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第48話 またね

 柊たちと<死霊の戯杖ロータス・ワンド>の面々は互いに停戦する旨を受諾し、<死霊の戯杖ロータス・ワンド>が海岸の岩場地帯に密かに停泊させていた数隻の船に乗船して空が白み始めた頃に出航し、対岸に接岸後、フォートンから離れた雑木林の奥まで移動して、やっと一息をついた。

 セレスと柊の大怪我は、ルミアに返還してもらった『聖女の寵愛ホワイト・ホルダー』の能力で既に完治したが、体力だけは回復することが出来ないので、異常にタフな柊を除いたセレスは結構なグロッキー状態だ。

 柊たちはそれぞれ<死霊の戯杖ロータス・ワンド>のメンバーたちと軽く言葉を交わして別れを告げ、今はセレスを残して少し離れた雑木林の中で待機していて、<死霊の戯杖ロータス・ワンド>の構成員たちもギルドマスターであるルミアを残し、雑木林の中に事前に隠しておいたほろ馬車に群がって荷物の積み込み作業を始め、出立の準備に取り掛かっている最中だ。

 セレスは寂寥せきりょう感を滲ませた微笑を浮かべ、ルミアはばつの悪そうな顔を伏せて向かい合っていたが、このまま互いに黙りこくっていても埒が明かないと判断したルミアが口火を切った。


「どこか行く当てはあるの?」


「ここからもっと西に行った先に人が寄り付かない深い森があって、その森の奥に寂れ切った小さな古城があるの。そこが私たちの所有するアジトの一つだから、しばらくはそこで大人しくしてるわ。この町では派手に暴れちゃったから、衛兵や<魔女の書架塔>に足取りを辿られる前に退散しないとヤバそうだしね」


「……お母さんと妹さんは?」


「お母様とミリアムも一緒に連れて行くつもり。『魔骸の書』はなくなったけれど、二人に掛けられている魂を保存する魔法はあと十年以上は解けることはないから、まだまだ一緒に暮らすことになるわ。二人を埋葬するにしても、鬱蒼うっそうとした暗い森の中で眠ってもらうのは忍びないから、いつになるかは分からないけれど、故郷であるルスキア法国に帰ることが出来る日が来たら、そこで二人を眠らせてあげるつもりなの」


 そう言ったルミアの表情は疲弊してやつれてはいたが、どこか吹っ切れたような笑みを浮かべていて、そこから肩の荷が下りたような安堵めいたものを読み取ることが出来たので、セレスはホッと胸をなで下ろす。

 ルミアはそんなセレスの仕草に口元を緩めるが、すぐに神妙な顔つきになり、そんな彼女の改まった表情に怪訝そうに首を傾げるセレスに深々と頭を下げた。


「えっ、ちょっ、ルミアどうしたの!?」


「本当にごめんなさい。貴女には沢山迷惑をかけてしまったわ。貴女、無断で<魔女の書架塔>を抜け出して私を捜しに来てくれたのでしょう? 貴女は魔王を研究するために<魔女の書架塔>に入ったのに、最悪除籍処分になるかも……」


「ああ、別にもう除籍処分になってもいいの。だって、もう少ない史料を探して色んな所を駆けまわる必要なんてなくなったから」


 全然気にしないでいいよ~、と手をヒラヒラと横に振りながら余裕の笑みを浮かべるセレスの姿にルミアは開いた口が塞がらず、口をポカンと開けたまま放心してしまう。

 セレスは初めて目にしたルミアの呆けた姿にお腹を抱えて笑い出し、ルミアは目の前で大笑いしているセレスの姿に眉をピクピクと震わせて憤然としていたが、次第にルミアもクスクスとした笑みを漏らし始め、二人の少女のかしましい笑い声がしばらくの間静謐せいひつな森に木霊こだまする。


「ふふっ、でも本当に大丈夫なの? 貴女あんなに熱心に研究に没頭していたのに」


「うん、だってご本人がいらっしゃるからね。ほこりを被った古臭い文献を読み込むよりも、充実した研究が出来そうだから全く問題なし」


「……えっ? それってどういう……」


「ほらほら、そろそろ出発しないといけないんじゃない? もう出発する準備は出来たみたいだし」


 セレスが指差す先を目で追うと、隊列を組んだ行商人の一向に扮した<死霊の戯杖ロータス・ワンド>の構成員たちが幌馬車に乗り込んでおり、エマやガルザ、マリエッタたちが指揮を取りながら隊列に綻びや不備がないかをチェックしている姿が目に飛び込んできた。そして先頭の幌馬車の上にはオリクスが退屈そうに寝転んでおり、文句も言わずに出発をジッと待っている様子に自然と口元が綻ぶ。


「そうね、そろそろ行くわ。セレス、本当にありがとう」


「ううん、こちらこそ。色々ルミアにはお世話になりっぱなしだったから、本当にありがとう。……また会えるよね?」


「うん、きっと。しばらくは隠遁生活を送るしかないから会うことは出来ないけれど、その時間を使って今後私たちがどうしていくのかを決めていくつもり。今度は一人だけで考え込まずに、皆と腹を割って話し合っていくわ」


「それがいいよ。あの人たちならルミアの支えになってくれる筈だから、胸が苦しくなった時は気兼ねなく吐き出しちゃえばいいと思う。きっとあの人たちはそれを重荷とは思わないよ。むしろ、ルミアが頼ってくれることが嬉しくて飛び跳ねちゃうかもよ」


「ふふふっ、貴女の言う通りにさせてもらうわ。じゃあ、これは私からの餞別せんべつよ」


 ルミアが懐から取り出したのは一枚の黒いカードで、裏表に精緻で複雑な意匠の魔法陣が特殊なインクで描かれており、高難度の魔法が施された一品であることが窺えた。


「それは私お手製の通信用の魔道具よ。離れた場所でも会話が出来るの。もし貴女がどうしようもない程の困難な問題にぶつかった時は、絶対に駆け付けるわ。使い方は……」


 セレスはルミアからカードの使用方法を説明され、使用の際には連絡を行った側の魔力が消費され続けること等を教えられると、「魔力はこっち持ちでいいから、非常時に限らず毎日連絡していい!?」とルミアに暑苦しく迫り、別れの挨拶も省略して本気で逃げ出そうとしたルミアを羽交い締めにし、彼女が首を縦に振るまで拘束した(解放した途端にガチのグーパンがセレスの顔面を撃ち抜いたが)。

 離れ離れにはなるが、毎日親友と言葉を交わせることが出来るようになって浮かれまくるセレスを白い目で睥睨へいげいしていたルミアだったが、早朝に街道を行き来する行商人や旅人の人混みに紛れて逃走する必要があるため、そろそろ出発しないと街道に出る丁度良い頃合いに遅れてしまうことに思い至り、ここが引き際かと嘆息する。


「じゃあ、セレス。私たち行くわね」


「うん、毎日十回は連絡する」


「殺しに行くわよ」


「じゃあ、九回なら……」


「私の持っているカードも焼き捨てようかしら」


「ごめんなさい、冗談です!! だから無言でその指先に灯した炎を消して、ルミア!?」


 多少のゴタゴタがありながらも、二人は互いに誰からともなく腕を伸ばし、ギュッと抱き締め合う。


「また会おうね、ルミア」


「ええ、セレス」


 二人は数十秒程力強く抱き合い、互いに名残惜しさを感じながらも同時に離れて声を揃える。


「「またね」」


 一人の少女は長年側に寄り添い続けてくれた沢山の家族の元に歩き出し、一人の少女は出会って日が浅いものの、大切な仲間たちが待ってくれている林の奥へと歩き出し、二人は一度も振り返ることなく前だけを見据えて歩き続けた。

 最後までお読み頂き、本当にありがとうございました!

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