第53話 マダム・エリザベス
更新が遅れてしまい、申し訳ないです。
仕事の都合で執筆時間が充分に確保出来ず、更新が遅れてしまいました。
文字数は少なめですが、次話投稿させて頂きました。
アヤカが舞台袖に消えていき、その奥から階段の軋むギシギシという音が聞こえ始め、その年季を感じさせる音が階上に溶けていくと、マダムはグッとカウンターに身を乗り出し、柊の目の前の机上に、多種多様な具材が丁寧に挟み込まれたサンドイッチの載った白い皿を置いてくれる。
「これも私の奢りだから、遠慮せずに食べてね。コーヒーだけじゃあ、お腹が膨れないでしょう? 雛ちゃんたちの分も奢ってあげるし、彼女たちもここで食べていくんだから、貴方もどんどん食べていってね」
マダムのその言葉に、柊は慌てて声を発する。
「流石に雛たちの分まで奢って頂く訳にはいかないですよ。雛たちの代金は僕が払いますよ」
「いいのよ、今日くらいは私に全部奢らせて頂戴。その代わりに、年中閑古鳥が鳴いてるうら寂しいこんな店にまた来店してくれると嬉しいわ」
「……分かりました。次にお邪魔させてもらった時には、沢山注文しますね」
「ええ、お願いするわ」
柊は軽くマダムに会釈をし、早速ご相伴にあずかることにする。
皿の上には六個のサンドイッチがお行儀よく横一列に並んでいて、左から順にハムと細切りにした胡瓜を挟んだ物、カツサンド、フルーツサンドになっており、それぞれ2個ずつ用意されていた。
柊はまずハムと胡瓜を挟んだサンドイッチに手を伸ばし、ふんわりとした生地の優しい感触を感じながら、それを口に運んだ。
薄くバターとマヨネーズが塗られたパンのモチモチとした食感が心地よく、ハムの芳醇な味わいと胡瓜のシャキシャキとした歯応えやサッパリとした風味が口内に満ちていき、柊は幸せな溜め息をつく。
そんな柊の様子に気分を良くしたマダムは、サンドイッチに使っている野菜は今朝採れたばかりの新鮮な物だけを使っていることや、パンは奥にある厨房でマダムが手作りで焼いていること等を柊に声を弾ませながら話し始め、柊は時折相槌を打ちながらサンドイッチに舌鼓を打った。
柊がフルーツサンドに取り掛かる頃合いには雛のカツ丼三人前と、セレスのマンゴーパフェも運ばれてきて、玉子でとじられた肉厚のカツが湯気を立てる姿と、マンゴーをこれでもかと載せ、純白の生クリームをふんだんに盛ったボリューム感満点のパフェは見ているだけでも唾液が溢れてくる。
雛は丼の前で手を合わせ、「頂きます」と行儀よく言ってから箸を取って食べ始め、セレスも雛におずおずと「い、頂きます」と手を合わせてから甘味の峰にスプーンを差し込んで掘削し、マンゴーと生クリームを器用に一匙掬い、期待に胸を弾ませながら口の中にそれを迎え入れると、頬に手をやって天にも昇るような恍惚の表情を浮かべ、余程お気に召したのか、倍速で動いているのかと錯覚しそうな素早い速度でパフェを口に運び始めた。
「あらあら、そんな風に食べてもらえると、精一杯作った甲斐があるわねえ~」
「アヤカちゃんが頼んだパンケーキは、アヤカちゃんが戻ってきたら焼くから安心してね」
従業員の男性たちは口角を上げた笑みを浮かべ、本当に美味しそうに食べる二人の食事風景に満足して舞台袖に引っ込んでいった。
柊とマダムもそんな二人の幸せそうな表情を見ていると、自分が料理を作った人間ではないのに胸が温かくなってくる。
「ふふっ、雛ちゃんの惚れ惚れするような食事風景は見慣れているけれど、セレスちゃんも良い顔をしてくれるわねえ~。お客さんがあんな風な顔をしてくれると、特殊な店ではあるけれど、飲食店を経営していて良かったって思うのよねえ~」
「マダムはずっとこのお店を経営されてきたんですか?」
「いいえ、まだこのお店を開いて十年も経ってないの。店を持つ前は冒険者をやっていたのよ。念願の自分の店を開いたのを機に引退したけれど、これでもAランク冒険者だったんだから」
「Aランク!? 本当に凄いじゃないですか!?」
ギルド会館のブレンダさんから聞いた話では、達成不可能とされている最難関の特別クエストをクリアした冒険者のみに与えられる最高位の冒険者ランクである「Sランク」の称号を手にしているのは現在十二人おり、規格外の存在である彼らを除外すると、Aランク冒険者というのは無数の死線を生き抜き、何千、何万という膨大な依頼を達成してきた超一流の冒険者だけがなることが可能な、多くの冒険者が夢見る一つの到達点である。
Aランク冒険者の数は少なく、その多くが大規模ギルドのギルドマスターを務める程の精強な猛者揃いであり、Aランク冒険者が一人でも所属していれば、そのギルド全体の信頼度や知名度は爆発的に跳ね上がるらしく、組織内においても非常に高い立ち位置に立つこともしやすくなる等、お得な特典がセットで付いてくるらしい。
だが、一度冒険者を辞めてしまうと、SランクであろうとEランクであろうとその地位は雲散霧消してしまうため、高ランク冒険者まで上り詰めた者程、冒険者を引退することを忌避する傾向がある。
その冒険者としては安泰の地位であるAランクという称号を捨ててまで、自分だけの店を持ちたいという店を叶えたマダムを嘲笑する人間もいるかもしれないが、自分の夢の実現のために冒険者を辞めたことに対する後悔や未練の情を微塵も表情に出さずに穏やかな微笑みを浮かべるマダムの姿を見た柊は、そんな彼(彼女?)の決意の強さに自然と感服してしまう。
「全盛期の頃に比べると、肉体的にも衰えてきちゃってるのは自覚してるけれど、今でも鍛錬は欠かしていないわ。それに、柊君だって相当な実力者でしょ?」
「いえ、僕なんてそんな……」
「そんな謙遜しなくていいのよ。貴方は冒険者になったばかりでEランクからのスタートをしたばかりみたいだけれど、Aランクか、かなり低く見積もってもBランク冒険者の上位陣クラスの実力は既に持っていると私は思うわ。貴方の中には研ぎ澄まされた抜き身のナイフが隠されている気がするの。……まあ、これは女の勘なんだけどね♡」
お茶目なウィンクをして柊の前に置かれた空になった皿を下げてくれたマダムはそれ以上は詮索することはしなかったが、柊は内心では舌を巻いており、殺気や警戒心を表に出さないようにする訓練をやり直した方が良いのだろうかと真剣に悩み始めた。
最後までお読み頂き、本当にありがとうございました!




