第43話 雛vsオリクス.2
「……全属性の魔力の錬成を同じ速度で行えるような天才がいるとはな。我が主も魔法の才覚には突出したものがあるが、貴様のそれと比較してしまうと霞んでしまいそうになるな。魔導士に転職すれば、歴史に名を遺す程の大魔導士になれるかもしれんぞ」
「生憎と剣にしか興味がない剣術馬鹿でな。歴史なんぞに名を遺すよりも、自分の好きな剣でどこまで高みに登り詰めることが出来るかの方が私にとっては魅力的なんだ」
「ほう、そうか。では我と剣を交えてみるのも、一興であろう。出でよ、『憤激の解体剣』」
オリクスがそう呟くと、彼の足元に黒い染みのような斑点が染み出し、その染みの中から一振りの両刃の大剣が出現した。
大剣の柄は両手でしっかりと握ることが出来るように長く作られており、分厚い両刃の刀身には奇怪な文字が彫り込まれていて、まるで呪術儀式に使用されるような装飾剣のような姿をしていた。
オリクスは大剣の柄を両手で握り締めて上段に構えると、一気に雛の間合いに向けて踏み込んだ。
雛は奇怪な剣の意匠に向けていた意識を切り替え、俊敏な動きで間合いを詰めてきたオリクスを迎撃するべく、『金剛戦姫』の能力を発動して膂力を爆発的に跳ね上げることで大剣の一撃を受け止めようと刀を中段に身構え、足全体にも力を込めることで、オリクスの剣圧に押し負けないように踏ん張る準備を整える。
オリクスが雛の剣の間合いに侵入し、雛の頭蓋を両断するように上段からの振り下ろしを敢行すると、雛は中段に構えた刀を斜め左に向けて斬り上げ、両者の剣が鍔迫り合いに持ち込まれた。
最初は『金剛戦姫』の能力を解放した雛の刀とオリクスの大剣が互いに一歩も退かない膠着状態に突入するが、肩を負傷している筈のオリクスがさらに膂力を込め始めたことで、雛の『金剛戦姫』が次第に押され始め、愛刀の刃が徐々に雛の頬に向かって後退し始めたことに雛は焦燥感を露わにする。
予想以上に重いっ!? 『金剛戦姫』で強化している私の膂力を凌駕するだとっ!?
雛は、全身の骨が軋み上がるような圧力に思わず膝を突きそうになるのを懸命に堪えるが、自身の握る刃は刻一刻とこちらの頬肉に到達しそうになっている。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「何だとっ!?」
これ以上持ち堪えることは困難だと判断した雛は、両腕を大きく上に向かって上げることで刃をあえて大剣の頂へと滑らせ、僅かだが自身の剣とオリクスとの間にスペースを設けると、全力で背後に後退した。
後退した際に雛の刀が離れたことでオリクスの大剣が凄まじい速度で真下に振り下ろされ、雛の豊満な胸元を掠めたが、間一髪でその一太刀を回避することに成功した。
雛はすぐさまオリクスから距離を取って射程圏外へ離脱するものの、額からは冷や汗がポタポタと垂れ、それが目に入ってくることがどうにも鬱陶しかった。
「とんでもない怪力だな。剣と剣の勝負において、私が鍔迫り合いで押し負けたのは本当に久しぶりだ」
「貴様の膂力も称賛に価する。まさか逃げ切られるとは思っていなかった、だが、次の一撃から我の剣はさらに強烈なものになるぞ」
「……それはどういうことだ?」
「この『憤激の解体剣』の能力は、敵がこの剣の攻撃を耐える度に剣の破壊力が増していくというものなのだ。貴様は一回目の攻撃を凌ぎ切った。それにより、この大剣の一撃の威力が更に向上したのだ。さあ、どこからでも斬り込んでくるがいい。次の一太刀を受け止め切れる自信があるのであればな」
「……これまた随分と面倒な剣を引っ張り出してくれたものだな」
雛は、どこからでもどうぞ、というように大剣をダラリと下げ、隙だらけの状態を晒したオリクスに険しい視線を送るものの、決して安易に攻め込むことはせず、冷静に思考を巡らせる。
初撃の一太刀であの威力であるならば、二撃目を食らうことは全力で避けなければならない。
正直、あんなものを馬鹿正直に受け止めていればこちらが先に潰れてしまう。
だが、奴の間合いに飛び込めばあの大剣の洗礼を受けることになるのは自明の理で、袖口からの鎖の突撃も警戒する必要がある。鎖自体を断ち切ることは出来るが、鎖の迎撃に時間を割けば大剣の一撃を防ぎ切ることが出来ない可能性もある。
ここは≪八重嵐≫のような遠距離からの攻撃技に切り替えて奴の間合いに踏み込まないよう、一定の距離を維持したままの戦闘に移行するか、奴の大剣の一撃を回避出来る程の高速移動を行い、奴の体に全力の一太刀を打ち込むしかないだろう。
実のところ、奴が剣を振るより前に懐に潜り込むための手はある。それは高度な魔力コントロールが必要不可欠な技であることが難点だが、とっておきの虎の子であり、この戦況をひっくり返す切り札となりうる秘蔵の技だ。だが、それが通用しなかった場合は、この勝負の勝算はかなり薄くなる。オリクスが全く対処出来る余裕がない一瞬の隙を見い出すまでは使用は避けるべきだろう。それに、
……切り札を早々に出すのは面白味に欠ける。
ならば、前者の方で頑張ってみるとするか。
「お前はどこからでも斬り込んでもいいと言ったな。では、遠慮なくいかせてもらおう」
雛は、余裕の笑みを浮かべるオリクスから視線を外さないようにしながら素早く魔力の錬成を行い、刀身にそれを流し込んで纏わせると、『金剛戦姫』を天高く突き上げた。
「九条流剣術十七の型・≪枝垂蛍≫」
『金剛戦姫』の剣先から飛翔した黄色の光を放つ魔力の塊は、建物の天井ギリギリの場所で停止し、まるで部屋の中に月が浮かんでいるような錯覚を覚えさせた。
「……何だ、あれは?」
オリクスは、空中で浮遊している黄色い光を放つ球体の正体を看破しようと目を凝らすと、それが月属性の魔力が凝縮した物であることに気が付くが、突如その球体が内側から大きく爆ぜ、頭上から針のような細さの鋭利な黄色い光の雨が降り注いだ。
「小癪な手をっ!!」
オリクスは大剣を大きく薙いで光の針の集中豪雨を斬り払うが、唐突に肩に走った鋭い痛みに顔を顰めた。
オリクスが急いで肩口に視線を向けると、全て薙ぎ払った筈の黄色い光の針が深々と肉を抉っており、その光景にオリクスは怪訝な表情を浮かべる。
我は確かに光の雨を薙ぎ払った筈。だが、我の肩には実際に針が突き立っている。一体これは……。
「二つ目も食らうといい!!」
オリクスがハッと視線を眼前の少女に戻すと、少女は既に二つ目の球体を打ち上げており、再び光の雨が拡散する。
オリクスは再び大剣を薙ぐが、今度は肩や太腿、首等に光の針が突き刺さり、全身を走る激痛に思わず大剣を握る力が緩んでしまう。それに追い打ちを掛けるように光の針が手首に突き立ち、更に剣の柄を握る力が弱まってしまう。
「九条流剣術二十八の型・≪氷景絶佳≫」
その隙を鋭敏に察知した少女は、刀身に万物を氷結させるような凍てつく冷気を纏わせると、一切の容赦なく刀を横薙ぎに払った。
その瞬間、オリクスの視界が白く凍てつき、オリクスは、自身が氷の牢獄に投獄されたことを自覚することもないまま、強制的に意識を刈り取られた。
雛は、オリクスが完全に沈黙したことを確認すると、全身の力が脱力してしまい、膝からその場にへたり込んでしまった。
雛の眼前には、無数の大輪の氷の花々が満開に咲き誇っていて、その氷の花の中には、何が起こったのかを理解する間もないまま封じ込められたオリクスがおり、彼が完全に意識を失っていることを窺うことが出来た。
雛は、大量の魔力を消費したことによる全身を襲う疲労感に頭がクラクラとする感覚に酔いそうになりながらも、何とか勝利を勝ち取ることが出来たことに安堵の溜め息をついた。
「はぁああ~、全属性の魔力の錬成が同じスピードで出来るといっても、私の魔力量は決して多い方ではないから、スタミナ切れが早いのが嫌なのだ。だが、どうにかギリギリで勝てたな。全十四属性の魔力を帯びた剣技を見せるとは言ったが、昼間でのマリエッタとの戦いや、この島での<死霊の戯杖>の構成員たちとの戦いで魔力の残りが底を尽きかけていたところだったから、ここで決着を付けることが出来て、正直助かったな」
オリクスとの戦いが始まった際には、既に雛の残存魔力は少ない状態であったため、切り札を使うことには強い抵抗があった。戦況が全く好転しない状況が続けば止む無く使用するしかなかったが、あれは少ない魔力で使用するとコントロールを失って暴走してしまうこともあるので、使う機会に恵まれなかったことには感謝しかない。
「しかしながら、≪枝垂蛍≫を選んだのは正解だったな。あれで奴に隙を与えることが出来た」
オリクスは最後まで理解することは出来なかったが、≪枝垂蛍≫とは、目にする者の目を欺く幻想の力を秘めている月の魔力によって、敵の認識から一部の光の針を除外させる技だ。敵は全ての針を薙ぎ払ったと認識をするが、実際には自身の認識から密かに外された針によって、体を刺し貫かれてしまうのだ。
初見の相手であれば高確率で通用する技で、全身を刺し貫く針の痛みによって敵に強制的に隙を作らせることが出来るので、雛も重宝している技である。
雛は一日中戦い続けて酷使し続けた体を労わるように撫でると、地面に手を突いてバランスを取りながらふらつく足で立ち上がり、一度だけ背後を振り返ると、建物の出口に向かって歩き出した。
「柊殿、セレス殿。どうか無事でいてくれ」
大切な仲間の無事を心の底から願う侍の少女は、氷漬けの悪魔を残し、彼らが戦っている筈の城へと歩き出した。
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