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第26話 出立

「ルミアが攫われたって、一体どういうことなんですか!? 室長、説明してください!!」


 セレスは凄まじい剣幕で、色褪せたハンカチで額を滝のように流れる汗をしきりに拭う室長に食って掛かった。




 ルミアと別れた翌日、セレスは寮生や司書官たちが共同で利用している食堂でルミアを待ち続けていたのだが、普段はセレスと共に朝食を摂る彼女が一向に姿を現さず、もしかしたら寝坊でもしているのかもしれないと思い立ったセレスは、急いで冷たくなってしまった野菜スープを流し込み、苺ジャムをべったりと塗ったトーストを夢中で口の中に押し込むと、鞄を掴み取り、ルミアの部屋目指して駆け出したのである。

 しかし到着したはいいものの、何度ドアをノックしても、何度蹴りを入れても応答がなく、仕方なくピッキングで鍵をこじ開けようとしていたところを寮監の先生に見咎められて説教されたりといった困難に激突したが、寮監の先生から合鍵を貸してもらいドアを開けると、ベッドと机、教科書や参考書、備え付けのクローゼットしかない殺風景で、個人の趣味嗜好が全く感じられないルミアの部屋には人影一つなく、セレスは妙な胸騒ぎを感じた。

 別に部屋の中が荒らされている訳でもないし、授業に使う教科書をいつも入れている鞄も見当たらないことから、何かしらのトラブルに巻き込まれたという訳ではないだろう。

 もしかしたら、今朝は朝食を食べる気分にならず、一足先に教室に向かい、一人で授業の予習でもしているのかもしれない。生真面目な性格である彼女なら、あり得そうだ。

 仮にそうだとしたら声をかけてほしかったなあという気持ちもあるが、度々卒業論文の執筆に必要な史料集めを手伝ってもらっている身の上では、普段からお世話になっている彼女に文句を言うのはどうにも気乗りがしなかった。

 まあ、彼女は授業をほとんど休んだことのない品行方正な生徒だから、教室にいなかったとしても、授業が始まる時間迄には姿を現すだろう。

 セレスは胸中にわだかまる違和感に無理矢理蓋をすると、部屋の前で待ってくれていた寮監の先生に合鍵を返却してお礼を言うと、教室へと急いだ。

 セレスが建て付けの悪い教室のドアを開けるのに苦戦しながらも教室に入ると、一人で読書を楽しんでいる者、まだ教室に来ていない生徒の机を椅子代わりにしてお喋りに興じる女子グループ、机をくっつけてカードゲームに興じる男子グループ等、皆が思い思いの時間を過ごしている中、教室の座席の真ん中の列の最後尾にあるルミアの席は空席で鞄等も置かれておらず、彼女がまだ教室を訪れていないことを如実に物語っていた。


「ねえ、ルミアってまだ来てない?」


 セレスは、ルミアの前の席で先日の授業の復習をしていた女生徒に声をかけた。

 彼女はノートに走らせていたペンを置き、首をこちらに向けて疑念を孕んだ声で口を開いた。


「あれ? 今日はローゼンベルクさんと一緒じゃないんだ? 珍しいね、いつも仲良く二人でいるのに。 ローゼンベルクさんなら、まだ来てないよ。てっきり、今日もフローライトさんと一緒に来るのかなって思ってた」


「私もルミアと一緒に来る予定だったんだけど、いつも待ち合わせ場所に決めてる食堂に顔を出さなかったから、教室に先に行っちゃったのかなって思ったから来てみたの。でも、当てが外れたみたい。勉強の邪魔しちゃってごめん」


「いいよ、いいよ。一応復習した方がいいかなと思ってノートを広げてみたけれど、全然分かんないの。魔導書の解読とか難しすぎ。どうしてこう元の字の原型がなくなる程、昔の人は字を崩して書いちゃうのかな」


「まあ、昔の人も自分の書いた物が何百年も遺り続けるとは思ってなかったんじゃない? 日記みたいに、自分さえ読めればいいか、みたいな感じだったのかも」


「ああ、そうかも。私が書いている日記は、私が後で読み返しても読めないくらい下手な字で書いてるけど」


「駄目じゃん」


 セレスと女生徒は互いに笑い合うと、セレスは自分の席に向かい、女生徒も難解な古文書の解読作業を再開させた。

 セレスは自分の席に腰掛け、鞄の中から最初の授業で使う教科書やノートを机上に取り出していく中、壁に取り付けられた時計が授業開始の五分前の時間を指し示しているのを見て、妙な胸騒ぎが強まっていくのを感じた。

 ルミアという少女は、オブラートに包まない苛烈な物言いで周囲の度肝を抜いたり、周囲の顰蹙ひんしゅくを買うこともまれにあるが、友人との待ち合わせを無断ですっぽかしたり、授業開始ギリギリの時間に登校してくるような娘ではないのだ。

 セレスは刻々と時を刻み続ける時計に険しい視線を送りながら、ルミアが教室に入室してくる瞬間を待ったが、教室の前の扉から最初の授業を担当する老年の教師が入ってきたのを見て、空席となっているルミアの席を複雑な心情で盗み見た。

 一限目が終了し、授業中にルミアをもう一度捜しにいこうと静かに決意していたセレスが席を立つと同時に教室の後ろの扉が開き、額に汗を流した室長が入ってきて、セレスの姿に目を止めると、室長が汗ばんだ手でセレスの手を握り、その生暖かく湿った手の感触にセレスが顔を顰める中、「フローライト君、ちょっと来てくれたまえ! 次の授業は公欠扱いにしてあげるから!」と、セレスの手をギュッと握り締め、突然の闖入者ちんにゅうしゃに口をポカンと開けて呆然としている生徒たちの視線を独占しながら、セレスは室長に手を引かれて困惑したまま教室を後にしたのである。

 そして、訳も分からぬまま室長室に通されて着席するよう促され、革張りのソファに腰掛け、躊躇いがちに口を開いた室長の口からもたらされた衝撃の事実に目を開いたのである。




 セレスの剣幕にたじろぎ、ソファの背もたれにべったりと背中を押し付けている室長は頼りなさそうな声音でセレスに訊ねた。


「フローライト君、少し落ち着きなさい。フローライト君は、館内の天井に設置されている監視用の水晶のことは知っているね?」


「ええ、勿論知っています」


 <魔女の書架塔>本部の天井には球状の水晶が埋め込まれており、その水晶は設置されている場所の映像を逐一監視室へ送信しており、貴重な文献や遺物を無断で外部に持ち出されないように徹底的に監視している。ここで生活している者の間では周知の事実だ。何故、そんなことを室長は訊いているのだろう?


「実はね、ローゼンベルク君が寮の自室の方向に向かう廊下で闇ギルドの人間に拉致されるという事件が発生したんだ」


「そんな馬鹿なっ!? 本部内にそんな人間が入れる訳がないじゃないですか! ここの警備体制は万全な筈ですし、仮に侵入されたとしても、監視用の水晶ですぐに異変が監視室に伝達される筈です!」


「どうやら水晶自体に細工が施されていたようで、一定の時間の間、同じような映像が流れるように設定されていて、監視室の人たちが朝になったのに廊下を歩く人の数が少なすぎることを変に思って点検したら細工に気付いてね。つい先程、正しい記録映像の復元に成功したんだ。それがこれだよ」


 室長は立ち上がって、部屋の端の机の上に置かれた水晶玉を両手が抱えてソファに再びに腰掛け、水晶玉に向かって呪文を唱えると、水晶玉に仄かな青い光が灯り、次第に映像のようなものが流れ始めた。

 まず映し出されたのは、廊下を欠伸をしながら気怠そうに歩くルミアの姿で、窓から差し込む夕日の光が彼女の姿をオレンジ色に染めていた。どうやら、セレスと研究室の前で別れた直後の映像のようだった。

 ルミアはそのまま廊下を歩いていたが、突如彼女の背後に黒いもやが音も立てずに噴き出し、中から黒い鍔広の帽子を被ったグレーの髪の男が出現して、唐突に彼の袖口から飛び出した鎖がルミアの両腕と胴体を拘束し、ルミアがバランスを崩して床に倒れ伏してしまった。


「ルミアッ!?」


 セレスは思わず水晶玉を両手で掴むが、この映像が過去の物である以上、セレスが親友を救う手立ては存在しないことに唇を嚙み締めた。

 転倒したルミアは、突然己の身を襲った襲撃者に対して動揺した顔を向けてはいるが、素早く腰元のホルダーから杖を取り出して呪文を詠唱したところから、冷静に襲撃者を返り討ちにしようとする強い意思を感じた。しかし、杖先には何の変化も見られず、その時にルミアの目が大きく見開かれ、彼女の表情に恐怖が滲み出していた。

 グレーの髪の男は倒れたルミアを肩に担ぎ、ジタバタと暴れる彼女の抵抗を意にも介さずに鞄を拾い上げ、再び足元から黒い靄を発生させ、靄が二人の姿を完全に覆い隠して霧散すると、ルミアと侵入者の姿はどこにもなかった。


「……この男の正体は掴めているんですか?」


「ああ、それは既に判明しているんだ。彼の背後を映していた水晶の映像に、彼の着ているコートの背中の部分が映っていてね。そこには、横になった杖を咥えた骸骨の紋章が描かれていた。それは<死霊の戯杖ロータス・ワンド>という闇ギルドの紋章なんだ。ローゼンベルク君の鞄を持ち去ったことから、恐らく連中の目的は『魔骸の書』とその能力を発動する際の代償を支払う生贄の確保だろう」


「? 室長、生贄とは一体何の話なんですか?」


「これはローゼンベルク君にもまだ話していなかったことなのだが、『魔骸の書』は死者の蘇生という破格の能力を秘めているが、その能力を発動するための代償として、誰かの寿命の半分を差し出さなければならないのだよ。<死霊の戯杖ロータス・ワンド>はローゼンベルク君の寿命を捧げるつもりなのだろう。まあ連中は、『魔骸の書』の契約者をこれから捜すつもりだろうから、まだ時間の猶予はあるが」


「何を呑気なことを! もし<死霊の戯杖ロータス・ワンド>がすぐに契約者を用意して能力を発動させたら、ルミアの寿命が一気に縮んでしまうんですよ! すぐに捜索隊を出してください!」


「無論ローゼンベルク君の捜索は行うが、武闘派の司書官たちは他国へ遠征中だから捜索隊に回すことの出来る人員が足りないんだ。だから、実際に捜索に動き出すのは彼らが帰還する数週間後だろう」


「数週間後って……遅すぎます! 捜索隊が出せないのなら私が一人でも捜しに行きます!」


「それは無茶だよ、フローライト君! 闇ギルドを単身で相手にするなんて自殺行為だ。それに『魔骸の書』には我々が封印が施してあるから、封印の結界を張っているこのカードが損傷しない限り本を開くことは出来ないようにしてあるんだ。だから、連中が『魔骸の書』を使用することは出来ない以上、ローゼンベルクの命は大丈夫だろう」


 室長が懐から取り出した、表面に茶色く錆びた鍵の絵が描かれているカードを机に置くと、おもむろに立ち上がり、不安を顔に滲ませ続けているセレスの肩に手を置いた。


「ローゼンベルク君が心配なのは分かるが、現状我々にはどうしようもない。彼女の行方が掴めない以上、遠征隊が戻るまで待機するしかないんだ。私は今から遠征隊の元へ向かって事情を説明しに行くつもりなんだ。申し訳ないが、そのカードは私が戻るまで預かっていてくれたまえ。では」


 室長はそう言って慌ただしい足取りで部屋を出ていき、一人ポツンと残されたセレスはカードを手に取り、それを見つめながら思案した。

 ルミアの足取りが全く掴めない以上、本部を出て闇雲に捜し回ったとしても見つかる可能性はほぼ皆無だろう。

 室長の言う通り、『魔骸の書』を封印している切り札がこちらにある以上、<死霊の戯杖ロータス・ワンド>が『魔骸の書』の能力を発動することは出来ないが、いつかはこれを奪うためにここを襲撃してくる日も来るのかもしれない。

 だが、ここで遠征隊の帰還を待ち続け、彼らがルミアの捜索を数週間後に行うのを待つにしても、いつか来るかもしれない<死霊の戯杖ロータス・ワンド>の襲撃を待ち続けるにしても、その間にルミアに危害が加えられる可能性が消えることはないのだ。また、考えるだけでも恐ろしいが、容姿の整った彼女が性的な危害を加えられる可能性もある。

 そう考えると、セレスはここで親友の無事を数週間以上、もしくはそれ以上待ち続けるという地獄には耐えることは出来なかった。

 セレスは室長に預けられたカードを穴が開くほど凝視すると、それをブレザーのポケットに入れ、寮の自室に向かって走り出した。

 ルミアを助けないと……っ!! 捜しに行かなくちゃ!!

 セレスはその言葉を何度も心の中で反芻しながら自室のドアを蹴破る勢いで開け放つと、旅に必要な必要最低限の物を鞄に詰め込んでいった。

 まず、実家のあるフォートンに向かおう。家の倉庫にはお祖母様が昔使っていた魔道具や特殊な薬品が山のように保管されている。<死霊の戯杖ロータス・ワンド>と交戦する可能性もあるのだから、装備を充実させなくてはならない。

 無論、セレスは闇ギルド一つを壊滅させるだけの実力なんてものは持ち合わせていない。彼らの根城を見つけ出し、そこに監禁されているルミアを隙を突いて奪還する方針で行くしかない。最悪、このカードとルミアを交換してもらえるよう交渉する手段を取ることも必要となるかもしれない。これは彼らにとって喉から手が出る程欲しい物だ。交渉材料としては申し分ないだろう。

 セレスにとってはルミアの身の安全こそが最優先であり、酷い考えだと自分でも自覚しているが、彼らが『魔骸の書』を使って誰かを蘇生させてしまうことと、ルミアが生きて帰ってくることのどちらかを選択するのであれば、セレスが選ぶのは迷わず後者だ。

 セレスは大きく膨らんだ鞄を背負うと自室を飛び出してダストシュートが設置されている部屋に潜り込み、ダストシュートを滑って本部の外へ抜け出すと、ゴミまみれで腐臭を放つ自分の姿に眉根を寄せながらも、フォートンを目指して王都グランベロナを出立した。

 最後までお読み頂き、本当にありがとうございました!


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