第21話 柊vs氷戯のエマ
柊は氷の騎士団に突撃すると同時に『無名』を大きく横に薙ぎ、こちらの心臓目がけて飛来した氷の矢を払い落とした。氷の射手は負けじと第二矢を放つが、これも柊は首を微かに傾げることで回避する。
柊は軍勢の後方にいる射手たちは一先ず放置することにして、最前列に整列して剣を構える騎士たちを始末することにした。
氷の騎士たちは突撃してきた柊の全身を串刺しにしようと斬撃と刺突を繰り出すが、柊はゆったりとした身のこなしでそれを躱し、回避が困難な攻撃のみを巧みに剣で打ち払いながら、剣や槍を掴んでいる騎士の手首を切り落としていく。エマの言った通り、騎士たちの体を構成する氷は魔力によって途轍もない硬さを誇っていたが、桁外れな柊の膂力によって生ハムのように簡単にスライスされていった。
しかしながら、切り落とした手首は瞬く間に再生されると共に剣や槍も復元されるので、騎士たちは一時的に攻撃が不可能になったとしても、すぐさま攻撃態勢を整えて黒の剣士の迎撃に当たる。
柊は大剣を猛然と振り下ろしてきた騎士の首を刎ねるが、騎士の挙動に一切の影響はなく、再び大剣を振り下ろしてくる。柊は右手で握り締めた『無名』でその一撃をいなして受け流すと共に、背後から突き出された氷槍の刺突を気配だけで鋭敏に察知し、空いている左手で槍の穂の上部に拳を叩き込んで粉砕すると、足全体に力を溜めこみ一気に放出して爆発的に加速した。
ひしめく氷の騎士団の僅かな隙間を縫うようにして吹き荒れる黒の暴風が氷の騎士たちの体や武器を瞬きする間もなく両断、粉砕し、黒の剣士は氷の騎士団の三割程を一気に削り取った。
柊は切り伏せた騎士たちには目もくれずにひたすら前進し、大将であるエマを昏倒させてしまうと考え、背後からの攻撃に意識を割きながら足を前へ踏み出したが……。
「≪凍結の氷炎≫」
騎士たちの背後に控えるエマの掌から噴き出された蒼炎が柊の眼前にいた騎士たちを飲み込みながら柊に殺到し、柊は背後に大きく跳躍して氷の騎士たちの肩や頭を飛び移り、蒼炎の射程圏外へと即座に離脱した。
氷の軍勢から抜け出した柊が前へ向き直ると、蒼炎が通った跡は炎の形をした分厚い氷で覆われており、巻き込まれた氷の騎士たちがその内部に閉じ込められていた。
「味方まで巻き込むなんて、中々思い切った戦い方だね」
「す、すみません。こ、こちらも必死なので。そ、それに騎士さんたちは無事なんです」
彼女が言い終わると同時に、騎士たちを幽閉していた分厚い氷に蜘蛛の巣状の亀裂が音を立てて広がっていき、一気に氷の牢獄を破壊した。氷の礫が四方八方に向かってばら撒かれる中、氷の呪縛から解放された騎士たちは何事もなかったかのようにそれぞれの武器を構え直し、柊を串刺しにするための隙を見つけようと、虚ろな眼窩をこちらに向けて攻め込む機会を窺っている。
柊は視界を埋め尽くす氷の軍勢を狼狽えることなく冷静に見据えると、若干くたびれた声音で呟いた。
「いやあ、これはやり辛いね。斬っても斬っても元通りとは……」
(よく言うよ。雛ちゃんの『金剛戦姫』の力を一切発動させていないのに、あんな大立ち回りが出来るんだから、本当に君は大したもんだと思うよ)
「『金剛戦姫』の能力は便利だけど、まだ慣れてないせいで力加減が微妙なんだよ。力んでエマって娘を斬り殺す訳にもいかないし」
柊は統制のとれた動きで整列している氷の騎士たちを見据えると、頭を軽く掻いた。
前列は剣や槍を主体とした軽めの武器を主体とした騎士、中列は斧やメイスといった重量級の武器を主体とした騎士、後列は氷の騎馬に乗馬した騎馬兵という構成をとっている氷の軍勢が見事に整列している姿は壮観の一言に尽きるが、これらを相手にしなければならない柊にとってはたまったものではない。
実際に斬り込んでみたところ、前列と中列までなら難なく切り捨てることが出来るという確信を得た。後列に控える騎馬兵たちの相手をするのは面倒だが、自分の速さと攻撃力なら突破することは不可能ではない。だが、問題となるのが、騎士たちは何度切り捨てても復活し、前進する柊の背後に追い縋ってくるということと、騎士たちの創造主であるエマが騎士たちの後方から氷の魔法を撃ち込んで牽制を行ってくるということだ。
氷の騎士たちには自我が存在していないため、恐怖や躊躇いを感じることはなくこちらに向かってくるし、柊が騎士たちと剣戟を繰り広げている間に、横から急襲してくるエマの魔法が厄介なことこの上ない。
『金剛戦姫』の能力を発動すれば、氷の軍勢を蹴散らすことはさらに容易になるだろうが、まだコピーした『樹宝』の能力のオンオフの切り替えにあまり自信がない柊は、勢い余ってエマを殺してしまうことを恐れていた。元の世界にいた頃は何人もの人間を暗殺してきた柊だが、あのエマという気弱そうな少女の瞳は何か大切なものを守ろうと決意した人間特有の真っすぐとした光を持っていた。出来ることなら、そうした人間の命を簡単に摘み取ることはしたくなかった。
どうしたものかと頭を抱えそうになった柊だったが、エマの言っていたある言葉を思い出すと共に、顔に喜色を浮かべて口元を綻ばせると、小声で京子に語りかけた。
「ねえ、京子。いいことを思い付いたんだ。あのね……」
(……うん、その手ならエマって娘の体を一切傷付けることなく無力化させることは可能だけど、君の負担が多くない?)
「これでも元の世界にいた頃は、毎日死にそうになるくらい戦闘訓練を強制的にやらされていたから体力には自信があるよ。だからまあ、何とかなるんじゃないかな」
(適当だねぇ。まあ、やってみたらいいんじゃない)
柊はついに痺れを切らした氷の軍勢が進軍を始め、こちらに剣や槍等を突き立てようと殺到するのを確認すると、今まで発動させずにいた『金剛戦姫』の能力を発動させた。四肢に強大な力が行き渡り、柊自身の膂力にさらに上乗せされた『金剛戦姫』の力を帯びた柊が軽く横薙ぎの一閃を放つと、前方にいた数人の騎士の胴体が両断されて地面に落下し、氷の残骸に早変わりした。しかし、その骸を何の躊躇いもなく踏み潰して後ろに詰めていた騎士たちがそれぞれの武器を柊に向けて追撃を始める。
「≪氷輪刃≫」
騎士たちの攻撃を軽やかにいなしながら彼らの腕や胴体を刎ねていた柊の頭上に局所的に冷気が収束すると、氷で形成されたチャクラムが数多く形成され、柊の体を切り刻もうと素早い動きで柊の元へ飛来した。
柊はまず側頭部を狙って飛来したチャクラムを打ち払うと共に、柊の背中に斬りかかろうとした騎士の顔面に裏拳を叩き込んで粉砕すると、騎士たちの間から心臓目がけて飛来した氷の矢を切り払う。そして再び飛来したチャクラムを切り払うと、唐突に騎士たちが左右に移動して通路を確保を始め、そこから後列に待機していた氷の騎馬兵が猛然と突撃してきた。
柊は馬上から繰り出される大槍の苛烈な突きを無駄のない身のこなしで回避すると、身を屈めて騎馬の前脚を斬り飛ばした。突然前脚を失った騎馬はバランスを失って顔面から地面に突っ伏し、騎乗していた騎士は無様に地面に投げ出され、地面に手を置いて何とか起き上がろうとする騎士の肩口を容赦なく柊は踏み砕くと、四方から剣を振り下ろそうとする騎士たちに一回転による斬撃を叩き込んで四人の騎士の胴体を切り離すと、間髪入れずに突貫してくる騎馬兵の群れを迎え撃つ。
柊は突貫してくる騎馬兵を先と同じ方法で落馬させて肩口や手首を踏み砕いて無力化し、エマの魔力によって蘇った氷の騎士たちの苛烈な攻撃を隙のない動きで回避すると共に、容赦なく首を刎ね、腕を斬り飛ばし、剣や槍を叩き折り、胴体に拳を打ち込んで風穴を開けていく中、柊の視界に予想していた光景が飛び込み始めた。
倒れ伏したまま起き上がってこない騎士や、砕けたまま横たわっている騎馬の数が目立ち始めたのだ。
柊は絶えずに繰り出される斬撃や、唐突に頭上から飛来するチャクラムを必要最小限の動きだけで回避しながら、戦闘が始まる前にエマが口にした言葉を心の中で反芻した。
『「私の『樹宝』は、私の魔力が枯渇しない限り、無限に氷の騎士さんたちを生み出すことが出来るんです」』
彼女は『魔力が枯渇しない限り』と口にしていた。氷の騎士たちの肉体を作り出しているのは、彼女の『樹宝』である『氷結の騎士団』の能力だ。だが、その能力の発動を維持し続け、破損していく氷の騎士たちの肉体や武器を修復するために使用されているのはエマの魔力で、彼女自身も魔法を放って後方支援を行っていた。消費されていく魔力量は多大なはずであり、柊は休みを挟まずに騎士たちの体を切り刻み、粉砕し続けた。エマは全く休息の時間を与えられないまま、止めどなく魔力を供給し続けたはずだ。もうエマの魔力はほぼ底を尽きかけているはずであり、その証左が、地面に転がっている身じろぎ一つしない騎士と騎馬の骸なのである。
柊は黒刀を振るいながら騎士たちの背後にいるエマの様子を窺うと、彼女は地面に片膝を突いて荒い息を吐きだしており、その顔は青ざめ、大量の脂汗を流している。しかしながら、気丈な光を放つ双眸はまだ敗北を認めておらず、今も体中から魔力をかき集めて騎士たちの修復に魔力を充てているのが見て取れた。
柊の目にその姿が焼き付いた瞬間、柊は四肢に力を収束させると、それを爆発させた。
氷の騎士団全体を漆黒の爆風が吹き荒れ、騎士たちの体が瞬く間に切り刻まれ、粉砕されて、瞬く間に地面が所狭しと冷たい骸で埋め尽くされ、柊が周囲を一瞥しても、もう一人たりとも立ち上がることはなかった。
柊は地面に額を打ち付けて倒れ伏しているエマの元にゆっくりと歩み寄り、彼女の前で立ち止まると、最後まで氷の騎士団を率い続けた勇敢な騎士団長の弱々しい掠れた声が聞こえてきた。
「……ま……負けちゃい……ました。マ……マリエッタ……ちゃんや……ガルザ……くんに……お……怒られちゃう……なぁ……」
「誰も君を叱責したり、嘲笑したりなんかしないよ。少なくとも僕は、君が最後まで臆さずにその足で踏み留まり続けたことを知っている。君が最後まで歯を噛みしめて立ち向かってきたことを知っている。君が最後まで諦めずに戦い抜いたことを知っている。君はとても強かったよ」
エマはその声を聞いて小さく「あ……ありが……とう…ご…ござい……ます」と呟くと、涙混じりのか細い声を漏らした。
「わ……私たちには……か……叶えたい願い……がある……んです。ま……負ける訳には……い……かなかったけれど……あなたと……た……戦えて……良かった……」
柊は彼女が何のために必死に戦っていたのかを知ることはなかったが、大切なもののために懸命に戦い抜き、涙に顔を濡らしたまま昏倒した一人の少女に深々と頭を下げた。
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