第7話 ポトフ
サーラは居間の端に設けられたキッチンで、客人に食べて貰うための料理作りに励んでいた。
背後をチラリと一瞥すると、テーブルの上に『百合百合騎士団』という、女性だけで構成された騎士団の中での女性団員同士の恋愛を描いた百合漫画を並べて、柊様とアヤカ様がお気に入りのカップリングについて白熱した議論を重ねている最中だった。
アヤカ様は白のブラウスと赤のフレアスカートという服装で、サーラが自信を持ってコーディネートしたものだ。
サーラの選んだ服を着こなした主は、「ありがとう、サーラ! これで行ってみるわ!」と満足気に力強く頷き、自分を伴って柊様たちに再び頭を下げて感謝の言葉を伝えた。その際に、アヤカ様の姿を見た柊様が若干頬を赤く染めながら、「……可愛いなあ」と呟いていたのを聞き逃さなかったサーラは、自分の見立ての目が正しかったことと、友人の美しさを認められたことに対して、嬉しさが溢れてきたのを覚えている。何故か彼が呟いた後に、「何で『この浮気者!』って怒ってるのさ、京子!」と声を荒げていたのは謎だったが。
柊様とアヤカ様はどうやらお気に入りのカップリングが同じだったようで、「「僕(私)たちは親友だ(よ)!」」と熱い握手を交わし始め、完全に意気投合したようだった。最初の頃は、サーラが昼食を作るために席を外してしまったため、男性とほとんど接したことのなかったアヤカ様はそわそわと不安気な様子だったが、柊様が「アヤカさんはどのキャラが好きなんですか?」と質問し、アヤカ様は少し躊躇いがちに、「新人団員のミリアーナかな」と答えると、「僕と同じじゃないですか! ミリアーナが騎士団のエースのアネットに惹かれていく姿がとても丁寧に描かれていて……」と柊様がハキハキとした声で魅力を語り出し、それを聞いている内にアヤカ様も肩の力が抜けたようで、元気に目を輝かせながら柊様と会話を始め、いつのまにか、二人は気兼ねなく話せる友人同士になっていた。
サーラは、咲き誇るような笑顔で時折相槌を打ちながら、新しい友人との会話を楽しんでいる主の姿に、胸が温かくなるのを感じながら、出来上がった料理をトレイに載せ、彼らの元へ足を踏み出した。
「お楽しみの最中に失礼致します。お料理が出来上がりましたのでお持ち致しました」
「ありがとうございます! テーブルの上片付けますね」
柊はアヤカと一緒に漫画の山を片付けると、テーブルを布巾で隅々まで拭き取った。
サーラが「ありがとうございます」と言ってくれたのを聞きながら、柊は彼女が眼前に配膳してくれた料理を見て涎が垂れそうになった。
目の前に置かれていたのは、大きめの器に盛られたポトフだった。具材としてソーセージ・ジャガイモ・人参がごろごろと入っており、スープは透き通るような色合いでありながらも、肉と野菜から染み出した旨味が残さず凝縮されているようで、鼻腔をくすぐる美味しそうな香りが食欲をそそる。
「食材の買い置きがほとんどなかったので、このぐらいの物しかお出し出来ず、申し訳ないです」
「いえいえ、とんでもない! 凄く美味しそうですよ、これ! 本当に頂いていいんですか?」
「はい。柊様には返しきれない程のご恩がございます。こんな物でよろしければ、お好きなだけお召し上がりください」
「では、お言葉に甘えて頂かせて貰います」
柊はまず、具材の旨味がたっぷりと染み込んだスープを掬い、啜るのではなく、スプーンをゆっくりと傾けるようにして口の中に流しこんだ。
うおっ!? これは美味い!
スープはその色合いからてっきり薄味なのかと思ったが、肉の濃厚な旨味がたっぷりと口の中に満たし、それでいて脂っこくもなかった。そして野菜の柔らかな甘さが肉の旨味と喧嘩せずに調和していて、何杯でも飲みたくなる。
柊はその欲求を抑えると、ホカホカと湯気を上げるソーセージに齧り付くと、歯を立てた瞬間にソーセージからジュワっと肉汁が噴き出し、柔らかく煮込まれた肉の美味さをより一層引き立てていた。
その後に食べたジャガイモはホクホクとした食感で、人参と同様の、野菜特有の芳醇な甘さが絶品だった。
柊はポトフを何度もおかわりし、その度に笑顔になるサーラとアヤカに眺められながら、とても温かい時間を過ごした。
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