第31話 柊vs氷戯のエマ&獣戯のマリエッタ&炎戯のガルザ.2
柊は、目の前で目を見開いて立ち尽くしてしまった三人を見やり、彼らが自分の動きを全く目で追えていなかったことを確認し、声量を押さえた感嘆混じりの声で京子に語りかけた。
「今回のを含めてもまだ三回しか成功してないけど、凄い速度だね。まるで、時が止まった世界で自分だけが自由自在に動き回れるみたいだった」
(私が魔王時代に生み出したオリジナル魔法、≪安寧騎士の凱旋≫は、相対する敵が多ければ多い程、術者の速度が上がる魔法だけど、その分魔力の消費量が多いの。さっきの攻撃で敵の勢力を一気に壊滅させることが出来たのは良かったけれど、かなり魔力を消費したよ。大丈夫?)
「アヤカの屋敷やフォートンに来るまでの道中で京子に魔力のコントロールを教わっていたから、無駄な魔力を使うこともなかったし、魔力のストックにはまだ余裕があるから大丈夫だよ。それよりも、この魔法を発動させることが出来て良かったよ」
柊は以前に、京子から精霊魔導士の才覚があることを教示してもらって以降、魔法に対する関心が高まっていた。精霊魔導士にも興味があったが、アヤカのようにサーラという精霊のパートナーがいなかったこと、精霊という存在は中央大陸東部にある精霊の国・ミルティア霊朝以外の国では数が少ないことから泣く泣く断念することにした。
そして、精霊魔導士としての道を歩むことは断念し、どういった魔法なら習得出来るだろうかと頭を悩ませた柊を見かねたのか、≪時の魔王≫である京子が直々に魔法の指導をしてあげようという嬉しい申し出をしてくれたのだ。
彼女がまず手始めに教えてくれたのが、先程柊が発動させた≪安寧騎士の凱旋≫という魔法で、アヤカの屋敷やフォートンへ向かう隊商の護衛を務めた道中で、アヤカたちが寝静まった深夜にこっそりと天幕を抜け出して鍛錬を重ねてきて、やっと習得することが出来た、柊が行使することの出来る一つ目の魔法となったのだ。
しかし、まだ完全に使いこなせる段階ではなく、魔法の発動の半分以上を京子に補助してもらって発動しているので、これからさらに鍛錬を重ねていく必要があるだろう。
柊はまだまだ未熟であるが、魔法を実戦の場で発動することが出来たことに確かな手応えを感じて微笑すると、眼前にいる三人に告げた。
「君たちでは、僕には勝てない。出来ることなら、退いてくれないか」
柊の言葉に三人は顔を悔しそうに顔を顰め、逡巡するように自分たちの背後にある城内へ続く大扉を一瞥した。
彼らの陣営に残っているのは氷の弓兵隊のみであり、氷の騎士団が蘇ることなく地面に粉々となったままであることから、昼間に魔力切れを起こして昏倒したエマの魔力はもう限界なのであろう。
マリエッタはさらに魔物を召喚して応戦してくる可能性もあるが、ウィザード・ウルフやミノタウロス程度の魔物であれば造作もなく討ち取れるだろう。
ガルザは魔力の消費量が激しかったのか、既に滝のような汗をかきながら息を荒げて肩を上下させており、長期戦は望めないだろう。
柊はまだ体力的にも魔力の残量的にも、まだまだ余裕がある。京子に師事して魔法の鍛錬を行っていた時に発覚したのだが、柊の保有する魔力量は尋常ではない量らしく、余程の激戦でなければ魔力は枯渇しないだろうという京子の太鼓判を貰っているのだ。しかし、この城の奥で控えている<死霊の戯杖>のギルドマスター、オリクス、『魔骸の書』の契約者の三人との戦いのために出来るだけ体力や魔力の消費は避けたいところだ。
また、氷の騎士団とミノタウロスたちを屠ったことで敵の数は一気に減少しているため、≪安寧騎士の凱旋≫を発動させても先程のような速度はもう出すことは出来ない。この魔法は敵が複数人いる時にこそ真価を発揮する魔法であり、今の状況で再び発動させても大した意味はないだろう。
そういった事情から、柊が彼らが退却の判断を下してくれることを祈っていると、眉根を寄せたままのマリエッタがエマに命じた。
「エマ、マスターの元に戻りなさい」
「っ!? そ、そんな!? マリエッタちゃん、私はまだ戦え……」
「あんた、もう全然魔力が残ってないでしょう。そこの弓兵たちを顕現させ続けるだけで精一杯なんでしょう?」
エマはマリエッタの言葉に思わず反論しようとするも、口からは何一つ言葉が出来なかったようで、悔しそうに俯いてしまい、彼女が指摘したことが図星であったことが容易に見て取れた。
「『魔骸の書』の契約者はオリクスよ。そして、『魔骸の書』を発動するための細々とした準備をもうすぐマスターは終えるわ。『魔骸の書』を発動させている間は契約者であるオリクスと、その補助を行うマスターは手が離せなくなる。オリクスは『魔骸の書』の発動中もマスターをお守りするでしょうけど、儀式場で眠られているあのお二人をお守りする人が不在になると思うわ。あんたは儀式場に戻って、お眠りになられているあのお二人を代わりにお守りしなさい。もしここを彼に突破された時のことを考えると、そうした方がいいわ。ここは、私が足止めするから」
マリエッタはそう言うとローブに隠れた腰元に手をやって黒い鞭・『女王の寵愛鞭』を取り出し、地面に十回打ち付けた。
すると、以前のように鞭が打たれた地面に赤黒い魔法陣が展開され、そこからぬうっと、褐色の巨腕が突き出てきた。そして、腕の次に姿を現したのは、一対の漆黒の角を怒髪天を衝く勢いで上に伸ばした牛の頭で、褐色の肌を除けばミノタウロスの顔の造形に酷似していたが、赤い目玉を飛び出させそうな程ギョロつかせ、口元から滝のような涎を流しながら柊を睨み付けている姿から、ミノタウロスとは別の生き物であることを悟った。
やがて大樹のような大きさの足を引き抜いた牛頭の怪物は、全長十メートル以上の巨体を誇り、腰元を保護している腰布が臀部や股間を覆い隠しているが、それ以外の肌は全て露出していて、鋼のような筋肉を鎧のように纏っていた。
「ミノタウロス二十体分の力を持つと言われる、<ヘルタウロス>よ。そして『女王の寵愛鞭』によって、一度戦い出せば理性を飛ばして全身の身体能力を倍加させる能力を持つ、<バーサーカー・リザード>の能力を十匹分エンチャントした特別製。その子には主である私の命令を聞くだけの思考しか残っていないけれど、あなたを倒すまで止まることはないわ。そして……ガルザ!!」
「チッ、仕方ねえな」
ガルザは掌に全魔力を収束させて紅蓮の炎を灯らせると、それをヘルタウロスの口目掛けて投擲し、それをミノタウロスが大口を開けて嚥下したのを確認した途端、全身の力が一気に抜けてその場に倒れ込んだ。
「ご苦労様、ガルザ。あんたも休んでなさい。……エマ、そいつも引きずって行って頂戴。ここで寝かせていたら踏み殺されるわ」
「う、うん。分かった」
エマは顕現させていた氷の弓兵を一人だけ残し、残りの兵をただの動かぬ氷像にすると、残った一人の弓兵にガルザを背負わせた。
「っ!? 冷てえっ!!」
「ご、ごめんね、ガルザ君……。わ、私じゃガルザ君を背負えなくて……」
氷の弓兵の肩口でブツブツと悪態をつくガルザを伴い、エマとガルザが城内に続く扉の向こうに消えていき、マリエッタはそれを見届けると、ガルザの火炎を平らげて以降、鼻息を荒々しくしながら柊を血走った目で睥睨するヘルタウロスに高らかに命じた。
「私たちの敵を排除しなさい!!」
主の命を受けたヘルタウロスは、大きく息を吸い込んで頬を膨らませると、柊目掛けて凄まじい火力の火炎の息吹を吐き出した。
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