第66話 野営地設営
蓬莱山。
皇国南部に位置する温泉の街・蓬莱を足元に置く霊山で、地元民である蓬莱の民だけでなく、皇国全土の国民が山頂の蓬莱神宮に参拝するために訪れる神域であり、竜が棲むという逸話すら残る特別な地。
平時ならば、山道を行き来する参拝人でごった返す参拝者用に舗装された山道には人っ子一人おらず、登山で疲労の溜まった参拝客達をターゲットにした甘味処や茶屋の類も戸や窓を全て閉め切って閉店しており、寂寥感を漂わせていた。
蓬莱山深部において強力な魔物の生息が確認されて以降、参拝者達や山菜や鹿や猪といった山の幸で生計を立てている農家や猟師の立ち入りも厳しく取り締められており、山の入口付近には兵士が逗留し、誤って人が入り込まないように巡回を欠かさないようにしていた。
そんな厳戒態勢の敷かれた蓬莱山の山中、一般の参拝者達が利用する整備の整った山道を外れ、多種多様な植物が繁茂する鬱蒼とした森の奥地で、
「すまないが、メイベル殿。人参はどこにあっただろうか?」
「ああ、人参でしたらあちらの天幕の中にあります。お持ちしましょう」
「アヤカ、この荷物はあっちに運べばいいかな?」
「ありがとう、柊。シーツとかの備品はあっちの天幕に全部まとめて置いてあるみたいだから、そこに運んでもらっていいかしら?」
「先輩、私にも何かお手伝い出来ることはありますでしょうか?」
「うむ、では、そこにあるじゃがいもの皮を剥いておいてくれないか?」
「はい、かしこまりました」
柊達は、<火之迦具土>、<白銀の戦乙女>の構成員達と共に野営の設営に取り掛かっていた。
料理が得意な雛とサーラは、メイベルや小春と共に昼食作りの手伝い(精霊であるサーラの姿は普通の人は視認する事が出来ないため、宙に浮かんだ包丁が次々と食材を刻んでいく若干ホラーな光景を作っていた)、柊とアヤカは今回の魔物討伐遠征のために必要な食糧や各種備品が入った木箱や鞄を指定された天幕の中に運び込んでいる。
そして、セレスはというと……、
「教えてください! どうしてバラバラになっていた筈なのに、他の仲間の仕掛けたトラップのある場所の正確な位置が分かったんですか!」
「それは、ええと、企業秘密というか……」
「俺は模擬戦がスタートしてから数分後に、気配を完全に殺してた柊の不意打ちで戦線離脱が決定しちまったが、どうしてあいつはあんなに気配を消すのが上手いんだ?」
「そ、それも企業秘密って事で……」
頬を上気させて興味津々といった面持ちのフレイヤ、実は模擬戦開始早々に柊に討ち取られていた渋面を浮かべた御船がセレスに模擬戦での柊達の戦い方等の秘密を訊き出そうと次々質問を浴びせていて、終わる気配のない質問攻めに僅かに涙目になっているセレスに憐憫と同情の目を向ける<火之迦具土>、<白銀の戦乙女>の構成員達も多くいたが、彼らも自分達のギルドの主力メンバー達を打ち破った柊達の秘密に関心があるらしく、オロオロするセレスに助け舟を出そうと両者の間に入ろうとする挙動を見せる者もいるにはいたが、どうやら好奇心の方に軍配が上がっているようで、セレスに対する質問の集中砲火にピリオドが打たれる気配は皆無だった。
「ねえ、柊。あの娘もう限界みたいだし、そろそろ助けに行ってあげた方がいいんじゃないかしら?」
「最初にフレイヤさんと御船さんが質問を始めた時は、潔く断れば向こうも退いてくれるだろうと思っていたけど、あの調子だとそろそろ割って入った方がいいかもね」
「あの娘って、答えられない事でも自分なりに何とか答えられる範囲で返答しようと頑張っちゃうし、それが態度に出ちゃうから、質問する側が中々退いてくれない事態に陥ってるのよね」
セレスは何とか当たり障りのない回答で場を乗り切ろうと悪戦苦闘しているが、中々解放される傾向には状況が好転しておらず、このまま放置するのは流石に気の毒だろう。
「ちょっと行ってくる。アヤカ、悪いけれど僕が運ぶ予定だったこの荷物を運んでおいてくれないかな?」
「お安い御用よ。早く助けに行ってあげて」
「了解」
柊は、既に涙目から半泣き状態にステージが移行していたセレスの元に向かって駆け出した。
模擬戦の結果は、三対一で柊達の勝利だった(アヤカは攻撃の威力が強過ぎて、退場扱いになってしまったのだ)。
模擬戦での評価は文句なしの合格で、模擬戦の様子を竹林に隠されていた撮影用の水晶を通して観戦していた二つのギルドの構成員達も満場一致で柊達の蓬莱山に巣食う魔物の討伐遠征への参加を快諾してくれたおかげで、模擬戦の翌日に蓬莱山に出立した二ギルドの連合軍に組み込んでもらえたのだ。
それは良かったのだが、柊達がまるで互いの位置が分かっているかのように移動したり、離れた場所にいた筈の場所に仕掛けられていた罠の的確な場所を知っていたりといった疑問点に興味を持つ者が後を絶たず、自分の担当していた仕事を皆より手早く終わらせたセレスの元にその秘密を教えてもらおうと考えた者達が群がり始めたのである。
セレスを含めた仲間達には他言無用にするよう頼んでいるので、外部の人間に洩れる可能性は低いが、一応救援に向かった方がいいだろう。
「アヤカ様、お疲れ様です。お水をお持ち致しましたので、よろしければどうぞ」
「あら、ありがとう、サーラ。ご飯の準備はもう終わったの?」
「はい、大方の工程は終了致しました。今は調理器具を洗ったり、料理の配膳等が残っているだけで、私はメイベル様からお暇を頂きましたので、アヤカ様の元に戻らせて頂きました」
アヤカは、サーラが差し出したキンキンに冷やされた水が注がれた木製のジョッキを受け取り、それを男らしく豪快に一気に呷り、喉を冷涼な爽快感が駆け抜けていく感覚に心地良さげな笑みを浮かべる。
「はあ~、生き返るわ~。水分補給するの忘れて作業に没頭してたから、最高の一杯だったわ」
「駄目ですよ、アヤカ様。水分はこまめに摂取しないと脱水症状で倒れてしまいますよ」
「次からは気を付ける様にするわ。そういえば雛はどうしたの? 配膳の手伝いとか、食器洗いでもしてるの?」
「いえ、雛様は各ギルドの構成員の方達が召し上がる料理の調理を終えてから、あり合わせの材料で調理スタッフ全員の賄いを作っておられたのですが、その手際と味の良さが皆様から大絶賛されまして……」
「良かったじゃない。あの娘の料理の腕はそこらの料理人よりも上だから、賞賛されるのも納得だわ。もしかして、褒められて上機嫌になって追加の料理でも作ってるの?」
「はい、今回の遠征のために運搬してきた食料を全て使い切る勢いで」
「サーラ、あの馬鹿を張り倒しに行くわよ」
「ふぇえええええん、柊、ありがとう助けてくれてぇえええ~」
「お礼なんていいって。僕こそ助けに入るのが遅れてごめん」
「うん、いいの、助けに来てくれただけで十分。もう少し来てくれるのが遅かったら、私今晩ルミアに『今日<火之迦具土>と<白銀の戦乙女>の人達から言葉攻めにされた』って愚痴ろうかと思ってた」
「うん、それは止めておこう、セレス。ルミアさんが二つのギルドをぶっ潰しにここまで進軍してくるから」
セレスには手厳しい態度を取っているものの、セレスを大層気に入っているあの少女がそんな事を聞けば、古城での潜伏生活を即座に投げ捨て、大切な親友を半泣きにさせたギルドの連中を皆殺しにする勢いで武装蜂起するだろう。それだけは回避しなければならない。
「だ、だって、話しちゃいけないって事は分かってるけれど、あんなに詰め寄られたら愚痴の一つも零したくなるじゃない」
「まあ、この件に関しては僕と京子の能力について言及しなければならなくなるから、部外者に昨日の模擬戦のからくりを解説するのを避けたいし、セレスが口を滑らせなくて感謝してるよ」
「だって、どうせ話したって納得なんかしてくれないでしょ。京子様の心の声を仲間の間で送受信させる事が出来る能力で私達が連絡を取り合っていたなんて」
今回の模擬戦において柊達が優位に立つ事が出来たのは、魔王である京子のその能力と、柊の暗殺者としてのスキルである気配遮断の能力を有効活用したからだ。
模擬戦が開始される竹林の集合場所に案内されている時と、開戦を知らせる信号弾が上空に向かって打ち上げられる数分間の間に柊は暗殺者時代に培った気配を絶った状態で高速移動するという離れ技を実践し、竹林内部の地形の様子を事細かに記憶すると共に、最初に竹林を見た時の目算通り、竹林の面積が京子の声が行き届くギリギリの広さである事を再確認した。
そして、模擬戦開始後に運良く御船の姿を見かけた柊は一切の気配を絶った上で彼の背後に忍び寄り、閃光の如き五連撃を浴びせて撃破した後、アヤカ達と心の中で連絡を取り合い、彼女達が自分達のいる場所の地形を報告し、柊は記憶の中からその条件に当てはまる場所を割り当てて彼女達の現在地を把握して、攻撃力に乏しいセレスをサーラが炎の魔法を使って罠を張り巡らせたポイントに誘導させた(雛は何故かこちらの呼びかけに答えず、模擬戦終了後もその理由をはぐらかされてしまい、それ以上の詮索は断念した)。
だが、こんな戦法を誰かに説明したところで理解してもらえる筈もなく、柊達はこの一件については内密にしておく事にしたのだ。
「まあ、柊がこれ以上は詮索しないでくれって釘を刺してくれたから、もう大丈夫だとは思うけど」
柊が助けに行った際、フレイヤと御船は半泣き状態になってしまったセレスを見て、自分達が精神的に追い詰めてしまった事に大きな罪悪感を感じたようで、『ご、ごめんなさい! わ、私泣かせるなんて、そんなつもりじゃなかったんです! ほ、本当にごめんなさいぃいいいい!』『わ、悪かったな、怖がらせちまって……おい、お前ら! 何だそのゴミを見るような目は! 何でフレイヤには、(ちゃんと謝って偉いねえ~、感心、感心)みたいな優しげな視線を送ってるのに、どうして俺だけ(女の子を泣かせたクソ野郎が、野垂死ね)みたいな視線を集中砲火してくるんだよ!?』といった具合で謝罪していて、柊がこの件には触れないでほしいと頼むと、何度も頭を下げながら了承してくれた。
「あの人達は悪い人じゃないから、もう安心していいと思うよ」
「うん、私もそれは分かるから、あの人達の事は信用してるし、もう落ち着いたから大丈夫」
屈託のない笑みを浮かべるセレスの表情を見て安堵した柊は、彼女を手を取る。
「雛達が昼ご飯を作ってくれたんだ。それを食べ終わったら、蓬莱山の深部を踏破するための軍議が始まるから、僕達もそれに参加してほしいんだって。セレスの好きなマンゴーもデザートで出てくるみたいだよ」
「マ、マンゴーが出るの!? 早く行こう、柊! マンゴーが他の人に食べられちゃう前に!!」
質問攻めに遭っていた時とは打って変わって、瞳をキラキラと輝かせて食事場に猛ダッシュして行ったセレスの背中が遠ざかっていく姿に柊は笑みを零し、ゆっくりと前に足を踏み出した。
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