第22話 アヤカ&サーラvsオリクス
「……逃げられたわね」
「……はい」
アヤカとサーラは、広場の中央に開いた大穴を憔悴した表情で睥睨すると、ゆっくりと地面にへたり込んだ。
アヤカとサーラの魔法によって広場の中央に穿たれた大穴の端々は凄まじい熱で融解しており、二人の放った魔法の強烈さを示していた。大穴の真下を流れる地下水道は瓦礫が散乱して水を堰き止めており、本来の機能を取り戻すには相応の日数を有することになるだろう。
アヤカとサーラも魔力を大量に消費したことで立ち続けることすら億劫であり、サーラは女の子座りで地面に座り込み、アヤカは男らしく胡坐をかいて嘆息し、ガルザを逃した時のことを脳裏に蘇らせた。
火炎の薔薇がガルザを焼き尽くそうと彼の元へ飛来して直撃する瞬間、彼の足元から黒い靄が立ち込め、瞬く間にガルザを覆い隠すと一気に霧散し、彼の姿が忽然と消滅したのである。そのせいで、アヤカとサーラの渾身の魔法は広場にとんでもない大穴を拵えるだけに終わってしまったのだ。
アヤカは顎下に左手の親指と人差し指を置いて、怪訝そうに首を捻った。
「あの黒い靄って、転移系の魔法だったと考えていいのよね?」
「はい。あの黒い靄が消滅すると同時に敵の魔力を一切感じなくなりましたので、どこか別の場所に移動したのではないかと思われます。……流石に、あの靄が彼を捕食した訳ではないのだと思いますし……」
「私も流石にあいつが死んだとは思わないけれど……あいつ、消える時に黒い靄を見て訝しげな表情をしていたのよ。もしかしたら、あの靄はあいつが脱出するために自分で発動させたんじゃなくて、あいつも知らない第三者が発動させた可能性も……」
アヤカはガルザが消失した理由についてさらに考察を行おうとしたが、手がかりが皆無な今の状況で思い悩んでも仕方がないかと思い直すと共に、ガルザに追われていた様子であった少女の手当てをしなくては思い、少女が横たわっているはずの場所に視線を向けると、大きく目を見開いた。
黒いコートを纏い、鍔広の黒い帽子を目深に被ったグレーの髪の男が、横たわる少女が大切に握り締めていたブレザーのポケットに手を突っ込んで、中にあったカードを抜き取っていたのだ。
「っ!? ちょっとあんた、それは……」
アヤカが魔力の大量消費でふらつく足で何とか駆け出そうとした瞬間。
男は一切の躊躇いなく、カードを真横に引き裂いた。
アヤカはその光景に絶句すると共に、彼女が懸命に守り抜こうとした品を守り切れなかった自責の念に囚われそうになったが、男が興味を失ったように無造作にカードを投げ捨てた後、白い革手袋を付けた右手をこちらに向けてきたのを確認して思わず身構えた。
「『嗤う骸骨の葬列』」
そう冷淡に呟いた男の周りの空間に、インクを落としたような黒い染みのようなものが点々と現れると、黒い染みの中から真っ白い骨の両腕が飛び出し、その両腕が黒い染みを無理矢理押し広げると、広々と開通した黒い染みの中から、夥しい数の骸骨の群れが溢れ出してきた。
「っ!? アヤカ様お下がりください!!」
弾かれたようにアヤカの元に駆け寄ったサーラは、残り少ない魔力を掌に収束させると、こちらを食い殺そうとするかのように大口を開けて、中身のない眼窩をこちらに向けながら突進してくるボロ布を纏っただけの亡者の群れに真紅の炎を放った。
「≪大火の炎砲≫!!」
サーラの掌から吹き荒れた真紅の火炎は骸骨の群れを一瞬で飲み込むと同時に、骸骨たちの召喚者であるグレーの髪の男の元へも押し寄せた。
男はたじろぐ様子を見せることもなく、気怠げな声音で口を開いた。
「『愚者を縛る黒鎖』」
突如、男の袖口から黒い鎖が飛び出し、真紅の炎を突き破ってサーラの左腕に絡みつくと、サーラの掌から噴き出していた炎が唐突に掻き消えた。
「サーラ!?」
「も、申し訳ございません、アヤカ様。この鎖が腕に絡みついてから、魔力の錬成が出来なくなってしまって、魔法が一切使えません!」
アヤカは、必死に鎖を解こうと苦心しているサーラの焦燥を孕んだ声に息を呑むと共に、サーラの炎を浴びたはずの骸骨たちが一人たりとも倒れずに、こちらに向かって駆け出してくる姿を見て戦慄した。
「サーラの魔法が全く効いていない!?」
アヤカは魔法を発動出来ないサーラに代わり、自身の体内の魔力を一気に高め、掌に急速に収束させて真紅の火球を生み出した。
「≪真紅の流星≫!!」
放たれた真紅の火球は骸骨たちに直撃し、爆炎が彼らの姿を飲み込んだ。
アヤカはそれを見届けると、サーラの元に駆け寄り、彼女の腕に絡みついている黒い鎖に手をかけて何とか解こうと試みるが、執拗に彼女の腕を束縛する鎖が外れる様子はなく、思わず悪態をつきそうになる。
サーラも魔法が変わらず使用出来ないようで、沈鬱そうな悲壮な表情を浮かべており、彼女が戦線に復帰することを期待するのは酷だろう。どうやらこの鎖は、拘束した相手の魔力の錬成の阻害等を行う能力を秘めているようであり、鎖を断ち切るしかサーラを助ける方法はないのかもしれない。
「サーラ、待ってて! 今この鎖を切ってあげるから!」
アヤカは再び掌に魔力を集中させて火炎を噴出させると、脳内で剣の形をイメージしながら炎の姿を変化させる。炎は次第に剣の形に成形されていき、アヤカの手に一振りの炎剣が誕生した。
「≪紅炎刃≫!!」
アヤカは、グレーの髪の男の袖口から伸びている鎖に炎剣を振り下ろすが、黒き鎖には微かな傷跡や焦げ目が付くこともなく、サーラを拘束し続けていた。
アヤカは何度も炎剣を鎖に振り落とすが、結果は変わらず、その強度にアヤカは唖然とする。
「何なのこの鎖!? 硬すぎる!?」
「っ!? アヤカ様、後ろ!」
アヤカは逼迫したサーラの声で思わず背後を振り向こうとすると、足首を何かに掴まれる感触が走り、恐る恐る視線を下に向けた。そこにはアヤカのショートブーツを細々とした白い手でしっかりと掴んでいる這った姿勢の骸骨がおり、虚ろな眼窩でジロリとアヤカの目を凝視していて、その視線に射竦められ、アヤカの全身を寒気が襲う。
アヤカは本能的な恐怖で零れ出しそうになる悲鳴を押し殺しながら、必死に足に力を入れて振りほどこうとするが、何故か足に力が入らず、それどころか全身の力が抜けて筋肉が弛緩し、グッタリと地面に倒れ伏してしまった。
アヤカの足首を掴む骸骨の背後からも無数の骸骨の群れがにじり寄ってきており、彼らの纏っているボロ布には焼け焦げた黒い焦げ痕すらなかった。
彼らはアヤカとサーラに覆い被さろうとするかのように距離を詰めてきていて、サーラは主を守ろうとアヤカの盾になろうとするが、グレーの髪の男が鎖を引っ張ったことでバランスを崩し、地面に突っ伏してしまう。
サーラは焦燥に歪んだ顔で腕に絡みついた鎖を何度も腕の骨が折れる程の勢いで地面に叩き付けるが、鎖には目立った傷跡一つも付かず、鎖の主はそんなサーラの姿を無表情に傍観していた。
アヤカも自分の体に纏わりつこうとする骸骨を振りほどきたい衝動に駆られていたが、体に全く力が入らないため、なすすべもなく骸骨共に蹂躙される恐怖に身を縮ませていた。心の中を恐怖と焦燥が焼いていく中、アヤカの頭の中では走馬燈のように、ここにはいない柊や雛と過ごした時間を思い返していた。
アヤカが屋敷の浴室から出た時に誤って脱衣所に入ってきて、タオルで大切な部分だけを隠していたこちらの姿の見て、「ご馳走様でした!」と爽快そうな顔で敬礼をしてきたので、問答無用で蹴り飛ばしてやった柊の姿。
屋敷に保管していた様々な可愛らしい衣服を発見し、一日中こちらを着せ替え人形にして、「やはり、アヤカは可愛いなあ~♡」「そうですよね、雛様! やっぱりアヤカ様は至高の愛らしさですよね~♡」とサーラと共に恍惚そうな笑みを浮かべ、顔を引き攣らせるこちらの意思はガン無視していた雛の姿。
頭の中に流れる彼らとの日々は気苦労が多く、げんなりとすることもあったが、サーラと二人だけで広い屋敷で暮らしていた時と比べると、彼らと付き合い始めてから自分自身やサーラの顔にも朗らかな笑顔が浮かぶことが多くなった。
あの二人と過ごした日々はとても心地が良くて、心の中に温かく優しい熱がじんわりと広がっていく感覚が強まっていくのが幸せで仕方がなかった。
大切だった場所を失い、信じていた人に裏切られ、命からがら逃げ出した日。体中の体力を根こそぎ洗い流していく豪雨が体を打ち付けた夜に、体中を泥だらけにした無様な姿になって涙を流しながら暗い森の中をトボトボ歩く自分の体を真摯に支え続け、共に顔を俯かせていたサーラと逃げ出したあの日。
逃げ延びた先の吉野で知り合った様々な人々に支えられながら、冒険者としてサーラと共に依頼をこなしていくものの、あの日のことを思い出して塞ぎ込んでいた自分の前に突如現れたあの二人には伝えたい想いが沢山ある。だから……こんなところでは終われない!
「はぁああああああああああああああああ!!」
アヤカは骸骨たちに触れられて脱力し切ってしまった体を必死に起き上がらせようとするが、骸骨たちはそうはさせじとアヤカを羽交い絞めにして動きを封じてきた。それでも、骸骨たちのことなど眼中にないと言わんばかりに、懸命に立ち上がろうとするアヤカの姿を見て、グレーの髪の男が興味深そうな声音で口を開いた。
「……貴様は何故そこまで足掻く? 我の『樹宝』によって生み出されたその骸骨共は、あらゆる魔法を受け付けず、その手で触れた人間の体力を吸い続ける。最早貴様には、立ち上がるだけの体力すら残されていないはずだ」
不可解そうな顔を浮かべる男の疑念を孕んだ声に、アヤカは迷うことなく答えた。
「会いたい人たちがいて、伝えたい言葉があるからよ! だから私はこんなところで死ぬ訳にはいかないの!」
グレーの髪の男は俯くと、アヤカのその言葉をゆっくりと噛み締めるように両目を閉じてしばしの間閉口したが、ゆっくりと顔を上げた。鍔広の帽子で目元の様子を見ることは出来ないが、アヤカはこの時に初めてこの男がこちらの姿をはっきりと見たような気がした。
「……我の名はオリクス。失ったものを取り戻すために足掻いておられる我がギルドのマスターに長年仕えてきた者である」
「……それは、あのガルザって奴が所属している<死霊の戯杖>ってギルドでいいの?」
「その通りである。その者と、別の場所で戦っていた二人は我が回収した。彼らは我の存在は知らぬ。我の存在を知る者はギルドマスターのみである」
……別の場所で戦っていた二人という言葉が気にはなったが、このオリクスという男は、<死霊の戯杖>でも少々特殊な立ち位置にいるようだ。幹部クラスであったガルザがこの男の転移魔法に戸惑っていたことから、構成員にはこの男の存在自体が伏せられているらしい。
「そなたらは我が主の悲願の達成の障害になると思い、ここで始末することにした。最後まで足掻き続けたそなたの姿勢は立派なものであったが、これで王手である」
骸骨たちに組み敷かれたアヤカの体力が急激に吸われ始め、アヤカは呼吸をする力すらも失われ始めたのを感じて、必死に身じろぎして骸骨共を振り払おうとするが、四肢に全く力が入らないため、僅かな抵抗すら出来なかった。
「アヤカ様!? この鎖さえなければっ……!」
サーラはアヤカを助けたいが、オリクスと自分の腕を繋いでいる強固な鎖にオリクスが力を込めているため、アヤカに手を伸ばすことが出来ない悔しさで唇を噛んでおり、アヤカはそんな彼女へ強い感謝の念を感じると共に、あと二人の仲間の顔を思い浮かべ、彼らに再び会いたいと思う想いだけが、動くことすらままならない体の奥底で暴れ出しているのを感じた。
柊、雛。二人に会いたい……!!
アヤカは体の中で暴れ出すその強い想いを柱として、薄れそうになる意識の中で二人の顔を鮮明に思い浮かべた瞬間。
「「邪魔だ」」
アヤカの体にしがみ付いていた骸骨たちが、突如吹き荒れた黒と桜色の疾風で粉々に切り刻まれた。
「あ……あ……」
体力をほとんど奪われ、体を動かすことは出来なかったが、アヤカの前に立つ二人の黒髪の剣士の姿が視界に飛び込んできた途端、アヤカの涙腺が一気に緩み、目元に温かい雫が溜まり始めた。
「ごめん、アヤカ、サーラ。来るのが遅れちゃって」
柊はサーラの腕を拘束していた腕を一瞬で切り裂き、「柊様っ! 雛様っ!」と感激の涙を流しているサーラの頭をそっと撫でた。
「遅れてしまってすまなかった、アヤカ、サーラ。だが、我ら二人が来たからにはもう安心だぞ」
快活そうな笑みを浮かべて自信満々に胸を張る雛は、骸骨たちに羽交い絞めにされた際に乱れたアヤカの着衣を優しい手つきで整えると、オリクスの方へ向き直り、柊もそれに続いた。
アヤカは彼らのその姿を見ただけで、胸を優しく焦がす感謝の気持ちと、胸を優しく包む安堵と、大切な仲間である彼らを思いっ切り抱き締められない今の自分に対する悔しさから涙を流しそうになり……。
「メイドさんに縛りプレイとか、そんな羨ま……非道なことをしたお前を僕は絶対に許さない!!」
「アヤカの魅惑的な肉体を骸骨共に蹂躙させ、その乱れた姿を鑑賞して悦に浸るとは……貴様は絶対に許さん!! 豊満な乳を揉みしだいたり、ほっそりとした腰を撫でたり、アヤカの体を好き勝手出来るのは私だけだ!!」
アヤカは、目の前の馬鹿二人を思いっ切り張り倒すことの出来ない今の自分に対する悔しさから泣いた。
最後までお読み頂き、ありがとうございました!




