表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/75

第63話 雛vs小春.1

 久方ぶりに再会を果たした先輩の想定外の恋愛問題について何やら煩悶していた様子の小春だったが、敬愛する先輩が、腰掛けていた岩と地面の隙間から顔を覗かせていた花の花弁を一つ一つ指差しながら、「柊殿とキスが出来る、柊殿が私を抱く、柊殿が私の作った料理を褒めてくれる、柊殿が……」と、どれが当たっても問題なしの、随分とご都合主義な設定の花占いを始め出したのを見て、慌てて腰の剣帯に差していた二刀を抜刀する。


「す、すみません、先輩! 先輩が抱えている事情や、少なくとも先輩の側には今、とても大切な人たちがいてくれていることは理解しました。ですが、そんなにやけ切った顔で花占いを満喫中のところ誠に恐縮なのですが、そろそろ模擬戦を……」


「待つのだ、小春。もうすぐ柊殿が私を抱く。それまでそこで待機だ。むっ、『抱く』に当たるまでに花弁が一つ足りなかったか。再チャレンジしたいが、この辺りで咲いている花はこの子だけか……無念だ」


 私の記憶の中にいる先輩のイメージと、目の前にいる先輩とのイメージの乖離かいりが激しすぎますよっ!? この方、昔はもっとクールだったじゃないですかっ!? いつの間にこんな残念な方向に爆走されてしまったんですかっ!?

 ご希望の花弁に到達出来ずに意気消沈してしゅんと項垂れた先輩は、花占いに使っていた花の花弁をそっと撫で、「世話になったな」と優しい声音で声を掛けると、滑らかな所作で腰に帯びていた『金剛戦姫』を抜かれました。


「花占いの結果が不本意な結果になってしまったことに落胆はしているが、勝負に悪影響を及ぼすような間抜けな真似はしないから、安心していいぞ、小春」


「は、はい、了解です!」


 小春は、かつて同じ道場で共に剣の道を邁進し、剣術においては先達である眼前の少女から一瞬でも目を離さないようにしっかりと見据えると共に、先輩の握る一振りの刀に警戒の目を向ける。

 あれは樹宝『金剛戦姫』。その能力は、腕力と蹴りの威力の大幅な強化。正直に言って、かなり厄介な能力です。

 剣と剣の勝負においては、相対者と剣を交差させる場面は当然の如く発生するし、小春は敵と鍔迫り合いになった際や、敵の剣をいなして受け流す技術も会得している。

 だが、九条雛という剣士の愛刀であるあの刀の能力を前に、鍔迫り合いや、安易に剣を交えていくことは非常に困難だ。

 なぜなら、規格外の怪力を誇る先輩の剣とまともに打ち合えば、その桁外れの膂力で剣がへし折れるか、こちらの肩や腕の骨や筋肉が悲鳴を上げてしまうからだ。

 正面から堂々と斬り掛かって行っても、あの剣で一薙ぎされれば、咄嗟に身を庇ったとしても先輩は容易にこちらの防御を切り崩してくる筈。どうやって『金剛戦姫』の能力を攻略していくのかが、勝負の肝です!


「先輩。先輩とお別れしてからも磨き続けてきた私の剣、とくとご覧にいれます。先輩も遠慮せずに『金剛戦姫』の力を使って、全力でお相手してください!」


「あ、私は今回、『金剛戦姫』の能力は一切使わないぞ」


「……えっ?」


 小春が間の抜けた声を漏らし、唖然とした表情を向けると、先輩は『金剛戦姫』の切っ先をひたっとこちらに向け、再度通告してくる。


「私はこれから始める勝負においては、『金剛戦姫』の能力は一切使用しない。今回私は、自分自身が磨いてきた剣術のみを使って、戦うつもりだ」


「……それは、私を舐めているという解釈でよろしいのでしょうか、先輩?」


 確かに、九条雛という剣士は二年前から門下生の間でも突出した剣技を身に付けた神童でした。ですが、私も先輩と別れた後も毎日剣の鍛錬を怠らず、日夜足元が覚束おぼつかなくなるまで剣を振るってきました。

 しかし、先輩の今の言葉はまるで……。


「先輩は、私がまだまだ未熟者で、『樹宝』の力を行使しなくても容易くあしらうことが出来る、弱者であるとお考えなのでしょうか?」


 小春は胸に去来した惨めさと、長く慕っていた先輩に冷たく突き放されてしまったかのような恐怖感にも酷似した焦燥感に押し潰されそうになっていた。

 私では、貴女の相手には、貴女と同じ土俵に上がらせて頂くに相応しい人間には不足なのでしょうか?

 小春が自嘲気味な笑みを浮かべそうになると、先輩はにこやかな笑みを浮かべてこちらの目をしっかりと見据えてきました。


「それは違うぞ、小春。私はお前を一人の対等な剣士として認識しているし、お前のことを軽んじてもいない」


「そ、それなら、どうして『金剛戦姫』の能力を使われないのですか?」


「小春、私は成長したお前の剣筋を何度も剣を交えながら見極めると同時に、かつてあの道場で何度も私に敗北を喫していたにも関わらず、諦観の情など微塵も見せずに幾度も勝負を挑んできた妹弟子との久方ぶりの試合である今回は、私がお前と別れた後にも研鑽を積んできた剣の腕を『樹宝』の能力に頼らずに、お前に見てもらいたいからだ」


「っ!? では、先輩は私のことを軽んじていた訳ではなかったのですね?」


「当たり前だ。お前は私が出会った剣士の中でも、愚直に剣に愛している剣術馬鹿の筆頭だぞ。大方、実家に戻ってからも道場にいた頃のようにぶっ倒れるまで鍛錬を欠かさずにしていたのだろう? そんな剣士の剣を存分に味わってみたいと思うのは、剣士のさがというものだ」


 快活な笑みを浮かべ、早く手合わせをしたいと頬を上気させてウズウズとした様子を見せる先輩の姿に、小春は苦笑し、安堵した。

 なんだ、全然変わってないじゃないですか、先輩。

 この人は初めてお会いした頃のまま、剣が大好きで、強い者と刃を交えることに高揚感を覚える荒々しさを内包した生粋の武人だ。

 勝手に侮られていると勘違いをして、肩を落としていた自分が馬鹿らしくなってきますね。

 小春は伏し目がちになっていた顔を上げ、三日月形のつばを持つ刀を握る左手を、百合の花弁を模した鍔を持つ刀を握る右手に一層力を込め、二刀の切っ先を地面に向ける。


「先輩。先輩が『樹宝』の能力を使用されないのであれば、私の『樹宝』であるこの二振りの刀の能力も使用禁止にした方がよろしいでしょうか?」


「いや、『樹宝』の能力を使わないと決めたのは完全に私の独断だ。小春が私に合わせる必要はない。全力で斬りかかってくれて、構わない。手加減など無用だ」


「かしこまりました。私の修行の成果、先輩にとくとご覧にいれます」


 小春はそう告げると、即座に身を屈め、その低姿勢の状態を保ったまま、地面を這うように疾駆した。

 小春は両手で握り締めた二振りの刀の切っ先が地面すれすれを低空飛行するように低く構え、雛の懐に飛び込むと、大蛇が牙を剥いて獲物に飛びかかるように、地面に向けていた切っ先を目にも止まらぬ速度で雛の両腕を斬り飛ばす勢いで下段からの斬り上げを見舞う。


「月宮流剣術七の型・≪蛇空≫じゃくう!!」


 真下から強襲する二つの白刃が雛の両腕を断ち切る寸前、雛は『金剛戦姫』を水平に構え、剣の腹を片手で押さえることで即席のストッパーを作り、小春の二刀による斬撃を受け止めることに成功し、そのまま両者の刃は膠着状態に陥る。

 雛の膂力りょりょくは『金剛戦姫』の能力を差し引いても同じ年頃の少女のそれを軽く凌駕しているが、小春も負けじと必死に刃を押し進めてきていて、彼女が剣だけでなく、男性の剣士と鍔迫り合いになっても押し負けることのない腕力も養っていたことを窺わせた。

 もう少しです!

 小春がさらに二刀の柄に込める力を増幅すると、二つの白刃が雛の両肩を抉り取ろうと徐々に上昇していき、雛の『金剛戦姫』の刀身が彼女の肩口の近くにまで撤退を余儀なくさせられていた。

 小春がその様子に勝機を見い出し、思わず浮足立ちそうになる足を叱責しながら、刃をさらに前進させようと視線を上げる。

 その視線の先には、微塵の焦りを滲ませず、飄々ひょうひょうとした掴みどころのない笑みを浮かべた雛の双眸がこちらの目を射竦めていて、小春がギョッとして思わずたたらを踏む。

 しかし、それでも若干前につんのめった程度であり、小春の二振りの刃は依然として『金剛戦姫』の刀身に密着しており、雛をこの拘束状態から解放してしまうような愚行を犯すには至らず、小春は安堵の息を吐く。

 その時、小春の頭上から厳かな声が小春のつむじに向かって零れ落ちてきた。


「九条流剣術十五の型・≪紅蜘蛛べにぐも≫」

 

 その言葉が耳を通り抜けると同時に、『金剛戦姫』の刀身から小春の白刃に飛び乗った「何か」が小春の両刀の刀身を強烈な忌避感を放ちながら這い回り、小春は両腕に込めていた力が一気に削ぎ落されていく感覚に戦慄した。

 っ!? 引かなければ、斬られます!!

 小春は雛を追い詰めていた優勢の状況を一切躊躇ちゅうちょなく放棄する判断を一瞬で下し、即座に背後にバックステップをして、雛の剣の間合いから緊急離脱する。

 安全圏に到達した小春は、両腕の腕力が著しく低下した謎の現象に疑問符を浮かべ、雛はそんな小春の怪訝そうな表情を見ると、一気に破顔した。


「今のは中々良い一撃だったぞ、小春。身を屈めるスピードが速すぎて、一瞬姿を見失ってしまった。≪紅蜘蛛べにぐも≫を使っていなければ、危なかった」


「……あれは何だったんですか、先輩。私には、私の剣の上、いや中までを何かが浸蝕して、そのまま私の腕の中に何かが入り込んでこようとするような危機感と嫌悪感を覚えたのですが……」


 今でも若干残っている何かが這い回ったような感触に眉を寄せながら、小春が問いを投げる。


「私が使った≪紅蜘蛛べにぐも≫は、鍔迫り合いに持ち込まれた時によく用いる、使用者の握る剣の刀身と敵の剣が密着している状態でのみ行使出来る技だ。体内で錬成した樹属性の魔力を媒介にし、それを自身の剣の刀身から敵の刀身に流し込み、敵の腕力や体力を食い荒らしていく。小春がすぐに後退したせいで、あまり力を喰らうことは出来なかったが、中々効くだろう?」


 小春は、不敵な笑みを浮かべながら泰然と剣を構える雛の姿に気圧されそうになるが、強張っていた顔を引き締め、剣を構え直す。

 そして、雛は小春が戦意の炎を灯し続けていることを確認すると、『金剛戦姫』の切っ先を小春に向けた。


「では、次はこちらから行くぞ」

 

 最後までお読み頂き、本当にありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ