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第35話 出会い

「はあぁ~、退屈」


 ルミア=ローゼンベルクは、<魔女の書架塔>本部内にある図書館に設けられた自習室で脱力感満載の溜め息をついた。

 手元には暇潰しのために本棚から持ってきたファンタジー小説がページを開いたまま置かれているが、あまり好みの話ではなかったため、次のページをめくるかは検討中である。

 ルミアは先日、卒業論文の題目届けを提出し、これからは授業の予習・復習と並行しながら、論文執筆に必要となる史料の収集に力を入れて取り組まないといけないのだが、どうにもやる気が出ず、体中を支配する倦怠感けんたいかんに身を任せ、どこまでも怠惰の海に沈んでいきたい気分だった。

 卒業論文のテーマは比較的書きやすいものにしたし、本部の図書館に豊富な史料が眠っていることは題目届を提出する前にリサーチ済みであったので、卒業論文が書けずに卒業出来ないという末路を迎えることはないのだが、ルミアは卒業論文を書く気などサラサラなかったのだ。


「……どうせすぐにいなくなる予定だし」


 ルミアはここに保管されている『魔骸の書』を見つけ出し、それを奪取した後はここを離れる腹積もりで潜入したのだ。目的の物は厳重に保管されているようで、隠し場所はまだ発見出来ていなかった。軽率に動いて怪しまれては面倒なので、派手な動きはしないよう自重しているが、一刻も早く大切な家族を救いたいと願っている自分と<死霊の戯杖ロータス・ワンド>の皆のために、必ず『魔骸の書』を持ち帰らなければならない。

 だが幸いなことに、『魔骸の書』を管理しているのが自分の所属する「第四司書室」の室長であることを突き止めることが出来た。座学や実技でもトップクラスの成績を叩き出している自分は室長からの覚えも良く、学術的な好奇心から『樹宝』に触れてみたいと時間を掛けてさりげなく頼んでみるつもりで、それが叶った暁には、『魔骸の書』を持ってアジトに悠々と凱旋出来るだろう。

 しかしながら、死者の蘇生という破格の能力を誇る『魔骸の書』だが、実は欠点が多く、使い勝手は非常に悪い。

 『魔骸の書』で蘇生可能な人間は肉体の中に魂が残留している者、つまり禁術等を使って無理矢理魂を肉体に繋ぎ止められている人間だけであり、禁術で魂を肉体の中に封じられているお母様と妹は蘇生可能だが、魔導実験中の事故で死亡したお父様を蘇らせることは不可能だ。

 また、発動の際には本一冊にびっしりと書かれた文言を音読して読み切らなければならないため、根気も必要となるし、一人蘇らせる度に誰かの寿命を半分捧げないといけないという制約もある。

 だが、あの二人を蘇らせるためならどんな犠牲でも払う覚悟は既に決めている。料理が大好きだったお母様の焼いたケーキも食べたいし、立派な魔導士になることを夢見ていたミリアムにも魔法を教えてあげたい。お父様はもういないけれど、二人の大切な家族をこの世に呼び戻し、再び皆で笑い合えるような時間を取り戻してみせる。

 ルミアはその日が待ち遠しいとほくそ笑みながら、再び本の文章に目を落とすことにすると、中々話が展開しない物語に若干辟易へきえきしながらもページを捲ろうとした時、自習室の扉が開き、パンパンに膨らんだ鞄を持った女生徒が入室してきたことに気付き、チラリと横目で一瞥する。

 何やら憔悴した面持ちでルミアの近くの席に腰掛け、鞄の中から大量の書籍を取り出して机の上に置き始めた少女は、サラサラとした手入れの行き届いた金髪をき乱して苦悶の声を上げた。


「史料が少な過ぎる! どうして魔王関連の史料がほとんど遺されてないの!? これじゃあ、論文の書きようがないじゃない!!」


 魔王関連の史料……? ああ、あの娘、確かセレス=フローライトっていったわね。

 ルミアが「第四司書室」に入るまではクラストップの成績を誇っていたらしいが、ルミアが彼女の成績を常に上回っているせいで玉座から下りることを余儀なくされた生徒だ。こちらとしては、ここを卒業するまで長居する訳でもないので別段成績に固執する必要はないのだが、わざと手を抜いて低評価を受けるのもしゃくに障るので、それなりに勉学には励んでいる。

 あのセレスという少女には嫉妬の感情を持たれているかもしれないと思ったので、必要以上に接触することはしなかったのだが、卒業論文のテーマに十四人の魔王を据えたことを知った時は、何故そんな面倒臭く、史料の少ない分野を選択したのだろうかと少し疑問と好奇心を覚えたのを思い出した。


「研究テーマを変える? でもそれじゃあ、私がここに入った意味がなくなるし……。もう一度館内をくまなく回って史料を探すか、よその町の公文書館や郷土資料館とかに足を向けてみるかな……。はあ、何で全然現存してないんだろう? まるで魔王たちが、自分たちがいた痕跡を全力で揉み消そうとしていたみたい……まさかね」


 どうやらルミアの予想通り、彼女の卒業論文の史料集めは難航しているようで、それに加えて、余程魔王を研究してみたいのか、テーマの変更も考えていないようだった。あのままの調子では論文の執筆も難航することだろう。書きづらいテーマなら早々に見切りを付けて新たなテーマを決めてしまうのが最善手だと思うのだが、彼女の頭にはそんな選択肢等存在していないのだろう。

 彼女が卒業出来なくてもこちらとしては何の問題もないが、隣でゴチャゴチャとわめかれるのも迷惑だ。少し注意をした方がいいだろう。机の間にある仕切り板のせいで自分以外の人間がいることに気が付いていないようだが、読書の妨げになる。


「あなたさっきから五月蠅うるさいわよ。読書の邪魔」


 ルミアが冷淡な声音で放った言葉に、セレスはビクッと身を震わせてこちらを見遣ってきたので、さらに言葉を続ける。


「魔王を卒業論文のテーマに選ぶなんて、肝が据わっているのね。史料なんてほとんどないでしょう。自爆したくないのなら、テーマの変更をオススメするけれど」


「うっ、正論だ!? ……ちなみにルミアさんのテーマは何にしたの?」


 セレスは苦しそうに胸を掻くような仕草をすると、こちらにさらに質問をしてきた。先程の彼女の動作で、彼女のたわわに実った二つの果実が大きく弾んだ姿を目撃してしまい、ルミアは自分のまっ平な胸を一瞬見遣る。……凄まじい羨望の感情が心中に吹き荒れたが、何とかそれを押し殺して無表情な顔を作り、彼女の質問に返答した。


「『闇精霊に関する考察』よ。精霊関係の史料はここの図書館に沢山収蔵されているから、遠い場所まで史料を探しに行く必要もないし、あなたと違って気楽なものよ


「きっ、汚ないよ、ルミアさん!? 私が大変なテーマを選んで四苦八苦している間に、何でそんな楽そうなテーマを選んじゃうのさ!?」


 何やら憤慨しているセレスは裏切られたような悲壮な顔をしているが、面倒臭いテーマを選んだのそちらなのだから自業自得だろう。

 こちらは卒業論文等に悠長に時間を割くつもり等皆無なので、無難なものを選んだだけだ。


「はあ? 楽だからに決まってるでしょ。馬鹿なの? 卒業論文のテーマなんて楽なものを選んで、無難な評価をもらって合格する方がいいじゃない。自分が本気で研究したい分野があることは立派だと思うけれど、書きにくいテーマを選んでそれに固執し過ぎると論文の中身が薄くなったり、規定の文字数に達しないなんて地獄に直行するわよ。自分がどうしても研究したいことは趣味でやったらいいのよ」


 ルミアの言葉に反論する余地がなかったのか、セレスは閉口してうつむいてしまい、何やら考え込んでしまったようで、彼女の頭の中では今後の方針についての緊急会議が開かれているようだった。

 この調子ならテーマの変更なり、室長に今後の研究活動について助言をもらう等して、自分なりに解決策を模索していくだろう。少なくともこのセレス=フローライトという少女は、攻撃魔法は苦手としているようだが、その他の分野では抜きん出た才覚を持っていて、その点は素直にルミアも評価している。彼女は決して馬鹿でも愚かでもない、優秀な生徒だ。

 ルミアはもう放っておいても問題はないと判断し、再び本の世界に旅立とうとしたが、


「ごめん、ルミアさん。ルミアさんの言うことは正しくて反論の余地なんかないけれど、どうしても私はこのテーマでやりたいの。凄く苦労すると思うけれど、私頑張ってみる」


 セレスの引きった笑みと共に吐き出された、全く揺らいでいる様子もない決意表明に嘆息する。

 何故こんなにも魔王の研究に拘っているかは知らないが、毎日毎日ここで溜め息をつきながら研究活動をされては今後のルミアの読書生活に支障が生じてくる。少しだけ手伝って光明でも見出してやれば、多少は落ち着いて研究活動に励むようになるかもしてない。面倒だが、少しサポートをするとしよう。

 ルミアは気怠げに席を立つと、セレスの机の元まで歩み寄り、山のようにうず高く積まれた書籍に手を伸ばして中身をあらためていく。

 どうやらセレスはこの図書館に所蔵されている論文や史料、関係資料をかき集めてきたようだが、量的にも質的にもこれでは不十分だ。頭を抱えるのも頷ける。しかし、ここにある史料は……。


「セレスさん。ここに積まれている本って、この図書館にある物ばかりよね?」


「? うんそうだけど、何か問題でもあった?」


「魔王関連の史料ならここだけじゃなくて、地下書庫にもほこりを被っている物があると思うから、室長に許可証を発行してもらったら閲覧出来るわよ」


「嘘っ、マジで!?」


 やはりこの少女は、この図書館内にある史料が<魔女の書架塔>に保管されている史料の全てであると思い込んでいたようで、他の場所には目も向けていなかったらしい。

 まあ、これで突破口は開けただろう。後は彼女が努力するしかないし、こちらが積極的に協力する義理もない。彼女とこんなに話すことも金輪際ないだろう。さっさと読書に戻ろう。

 ルミアは役目は終えたとばかりにきびすを返そうとしたが、突如セレスに肩を掴まれ、さらに涙まみれになった顔をこちらの胸元にうずめてきたので、思わず立ち止まってしまう。


「ああっ、女神様!! ルミアさんは女神だ!! これで希望が出てきたよ! あと何故か、ルミアさんのこの平坦な胸元に縋すがりついていると凄く安心する!」


「消し飛ばすわよ」


 ルミアはセレスの豊満な双丘にガンを飛ばしながら腰元のホルダーから杖を取り出し、その目障りな肉の塊を消滅させてやろうと杖先に魔力を収束させたが、セレスが額を床に擦り付けて土下座をしてきたので溜飲りゅういんが下がると共に、逆にこちらが申し訳なくなってきた。

 ルミアはスカートのポケットから絆創膏を取り出し、無言でセレスの赤くなった額に貼ってやると、セレスは最初はキョトンとしていたが、自分の額に貼られた絆創膏に何度も手をやると、顔一面に喜色を滲ませてこちらの手をギュッと握り締めてきた。


「ルミアさん! 私とお友達になって下さい!!」


「お断りします」

 

 ルミアは涙目でしがみ付いてくるセレスを心底鬱陶しいと思いながら、胸中で寂寥感せきりょうかんを漂わせながら呟いた。


(友達なんか作っちゃったら、ここを去る時に辛くなってしまうじゃない……)

 最後までお読み頂き、本当にありがとうございました!

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