第49話 新たな仲間
柊たちはセレスと合流した後、<死霊の戯杖>が行った破壊活動の爪痕が残るフォートンに戻り、通りを駆け足で行き交いながら関係各所と連携を取っている衛兵たちを何度も目にし、ルミアたちが早々にフォートンから離れた選択は間違っていなかったことを確信した。
エマやマリエッタたちが纏っていたローブに描かれていた<死霊の戯杖>の紋章から、今回の騒動は闇ギルドによる犯行であることが町の掲示板に貼られた貼り紙で市民に対して説明されていたが、彼らが何の目的でそのような凶行に走ったのかについては現在捜査中であり、有力な情報を持っている人は衛兵詰所にご一報を! という文言が多額の報奨金の数字が添えられて書かれていたことから、現状ではルミアたちに捜索の魔の手が伸びる心配はないだろう。
それでも念のため柊は、街の隅で敷物を敷いて珍妙な薬草類を並べ、それらが売れるのを気長に待っていた行商人風の男にそれとなく探りを入れてみたが、フォートン周辺の街道では特に検問等は設置されていないとのことだったので、ルミアたちはこのまま順調に逃げおおせるだろうと判断し、一度実家に戻ると言ったセレスと途中で別れ、この都市に来た本来の目的である女神を殺さずに救済するための手がかりを求めて図書館に向かったのだが……。
「……まさか、閉館しているとは」
「図書館の目の前にある広場がド派手に崩壊した上、正体不明の魔導士同士の戦闘が行われたようだから現場を精査するため、当分は開館を延期するらしい。予定が大幅に狂ってしまったな、柊殿。そして、正体不明の魔導士A」
「仕方ないでしょう!? あいつは手加減して倒せる相手じゃなかったんだから!」
「まあまあ、アヤカ様。私も実行犯ですから、アヤカ様だけのせいではありませんよ」
柊たちは図書館に向かったはいいものの、図書館の周囲一帯にはバリケードが至る所に設置され、物々しい装備で武装した大勢の警邏隊も巡回しており、図書館に通じる通りの各所に図書館は無期限の閉館状態になる旨を記した立て看板が設置されていて、柊たちは意気消沈して宿泊先の宿屋に帰還したのだ。
「開館する日までここに滞在するってのはどうなの?」
「それが出来たらいいんだけど、開館日が来る前に宿泊費を払う路銀が尽きてしまうよ」
「じゃあ、私たちが戦ったあの湖の島に滞在するのはどう? あそこなら雨露は凌げそうだけど」
「衛兵さんたちが話していたのですが、あの島にも近々捜索の手が伸びるようで、関係者以外の立ち入りは厳しく取り締められるそうです。なので、それも難しいかと……」
「だがせっかくフォートンに来たのに、このまま何の収穫もなく吉野に帰るのも勿体ない気がするな。どうにかならんものか……」
(皆、ごめんね。私の記憶が所々抜け落ちてさえいなければこんなことには……)
「京子のせいじゃないよ。記憶の大半が失われているのは、世界樹を脱出する時に無理矢理魂と肉体を引き剥がした後遺症なんだから、君が気にする必要なんてない」
「柊殿の言う通りだ、京子殿。図書館は駄目でもここは本の都・フォートンだ。古本屋等を巡っていけば女神関連の書籍も多少は見繕えるだろう」
「きっと、そうよ。セレスが戻って来たら皆で街に繰り出して本屋巡りに行きましょう」
先行きは不透明であり、行き当たりばったりな状況は変わらないが、一先ずセレスがこの部屋に戻ってくるまでは疲労の溜まった体を休めることにし、柊たちは部屋の中央に置かれた椅子に腰掛け、柊の隣に雛が座り、柊の対面にアヤカ、アヤカの隣にサーラが座る。
「……何か色々と大変だったわね」
「まさか、闇ギルドと戦うことになるとは思っていませんでしたからね」
「まあ、そのおかげでセレス殿にも会えたし、偉そうな言い方になるかもしれんが、あのルミアという少女も道を踏み外さずに済んだのだ。そう悪いことばかりでもなかったのではないか?」
「まあ、確かにね。あっ、そうだ。ちょっと不思議に思ってたんだけど、『樹宝』って基本的にはアディス帝国や女神と戦うために作られたものなんでしょ?」
(まあ、戦闘向きの物ばかり作った訳ではないけれど、基本的にはそうだよ。それがどうしたの、アヤカちゃん?)
「死者を蘇らせる『魔骸の書』なんて物をどうして魔王の人たちは作ったのかなあってちょっと疑問に思ったのよ。どうしてなのかしら?」
アヤカが疑問符を浮かべながら口にしたその問いに柊たちは興味をそそられるが、気軽につついて良い話題なのか判断に困り、京子に返答を促して良いものかと考え込んで閉口してしまい、空気が若干気まずげになる。アヤカも自分の質問は失言だったのかもしれないと不安になり、先程の質問を取り下げようかと口を開きそうになるが、(それはね……)と京子が言葉を響かせたので、彼女の言葉に耳を傾けることに意識を切り替える。
(私も『魔骸の書』の存在自体は知らなかったの。『樹宝』は魔王たちが個人個人で独自に作っていた物だから、同じ魔王同士でも詳しい能力を知らない『樹宝』も多かったし、お蔵入りにした物も多かったの。でもね、≪闇の魔王≫がデカ乳女……≪水の魔王≫から、「死者を蘇らせる『樹宝』は作れると思いますか?」って相談を受けたって話をしてきたのは覚えてるの)
「……≪闇の魔王≫は≪水の魔王≫に何と返答したのだ?」
(「色々と制約はあるけれど、作れることは作れる。でも使うことはオススメ出来ない」って答えたみたい。その後に≪闇の魔王≫が≪水の魔王≫と一緒に死者を蘇らせる『樹宝』を作ったのかどうかは分からない。だけど『魔骸の書』なんて物が実在していた以上、あの二人は作っちゃったんだろうね。実際には使ってはないだろうけど)
「……どうしてそう言い切れるの?」
(あの女が蘇らせようとした人間を私は知ってるの。でももし蘇生させたなら、あいつなら絶対私たちの前に連れて来た筈なの。だけど、あいつは一度も連れてくることなんかなかった。『魔骸の書』を作ったものの、結局は使わないことに決めたんだと思う)
懐古的な声音でそう断言する京子の確信めいた力強い言葉に柊たちが、彼女の仲間に対する強い信頼の情に笑みを返し、彼女がそれ程まで信頼を寄せる魔王の面々にいつか対面してみたいものだと感じていると、
バンッ!!
部屋の扉が大きな音を立てて開き、パンパンに膨らんだ鞄を背負い、ハアハアと荒い息を吐くセレスが入室し、柊たちを順に見遣ると、自らの豊満な胸元に手を当て深呼吸をする。彼女の顔には玉のような汗が噴き出しており、まるでこの宿屋まで全力疾走してきたかのようだった。
呼吸を整えたセレスは、何事かと怪訝そうな表情で顔を見合わせる柊たちに頭がもげるのではないかと心配になる勢いで頭を下げる。
「私を貴方たちの仲間にして下さい!!」
部屋中に響き渡る大きなボリュームの声量で放たれたその言葉に柊たちは呆気に取られ、一向に頭を上げる気配のないセレスの真摯な態度に思わず息を呑むと共に、かなりの重量を誇るであろう彼女の背負っている鞄が頭を下げ続けているせいでずり下がり、彼女の後頭部を圧迫し続けていて、「ぐっ、おおおっ、おうっ……」という苦悶の声を漏らし始めたセレスが結構ヤバそうだったこともあり、とりあえずセレスに着席を促す。
セレスはテーブルの短辺の部分の前に置かれた椅子に座ると、スカートのポケットから一枚の細い茶封筒を取り出した。
「セレス殿、それは何だ?」
「さっき実家に行ってきたら郵便受けに入ってたの。差出人は<魔女の書架塔>で、勝手に本部を飛び出して行った私は無期限の停学処分になったって通知が入ってた。まあ、除籍処分にならなかっただけでもマシな処分だね」
「無期限ということは、本部に戻れるのは当分先という解釈でいいの?」
「ううん、柊。停学扱いにはなっているけれど、『無期限の』が頭に付いた場合は基本的に<魔女の書架塔>に籍だけはあるものの、一生本部の敷居を跨ぐことは許されないと考えていいの」
「そんなぁ!? それじゃあ、貴女これから研究活動が出来ないんじゃ……」
「<魔女の書架塔>では一生出来ないね。それに加えて、このままフォートンで腰を据えたとしても目ぼしい史料なんてほとんど発掘出来ないだろうから、私の研究活動は本来なら終わり。だけど、私はお祖母様の残した研究を途中で投げ出す気はないの。でもね、貴方たちに付いていきたい理由の中には、≪時の魔王≫である京子様に色々とお話をお訊きしたいという下心もあるけれど、一番大きいのは貴方たちと離れたくないなあって思っちゃったからなの」
セレスは口角を上げて気恥ずかしそうな笑みを浮かべ、むず痒そうに身を捩る。
「皆は私の身勝手なお願いを聞き届けてくれて、大怪我をしても最後まで私に付き合ってくれた。それが本当に嬉しかった。だから今度は私が皆の助けになりたいの。……駄目かな?」
セレスはビクビクと怯えたような視線で柊たちの顔を順繰りに見遣るが、柊たちの答えは当然決まっていた。
「うん、こちらとしても魔王への造詣が深いセレスがいてくれると心強いし、勿論OKだよ」
「うむ、私も全く問題ない。よろしく頼む、セレス殿」
「よろしくね、セレス。このパーティーって攻撃方面に尖りすぎてるから、貴女みたいなサポート系の魔法が使える人がいると嬉しいわ」
(色々記憶が欠落しているからセレスちゃんに満足してもらえるようなことが話せるかは分からないけれど、これからもよろしくね)
「私の姿をセレス様にご覧になって頂いたり、お声を聞いて頂くことは出来ませんが、よろしくお願い致します」
柊たちが温かい歓迎の意思を示してくれたことにセレスは思わず感極まってしまい、涙腺が崩壊して机に突っ伏して「ありがとう、本当にありがとう」と何度も感謝の言葉を零した。
柊たちはそんな彼女を微笑ましく見守り、四人の手がセレスの頭を優しく撫で続けた。
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