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第70話 蓬莱山攻略開始!

 夜が明け、柊達が水汲みに向かう道中に遭遇した魔物の群れの存在の報告を受けた<火之迦具土ひのかぐつち>と<白銀の戦乙女シルバー・メイデン>の両ギルドは、遠征に向かう筈であった人員の四分の一を野営地に残し、まだ周辺に徘徊している可能性がある魔物の捜索及び掃討に当たらせる事になった。

 柊達と両ギルドのサブマスターを筆頭にした主力陣は早朝に拠点を早々に出立し、一刻も早く魔物を殲滅して蓬莱に安寧の時をもたらそうと、蓬莱山内部に侵入するための横穴がある切り立った断崖の前にやってきたのだが……。


「妙ですね、ここに来るまでに何の襲撃もありませんでした。柊さん達が交戦したという魔物の数からして、まだ相当数の個体が跋扈ばっこしていると予想していたのですが」


「山の洞穴から抜け出してきた個体数が案外少ねえのかもしれねえなあ。これじゃあ、戦力の四分の一を削って来たのは悪手だったかねえ」


「いやいや、サブマス。もし人里に魔物が下りた時に迅速に動ける要員は確保しておいた方が無難だと思います。戦力ダウンは計算外でしたけど、柊さん達みたいな凄腕の冒険者さん達もいますし、今回の遠征でこの魔物騒動も収束に向かうと思います!」


 メイベル、御船、フレイヤの三名は大口を開けて侵略者を待ち構える巨大な横穴の前に車座になって座り込んで協議を重ねていた。

 柊は、彼らがこの場所に到達するまでに魔物の襲来が何一つなかった事を訝しみ、突入前に一時休憩を設けて話し合いを始めた様子を横目にしながら、つるに絡みつかれた茂みの傍に転がっていた手頃な岩に腰掛け彼らの体軀の向こう側で漆黒の闇を孕んだ大穴を一瞥する。


「京子、ここに来るまでの道中で昨夜の魔物の群れの気配は感じたか?」


(ううん、全く気配は感じなかった。少なくとも、私達の周囲には魔物はいないと判断して大丈夫だよ)


「じゃあ、昨日の戦いで全ての魔物が死滅したと思うか?」


(いや、全然。あんなのは氷山の一角だと思うよ。だって、柊だって気付いているでしょ、この鉄臭い匂いに)


 柊は微かに鼻先をひくつかせ、常人には気にはならない程に希釈されてこそいるが元の世界にいた頃に毎日のように鼻腔をくすぐってきた馴染み深い匂いを鋭敏に感じ取っていた。

 血の匂い。

 暗殺者として幾度となく手を鮮血に染めてきた柊と、アディス帝国による暴政が敷かれ混沌と絶望に支配されていた千年前のアルカディア・ヘヴンで戦場に立ち続けた十四人の魔王の一角である京子という、血と死臭に満ちた世界を知り尽くした者にしか感じ取る事が出来ない程の薄い匂いであったが、確かにこの場所、正確にはあの横穴の奥底から死の匂いが僅かに漏れ出しているのを二人は看破していた。


「あの奥にあの魔物が絶対にいるとは断言しないけれど、ここに来るまでに茂みや木の樹皮に動物か何かの血痕が点々と付着している箇所や、何かを引きずったような跡が幾つかあった。その痕は全てこの方角に向かって伸びていたから、捕獲した獲物をあの中か、他にもあるかもしれない横穴に引きずり込んでいったのかもね」


(あのメイベルって娘にはそれ伝えないの?)


「言い方を少し遠回しにはしてそれとなく伝えるよ。この辺りにも血痕が付着していた場所が幾つかあったから、それを根拠にしながら話そうかなと思ってる。だけど、もう少し時間を置いてからにするよ。あんまり目立ちすぎるというか、『この人はなぜそんな事をすぐに把握出来るのか?』なんて思われるのはあまり好ましくないしね」


(まあ、別にそれでいいと思うよ。ここに来るまでにそれなりの距離を歩いてきた訳だし、柊も雛ちゃんみたいにリラックスして過ごせばいいんじゃない?)


 柊が僅かに首を右側へ軌道修正すると、果物ナイフではなく『金剛戦姫』の刀身で器用に梨の皮を剥き、更に果肉に滑らかに刃を滑らせて秀麗な大鳥の姿を生み出している雛がおり、彼女の周囲には大勢の観覧客と化した二ギルドの構成員達が肩を押し付け合うようにしてその妙技に歓声を上げており、雛はそんな群衆の反応にご満悦の様子で、喜色を滲ませながら果実の入ったバスケットの中から新たな作品の材料を取り出して第二作の製作に取り掛かり始めた。


「……あれはリラックスしすぎじゃないか? いや、凄いけれども」


(私も何かリクエストしたら作ってくれるかな。……はっ!? 偉大なる巨乳魔王京子ちゃん爆誕も夢じゃないか!?)


「偽造行為に仲間の手を染めるのはちょっと駄目じゃない?」


 脳内でかつて邪悪な帝国から世界の覇権を簒奪した魔王が、偽乳処理の施された自身の彫像の製作計画に水を差されてギャーギャー喚き始めたが、柊はだんまりを決め込む事にして腰を上げ、気分転換にあてもなく歩き始める。

 一時の駐屯地となった周囲では愛用の武器の手入れに精を出す者、小腹を満たすために干した果物を口内で咀嚼する者、寝転がって昼寝をする者等、十人十色の過ごし方を実践している冒険者達の姿があり、アヤカとサーラとは互いに肩を寄せ合って木の幹にもたれて微睡んでおり、柊は優しげに口元を綻ばせる。

 その一方、セレスは岩陰に身を潜め、何やら呟いているようだったので、柊は胡乱げにそっと彼女の側に歩み寄ると、セレスは複雑な紋様が描かれたカードに向かって言葉を紡いでいる事に気付く。


「……という訳で今から魔物退治に行く予定なの。ルミアは危険な事とかしてないよね? 危ない場所や知らない人に付いていったらメッだよ」


『……現在進行形で危険な場所に赴こうとしてる貴女に言われたくはないわね。あと、今度会ったら絶対に殴るから覚悟しておきなさい。なんかイラっとしたわ』


「ひどっ!? ルミアだって、私が温泉以外魅力のない化物屋敷に泊まる事になったって言った時に爆笑したくせに、その言い草は何なの!?」


『そんな事もあったわね。まあそんな些事はどうでもいいでしょ。それよりも貴女、ちゃんと食事は摂ってるの? 睡眠は取れてる? あまり危険な行為に挑むのは控えるようにしなさい』


「うん、食事とか睡眠は大丈夫だけど、何でそんなに心配してくれるの? ……っ!? やっぱり、ルミアは私が大好き!?」


『寝言はやめなさい。誰が貴女の事なんか……』


『お嬢様も素直になったらいいのにね~。嫌な事があって不機嫌そうな顔してる時だって、セレスって娘から連絡があった時は笑みを浮かべて鼻歌混じりに自室に籠っちゃうくせに』


『<魔女の書架塔>にいた頃にあの魔女に貰った手紙も劣化しないように、魔法で経年劣化や湿気で傷まないように保存してるしな。どんだけあの魔女が好きなんだか』


『あ、あのマリエッタちゃん、ガルザ君、そんな事言ったらお嬢様が怒っちゃうよ……お、お嬢様!? 顔を真っ赤にして『骸骨姫の黒杖デッド・エンプレス』を取り出さないでくだ……』


 何やらカードの向こう側から何かが爆散する轟音と、<死霊の戯杖ロータス・ワンド>の三幹部が悲痛な謝罪の声を上げながら逃げ惑う音声が流れ込み、セレスは若干頬を引き攣らせたまま苦笑しており、「ええっと、これって一応嫌われてはいないって事でいいんだよね?」と呟き、通話状態のままになっているカードに魔力を注ぐのを止めた方がいいのか、このまま通話状態を保ったままにしておいた方が良いのか首を傾げていた。


(まあ、仲が良いのには違いないね)


 京子の漏らしたその声に柊は首肯すると、そろそろメイベル達の元に行っても良い頃合いかと考え、彼らのいる場所へと足先を向けた。




「これより、蓬莱山内部への遠征を開始する。洞窟内部では展開可能な陣形が限られるため、各々は近くにいる者達から出来る限り離れる事がないよう注意して貰いたい。それでは、出立する!」


 メイベルの気迫の込められた声にときの声を上げた両ギルドの精鋭達は、先頭に立った彼女の後に続いて横穴内部へと侵入していき、隊列の殿しんがりを受け持つ事になった柊達もそれに追従する。


「うう、緊張するなあ。柊達の話じゃ、魔物って結構グロめなビジュアルなんでしょ? 私そういうの苦手なのになあ~」


「案ずるな、セレス殿。どれほど醜悪なみてくれであろうと、一匹残らず切り捨てればいいだけの事。簡単な話だ」


「相変わらず脳筋みたいな思考ねえ。まあ、頼りにしてるわよ、雛」


「お嬢様、雛様だけでなく私も頼って下さいね」


「ええ、勿論よサーラ」


 柊の前方を闊歩する少女達を一瞥し、柊はすかさず洞窟内に魔物の気配がないか感覚を研ぎ澄ませるが、怪しげな気配は感じなかった事から、この入口付近には魔物はいない事を確認する。


「ここはとりあえず大丈夫そうだけど、この奥こそが本命だろうな」


(多分ね。警戒しながら行こう)


 柊と京子はそう言って辺りへの警戒を怠らないように意識確認を行うと、アヤカ達の背中を追って一歩を踏み出し、



「『蠕動せし処刑迷宮ガルティス・ルヴァリエ』」



 突如洞窟内に響いた聞き覚えのない女性の声を合図に、隊列の真下に底が見えない程の暗黒を内包した大穴が地面を割り砕きながら出現し、柊は空を切った足先から死の淵へと沈んでいった。

 最後までお読み頂き、本当にありがとうございます!

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