第27話 出撃前
「……王都グランベロナを出た後、何とかこのフォートンに辿り着いて、実家の方へ向かう途中で<死霊の戯杖>の紋章が描かれた黒ローブを着た赤黒い髪の男を見かけたの。急いで尾行してみたんだけど、すぐに気付かれて攻撃されそうになったから咄嗟にカードを出して、これとルミアの身柄を交換してほしいってお願いしたんだけどあっさり断られた上に、連中のギルドマスターが『魔骸の書』の契約者を、ギルドの構成メンバーの中から見つけたことも告げてきたの。そして、ルミアには寿命を捧げてもらわないといけないから返すことは出来ないって言われた。その後は、カードを渡すように迫るそいつから逃げるために、子供の頃に遊び場にしていた地下水道に逃げ込んで振り切ろうとしたんだけど上手くいかなくて。地上に何とか出たけれど、カードを奪われそうになった時にアヤカさんが助けにきてくれたの。大体の事情はこんな感じ。本当に巻き込んでしまってごめんなさい!」
アヤカは、再びベッドの上で土下座をしようとしたセレスを手で制し、大きく胸を張った。
「事情は分かったわ。つまり、<死霊の戯杖>の連中がこのフォートンのどこかに潜伏している可能性が今のところ一番高くて、あなたの親友の寿命を捧げて誰かを生き返らせようとしている訳ね。柊、雛、サーラ! 連中のアジトを見つけて叩き潰すわよ!」
「……えっ?」
「うむ、勿論だ。差し当たっては、この都市の中で人があまり寄り付かない場所を虱潰しに回ってみるか」
「ええっと、あの……」
「私も微力ながら、お供させて頂きます」
「だから、あの……」
「組織丸ごと一つ潰すなんて久しぶりだから、久しぶりに本気でいってみようかな(ワクワク)」
「ちょっと待って!!」
セレスは、勝手に盛り上がる四人(一人は見えないが)がこちらに怪訝そうな顔を向けてきていることに困惑しながら、問うことにした。
「あの、なんであなたたちが手伝ってくれる流れになってるの……? これは私個人の問題なんだから、あなたたちは関係ないんだよ!?」
「いやいや、あなたをここに置いて家に帰ったら寝覚めが悪くて仕方がないじゃない。だから手伝うわよ」
「セレス殿は攻撃魔法を使えぬのだろう? ならば我らが、あなたの剣として露払い役を務めよう」
「アヤカ様に付き従うのが私の役目です。主が行くというのであれば、私もどこまでもお供致します」
「困っている女の子を置いていく真似は出来ないよ。早くルミアさんを助けてあげよう」
セレスは気楽そうな調子でこちらに笑いかけ、戦場に赴きに行く人間の表情とは思えない程優しい笑みを浮かべた目の前の人たちの優しさが心の中に染み込んでいくのを感じ、涙腺が崩壊してしまった。
<魔女の書架塔>を一人で飛び出し、凶悪な闇ギルド相手に一人で喧嘩を売ることに対する恐怖で体が震える夜を過ごし、闇ギルドの人間から暗く臭い地下水道を何時間も逃げ回ったセレスの心は自分で思っていた以上に疲弊していて、彼らの善意が彼女が必死に蓋をして漏れ出さないようにしていた恐怖や諦観の念をあっという間に消失させてしまったのだ。
彼らの手を握れば、大切な親友を取り戻すことが出来るかもしれない。
胸の中で四六時中暴れ続け、夜中に何度も頭を掻きむしってしまう程膨れ上がっている恐怖や寂寥感から解放されるかもしれない。
しかしそれは、彼らを無関係な戦いに巻き込むことと同義だ。果たしてそれは許されることなのだろうか……。
唇を噛み締めながら逡巡し、顔を俯かせるセレスにアヤカが優しい声音で告げた。
「ねえ、セレス。私たちは好きで<死霊の戯杖>に喧嘩を売るのよ。あの黒帽子に負けたままおめおめと引き下がるのもムカつくし、女の子の命を削ろうとする行為も無視なんて出来ない。だからあなたは、あなたが背負っている荷物を私たちにも背負わせればいいの。重たい荷物を一人で背負っていたら、そりゃあ疲れるし、気分だって鬱々としてくるわ。重たい荷物は他の人にも持たせたらいいの。気が引けるのなら、次に別の人が重い荷物を背負っているのを見かけたら、それを少し背負ってあげたらいいの。なんにも難しい話なんかじゃないのよ。あなたの背負っている荷物は私たちが背負う。だから肩の力を抜いて、楽にしたらいいのよ。あなたの親友は必ず救うわ」
「……アヤカさん」
「ふふ、『さん』は別にいらないわよ。柊や雛やサーラにもね。それから……」
アヤカはニヤニヤとした笑みで柊を一瞥し、自信満々に言った。
「ここには、あなたが大好きな魔王様もいらっしゃることだし、なんとかなるでしょ」
「……へ?」
柊の中に十四人の魔王の一人である≪時の魔王≫・佐藤京子がいることを知ったセレスの浮かれっぷりは凄まじかった。
京子が自分の声をセレスにも聞こえるように調整し、自身が研究している魔王様ご本人を前にしたセレスは頬を上気させながら矢継ぎ早に質問を京子にぶつけ、京子は答えられる範囲で返答していて、数十分に及ぶ問答を記したセレスのノートを学会で発表すれば魔王研究に凄まじい進展を巻き起こすことは確実だろう(発表したとしても、信じてはもらえないだろうが……)
セレスは京子にまた話を聞かせてほしいとねだり、京子がそれを承諾した時に、ガルザに襲撃された際に路上に置きっぱなしにしていたセレスの鞄を回収に行っていた雛が戻り、セレスは鞄に入れていた替えの制服に着替え、今は柊たちと共に席に着いている。
柊たちは机上にフォートンの市街地を描いた地図を広げており、地元であるこの都市の地理に明るいセレスに人気がなく、複数の人間が身を隠すのに適しているような場所がないのか訊いてみることにしたのだ。闇雲に市街地を捜し回るよりも、おおよその目星を付けておいた方が良いのではないかと判断したからだ。<死霊の戯杖>が『魔骸の書』に封印を施していたカードを破り捨て、『魔骸の書』を能力を発動させる人間を揃えた今、彼らはすぐにでもルミアの寿命を捧げる準備に取り掛かっている可能性が高く、無駄足を踏むような真似は可能な限り避けたいのだ。
「うーん、そうだねぇ……ここの小島は封鎖されていて、今は誰も住んでいないから、身を隠すには一番都合がいいかも」
セレスが指で示した場所はフォートンの南部に当たる部分で、湖に浮ぶ小島があり、島の北側から都市の南側の岸辺との間に架かっている橋を渡らなければ行き来が出来ないようになっていた。
「セレス殿、何故ここは封鎖されてしまっているのだ?」
「ここは約五百年程前に魔王が火の海にしてしまったせいで廃墟になってね、ここに住んでいた人たちは島を放棄してフォートンの各所に散らばっていったの。今は完全なゴーストタウンになってる」
「「「……」」」
「なんで『お前の仕業か……』みたいな視線をぶつけてくるのさ!? 柊もジッと自分の胸元に視線を注がないでよ!? そんな悲しそうな目で私を見つめないで!? 私はやってないよ!? 冤罪冤罪!! 昔フォートンに寄った時に、この小島で暮らしていた人たちが魔物の襲撃に悩んでいたから私たちが助けることになったんだけど、≪炎の魔王≫が派手に暴れたもんだから島一つ焼け野原にしちゃったの!! 避難してもらっていた住民の人たちが帰ってきたら殺されるって思ったから、私はあの馬鹿を引きずって猛ダッシュで逃げ出したんだよ!? 私がやったんじゃないんだよ!」
京子の必死の弁明が頭の中に響き渡り、若干頭がクラクラしたが、とりあえずこの小島を探ってみることに異論はなかったので、ここを調査することに決定した。
「じゃあ、夜の暗闇に紛れて潜入しようか。ここに絶対<死霊の戯杖>とルミアさんがいる保証はないけれど、もし連中が潜んでいたら全力で叩き潰す。決行は今夜だ」
柊の言葉に、残りの五人が一斉に頷いた。
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