第41話 雛vsオリクス.1
オリクスは、侍の少女の放った回し蹴りが突き刺さった腹を押さえ、朦朧とする頭を左右に数回振って何とか意識を正常に戻すと、砂と埃に塗れた自身の体を見下ろした。
そして、彼女の蹴りの衝撃で自分が三つの建物の壁をぶち抜いて、雑多なガラクタが無造作に捨て置かれた倉庫のような建物に突っ込んでやっと止まったことを認識すると、眉根を寄せながら小首を傾げた。
「……何故、あの少女は透明化していた我の存在に気付いた? そして、あの華奢な体躯のどこにこれほどの力が? 何かしらの魔法か『樹宝』でも使っているのか?」
「蹴りの威力の正体は私の『樹宝』の力だ。そして私が貴様の存在に気が付いたのは、大きな風も吹いていないのにアヤカの足元に落ちていた小石が不自然に撥ねたからだ。それを見て何者かがアヤカの背後に立っていることを確証した。そして、私たちが<死霊の戯杖>の構成員たちや幹部たちを倒した今、アヤカやサーラに一切の気配や殺気を感じさせない手練れは貴様だけだろう、オリクス」
オリクスが目線を上げると、倉庫の壁に開いた大穴を跨ぎ、オリクスとの間に十メートル程の間隔を空けて立ち止まった秀麗な顔立ちをした少女が現れた。
「あの娘たちはどうしたのだ?」
「アヤカたちは先に城に向かわせた。ここに来る道中で立ち寄った建物の中で地図を見つけたのでな、城の場所も把握することが出来た。サーラの鎖も私が断ち切ったし、貴様の骸骨たちと極力鉢合わせないように行けば、早く城に辿り着くだろう」
「貴様たった一人を残してか?」
「あの二人と貴様の相性は悪いからな。私なら貴様の骸骨共を屠ることも出来るし、鎖を断ち切ることも出来る。適材適所という奴だな」
オリクスは不敵な笑みを浮かべる少女を睥睨し、忌々しげな声音で口を開いた。
「では我は、貴様を始末した後にあの二人の命も刈り取るとしよう。今宵我が主の悲願が成就するのだ。貴様らにそれを邪魔される訳にはいかぬ」
「……あのルミアという少女が柊殿を刺したことから、私もアヤカたちも何となく察しはついているが、貴様らのマスターとはルミア殿なのだろう?」
「その通りだ。我が主は自分の寿命を差し出すことで悲願を達成される。今頃はあの城でセレスという少女と、黒髪の剣士の少年を始末しようとしているだろう」
「……自分の命を対価に死者の蘇生を願うか。なら、大丈夫だな」
「……何だと?」
オリクスは自信ありげに胸を張る少女の言葉に疑念を持ち、再度問いかける。
「大丈夫とはどういうことだ?」
「あの二人、いや三人か。彼らがそのような行いを黙って許すことなどあり得ないからだ。今頃、彼らは必死にあの少女を止めようと足掻いているに決まっている。そして私の役目は、ここで貴様を倒し、城に加勢に行かせないことだ」
腰に差した刀の鯉口を切り、一切の恐れや迷い等の余計なものを全て削ぎ落とした一人の侍は、オリクスの目をしっかりと見据え、名乗りを上げた。
「冒険者、九条雛だ。手合わせ願おう」
「ルミア=ローゼンベルクの従僕……いや、ルミア=ローゼンベルクの友、オリクスだ」
オリクスはそう告げると、間髪入れずに袖口から八本の黒鎖を解き放った。
雛は、オリクスの袖口から飛び出してきた八本の鎖がこちらの四肢に絡みつこうと突き進んでくる姿を目にすると、『金剛戦姫』の刀身に魔力を送り込み、即座に反撃に打って出た。
「九条流剣術十一の型・≪八重嵐≫」
『金剛戦姫』の刀身に八つの風の帯がとぐろを巻くようにして出現し、雛が刀を横薙ぎに振るうと、八つの風の帯が鋭利な風の刃に早変わりし、猛然と迫ってきていた黒鎖を縦横無尽に切り裂き、切断していった。
そして、雛は大きく目を見開いて瞠目するオリクスの姿を目にし、自分の攻撃が眼前の敵に有効打を与えている確かな手応えを感じた。
≪八重嵐≫は風属性の魔力を体内で練り上げ、それを刀身に注ぎ込んでから八つの飛翔する風の斬撃を放つ技であり、多数の敵を相手にする際に使用する剣技だが、しっかりと通用するようだ。
雛は渋面を浮かべるオリクスが次の一手を打つ暇を与えないよう、砕けた鎖の破片が未だ地に落ちていない刹那の瞬間にオリクスの懐に滑り込むと、今度は体内で火属性の魔力を錬成し、再び刀身に纏わせた。
「九条流剣術七の型・≪不知火桜≫」
緋色の炎を刀身に纏わせた雛が間髪入れずに繰り出す、七回連続の斬撃がオリクスの身に裂傷を走らせ、オリクスは斬撃がその身を傷付ける際に走る、高熱の火炎に皮膚が焼き切られる痛みに顔を顰めるが、目の前の侍の少女に向かって怒号を放った。
「調子に乗るな、侍よ!! ≪死霊の咎腕≫」
オリクスの背後の影から突如巨大な白骨の隻腕が飛び出すと、雛の『金剛戦姫』ごと手首を握り潰そうと大きく指を開いて、彼女の手元に狙いを定めて急速に接近した。
しかし、雛はここでバックステップでオリクスの間合いから離脱する選択肢は選ばず、『金剛戦姫』を左手に持ち替えて右手をフリーにすると、『金剛戦姫』の能力を発動させて右手の膂力を爆発的に跳ね上げた。
「砕け散れ!」
圧倒的な破壊力を内包した、雛のきつく握られた拳が繰り出したアッパーカットが死人の禍々しい手に直撃すると、白き腕全体に爆発的な破壊の奔流が駆け巡り、腕全体に一瞬で亀裂が走って爆散粉砕され、砕けた骨片が白い散弾となって倉庫全体に撃ち込まれる。
オリクスは両腕で顔の前を覆うことで散弾の雨を防ぐが、そのせいで視界が狭くなってしまい、雛はその隙を見逃さずに、左手で握った『金剛戦姫』の切っ先をオリクスの肩口に向けて標準を合わせると、再び魔力を刀身に絡ませて大きく前に突き出した。
「九条流剣術十三の型・≪宵時雨≫」
闇属性の魔力を纏った漆黒の突きがオリクスの右肩を刺し貫くと、刀身に纏っていた闇の魔力がオリクスの体内に流れ込んでいき、彼の体内を食い破りながら全身を駆け巡って血肉を蹂躙していった。
だがオリクスは体内に魔力を急速に溜めこむと、それを体の内側から解放させることで体内に入り込んだ不純物を消滅させると共に、爆発的に膨れ上がった魔力の余波で雛を刀の間合いから押し流すことで戦況を立て直すことに成功する。
雛は、体内の内臓を傷付けられたせいで口元から一筋の血を垂らしているオリクスの表情が憤怒と強い疑念に彩られている姿に苦笑すると共に、自分がこの悪魔と十分に渡り合えていることに眉を顰めた。
オリクスの正体が悪魔で、三つの権能を有していることはサーラから聞いていたが、彼はこの戦闘ではまだ一つもその能力を使用していない。透明化で姿を隠して不意打ちを狙うことも可能である筈だし、こちらの背後といった死角に転移してから一撃を打ち込むことも可能な筈だ。オリクスがそのどちらも使用していないのは、彼に油断があっただけという可能性もあるが、これからの戦闘でそういった手に打って出る可能性もある以上、現状ではこちらが優勢ではあるが、気を抜くような軽率な真似だけはしてはならないだろう。
さらに、オリクスが一度も発動していない最後の権能も気になるし、まだ使用していない『樹宝』を所持している可能性もある。敵が伏せている手札を全てさらけ出さざるを得なくなるまで攻め込むのも一つの手ではあるが、無策で突撃をしないよう心掛けなけなければ。
雛が静かに考えを巡らせながら『金剛戦姫』を構え直すと、ずれた帽子を整え出したオリクスと数秒間睨み合って膠着状態に陥るが、帽子を整え終えたオリクスは興味深そうな視線を雛に向けながら口を開いた。
「貴様は何者だ? 三つもの異なる属性の魔力を高速で錬成して剣に付与する芸当など、至難の技である筈だ。何故それ程までに、数種類の魔力の錬成が卓越している?」
オリクスの質問は当然のものであった。
本来魔力というものには相性というものがあり、アヤカなら炎属性、セレスなら光属性という風に、自分にとって錬成しやすい魔力というものが一つ存在している。だが、相性の良い属性以外の属性の魔力を錬成させ、それを魔法や技に昇華させることは困難を極める。炎属性の魔力の錬成を得意とする者は水属性の魔力の錬成する際に、炎属性の魔力を錬成する際に必要な時間の倍以上の時間がかかってしまい、実戦においては全く使い物にはならない。
鍛錬を重ねればその時間を短縮することも出来るが、それを行える人間はごく少数に限られ、大抵の者は自分にとって相性の良い属性の魔力を使用する魔法や技の研鑽に傾倒する。
仮に、複数の属性の魔力の錬成をマスターすることが出来たとしても、炎属性の魔力と相性が良い者が炎属性と水属性の魔力を錬成した際には、圧倒的に炎属性の魔力の錬成が早くなるのである。
だが雛は、炎属性と水属性という対になる属性の魔力をそれぞれ錬成した際のタイムラグが一切存在しなかったのである。闇属性の魔力を錬成した際の速度も前者の錬成速度と同じで、まるで全ての属性との相性が抜群なのではないかと思わせる程に、ずば抜けた錬成スピードだった。
雛はオリクスの質問に対し、気恥ずかしそうに頬を掻くと、抑揚を抑えた声音で返答した。
「これを言うと自慢だと受け取られることが多いので、あまり公言するのは控えたいのだが、まあそちらの方から訊いてきたのだから渋々答えるが……私の一族は、とある一人のご先祖様が色々と『血』を弄り過ぎたせいで、何故か複数の魔力錬成を同じようなスピードでこなせる素質が受け継がれるようになったのだ。その中でも私は全十四属性の魔力錬成を即座に行うことが出来る、一族の中でもたった二人しかないレア物なのだ。それから……」
雛は、呆然と目を丸くして硬直しているオリクスに対して苦笑いを浮かべ、『金剛戦姫』の切っ先を彼の双眸に向けた。
「とりあえず、これから残りの十一属性の剣の味も味わってもらうつもりだから、満腹になるのはまだまだ先だぞ」
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