の姿を目視する事が出来ない状況に思わず苦悶の表情を浮かべるが、声の主は地面に横たわっていた巨大な巨石の陰から泰然とした表情を浮かべ、ゆっくりと落ち着き払った足取りで現れた。

 食いしばった口元から僅かな呻き声を漏らし、額から脂汗をにじませる雛を冷徹な双眸で見詰める、全身を黒装束で覆い隠した黒髪の少女は、身を裂かれるような激痛にさいなまれながらも戦意を失わずにこちらに剣を向ける剣士の姿に満足そうに口角を上げた。


「先程の戦闘で、貴様の技量を観覧させてもらったが、私の想像以上の腕前だ。あの木偶人形では、歯が立たぬのも道理だな。貴様程の実力者があの中規模ギルドに属していたとは嬉しい誤算だ」


「生憎だが、私は<火之迦具土ひのかぐつち>にも<白銀の戦乙女シルバー・メイデン>のどちらにも所属していないただのフリーの冒険者だ。彼らとは今回の遠征で協力関係を結び、合同でこの山の攻略に来ただけだ」


「ほう、貴様の腕なら大抵のギルドから引く手あまただろうに。まあ、貴様が何者であろうと構わん。久方ぶりの強者との殺し合いだ。存分に私達・・を満足させろよ、侍」


 黒装束の少女は喜悦に顔を歪ませながら袖口からダガーを取り出して構えると、雛は彼女の背後で何かがこちらに向かってノロノロとした足取りで近づいてくる事に気が付くと共に、背中に戦慄が走った。


「……一体、これだけの人数をどこに忍ばせていたのだお前は。これ程の数の人間がいれば、流石に私が気配に気が付いた筈だ」


「当然の疑問だろうな。種明かしをすれば、私の樹宝『蠕動せし処刑迷宮ガルティス・ルヴァリエ』は、洞窟という限定された環境ではあるが、洞窟内部の構造を自由自在に造り替える事が出来る。貴様らを穴の底に落としたり、ただの土の地面や壁を鋭利な刃物に変えて敵を八つ裂きにしたり、分厚い土壁を新たに幾重にも構築して、その間に空いた空白箇所に配下を潜ませておく事も可能だ。そして、隠しておく必要がなくなった今、その壁を取り払って私の戦列に加える事にした」


 雛は、黒装束の少女にかしずくように侍る六人の彼女の従者に険しい視線を向けると共に、彼女の右手の薬指に嵌められた茶褐色の指輪に目を遣る。


「この洞窟全体が貴様の手足であり、貴様の最大の武器という訳か。何とも骨の折れそうな相手だ」


 雛は眼前の少女の背後で幽鬼のように蠢く、彼女と同様の黒装束に身を包んだ不気味な威容を前にしても絶望に顔を染める事もなく、挑戦的な笑みを口元に浮かべると、『金剛戦姫』を込める握力を強め、己が斬り伏せるべき敵を勝ち気に見据える。


「私は冒険者、九条雛だ。決闘の場においては両者が名乗るのが礼儀だぞ。お前の名を聞かせろ」


「悪いが貴様の流儀に合わせるつもりは微塵もない。それにこれは決闘といった生温いものではない」


 黒装束の少女は、圧倒的な劣勢に立たされても心を折る事なく臨戦態勢を崩さない敵に内心で賞賛の声を送りながら、右腕を肩の高さまで上げ、躊躇わずに横に一閃する。


「一方的な殺戮だ」


 少女の号令を合図に、黒衣の幽鬼達が一人の女剣士の命を刈り取るべく、一気呵成に躍り出た。

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