第44話 親友vs親友.3
セレスは体内で魔力を錬成しながら、どうルミアに攻め込めばいいのか苦悩していた。
セレスは、防御や補助の魔法に関しては自信があるが、攻撃魔法を習得していないため、多種多様な攻撃魔法を自在に行使するルミアと比較すると、どうしても火力では劣る上、ルミアの一方的な攻撃をただただ防ぎ続けるだけになってしまい、戦闘においては後手に回ってばかりになるのだ。
京子様のおかげで大怪我こそしていないものの、こちらからも攻め込まなければいずれ魔力が枯渇して自滅するだけ。柊に託された黒刀も、ルミアに接近することすら出来ていない今の自分では宝の持ち腐れだ。
考えるしかない。自分の持ちうる手札を上手く使いながら、ルミアにダメージを与えられる方法を。
だが、自分には補助的な魔法や、強固な盾を作るしか能がないし、有効そうなものは何もない。
セレスは、もうすぐ魔力を練り終わるルミアが黒杖を強く握り締めたのを視界の端で捉え、彼女が魔法を発動させる準備に取り掛かろうとしているのだろうと察した。
マズイ! ルミアの攻撃が来る! 今錬成している魔力は、≪純白の聖盾≫を硬くすることに集中させるしか……
……あれ? 硬い盾が作れるのならもしかして……。
「セレス、あなたが何も仕掛けてこないのなら、こちらから……」
「ううん、ルミア。次は私からいくよ!」
「? 攻撃魔法が使えない貴女が何をする気なの? その刀で斬りかかるつもりなら、諦めた方がいいと思うのだけれど。その刀が私を捉える距離まであなたを近づける気なんてないのだから」
「まあ、見てみなさい。≪純白の聖盾≫!!」
セレスは、錬成した魔力の全てを注ぎ込んで自分の真正面に長方形の純白の光の板を十枚展開させると、そんな物を出してどういうつもりなのだと眉根を寄せたルミアの表情に苦笑を漏らしながら、自分にとって最硬の盾であり、自分にとっての最硬の武器に希望を載せながら命じる。
「いっけぇええええええええええええええええええ!!」
十枚の守護板はセレスの声に応じ、ルミア目掛けてそれぞれ凄まじい速度で加速した。
「っ!?」
ルミアは、自分目掛けて猛烈な勢いで追突しようとしてくる十枚の大きな光の板に瞠目し、急いで≪漆黒の禍星≫を放って板を粉々に粉砕しようと試みるが、発射された黒の砲弾は光の板に呆気なく弾き返されてしまい、あらぬ方向に着弾してしまう。
硬すぎるっ!? あんなもので撥ね飛ばされたら、こっちの身が持たないわっ!!
一人の少女を守り抜くために行使されてきた光の板は、その少女の親友を追い詰める高速の凶器となって疾駆し、ルミアはこのような使い方を思いついたセレスの慧眼に脱帽する。
型破りな娘だとは思っていたけれど、ここまでやるなんて!?
ルミアは、さあこれならどうだ! という得意げな笑みを浮かべるセレスの顔に、自分が追い詰められている状況にも関わらず、自分が思わず口元が綻ばせていることに気付き、ハッとして頬を紅潮させた。
「やるじゃない、セレス。でも、私も負けないわよ。 ≪幻影円舞≫」
ルミアは即座に錬成した魔力で、自身の影からぬうっと黒い人影を十人出現させ、それを≪純白の聖盾≫たちの前に配置した。
それは全員がルミアと瓜二つの容姿と服装を模して造形された幻影で、猛然と突っ込んできた≪純白の聖盾≫に激突された彼女たちの全身を凄まじい衝撃が襲うが、その衝撃が体内に内臓された魔力の集積体に伝わったことで起爆し、彼女たちの体が内側から大きく爆ぜ、凄まじい爆炎が光の板を全て粉砕した。
自信満々に送り出した自慢の盾たちが木っ端微塵に砕け散った光景にセレスはポカンと口を開けて呆然とするが、すぐに憤然とした表情でルミアに人差し指を何度も突きつけ、猛然と抗議をした。
「き、汚ぁああああああああああああああっ!! ルミア、ズルいよそれは! 」
「これも立派な戦法よ。さあ、これで私との力量差がはっきりしたでしょ。貴女はさっさと<魔女の書架塔>に帰り……」
「ぬぉおおおおおおおおっ!! 今度は二十枚追加製造!!」
「ちょっ、貴女馬鹿じゃないの!?」
少女たちは、互いに<魔女の書架塔>にいた頃のような笑みと口調になっていることに一切気付かないまま、再び魔力を練り上げて勝負を続行させる。
セレスが追加で作り出した≪純白の聖盾≫は、最初の時とは異なり、真っすぐルミア目掛けて直進するだけではなく、五枚は上空に舞い上がると同時にルミア目掛けて降下を始め、四枚がルミアの右側から、四枚がルミアの左側から、七枚がルミアの正面から勢いよく加速してきており、ルミアはその光景に頭を抱えたくなるが、意識を無理矢理切り替えて迎撃に移行する。
「≪魔刃の凶星群≫」
ルミアが黒杖を天高く突き上げると、ルミアの頭上に数えるのも面倒臭くなる程の闇の魔力によって成形された漆黒の剣の軍勢が展開され、ルミアが黒杖を前に振ると≪純白の聖盾≫に向かって勢いよく射出され、セレスの方にもついでに数十本をプレゼントした。
無数の剣の砲撃によって全ての≪純白の聖盾≫が粉々に消し飛ぶ中、上空から数十本の剣の群れが突っ込んできたセレスはお腹の底から甲高い悲鳴を上げた。
「嫌ぁあああああああああああああああっ!! 死んじゃうぅううううううううううっ!!」
(セレスちゃん、とりあえず猛ダッシュ!! 私が後ろを見てあげるから、全力で走って!!)
セレスは、地面を深々と抉っていく黒剣に背を向けて全力疾走し、頭の中に響く京子様の(右! 次は左!)という声を聞きながらジグザグに逃げ回り、何とか全ての剣を回避し切ったことを確認すると、一振りも当てることが出来なかったルミアが軽い舌打ちをしているのを見咎めた。
「ちょっと、ルミア! どうしてあなた、そんなにバンバン魔法を使いまくっているのに、魔力が底を尽きないの!?」
「それはこっちの台詞なのだけれど……。あなたの魔力量多すぎでしょう。それから、私が魔法をバンバン使えるのはこの杖のおかげなのよ」
「その悪趣味な杖のおかげ?」
「この『骸骨姫の黒杖』の能力は、闇属性の魔法を使用する際に消費する魔力量を四分の一に削減することが出来るの。だから、私はまだ戦え……えっ」
自身が手にしている『樹宝』の能力を冷静に解説していたルミアの表情が突如強張り、何故か顔を俯かせてしまった姿を見たセレスは、怪訝な顔つきになる。彼女のその姿にセレスは困惑と、今の内に攻め込んだ方が良いのではないかという思いがごちゃ混ぜになってしまい、結局様子見を行うことにした。
「……そう、敗れてしまったのね、オリクス。私の醜い我が儘に付き合ってくれて、本当にありがとう」
ルミアは掠れたか細い声で声を零し、大切な人が目の前で消えてしまったかのような寂寥感の滲んだ表情を浮かべながら袖口で目元を拭うと顔を上げ、悲壮な覚悟を浮かべたルミアの表情にセレスは心臓が突然鷲掴みにされたかのような胸の痛みと、どうしようもない程の危機感を感じた。
ルミアの顔は、彼女の心を支えていた一つの柱がへし折れてしまったのかのような喪失感と、自分の傍らに立ち続けてくれた人が突如消え去り、何もない寂しい荒野に一人だけ放り出されてしまったのかのような孤独感で彩られていて、心の中で何かが壊れてしまったことを思わせる力ない薄ら笑いを浮かべている彼女の姿を直視し続けることが、セレスは苦しくて仕方がなかった。
「ルミア……何かあったの?」
そう問いを投げかけるのには相応の覚悟を有したが、もう彼女が何かに傷付き、色々な物を自分で抱え込みすぎて潰れていく姿を側で傍観しているのは耐えられなかった。
ルミアは虚ろになった瞳をセレスに向け、覇気のない笑みを浮かべたまま口を動かした。
「私の大切なもう一人の友が、今倒れてしまったの。私は彼に色々な物を背負わせてしまった。過去ばかりに囚われている私の頭を不器用な手つきで撫でてくれた。私のあげた帽子を肌身離さず身に付けてくれた。私の焼いた黒焦げのアップルパイを何も言わずに食べてくれた。彼には感謝し切れない程の贈り物をもらった。もう本当に私一人だけしか残っていないけれど、私は……私は……彼が認めてくれた私の願いを叶えてみせる」
ルミアの言葉を完全に理解することは出来なかったが、彼女が『魔骸の書』の発動させる意思をさらに強固なものにしたことだけはセレスにひしひしと伝わってきた。
セレスはお守りにように黒刀の柄をギュッと掴み、体内で魔力を錬成させて即座に魔法を発動出来る態勢を整え、ルミアがどのような魔法を発動させても臨機応変に対応出来るよう、ルミアの挙動に意識を集中させる。
セレスが険しい視線を向ける中、ルミアは小さく独り言を零すような声量で『樹宝』を発動させた。
「『愚者を縛る黒鎖』」
セレスの周囲の虚空に突如波紋が広がり、その中から不意に飛び出してきた四本の黒鎖がセレスの四肢に巻き付き、セレスが錬成していた体内の魔力が跡形もなく消滅した。
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