第42話 親友vs親友.2
(二秒後に右に跳躍!)
「はい!」
セレスは頭の中に響き渡る魔王の的確なナビに従い、足に力を込めて右側に何とか跳躍する。
すると、セレスの背後を大きな風圧が通過していき、彼女に直撃する筈であった漆黒の砲弾の洗礼を受けて薔薇の花壇が爆散し、セレスの鼻先を散らされた真紅の花弁が掠めていった。
本当に凄いっ!! ルミアの攻撃がどこに来るのかを即座に見切っている!!
セレスは先程の二十発目の黒の弾丸の回避に成功し、安堵の溜め息をついた。
京子様のおかげでルミアの攻撃を避け続けていることが出来ているが、中庭中を走り回ったせいで脇腹の痛みが酷く、蓄積された疲労で自分の足が絡まって転倒してしまったこともあった。
だがそのおかげで、ルミアの放つ高速の魔法弾の直撃を受けず、現状では致命傷になるような大怪我を負うこともなく、かすり傷程度の負傷で済んでいる。
対するルミアは、突然攻撃に対する反応速度が桁外れに跳ね上がったセレスに戸惑いと苛立ちを隠そうともせずに眉根を寄せているが、セレスに懐に飛び込ませる隙を与えないため、攻撃の手を一切緩めずに次の一手をすかさず打ってきた。
「≪常闇に灯る大烏≫」
ルミアの周囲に円を描くように八つの青白い炎が灯ると、炎の下部が二本の鳥類の脚に、炎の左右が不気味に揺らめく翼に、炎の上部が利発そうな瞳をキョロキョロと動かす烏の顔に早変わり、瞬く間に八羽の青白い火炎を纏った全長二メートルを超える大烏が誕生した。
「焼き尽くしなさい」
白き髪をはためかせる主の勅命を受けた八羽の忠実な従僕たちは大きく翼を羽ばたかせ、青白い火の粉を周囲にまき散らしながらセレスに特攻し、すでに足元の覚束ない少女を四方八方から襲来する。
(っ! これじゃあ、逃げ場がどこにもっ!?)
「大丈夫です、京子様!! 防ぎ切ってみせます!!」
セレスは左手の掌を開き、転倒した際に擦りむいた右足の膝から垂れていた血を右手の人差し指の腹で掬い取ると、京子も目を見張る程の速度で左手の掌の上に精緻な血の魔法陣を描き始めた。
ルミアの放った大烏たちが上空からセレス目掛けて滑空し、泥と埃に塗れた髪を夜風に靡かせる少女の体を肉片一つ残さず焼き尽くそうと突撃するが、己の血で起死回生の魔法陣を描き上げた少女の叫びが古城に響き渡った。
「≪神聖なる妖精郷≫!!」
セレスの掌に描かれた魔法陣が桜色の神々しい輝きを放ち、魔法陣の中からピンク色に輝く光の蕾が大量に溢れ出した。
桜色の蕾たちはセレスの周囲を大きく円を描いて旋回し、次第にその蕾を開かせて大きく花弁を広げて互いにその身を密着させ、桜色の城壁をセレスの周りに築き上げると同時に花弁を完全に開き切り、見た者の心を虜にする満開の夜桜を咲き誇らせた。
満開の桜の城壁が築造された瞬間、大烏たちはミサイルのようにその身を城壁に激突させて凄まじい火炎の瀑布を撒き散らしながら爆ぜ、ルミアは舞い上がった砂埃が目に入らないように右腕で目元を庇う。
青白い爆炎が消え去った後にルミアの目に写ったのは、焼け焦げた桜の城壁が堂々とその姿を誇示し続けている姿だった。
「なんて防御力なの……」
桜の花弁は焼け焦げてはいるが、それは表面に露出していた花弁のみで、幾層にも重なり合った第二、第三の層の花弁には焦げ目一つも付いてはいなかった。
八羽の大烏の特攻を防ぎ切った堅牢な桜の城壁は役目を終えて崩壊を始め、ピンク色の光の残滓を散らせながら崩れ去り、中からは荒い息を吐くセレスの姿が現れた。
「な、何とか、防ぎ切った……」
セレスは大量の魔力を消費したことで朦朧とする意識を気力で無理矢理繋ぎ止め、再び体内で魔力を練り上げるが、ふらついて額から地面に倒れ込みそうになり、両手を地面に突けてバランスを取った。そして乱れた呼吸を整え、新たな魔法を発動させる。
「≪木漏れ日の妖精譚≫」
セレスの体全体を突如緑色の光が優しく覆い尽すと、セレスの顔に徐々に生気が戻り始める。数秒後に光は自然消滅してしまったが、先程まで魔力の大量消費で途切れそうになっていた意識が覚醒し、思考も明瞭になり、セレスはゆっくりとその場で立ち上がり、困ったような笑みを漏らした。
「やっぱり強いなあ、ルミアは。私なんてもうボロボロ……」
「……私の魔法を防ぎ切ったくせによく言うわよ。あなたがここまで粘るなんて完全に予想外だわ。しかも、高難度なあんな光魔法も冷静に使いこなすなんてね。もう魔力なんて空っぽなんじゃないかしら?」
「≪木漏れ日の妖精譚≫の効果で、徐々に魔力が回復してくるからまだ戦えるよ。絶対に負かしてやるからね、ルミア」
「随分と執念深い女になったじゃない、セレス。そんなに私を倒したいの?」
「うん、そうだよ。絶対にルミアの命を削らせなんかしない」
「私はお母様と妹を必ず蘇らせるわ。残りの寿命なんて好きなだけくれてやるわよ」
セレスは、自分の命を軽視し続けるルミアの言葉と、彼女が『魔骸の書』を絶対に離すものかと強く抱き締めている姿に顔を歪ませた。
彼女は頑なに過去に縋りついている。
なくしてしまったものを必死に取り返そうと、自分の命すらどうでもいいと思うほどに。
自分にはそれだけしかないのだと思い込んでいる。いや、そう思わなければどうやって前に進み出していいのかが分からないのだろう。
自分の目の前には、母と妹が消え、父も消え、自分が誰もいない暗闇の世界で一人ぼっちになってしまったと心の中で泣いている少女がいる。
自分の前には彼女を大切に想う人たちが沢山いてくれているのに、誰もいない後ろばかりを見つめているせいで、自分は一人ぼっちなのだと思い込んだままの少女がいる。
自分の中には何もないなんて悲しいことを本気で思っているお馬鹿な少女がいる。
そして、そんなどうしようもない程に傷付いた少女が愛しくて、彼女の手を握り締めて一人ぼっちなんかじゃないんだと教えてあげたい自分は彼女の親友なのだ。
彼女には切り捨てられたけれど、私は彼女を一人にしないと決めた。
彼女には殺されそうになっているけれど、そんなことは当然の結果だ。
彼女が願い続けてきた願いを潰しにやってきた自分は、彼女に一生恨まれても仕方がないことをしているのだから。でも、それでも……。
「私は負ける訳にはいかないんだっ!!」
「それはこっちの台詞よ。やっとここまできたの。貴女にはここで倒れてもらうわ、セレス」
互いに一歩も譲れない想いを抱えたまま、二人の少女は目の前にいる親友を倒すため、全力で魔力を練り上げた。
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